季節外れの子 4
「5人目から22日か……間隔が狭まってきたな」
「5人目までは毎月15日から17日の間だったものね。今回の死亡推定時刻は、7日午後10時から8日午前3時の間……模倣犯かしら?」
「それはないだろう。マスコミ報道は連続殺人としか言っていない。詳しい手口はどこも報道していなかったはずだ」
「そうだよなぁ……。被害者の年齢層も似ているし、やっぱり同一犯か……」
「年齢ってぇ、何歳なのぉ?」
刑事同士で歯切れよく交わしていた会話に、間延びした声が重なる。
こいつのこの話し方は態となのか、癖なのかよくわからない。どちらにしろ、馬鹿にされているようでティーブは苛々とした。
「20代前半です。ですがそんなことを聞いて、どうするつもりなのです? あなたに何か、いい案でもあるのでしょうか?」
「え……あ……まぁ……聞いただけですぅ……」
輪に睨まれ萎む姿は幼児のそれだ。
だが何とも思っていないのがありありとわかる。輪が視線を外した瞬間、べ、と舌を出したからだ。
「鑑識から詳しい結果が出なきゃ何とも言えないが、多分、今回も凶器は割り出せないだろうな」
「何も盗られてはいないのか?」
「今回も、そのようね。少なくとも金銭を盗られた形跡はないわ。スカーフとかハンカチとか、そういう小物類まではまだわからないけれど……これはやっぱり、快楽殺人じゃないかしら」
「いまのところ、被害者に共通点はないしなぁ……というより、殺害現場にも法則性が見つからない」
「自分のテリトリーではやっていないのか、テリトリーが異様に広い奴なのか……」
ティーブは壁に貼られた地図をじっと見た。
そこにはオータ警視総合本部管轄地域を表す地図が貼られ、今回の殺害現場を赤色で記していた。
点在する殺害現場はどれも重ならない。少しずれたら隣の警視支所管轄内に入りそうなものまである。ここまで広い範囲を日常的に動く者は少ないだろう。
「普通、殺人のような犯罪は、安心できるテリトリー内で行われることが多いのにね」
「頭の壊れたディセのすることだ。常識で考えられるわけがないだろう」
「……ティーブ」
ディセである深雪の前で言う言葉ではない。ライオネルの目がそう言っていたが、ティーブも輪も黙殺した。
「今回も、犯人に繋がる遺留品はなかったのか」
「ええ。どの犯行も、被害者の手が届く距離で行われたのではないのかもしれないわね」
「刃先の長いナイフを使ったということか?」
「そういう可能性もあるだろうけれど。でも、ディセならどれだけ離れていても、人を殺すくらい簡単にできるじゃない」
「それは違うよぉ。ディセなんて言ってみーんな一緒くたに呼ばれているけど、普通のディセは、ほんのちょこっと普通の人とは違う力を持つだけだよぉ。それにどっちかっていうとぉ、体の能力の方が多くてぇ、ちょっと高くジャンプできたり、ちょっと耳がよかったりするくらいでぇ、念動力なんて特殊なものは、ものすんごく珍しいんだからぁ」
ぷん、と頬を膨らませて深雪が反論した。
確かにこいつが言うとおり、いままでティーブが逮捕してきたディセは、RSPの助けなど必要としないような者たちばかりだった。
犯人が常人以上の2mを軽々と飛べたからといって、どうということはない。飛んだところをレーザー銃で撃てば終わりだ。
深雪の言いたいこともわかったが、輪はそういう一般論を話しているのではなかった。
今回の事件を起こしているだろうディセについて話しているのだ。つまりは深雪曰く、特殊能力である念動力を持つディセだ。
なので3人とも、深雪の反論は完全に無視した。馬鹿な子供に言い聞かせようとする努力は、随分と前に放棄したのだ。
「被害者の手が届かない範囲から切りつけていたとしたら、容疑者を見つけるのは難しいだろうな。被害者の体に、容疑者に繋がるような物証が残る可能性も無くなるからな」
「物証など関係ない。ライオネル、忘れたのか? 容疑者と目されたのがディセであった場合、証拠など必要ないということを」
「そうよ。我々刑事が容疑者だと断定すれば、それでいいのよ」
「まぁ、うん、それはわかっているんだけど……冤罪の可能性は……」
「裁判があるだろう。違うというのなら、裁判で自らの無罪を証明すればいい」
と言いつつも、ティーブはディセが被告となった裁判に出廷したことはない。
ディセではない、普通の犯罪者であれば捜査を担当した刑事として、検察に呼ばれたことは何度もある。
だが不思議とディセは、自らの無罪を主張したり、罪を軽くするために戦ったりはしないのだ。
送検した後も、担当刑事として出廷を命じられることがある。裁判が長引けば、参考人として何度も呼ばれるために通常業務が阻害される。
ディセが犯罪者で助かることがあるとすればただひとつ、逮捕後の面倒さがないということだった。
もっとも、常人である刑事の手に負えないと上が判断すれば、RSP捜査官が派遣されてくるというそれ以上の面倒さはあるのだが。
「まあ……そうだよな。犯罪を立証するのは検察だし、ディセが関わっているような特殊な事件で、証拠云々まで突き詰められるほど暇じゃないもんな」
「そうよ」
鑑定結果が出て、3人の刑事はまた寒空の下へと出ていく。もちろん、煩い子供はちゃんと置いていった。
深雪はいつも、へらへらとしていた。何が面白いのか顔はにやけているし、体にも芯が感じられない。服装はだらしないというものではないが、姿勢がだらしない。
椅子に座ったときに前に机があれば大概、顎を乗せている。何も無ければ背を丸め、足をぶらぶらさせていた。
立たせておいても、ふらふらと体が揺れる。とにかく、じっとしていられない子供なのだ。
しかし体以上にその口が、じっとはしていない。常に何かをしゃべっているし、そうでなければ歌っている。
何を歌っているのかティーブには判別不可能だが、何かを歌っているのだ。多分、流行の歌なのだろう。街中で聞いたことのある軽い感じの、歌詞が聴き取りにくい歌だった。
邪魔にしかならない子供に無駄だと知りつつも言い聞かせる。じっとしていろ、面倒を起こすな。
わかっているのかいないのか、深雪はへらへらと笑って頷いた。