季節外れの子 1
「またお前か……」
惑星メイル首都オータの中心地、第3区画の治安を守る、オータ警視総合本部第1捜査課第7係第3班ティーブ・カイザル刑事は地の底を這うような低音で唸った。
「RSP捜査官は余程人手不足らしいな」
「えぇぇぇ! そんなことないよぉ。たしかねぇ、えとねぇ、3千人くらいいるよぉ」
自らに注がれる侮蔑の視線にも全く気づかずRSP捜査官、紫野深雪は聞く者を苛々とさせながら答える。
「……数だけいても意味がない。俺が言っているのは、なぜお前のような未熟で、役立たずのガキが送り込まれてくるのかということだ!」
「そんなの決まってるよぉ。それはねぇ、あたしがぁ……きゃはは! えとねぇ、カイザル刑事のことがぁ、大好きだからだよぉ! いやん、言っちゃったよぉ!」
何度も聞かされたふざけた告白を完全に無視し、気持ち悪く照れている子供を一瞥する。
「ここは、殺人を取り扱う第1捜査課の中でも凶悪犯や連続犯を相手にする第7係だ。お前など、少年課にでも窃盗課にでも行ってこい!!」
「あー、カイザル刑事、知ってるぅ? RSP捜査官はぁ、AからEまで能力別にランク分けされててぇ、あたしはぁ、Aより上の特Aなんだよぉ。すっごいでしょぉ? えへへ」
「そんな話が信じられるかっ!!」
得意気にピースサインをした150センチそこそこの深雪を、189センチのティーブは遥か頭上から怒鳴りつけた。
「課長! 俺は前回、こいつだけは二度と寄越してくるなと言うよう、お願いしましたよね!?」
「まあ……お願いというか、脅迫めいたことは聞いたけどね……」
「じゃあ……!」
「そんなこと、言えるわけないだろう。我々警察は、RSPに対して捜査官の派遣要請はできても、誰を送れだの送るなだの、選り好みはできないんだから。もしそんなことを許していたら、あちらさんも収拾がつかないだろう」
のんびりと諭され、ティーブは歯ぎしりをした。
惑星メイルは冬の星である。
星の半分は人類が住めるような土地ではなく、残り半分も3分の1は多くの手を加えなければ人並みの生活などできない。そのため、ひとつの星にいくつもの国が存在する他惑星は多くあったが、惑星メイルにはメイル国というひとつの国しかない。
限られた土地で人々は密集して暮らし、この星で起きる殺人の8割が首都で起きていた。
オータ警視総合本部第1捜査課第1係から第18係まで、総勢570人の刑事を束ねるのがマサ・ク・ヒライだった。
鋭い洞察力に執念深い捜査。ひとたび犯罪者と対峙したときに見せる気性の荒さで、惑星メイルどころか銀河連邦全ての犯罪者から恐れられたらしいが、いまでは穏やかで小柄な好々爺といった感じだ。
「ティーブ、もう来ちまったもんは仕方ねーだろ」
「そうそう。それに今までは彼女の手を借りるような相手ではなかったから、彼女が現場でただ突っ立っていただけなのも仕方がないわよ」
ティーブの同僚であるライオネル・ピアス刑事と輪・イヤー・メイリン刑事が取りなす。
だが、一見丁寧な口調で物腰も柔らかい輪の方が、ティーブよりも深雪を嫌っていることをティーブは知っていた。
3人は高校、大学と同じ道を歩いてきたとても珍しいチームだった。ライオネルは1歳下だが飛び級をし、同じクラスで学んだ。
捜査班は通常5人で組むが、第3班だけは特別に3人で組んでいる。
あまりに長い間知り合いであったため3人だけの方が効率がよく、通常の5人体制で捜査するより検挙率が高いのだ。
この班にはRSP捜査官であろうとも、彼らと同じ刑事であろうとも、入り込むことは難しいと言われていた。
それが、強みでもあり、弱みでもあったのだが。
「ということで、ま、仲良くしてあげてよ」
ここは小学校か。
そう怒鳴りたいのを抑え、ティーブは渋々頷いた。
銀河歴2375年。
1惑星、1銀河系だけで暮らしていた知的生命体が宇宙を自由に行き来し、他の惑星、銀河系と交流を始めて2千年以上の月日が流れた。
いまから1586年前の、銀河歴789年。
数十回に及ぶ侵略と戦争、破壊と創造の果てに銀河連邦が創設された。
それから約1500年、連邦に加盟する各国により一定のルールが設けられ、多少の小競り合いを抱えながらも一応の安定を築いていた。
安定のための外交交渉の結果として、もしくは外交交渉の不甲斐なさを尻目に、銀河連邦創設後、民間人による異星間交流が活発化する。
しかし民間人による交流が活発するにつれ、ある種の問題も顕著になってきた。
