季節外れの子 2
「現在、オータで起きている連続殺人を知っているか?」
ライオネルの言葉に深雪は首を振った。
仮にも捜査官の名を持っているのならばニュースくらい見ろと言いたいのを、ティーブはぐっと堪える。
「ま、知らないか。最近まで報道規制していたし、惑星メイルは銀河連邦の中でも殺人なんかの凶悪犯罪発生率が平均値の1.7倍だからなぁ。5人くらいの連続殺人だとマスコミも慣れちまって、さらっと流しただけだし」
ライオネルは深雪に甘い。
だが深雪に特別甘いのではなく、ライオネルは女と子供全般に甘いのだ。
確か深雪は、15か16の年だったはず。現役の高校生だ……いや、中学生か?
頭に浮かんだどうでもいい情報を、ティーブは軽く頭を振って追い出す。
ティーブより僅かに身長が低いがそれでも、ライオネルは180センチを軽く超える。
硬くしなやかな筋肉で衣服を着れば細身に見えるティーブとは違い、ライオネルは服を着ていてもがっしりとした、分厚い筋肉に覆われた体型だった。
しかし重量級に見えるこの体型からは想像もできないほど、ライオネルは身軽だ。
軽くカールした明るい茶色の髪、初夏の木々を思わせる緑の瞳はいつも陽気で、第1捜査課の刑事に共通する威圧感はどこにもなかった。
「月一くらいの頻度で、はじめは別々の犯人による別事件だと思われていたんだが、手口が似ているということで単一の、連続犯の可能性が高まったんだよ」
「ディセの犯行なのぉ……?」
仕事が嫌なのか、難しい話が嫌なのか、面倒臭そうに深雪が言った。ティーブや輪なら真面目にやれと怒鳴るところだが、ライオネルは気にした風もなく続ける。
「武器がなぁ、全然わかんねーんだ。ものすごく鋭利な刃物ですっぱりやられているんだが、該当するような刃物が見つからない。深雪ちゃん、武器を使わずに人体を切ることって可能なのか?」
今年で30才になるティーブや輪、そして29才になるライオネルからすれば15,6など鼻水垂らした子供と同じだ。
だがそれでも、職場でちゃん呼びすることにティーブと輪は眉を顰める。輪は深雪を紫野さんと呼び、ティーブは紫野と呼びつけた。
「可能と言えばぁ……可能かなぁ。念動力になるけど、方法はいくつかあるよぉ」
深雪はつまらなそうに椅子に座った体を揺らしながら言った。
「うーん、じゃあやっぱりディセの犯行か……」
「被害者の傷ってぇ、どんな感じ? 切れてるかなぁ? それとも、潰れてる感じかなぁ?」
体の動きを止めて、今度は頭を机に乗せて言う。だがライオネルは怒るでもなく、そのまま話を続けた。
「薄く、何度も切り刻まれている。はじめは2,3回の切断で事切れているようだが、5人目の被害者は絶命までかなりの時間をかけて切り刻まれているようなんだ」
「そっかぁ。だったらぁ、かなり強い力を持っているかなぁ」
「なぜそう思うんだ。余計な憶測は無駄な捜査を生む。お前の勝手な思いこみじゃないんだろうな」
終始間延びして話す深雪に苛々としながら、ティーブは口を挟んだ。若者特有の言葉なのかもしれないが、ティーブには耐え難い。
輪も同じなのか、壁際の椅子に腰掛けたまま無言だった。
「人みたいにぃ大きくてぇ、それなりにぃ堅い物をぉ、一撃で切断するのってぇ、結構大きな力が必要なんだよぉ」
深雪はぱっと頭を上げると、足をぶらぶらとさせながら言った。ティーブに話しかけられて嬉しい、そんな様子を隠そうともせずに。
