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星並べ  作者: 月夜
21/69

季節外れの子  21

「やはり、エレの花に大きな要因があるようね」

 机の上には大量の紙が散乱していた。膨大な資料を見比べるのならば、紙の方が楽なのだ。床も、足の踏み場もないほどである。

「エレは花粉だけではなく、葉や茎からも水分が分泌されているの。その水分に含まれる微量の成分が、ハン人の精神バランスに大きな影響を与えているようね」

「花粉じゃなく?」

 床に散らばる紙を拾い集めながらライオネルが聞いた。


「花粉は、まあ、集大成みたいなものかしら。25年の冬の間に蓄積された成分の効果を発揮させるための引き金となっているのが、花粉に含まれる成分みたいなの。

 冬の間にハン人が吸い続ける成分には、食料の少ない過酷な状況下で疲弊する精神を安定させるためのものが含まれているの。ほかにも、少ない食料でも必要な栄養素を体内で作るための作用もある。

 そして、春の花粉に含まれる成分は冬の安定した精神を一気に解放させるけど、冬の間影響を及ぼし続けた成分は完全に消えることはなく、春でも体内で生きている。

 そうでなきゃ5年もの間、一斉に生殖活動に入るという一種、動物的な行動をとっているのにもかかわらず、ハン人たちが凶暴化せずに穏やかに過ごせているはずがないもの」


 ライオネルが差し出したコーヒーに口をつけ、輪が続けた。


「外で生まれて一度も惑星ハンに降り立ったことのないハン人は、エレの花の影響を一切受けないの。約60年の寿命を平穏に全うするのよ。でも、一度でも惑星ハンで暮らしたハン人は星を出ると、30才を過ぎたあたりから精神を狂わせる。これは例外なく、そうなのよ。……そして、一度でも惑星ハンに滞在した他星人は、滞在する前より僅かではあっても凶暴化する。個人や滞在期間によって差はあるけれど、これも例外なく、そうなのよ」


「つまり……エレの花というのは、ハン人以外の人間にも影響を与えるということか……」

「ええ。といってもエレの花は確かに、惑星ハンで生きていくのには必要なものだから、駆除するわけにはいかないけどね。……で、ここからが本題よ。フェンは生まれてから11才になるまで、惑星ハンで暮らしていたの」


 重い空気が捜査室に流れた。


「フェンは……季節外れの子供だったようね。冬に生まれて、大人たちが狂い咲く春を、子供のまま迎えた。6才で春が始まり、星を出た11才まで……共に狂うこともできず、彼の目にはどう映ったのかしらね……惑星ハンの春は」

 母親でさえ、夢遊状態に陥っていただろう。 



「いままで常軌を逸したハン人たちの傾向と、今回の事件で浮かぶフェンの精神状態を分析したわ」

 輪が気分を変えるように、ライオネルが綺麗に片付けた机の上に一枚の紙を置いた。


「惑星ハンはいま、春なの。エレの花の咲き始めは、約30日に一度の開花を繰り返す。30日に一度、いくつかの花が綻びぶ。それを数ヶ月繰り返したあと、いっせいに残りの花が開花する。その間、およそ8ヶ月。はじめの殺人は月一だったけど、それがこの開花時期と重なるの。……現在、間隔が狭まっているのも、そうなんでしょうね。……惑星ハンはいま、満開だそうよ」

「それじゃあ……これからは、いつ殺人が起きてもおかしくないんだな」

 ライオネルが確かめるように呟いた。

「ええ……それも、一日に何人も殺される可能性だってあるわ」

 輪は溜息を吐いた。

「何か手がかりはないのか? 次はいつ、どこでやりそうなのか」


「確かではないけど、可能性のある場所が……ここよ」

 そう言って輪の細い指が、壁に貼られた地図の一点を指し示した。



 首都オータの第2区画、商業施設が建ち並ぶ一角の奥に、3人の刑事と深雪はいた。

 派手な光に溢れた大通りを数本奥に移動しただけで、満足に街灯もなく暗い。開発途中なのか、妙に開けただだっ広い敷地には倉庫らしきものが点在していた。

 夜という理由だけではなく、人の気配を感じさせない寂しい場所であった。


「ここは20年前までは、結構賑やかな場所だったそうよ。何世代にも渡って暮らす人々がいて、小さな商店が連なる町だったけど、10年ほど前に開発予定地区に制定されて、町が消えたの」

