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星並べ  作者: 月夜
34/69

オンナノコ  4

 自分の黒い車に乗り、操作パネルに登録している自宅の文字を押す。これでこの車は勝手に輪の自宅まで動いてくれる。だから車中ですることはもう何も無くなった。

 さて、どうしよう。助手席に座る子供に、何か話しかけるべきだろうか。  

 だが輪が話題を探して悩む前に、深雪が口を開いてくれた。


「カイザル刑事もお休み?」

 この子が輪の幼馴染みに恋をしていることはよく知っている。ずっと聞きたかったことなのか、シートの端をぎゅっと握って前を見たまま深雪は聞いた。この子でも躊躇することがあるのかとおかしかった。

「いいえ。ティーブはまだ仕事中。多分、休暇はとれないんじゃないかしら」

「そうなの?」

「4日前から、第6係に応援を頼まれて行っているのよ」


 ティーブは射撃の腕がいい。警視総合本部には本職のスナイパーが何人もいるが、数が足りないときはティーブも駆り出される。

 第6係ではいま、何班かが集まって合同捜査をしていた。結構大きな事件ではあるが、担当でなければ他人事。第7係に応援要請が来たのもティーブ1人だけだ。

 だが、同じチームであるティーブがいなくなったため、第7係第3班2名は急遽、休みに入れたのだが。

 秋の森の中。今頃ティーブは虫に襲われながら、地面に這い蹲っていることだろう。輪は心の中で幼馴染みに感謝しつつ、手を合わせた。


「そっかぁ……仕事なんだぁ……」

 深雪は本当に残念そうで、がっくりと肩を落とした。

「そんなに、ティーブが好きなの」


 からかってやると深雪は顔を真っ赤にさせて視線を彷徨わせた後、消えそうな声で、うん、と言った。

 うん、と言ってえへへと笑う。見かけも仕草も可愛らしくて、自分には絶対に出来ないなと輪は思う。

 深雪のこういう姿が態とらしいとか、大げさだとか、演技だとか、そういう風に感じてしまうのは自分がひねているからだろうか。

 輪は、ふん、と腹の中で笑った。

 30を過ぎたおばさんが、15,6の子供と可愛さを張り合ってどうなるものでもないだろう。みっともない。

 輪は深雪を誘ったことを、既に後悔していた。



 玄関の扉を開けると、深雪はびっくりしたように目を見開いて輪を見上げた。

「すごいねぇ」

 感心されるような家ではない。ただの、マンションの一室。高級という言葉が頭につくわけでもない、普通のマンション。

「メイリン刑事、そのまんまの部屋だぁ」

 そう言って笑われて、ああなるほど、と思う。輪の部屋には何もない。いや違う。無駄な物が何もないのだ。


 玄関からまっすぐに伸びる廊下の床にはもちろん、壁にも一枚の画も飾ってはいない。

 部屋が汚れるのが嫌で、靴は玄関で脱ぐ。だが脱いだ靴はすぐにシューズボックスに仕舞うから、玄関はいつもすっきりと収まっていた。

 部屋は寝室とリビングと客室、そしてキッチン。とりあえず深雪をリビングに入れた。


 リビングにも何もない。革張りのソファひとつと、ローテーブル。棚は全て壁と同系色の扉付き。ぴたりと閉めれば壁に見える。

 観葉植物もなく、輪の部屋には、観賞以外の機能を持たない物は、何もないのだ。

 役立たずは、去れ。

 輪の部屋は確かに、輪の性格そのものだった。


 思えば、家族以外でこの部屋に招いたのはティーブだけだ。ティーブは輪の部屋を見ても何も言わない。この部屋に、何かの感想を言ったのは深雪だけだった。

 無邪気に指摘されて、輪の胸はつきりと痛む。


 綺麗だとか美人だとか、そういうことはよく言われた。でも本当は、綿菓子みたいに可愛い子と言われてみたかった。

 華奢な体、小さな手。ぬいぐるみが部屋を占領してもおかしくないくらいの容姿と人柄。そういう人に、密かに憧れていた子供時代。

 だが哀しいかな。長身の両親の遺伝子をしっかりと受け継ぎ、輪の背はにょきにょきと伸びてしまった。

 大きな背に相応しく、足も手も大きい。スカートなど、いつから履いていないのだろう。


 広いリビングの床に、深雪はちょこんと座った。


 そうか、可愛らしく見せるためにはソファにどっかり座るのではなく、ああやって床に座ればいいんだわ。

 ティーブに恋をしている深雪は、自分を可愛く見せることにいつだって一生懸命だ。それが誰かの真似で、演技でも、ずっと続けていると本当になる。現に、輪しかいない今でも、こうやって可愛い仕草が自然にできているではないか。


 輪は、既に過ぎ去った日々を思って溜息が出そうになった。

 いまさら可愛い仕草を覚えようとしたところで、身に付くのはいつになることやら。40,50を過ぎて夢見る乙女もないだろう。

 ふん、と鼻で笑ってキッチンに行く。お茶でも煎れようと水を出し始めて、輪はシンクの縁を掴んでがっくりと項垂れた。


 可愛い娘は鼻で笑ったりなんかしないと、これほどの時間差でようやく気づいた自分に、ずしんと落ち込んでしまった。


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