「みんながぁ、武器を使ってぇ、同じようなことをしようとしたらぁ……たとえばぁ、この惑星の女の人ならぁ、難しいかなぁ。ていうか、無理だよねぇ。それとぉ、同じことだと思うよぉ。すっぱり切るのにはぁ、力が必要だしぃ、何度も殺さないくらいに切っていくのならぁ、ものすごく正確な力のコントロールが必要だしぃ、これもぁ、みんながぁ、ナイフなんか使ってやろうと思ったらぁ……」
「もういい! わかった! ……お前の話は長くて苛々する」
語尾が伸びる上に、一文が長い。ティーブとしてはかなり我慢したのだが耐えられず、片手を振って止めさせた。
深雪は不満を表すように唇を尖らせ、ティーブに媚びるような上目遣いで見た。
こういう、自分を可愛いと思っているような態度もティーブは大嫌いだった。
「……つまり、強力な打撃と、その力を的確にコントロールし、なおかつ鋭利な切れ味を持つ力。それを持っているディセが犯人だということですね」
深雪が数十分かけて説明しようとしたことを、僅か数秒で輪が纏めた。
淡い金色の髪と薄い水色の瞳を持つ輪はたおやかという表現が似合う、女嫌いで子供嫌いの女刑事だった。
RSP捜査官の出番は犯人と対峙したときだけ。
そう言っても過言ではない現在の制度上、犯人に至るまでの捜査においてRSP捜査官を蚊帳の外に置くのは常だった。
深雪は一緒に捜査に行きたいと煩く騒いでいたが、邪魔の一言で捨ててきた。
前々回、無理矢理後をつけてきて重要参考人の聴取を邪魔してくれた。そのときのことを、ティーブはまだしっかりと覚えているのだ。
惑星メイルの法律では、街中どころか建物の中にも監視カメラを設置しなければならない。映像と音声を記憶するそれは、事件事故のとき威力を発揮する。
集団の安全の前には、個人のプライバシーなど無きに等しい。煩く騒いだ人権団体も、当該事件事故の重点箇所を絞り込むまでの確認作業を、人ではなく機械がすると言えば納得した。
折しも、人権団体を率いた者の娘が殺人の被害者として発見されたことも大きかった。所詮は他人事。事件の被害者になってはじめて、個人のプライバシーより社会全体の安全を求めるようになるのだ。
何万というカメラが撮り続けた膨大な記録から、予め設定しておいた事件発生時間帯だけを選び出し機械が編集した映像を、輪が確認していく。何日にも渡る確認作業が終わらないうちに新たな事件が発生していたが、いまだに手がかりは何一つ出てこない。
しかしだからと言ってただ椅子に座っているだけにもいかず、ティーブとライオネルは冷たい風の中へと出て行った。
怨恨の線はないかと、被害者周辺を洗っていく。被害者同士の共通点を探す。だがそのどちらの可能性も見つけられず、やはり通り魔的犯行かと思う。
通り魔であれば、捜査は困難になっていく。いつ、どこで起きるのか、推測が難しくなるのだ。
しかし難しくはなっても、不可能というわけではない。どういう種類の者であれ、人は大概何かしらの行動パターンを持つ。他人か或いは自分自身で、決まり事を己に課しているものだ。
事件の起きた場所、時間帯、被害者の種類、それらのことをもう一度考えよう。考えて、考えて、考えていけば、何かしらの共通項が見つかるはずだ。
被害者が増えればヒントも増える。だがこれ以上、増やしてはならない。ならばこそ、頭を使うのだ。
辺りが暗くなった頃、ティーブは警視総合本部に戻った。冷たい風に一日中曝されて、建物内の暖かさにほっと息を吐く。我知らず、肩から力を抜いた。
第1捜査課が占拠するのは17階から25階までである。ティーブは21階のフロアに降り立った。広いフロアには飲料コーナーがあり、第1課の強面刑事たちが大勢たむろしていた。
騒がしいフロアを横切ろうとして、ティーブは足を止める。ついでに、眉も顰めた。