季節外れの子 25
「よくやったな」
膝をついて荒い息を繰り返す細い肩に、自らの黒いコートをかけてやる。
激しい動きの後でこの寒風の中、汗さえ浮かべて息を乱す深雪を、ティーブはコート越しに肩を抱いて立たせた。
小さな深雪の背では立ち上がっても、ティーブのコートの裾が地面についていた。
「大丈夫か?」
ぜぇぜぇと、深雪の息はまだ荒かった。深雪自身、これほどの戦いを経験したことはないのかもしれない。
思えばいままでティーブが逮捕したディセで、フェンほどの抵抗を見せた奴はいなかった。
ウィルから受け取った資料に、フェンの能力は特Aと記されていた。
それは深雪と同じで、RSP捜査官というのは普通のディセより余程強い力を持っているのかもしれない。
だがそんなことは、少し考えればわかることだ。犯罪者より弱い力しか持たない捜査官など、何の役にも立たない。
犯罪者より遙かに強い力を持つからこそ、いままでの被疑者はさしたる抵抗もせずに拘束されたのではないのか。
そう考えれば、やはり己の不手際が悔やまれる。
特Aクラスのフェンを相手にするのに、深雪1人では難しかったのだ。もう1人、いやあと2人もいれば、もっと簡単に事は片付いたのだろう。
だがそれならばどうして、深雪は進言しなかったのか。
もう1人、捜査官の依頼を受けろと深雪が言ったのならば、自分たちは素直に従っただろう。
いままでならばともかく、RSP捜査官をただの飾りだとは思わない今ならば、深雪の言葉に頷いたはずだ。
そう考えて、ふと気づく。
肝心なことは何も言わず、へらへらと笑っていた子供は、全てを自分1人で抱えようとしたのではないのか。
フェンは50年近く、惑星メイルのRSP本部に席を置いた。彼を知らない捜査官はいないだろう。
人懐っこく面倒見のよいフェンであれば、世話になっていない捜査官も少ないのかもしれない。
フェンを捕らえる事は、どの捜査官にとっても重荷になる。
捕らえられたフェンがこの先どういう道を辿るのか、それをいまのティーブはよく知っていた。
RSP捜査官ならば誰もが知っている、罪を犯したディセが辿る理不尽な道。まともな裁判を受けることもなく、軽犯罪者から重犯罪者まで、全て衛星アシスに送り込まれる。
衛星アシスには何もない。建物も何もない、吹き曝しの荒野だ。生きたければ、自分の力で生き抜かなければならない。食事も寝床も何も与えられない。頼れるものは、自分自身の力だけなのだ。
だが多分、送り込まれた者の多くが、そう時間を経ずに死に絶える。
そんな道にフェンを押しやる苦痛を、深雪はたった1人で抱えようとしたのではないのか。
いまも苦しみを抱えているだろう子供に、何と声をかけていいのかわからなかった。仕事を終えて、誇らしい気持ちでもないだろう。
だが、残念だったなとも言えず、よくやったと褒めてやることしかできなかった。
立たせた深雪の肩を抱く。
衣服から出た場所には無数の切り傷。丸い頬にも、白い額にも手にも、小さな傷がたくさんついていた。
待機所に薬箱を置いていたはずだ。何があってもいいようにと、用意のいい輪が備えていた。傷薬も当然あるはずだろう。
早く戻って薬を塗って、そして暖めてやりたい。
ティーブの視線の先では、ライオネルがフェンに手錠をかけていた。ディセ用の、片腕の手錠。
完全に気を失ったフェンに、それでも銃を構えて慎重に近づき、手錠をかけた。
フェンのだらりとした腕に銀色の輪が嵌められたことにほっと息を吐き、ティーブは小さな体を促す。
本部への連絡は輪が行っていた。12人の警官たちはこれから後始末に追われる。
開発途中でこの倉庫群も近々壊されると聞いた。それでもいまの持ち主に連絡し、謝罪をしておくべきだろう。
致し方ないとはいえ、RSP捜査官のすることに一般市民は手厳しい。
全員が的確に動いていることを目の端で捉えながら、ティーブは深雪を促した。
だが腕の中の体は強張ったままで、その小さな足は一歩も前に進まなかった。
「……紫野?」
怪訝に窺うと、ぎこちない笑顔を浮かべて深雪が言った。
「えへ。裂けちゃったみたい」
「何が?」
「うーん……腎臓……かなぁ……?」
は? と聞き返し、ようやく気づく。
深雪の流す汗が、脂汗だということに。




