3 下校
私は今、仲良くなったばかりの娘と帰路を共にしていた。おそらく私の記憶の中で最も充実しているだろう。
「小湊さんは…」
「珠心でいいですよ」
なんだか彼女が私の名前をぎこちなく呼ぶので、名前で呼ぶように催促した。
「じゃあ、えっと…珠心ちゃんは、寮でどういう生活してるの?」
「基本的に一人暮らしの苦学生なんですけど、例外として月1位の頻度で母親が見に来るんですよ。ちょうど昨日家にいました」
神木さんは、その微笑ましく聞こえる話を聞いてにこにこ笑って言った。
「娘想いのいいお母さんだね」
確かに傍から見ればそうだろう。だが実際は少し違う。昔のことを思い出して、少し嫌な気分になった。話を変えよう。
「神木さんはどうなんですか?」
「私は妹と、お母さんと3人暮らし。お父さんは売れっ子のカメラマンなんだけど、家にあんまり帰ってこないの」
「そうなんですか」
こういう他愛もない友人との日常会話というものに飢えていたのだろうか、私は今まで感じたことのない気持ちになった。
「着いちゃったね」
暫く話していると、いつもより大分早く寮に着いたように感じた。今まで友達と一緒に楽しく会話をしたことがないからか、別れがとても辛い。
「ありがとうございました。また明日…」
「珠心ちゃん!ちょっと待って」
寮の階段を登ろうとしている私を彼女は引き止め、そのまま私の方に近づいて、徐ろにバッグから何かを取り出した。
「よかったらメールアドレス交換しない?」
突然のお誘いにきょとんとしてしまった。
「嫌だった…?」
「い、嫌だなんて!ちょっと驚いてしまって…でも、いいですよ」
そう言いながら自分の携帯電話を起動させ、アドレス帳を開いた。
そこに登録されているアドレスはたった2件。両親の物だ。といっても、両親とメールすることも殆どない。だから普段使うことない携帯は、ほぼ常時電源をオフにしてある。
お互いの携帯電話からピロンと音がした。どうやら赤外線通信が終了したようだ。
「嬉しい…友達のアドレス貰ったのなんて初めて…」
「私もです」
すると今度は私の携帯電話からピロリンという音がした。これは先程の赤外線の音とは違う、メール受信の音だ。
開くと、当然のごとく神木さんからのメールだった。
『これからよろしくね』
そしてまた2人でくすくすと笑った。
ただ、ただこれだけの文章なのに、とても友達らしくて、とても温かい力を持っていた。
『こちらこそふつつかものですが何卒…』
私の返信内容をその場で見た神木さんが、にこにこと明るい笑顔を向けてくれて、友達っていいものだなぁ、と改めて感じる事となった。
「ただいまー」
「おかえり、日陽。どうしたの?ご機嫌で」
日和は無意識に鼻歌を歌っていた。それで機嫌が良いことを、母に気付かれてしまったようだ。
「えっと…友達…出来た…」
日陽の母は、娘の発言に呆気を取られた。しかし、すぐに嬉しそうな顔になって、
「名前は何ていうの?」
と言った。
「珠心ちゃん。小湊珠心っていうの」
「へー、珠心ちゃんか……近いうちその子をおうちに連れてきてね」
「うん!」
温かく見えるこの光景も珠心と同じく、何か不思議な空気を纏っていた。