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星並べ  作者: 月夜
37/69

オンナノコ  7

 ケーキくらい、簡単に作れるだろうと思っていた。言われた手順通りにやれば、誰でもできるだろうと。

 そう簡単に考えていたのに……


「メイリン刑事……なんか、変だよこれ」

 深雪は、混ぜていた卵黄を見ながら言った。

「よく混ぜれば白っぽくなります、て書いてあるわよ。もっと混ぜるんじゃない?」

 輪は壁に付けてあるパネルを見ながら答える。データには何種類ものケーキがあったが、一番簡単そうなものを選んだ。

 材料は家にあるもので間に合わせた。卵も牛乳も昨日買ってきたものがある。バターも小麦粉もあった。手順通りにやっているのに、どうしてできないのだろう。

 うーんと唸って深雪の手元を覗き込む。

「もとは黄色の卵なんだから、真っ白になることはないでしょ。こんなものでいいんじゃない?」

「そうかなぁ……」

「そうよ。白っぽいといえば、白よ」

 白い砂糖を入れたいま、少なくとも黄色には見えない。

「じゃあ、これでオッケー」

 深雪も納得したのか混ぜる手を止めた。


「ええと、次は……卵白を混ぜて、メレンゲを作ります……メレンゲ?」

 何それ。首を傾げる輪の横で、深雪も同じように首を傾げた。

「メレンゲって何?」

「さぁ……何かしら」

 遙か昔の高校生時代に、ケーキを家庭科の授業で作ったような記憶がある。だがそのときにどういうことをしたのかは、さっぱり記憶になかった。


 輪は記憶力がすごいとよく言われるが、それは文字や数字に限られる。映像記憶はいまいちなのだ。それも全く興味のないことだと、簡単に消え去ってくれる。

 家庭科の授業は本当に興味のないもので、輪は人に言われるままに動いていた。混ぜろと言われれば混ぜたし、焼けと言われれば焼いた。

 断片的に与えられた仕事は、ひとつの作業工程として覚えられるはずもない。


「混ぜるだけなら、そう書くわよね。卵黄のときは、砂糖を入れて混ぜろとしか書いていなかったし……」

「そうだよ。じゃあ卵白は、砂糖を入れて混ぜて、何かをするんだよ。そうじゃなきゃ、メレンゲなんてものはできないんだよ」

「そうよね。でも焼くにしろ、凍らせるにしろ、何か書いておいてくれなきゃ困るじゃない」

「ほんとだねぇ。面倒くさくなっちゃったのかなぁ?」

 ケーキは焼いてできる。それはわかる。だから多分、メレンゲなるものも焼いて作るものに違いない。

 2人でそう結論し、砂糖を入れてざっと混ぜた卵白を焼いた。


「混ぜた卵黄にメレンゲを3分の1加え……面倒くさいわね。どうして一気に入れてしまわないのかしら」

「一気に入れていいんじゃない? だって、3分の1のあと、残りを入れてって書いてあるよ」

「そうよね。すぐに残りを入れるのなら、一緒に入れてもいいわよね」

 メレンゲを3分の1切って入れるのも面倒で、薄っぺらい白の卵焼きを卵黄の中に入れた。

「泡立てないように混ぜてから、振るった粉を入れて、さっくりと混ぜる……と」

 既に粉になっている小麦粉をまた振るうのが面倒で、輪はそのまま入れた。さっくりの意味がよくわからないが、とりあえず、混ぜる。そして、キッチン中探し回って出てきたケーキ型に入れて、オーブンに突っ込んだ。


「よし。これで大丈夫よ」

 言われた通りに作った。だから、できるはずだ。

「わーい! ケーキ作ったの、はじめてだよ。できたてのケーキ、美味しいだろうなぁ」

 深雪はうっとりとオーブンを眺める。焼き上がりまで、後40分だ。

「できるまで、お茶にしましょ」



 輪はいつもコーヒーだが、深雪に付き合って紅茶を煎れた。2人でリビングに移動する。

 深雪に倣って床に座ってみた。ローテーブルの高さに合って、コップを取るのがいつもより楽だと思った。


「メイリン刑事、いつもはキッチン使わないの?」

 砂糖にしろ粉にしろケーキ型にしろ、輪が探すのに手間取ったことを不思議がる。

「ええ、私は使わないわ」

 女のくせに料理もしないのか。そう言われるのが嫌で、料理をするとかしないとか、そういう話題を避けていた。だが深雪の手際を見たら自分と変わらなく、格好つけることも止めて正直に答える。

「キッチン使わないのに、どうしてあんなにいっぱいあるの?」

 塩が何種類もあるのは知っていた。だが砂糖まであんなにあるとは輪も知らなかった。5種類も出てきた白や茶色の砂糖を悩みつつ、白を使ったのだ。

 バターが3種類も出てきたときには思わず笑ってしまったが。3日の休みで、どれほどの料理をするつもりなのだろう。

「ほんとにね。塩も砂糖もひとつでいいと思うわ。違いがあるとも思えないし……」


「いやいや、それは違うぞ」


 苦笑して深雪に答える輪の声に重なって、明るい声がリビングの入り口から聞こえた。深雪と2人で振り向くと、ライオネルが笑って立っていた。

「あら、おかえり。いま帰ってきたの?」

「ああ。思ったより時間がかかった」


 早朝に検察局から呼び出され、いままで話を聞かれていたのだろう。

 今日送検した事件ではなく、その前に送検した事件についてライオネルは詳しい事情を今一度聞きたいと検察局に呼ばれていたのだ。

 あの検事はねちっこい。輪ならば30分と持たずに爆発してしまうため、いつもライオネルが応じている。「このとき被疑者は思うと言いましたか? それとも考えると言いましたか? それともわかったと言いましたか?」こんなことを誰に対してもねちねちと聞くのだ。

 どうでもいいだろうと輪が怒鳴りつけたとしても、誰も責めやしない。

 とはいえ検察局と事を構えるわけにはいかないので、件の検事の呼び出しにはライオネルが応じることに決めていた。


「深雪ちゃん、いらっしゃい」

 ライオネルには既に深雪の来訪を知らせている。自分とは違って誰に対しても人見知りしないライオネルは、明るく深雪に挨拶した。

「……どうして、ピアス刑事がいるの?」

 深雪が不思議そうな顔で輪に聞いてくるから、この子は知らなかったのだと気づく。

「知らなかった? 夫よ」

 そう言ってライオネルを指さすと、ライオネルはぺこりと頭を下げた。

「夫です」


「え? え? えええええええええ!!!!!!」


 マンション中から苦情がくるような大声で深雪は驚いていた。


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