季節外れの子 29
休暇はまだ3日はある。ティーブは深雪の学校を訪ねた。
そこは、首都オータから随分と離れた郊外にある女子校だった。
小学部から大学部まで併設されている、全寮制の学校だ。全ての施設が、大きな湖に作られた人工島に建てられていた。
ティーブは、船着き場に建てられた学校の門を通る。しかし船に乗るときも、門を通るときも警備員に止められた。
その都度、惑星メイル警視庁の刑事カードを見せたのだが、身分証明書程度の役にしか立たなかった。内部にいる学校関係者の了承が無ければ、誰であろうとも入ることのできない仕組みらしい。
船が無ければ学校のある人工島へ辿り着くこともできず、島は高い塀に囲まれ要塞のようだった。
学校へ行くための唯一の手段であるこの船着き場には、武装した屈強な警備員が何人もいる。銀河連邦内でも治安の悪い惑星メイルではどこの学校も厳重な警備が敷かれているが、ここほどではなかった。
「こうまでして守りたい生徒がいるのか?」
門に併設された警備員室に留め置かれ、暇を持て余したティーブは警備員に話しかけた。だが一瞥されただけで、答えはない。
本当は、こっそり行って様子を見てこようと思っていた。
だが学校関係者である深雪の了承がなければ船に乗ることもできず、様子など見ることもできない。
仕方なく、深雪の返事を待つ。
深雪は授業中のようで返事はなかなか得られない。
寡黙な警備員たちに囲まれる息苦しさを感じて、ティーブは外に出た。
大きな湖の周囲は、枯れたような草原が広がっていた。高い木は遠くにあり、人工島からならば、湖の周囲がよく見渡せるだろう。
警備のしやすい、よく考えられた要塞だ。
草原の先には高い樹木の森が広がり、その先にようやく町がある。遊び盛りの生徒たちには物足りないだろうが、親は安心して学校に預けておける。
この船着き場から町に行こうとしたら、運転のできない生徒では無理だ。
ティーブはずっと自分の車で来たがそれでも、町からこの場所まで軽く1時間は必要だったのだ。
真冬の昼下がり。湖の色はくすんで見える。空は灰色で、学校を取り囲む高い壁も灰色だ。
草原は枯れ草ばかりで乾燥した土が見える。遠くの木々も葉を落とし、困ったように立ちすくんでいた。
鳥さえ鳴かない静かな世界。風はそよとも吹かず、湖を揺らすものは何もない。
目の前に広がる景色は寒々としていたが、どこか心地よい。深呼吸をすると、冷たい空気が肺に広がる。
それさえも、心地よい。
遠くの人工島をじっと見ていると、鳥の巣に見えてきた。大事に大事に守られた雛鳥たちが、賑やかに過ごしているのだろう。
深雪は、どうやって過ごしているのだろう。苛められたりしていないだろうか。仲間に、入れてもらっているのだろうか。
ティーブは親のように思ってしまう。
黒の長いコートのポケットから、黒の革手袋を取り出す。
心地よい冷たさだが、やはり肌が痛くなってきた。惑星メイルの冬は、氷点下の寒さが続く。
だが決して、雪は降らないのだ。
そう思って、ふと気づく。
雪の降らない惑星メイルで暮らしているのに、どうして深雪の名には雪の字が付いているのだろうと。
そのうち訊ねてみようと思った。
あの子が簡単に理由を話してくれたらよいのだが、笑って誤魔化されるかもしれない。
言いたくないのならば、誤魔化されてやろう。いつか、話してくれるだろうと思いながら。
冷たい空気を震わせて、鐘の音が聞こえてきた。落ち着いた、温かい音色。
ティーブの卒業した学校は、もっとこう、何というか、攻撃的な音色だったような気がする。
ティーブは共学校だったが、女子校というのはこういうものなのかもしれない。色々なものが美しく計算されていた。
警備員が短く声をかけてきて、ティーブは示された船に乗る。
生徒たちが使うときはもっと大きな船なのだろう。繋留された他の船たちを横目に、ティーブは乗員が3人ほどの船に乗った。
飴色の木の床に、深紅のビロードで張られた椅子。全ての物が曲線で、柔らかな印象を与える。
どういう仕組みなのかわからないがこの船は、ティーブが乗るときに少しも揺れなかった。
ティーブが座るのを待っていたかのように、船はゆっくりと走り出した。
船員はいない。
船はティーブだけを乗せて、勝手に人工島を目指す。
思えば、この船も贅沢だった。空中に浮かぶ低空船ならば、もっと沢山の人間を、もっと安価で運ぶだろう。
いまのご時世、水に浮かぶ船を造るだけでも多額の金がいる。それは空を走る低空船より、10倍ほどの金が必要だ。
たかが連絡船でこれならば、学校の施設はどうなっているのだろう。そして、これほどの施設を平然と構える学校の授業料は、どの程度のものだろうか。
深雪の学費はウィルが出しているのだという。
200年以上を働き続けたウィルならば、簡単に出せる金額なのかもしれない。200年を働きながらあの寮に住み、物欲もなければ金は貯まる一方だろう。
いくらRSP捜査官の給料が、刑事のそれの半分以下とはいってもだ。
それでも他人に、決して安くはない援助を続けるのは並大抵のことではない。
ティーブはそこにウィルの、深雪に対する深い愛情を見た気がした。




