家族ごっこ 4
話したいことだったのか、思わず話してしまったのか。
だがこれは、深雪の溢れ出した心情なのだろう。輪や、或いはライオネルを信用し始めたということか。
そうあって欲しいと願いながら、ライオネルは軽い体を客室のベッドに運んだ。
幼い頃の話をするのは深雪にとって、とても気力が必要なのだ。そして、苦痛でもある。深雪は、疲れたとぽつりと言った後、気を失うように眠ってしまった。
いきなりぱたんと俯せた深雪にライオネルは驚いたが、輪は落ち着いて精神的なものよと言う。ゆっくり眠らせてやれば大丈夫だと。
客室のベッドに寝かせた深雪の、細い左腕に輪が触れる。カラフルに装飾された銀色の輪の中で、緑の光が点滅していた。
「……全然、違うわね……」
深雪を眠らせてから、輪は惑星ミチラキについて調べた。輪が指し示す画面を見て、ライオネルも全く違うと思った。画面に映るミチラキ人は、深雪とは似ても似つかない。
紅い髪、金色の目、水色の肌。手足の先だけが細い体の平均身長は、130センチ。
銀河連邦の平均的重力の半分しかない惑星ミチラキで暮らし続けたミチラキ人の体には、メイル人のような筋肉がほとんどない。そのため他星に出ると彼らは、浮遊する椅子に腰掛けて移動するしかないのだ。
ずば抜けて発達した筋力も、聴力も、視力もない。念動力などあるわけがない。取り立てて特筆すべき能力のない、普通の人々であった。
「特殊能力を持つ星人と関係を持ったとしても、その半分がミチラキ人であれば、紫野さんのような人は生まれないでしょうね」
「……そうだろうな。ディセ法で注意書きのある星人に、惑星ミチラキ人は出ていないし」
どの星同士だと強い力を持つディセが生まれるのか。銀河連邦は共通ディセ法で注意喚起をしている。
それによれば、ミチラキ人は当てはまらない。ちなみに、惑星メイルのメイル人も該当しないが。
「あの子には少なくとも、ミチラキ人の血は流れていないということなのね」
「深雪ちゃんは、母親の手だけを記憶している。その手は白かったというし、ミチラキに滞在していた他惑星人ということか」
「あるいは、捨てに来ただけなのかもね」
吐き捨てるようにそう言った輪の、周囲の温度が下がる。
彼女の怒りがピークに達していることを察し、ライオネルは労るように固く強張る肩を撫でた。
「惑星ミチラキは、ディセに寛容なのかもしれない。惑星メイルのディセ用孤児院なら、もっと人里離れた山の中なんかに作られていて、周囲に民家なんてないだろ? 少なくともこの星の人は、ディセの孤児に菓子なんかやらないよ」
いまだ強張る細い体を抱きしめる。
「どこでもいいのに、選んだんだよ。深雪ちゃんが生きていけるように、惑星ミチラキを選んだんだよ」
薄い背中を撫でながら囁く。しなやかな筋肉がついている輪の体はそれでも、女性としての丸みがあった。
ライオネルは、自分が生真面目で面白味のない男だとわかっている。小心者だということも。
真面目過ぎると思われたくないために、ティーブのようにスーツを着ることもなくラフな格好で仕事に行くのだ。
そういう格好で働くことを、本当はびくびくしているくせに。
輪は強い。自分が正しいと思ったら、社会の常識など簡単に飛び越えてしまう。いいじゃない。それで誰が迷惑するの。輪にそう言われれば、大概の人は黙り込む。
彼女はいつだって正しい目を持っている。
そして輪は、理不尽を許さない。理屈に合わないルールを作り、それを少数派に押しつける。そういう理不尽を目にしたとき、彼女の怒りは爆発する。
ライオネルは生真面目で、小心者で、だからそういう理不尽さを目にしても社会のルールかと飲み込んでしまうところがある。
だが隣で怒り狂う輪を見て、自分の間違いにいつも気づかされるのだ。
腕の中の体を強く抱きしめる。輪を絶対に手放さない。もし彼女を失えば同じように、自分は正しいものを見抜く目を失うだろう。
ライオネルにとって輪は、よりよく生きるための指針だった。
彼女の緊張を解すように固い背中を、細い腕を撫でていると、輪の体から力が抜けていくのがわかった。
大きく深呼吸し、輪は顔を上げる。
「そうね。母親が惑星ミチラキを選んだのには、意味があったのかもしれないわ。あの子にとって、意味があったのよ」
自分自身を納得させるように、輪はそう言った。