 輪はそう言ったが、賑やかな町を想起させるような跡はどこにもなかった。

「いまから約40年前、フェンはここで暮らしていたみたい」

 海に近い開けた場所は風が強い。身を切るような冷たい風に、ティーブはコートの襟を立てた。

 深雪の黒いケープは風にばたばたと靡き、立っているのも辛そうだった。


「事件が起きた場所をフェンと重ねて調べてみたの。すべて、フェンがかつて暮らしていた場所の近くよ」

「共通点はあったのか……」

 深雪の風上に立ってやりながら、ティーブが呟く。

「ええ。フェンは現時点から遡るように、暮らした場所で犯行を重ねているわ。その法則のまま次に起こるとすれば、ここになる。ここはフェンが10代後半から20代前半までを暮らした場所になる。フェンが惑星メイルに来て、はじめて暮らした場所よ」


 厚い雲が夜空を覆って、月も星も明かりが届かない。心許ない街灯を頼りに、ティーブは暗闇に目を凝らした。

 こんなところで暮らしていたのかと、思う。輪が言うような賑やかな場所はやはり、ティーブには思い描くこともできなかった。


 だが人がどれほど多くいても、それが自分に連なる人々でなければ、フェンの心はこの風景と同じだったのではないか。

 賑やかな人々の間を抜けて自宅に戻る。そこにフェンを迎えてくれる家族がいなければ、心は空虚であっただろう。

 周囲が賑やかであればあるほど、フェンには寂寥感ばかりが募ったのではないのか。

 

「フェンの狂気がハン人の特質からであり、凶暴性がエレ人の性質からきているのであれば、明確な秩序はないのかもしれない。ハン人の狂気はある日突然起こるものではなく、花が咲き始める頃、月に一度、数時間の単位で現れるものだそうなの。いまのように満開の時期になれば、彼の狂気は常時現れているでしょうね。……そうなれば、今まで見せていた秩序も消える可能性があるわ」

「だがそれでも……次の犯行場所の可能性として、ここは捨てられないか」

「彼が自分の部屋に戻った形跡はないのよね?」

「正確には、正常な精神を持ったフェンは戻ってきていない。警視総合本部に派遣されていたとき、フェンはホテルに滞在していたようだ。仕事中はいつも、そうしていたんだな?」


 ティーブが深雪に確認するようにそう言うと、強風に揺れながら黒い頭が頷いた。


「うん。フェンはねぇ、ものすっごい几帳面なんだよ。毎日3回は掃除しなきゃ気が済まないのに、仕事中はそういうわけにもいかなくて、それで帰らないの。それに、フェンの部屋から本部まで、毎日歩くのは大変だもん」


 公共の低空船も満足に使えず、自分の車など持つことさえ許されない。

 目立つ制服で、ディセですと看板を掲げているRSP捜査官の移動手段は、専ら自分の足だ。

 深雪も、本部目の前のホテルを定宿としていた。

 

「彼にとって自分の住処というのは、とても大きな意味を持っていたのかもしれないわね」

「自分のテリトリーに入ってきたから殺した、ということか?」

「それはどうかしら? そういう見方もあるだろうけれど、それなら女性ばかりを狙うはずがないわ」

「ハン人の血が、出てきたのかもしれないよな」


 輪もしっかりと鍛えているが、それでもこの強風はきつそうだった。ライオネルが風上に立ち、その肩を抱いて言った。


「生殖行動の相手として、女を狙ったのかもしれないだろ?」


 風の音で声がかき消されそうだが、それでもこの距離ならば聞こえる。

 ティーブは思わず、深雪の頭を片手で抱き寄せてその耳を塞いだ。

 フェンが事件を起こすきっかけともなったハン人の特性だが、子供に聞かせたい話題ではない。


「この時期は、異性を見るようになっているのかもしれない。生殖行動如何に関わらず、自分とは違う異性を見るのかもな……。まあ、8人目の被害者は子供だったから、そういう秩序も消えちまったのかもしれないけど」

「でも住処には拘りを持ち続けた……と? 確かにそうね。8人目の被害者が、被害者としての共通項を外していたとしても、場所の秩序は乱れなかったもの」


「僅かにでも可能性があるのならば、ここを監視しよう」


 ティーブは、頼りない街灯だけの暗闇を見つめて言った。

 他に思いつく場所がないのならば、ここに賭ける意味はある。


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