所謂、他種族間で行われる生殖活動である。
住む星、暮らす銀河系を代表する知的生命体同士とはいえ、その見た目や能力には大きな違いを抱えていた。
銀河連邦一の長身を誇る星人と、低身長である星人の差は3mを超えていたし、重力の重い惑星に暮らす星人の腕力は、軽い惑星に暮らす星人とは比べものにもならなかった。
明かりが乏しい惑星で暮らす人々は僅かな光量で十分に機能する『目』を持っていたし、希薄な酸素を十分に活用する『肺』を持つ星人もいた。
また、そのような平均的な『人類』とは明らかに違う星人が暮らす惑星もあったのだ。
生態の半分は植物に近い者、手を使わずに物体を動かせられる者。
触覚が発達し何を感知しているのか『常人』には全く理解できない者など、多くの平均的な常識を覆す能力を持つ星人もいた。
それでも彼らはそういう惑星人であるという認識をされ、銀河連邦内においてはそれぞれの星人たちが理解され、認識されるような条約も制定されたのだった。
しかし問題は、他種族間で生まれた者たちである。
親たちが持つ能力を相殺するかの如く、平均的な人類となり生まれてくる者もいたが多くの場合、親たちが持つ能力を遙かに凌駕する力を持つ者が生まれた。
彼らを総称して『ディセ』と呼ぶ。
当時、銀河連邦内で一番活発に他銀河系と交流を続け、他種族間での子供が多く生まれた惑星ポイの言葉である。
『忌み嫌われる者』そのような意味であったと言われる。
ディセの、人々を圧倒する力は脅威を生み、迫害された。嫌悪されながらも成長したディセは、歪んだ心で人々を傷つける。
傷つけられた者たちはディセを憎悪し、憎悪されたディセは我が身と心を守るため無差別に攻撃をする。
悪循環だけが続いた。
一時期、ディセの断種や中絶も強要されたが、それがディセや彼らを擁護する者たちの怒りに火をつけ、長い内戦を繰り広げた銀河系も存在した。
他種族間での婚姻を禁じる銀河系もあったが、経済をはじめとする他惑星との交流を禁じていない以上、違反する者は後を絶たたない。
また、禁じているだけに表面化しづらく、問題が大きくなるということが指摘された。
銀河連邦での話し合いは長期に及んだ。
どの種族間で生まれた子供が問題となるのか。同じ組み合わせでも能力を持つディセと持たないディセがなぜ生まれるのか。
銀河連邦主導の下、研究が続けられた。それは時に、正視に耐えない人体実験にも及んだ。
しかしその結果、有効な予防薬が確率されるに至る。
だが、どのように有効な予防薬であったとしても完全ではなく、現在でも年に数万人の力を持つディセが生まれていた。
現在では、同じ他種族間での混血児であっても、特に突出した能力を発揮する者に限って、ディセと呼ばれている。
現在に生きるディセたちは、その数が圧倒的に少なくなったため、かつてのディセたちが受けた以上の規制を受けていた。
職業の選択や生殖活動は銀河連邦により、学校の選択や恋愛、結婚に至っては人々の差別により制約を受ける。
ディセが生まれるとその家族たちは同様の差別を受けることを恐れ、育児を放棄する者が多い。
施設で、或いは路上で成長したディセたちは、満足に学校にも通えず、就職もできず、生活の糧を得るために犯罪に手を染める者も多くいた。
ディセ同士で徒党を組むことは少なかったが、盗みを重ね続けた挙げ句、殺人などの凶悪罪を犯すことも多発した。
しかし、平均的な人類を圧倒する能力を発揮する彼らを従来の治安組織で取り締まることは困難を極めた。
そこでいまから約200年前に、ディセだけで構成されるRSPが創設された。それは、就職難に喘ぐディセ救済の意味も込められていた。
それぞれの惑星に約15名いるRSP運営委員会は『普通』の人々であったが、捜査官の全てはディセである。
彼らもまた、多くの規制に縛られていた。
警察本部からの要請を受け派遣という形で事件に加わり、RSPが独自で行えることは何もなかった。
また、関係者への聞き込みや鑑識といった捜査行動は刑事が行い、RSP捜査官は手出しをしてはならなかった。
捜査官と言いながらRSP捜査官が『捜査』をすることはなく、彼らの仕事は専ら、犯罪者であるディセを取り押さえることだけである。
そのため刑事の多くは、犯人逮捕という捜査の苦労が一番報われる場面をかっさらうRSP捜査官に対し、憎悪にも似た嫌悪感を持っていた。
それはどこの惑星の刑事であろうとも変わらない、共通した感情である。