季節外れの子 13
「そうかぁ、そんなに離れていたんだ。どんくらいか、わかる?」
輪の肩に手を置いて宥め、ライオネルが被害者に聞いた。
「うーん……どんくらいかなぁ……建物の上にいたんだよね~。あれって、2階くらいのやつだったかなぁ……」
「上から攻撃されたのか」
「そうそう。あそこって、人通り少ないじゃん? さすがに後ろから誰かつけてくるかもって、足音には敏感になってるわけよ。でもあのときは、全くわかんなくて……なんか腕が痛いなぁって見たら、血が流れてて……」
その時を思い出したのか、被害者が身震いする。
「もう大丈夫だから、落ち着いて……」
静かな声で被害者を落ち着かせるライオネルを見て、輪はそっと椅子から立ち上がり交代した。
医師や看護師がついているとはいえ、捜査には部外者だ。聴取には自分も立ち会ったほうがいいと思うが、少しでもいいので外の空気を吸いたかった。
ライオネルに目配せし、微かに頷いたのを見て廊下に出る。深夜の、人気のない廊下。冷たい空気が心を落ち着かせてくれた。
遠くから、足音と話し声が聞こえてきた。
光量の絞られた僅かな明かりを頼りに廊下の端を見ると、身長差のある2人が歩いてくる。見事にデコボコで、自然と笑みが広がった。
惑星メイルは凍てつく寒さでも雪は降らない。
ただただ寒いだけの深夜、ティーブはずっと外にいたのだろう。ティーブの銀色の髪や、酷薄な印象を与える薄い水色の瞳までもが凍り付いているように見えた。
ラフな格好が多いライオネルと違って、ティーブはいつもスーツを着ている。色は大抵黒か灰色。自分の体にぴたりと合うようにと、オーダースーツだ。丈の長い黒いコートももちろんオーダーで、ティーブによく似合っていた。
長身のティーブは姿勢もいい。逮捕術はもとより、ひととおりの武術を身に着けいまでも訓練を続ける体には、使える筋肉がしっかりとついている。
髪の色や目の色やその身形が近寄りがたい冷たさを与えるのにもかかわらず、彼は女性によく好かれた。
ティーブとは、家が近所だった。物心ついたときには既に隣に立っていた。
2人は付き合っていると言われたことも一度や二度ではないが、ティーブと輪は友人以上の関係になったことは一度もない。お互いの異性遍歴は誰よりも知ってはいたが。
どれほど女性に好かれようと、ティーブ自身が女性を追いかけている姿を見たことはなかった。擦り寄ってくる女性を適当にあしらい、適当に相手をする。
ティーブが女にしろ男にしろ、誰かに振り回されている姿を輪は見たことがないのだ。
黒いスーツの上に黒いコートを着たティーブと、RSPの黒い制服にいまは黒いケープを身に着けた深雪。
標準よりも小さな深雪は、ティーブの胸にも届かない。深雪は背伸びをするように、ティーブは身を屈めるようにして話していた。
深雪の、いつもの間延びした話し方と、それに苛々と答えるティーブ。苛々しているくせに、深雪に構う。煩いと言いながら話しかけるし、無視もしない。
いまも、腕に抱きつかれて邪魔だと言いながらも、力任せに振り解くこともなく歩いてきた。
あのティーブでも振り回されることがあるのかと、輪はおかしくなった。
「紫野さん、寝ていたの?」
いつもぱっちりと大きな目が、何だかしょぼしょぼしている。だが深雪はぶんぶんと頭を振って、元気よく言った。
「まっさかぁ。あたしはずぅーっと起きていられるよ」
「嘘を言うな。俺が捜査室に入ったとき、床に転がっていたのはどこのどいつだ」
「あれはぁ、腹筋でもしようかなぁって」
「……寝るならせめて椅子を並べるか、机の上にしろ。俺は踏みつけるところだったんだぞ? それに、寝るときは鍵を閉めろ。お前が鍵を閉めても、俺たちは暗証番号を知っているから開けられる」
「紫野さん。鍵を開けたままで、寝ていたの? 駄目よ、それは。刑事なんて生き物はね、この世で一番倫理観から遠い場所にいるのよ。女子中学生が無防備に寝ているなんて知られたら、何をされるかわかったもんじゃないわ」
「中学生じゃないよぉ。あたしは、高校生!」
「どっちでも同じだ」
殺人ばかり取り扱う第1捜査課の刑事は特に、殺伐とした奴が集まっている。輪でさえ、襲われたことがあるのだ。もちろん相手が泣いて後悔するほど返り討ちにしたが、深雪など簡単にねじ伏せられるだろう。
「それで、被害者は?」
場所も時間もわきまえずに騒ぐ子供の口を片手で塞いで、ティーブが言った。
深雪は振り解こうともがいていたが、ティーブの空いたもう片方の手で後ろから体を押さえ込まれている。ティーブは苦もなく簡単にそれをしていて、深雪の非力さが窺われた。
やはり関節技のひとつでも教えていなければ危ないと眉を顰めつつ、輪は答える。
「あまり期待はできないわね。とても興奮しているし、暗闇でよく見えなかったって」
「そうか……。しかし、この治安の悪い街を、深夜に女一人でよく歩くな……」
「女子大生らしいけど、どうやら売春していたみたいね。生活苦のほうじゃなくて、遊びだろうけど」
「仲介に上前を撥ねられないようにだろうが、素人が簡単に、安全にできるもんじゃないぞ」
「危険を事前に察知する頭は、残念ながら持ち合わせてはいないようよ」
2人揃って盛大な溜息が出た。
しかし相手がどういう種類の者であろうと、貴重な目撃者だ。その目撃証言が正しいことを祈りつつ、これからの捜査が始まる。
「……では、お会いしようか」
「ライオネルが聴取しているから、私よりはマシな証言が得られているかもね」
ドアを開けると部屋から漏れ出でた光量に、一瞬目が眩む。
輪に続いて部屋に入ろうとティーブと深雪が歩みを進めたとき、その足を止めるかのように、強い悲鳴が深夜の病院に響き渡った。
犯人はRSP捜査官。
10人目の被害者は、はっきりとそう告げた。




