季節外れの子 27
私用車であっても有事の際には緊急車両になる。ティーブは緊急車両用のレーンを、サイレンを鳴らしながら猛スピードで駆け抜ける。
下のレーンを走る一般車両が飛ぶように後ろへ消えていき、その下を走っているはずの公共交通機関車両は目に捉えることもできない。
ティーブは、青く光るパネルに指を走らせて、一番最初に出てきた救急医療施設に向かうよう操作した。これで、この銀色の車は勝手に走る。少なくとも、ティーブが指示した病院近くの自動走行区間までは、勝手に走ってくれる。
助手席に座らせた深雪は、いつの間にか気を失っていた。力が暴走しないように、意識を保ち続けていたのだろう。
気を失った姿に、それでもどこかほっとした。深雪が、痛みを記憶しないでくれたらいいのだがと願いながら、額に浮かんだ汗を拭いてやる。
一番近い総合病院に滑り込む。
サイレンを鳴らしながら正面玄関に横付けした銀色の車に驚いて、中年の医師が走り出てきた。
ティーブは車を降りると回り込み、助手席からそっと深雪の体を抱え上げた。
「怪我人だ」
短くそう告げると、医師の後ろで看護師たちが息を飲んだのがわかった。眉を寄せ、明らかに迷惑そうな顔までしている。
ティーブは、銃で脅してでも治療をさせるつもりだった。始末書ならいくらでも書いてやる。とにかく、深雪を助けてほしかった。
医師はじっと、深雪の様子を見た。RSPの制服が、深雪をディセであると告げていた。
「本人が言うには、内臓を切られているらしい。気を失ったのは10分ほど前だが、怪我をしたのはいまから1時間は前になる」
医師はティーブの言葉には何も言わず、だらりと落ちる深雪の腕をとった。
細い左手首には、銀色の輪が嵌められている。伸縮自在の手錠は、深雪の手首のサイズになっていた。
銀色の輪の中で、緑の光が点滅している。鍵が正常に掛かっているという証拠だった。
「あれは……緊急車両だな?」
そう言って医師は、ティーブの車を顎で指し示した。
こんなときに何を言っているんだ。そう思ったが、ティーブは頷いた。
「緊急で連れ込まれたディセは、受け入れてもよい。ただし、その手首に手錠がかけられていれば」
誰に聞かせるという風もなく、医師は淡々と言った。
「このディセには手錠が付けられている。鍵は正常だ。緊急車両で運ばれた。……ならば、何も問題はない」
そう言ってさっさと歩き出す。
医師は10歩ほど歩いてから、唖然と立ち尽くすティーブに振り向くと、大声で怒鳴った。
「何をしている!! さっさと運ばんかっ!!」
ティーブは、弾かれたように走った。
手術中のランプを見てようやく、ティーブは溜めていた息を吐き出した。崩れるように椅子に座り込み、赤いランプを見上げる。
病院に受け入れさせただけで、深雪が助かるのかどうかはわからない。だがとにかく、ティーブのできることはここまでだった。
まんじりともせず待ち続けて1時間、はっと気づく。何も告げずに走ってきたが、輪やライオネルに報告していなかった。
慌てて通信機器を操作し、病院にいることを報せた。噛みつくように輪が、病院名を聞いてくる。
そこで、車が示す一番近い総合病院に向かったのだが、ここが何という名か知らなかったことに気づく。
慌てて周囲を見渡し、病院内の地図を見つけてそこに書かれていた病院名を答えた。
それから10分もせずに、輪とライオネルがやってきた。どうやらこいつらも、サイレンを鳴らして飛んできたらしい。
輪は何か言いたそうだったが、ライオネルが宥めて座らせた。
時刻はもう深夜で、病院内は最低限の光量を確保しているだけだ。薄闇の廊下で、並んで座って待つ。
あの医師が、助けてくれることを祈った。
窓から朝日が流れてくる頃、手術室の扉が開いた。
危なかったらしいが、深雪は助かった。
深雪の見立て通り腎臓が傷ついていたが、こちらもとらずに済んだ。だが傷は深く、体力も消耗していた。
深雪はこれから1週間、治癒ポットの中で過ごすことになった。
治癒ポットに入った者は、ずっと眠って過ごす。ポットを充たす薬液の中で、ただ眠って過ごす。
見舞いに行ったところで会えるはずもなく、ティーブは事後処理に追われた。
フェンの罪状を証拠とともに纏めて、検察局に送る。深雪が壊した倉庫や石畳の管理者に文書で謝罪し、浮上した保障問題に対応する。
サイレンをかき鳴らして、車両の進入が禁止されている病院正面玄関に滑り込んだため、そちらも謝罪を行い、始末書を提出した。
ありとあらゆる書類に3人で忙殺されながら、どうにか落ち着いてきたかと安心した頃、新たな事件に駆り出された。
治癒ポットから深雪が出てきたらすぐに会いにいくつもりだったのに、それは許されなかった。
新たな事件も連続殺人だったが、こちらの犯人はご丁寧に犯罪予告を出す。予告を出されたら警備しなければならず、抜け出すことは到底不可能だったのだ。
深雪は通信機器の類を一切持っておらず、連絡を入れることさえできない。
頭の隅にはいつも深雪がいたが、私人としては全く身動きのとれない日々が続いた。
恨みもなく政治的理由もなく、ただの快楽で殺人を続けた馬鹿な犯人を逮捕したのは、それから1ヶ月も過ぎた頃だった。
しかしとにかく逮捕し、またもや書類作成に忙殺される。
これが終わったら、溜まりに溜まっていた休暇を取る。誰が何と言おうが、何人殺されようが、絶対に休みを取るぞとティーブは誓った。
そうして、深雪に会いに行こうと決めていた。




