1 遭逢
「ふ〜んふ〜ん♪」
私こと小湊珠心。高校2年生になりました。
まだ進級して1週間。かなり新鮮な空気が教室を未だに支配している。
重度の人見知り(コミュ障)である私の趣味は、学校の図書館に入り浸って本を読むこと。家で読むのも勿論好きだが、やはり図書館で読むのは空気が違う。今年1年も本を読みまくる予定だ。
何故こんなに機嫌が良いかと言うと、今朝貰った図書だよりに、私がとても好きだった小説の続編が入荷したと書いてあったからだ。今日一日、それを読むのが凄く楽しみだった。
だからSHRが終わってから、私は小走りで図書館に向かった。
「あっ!」
「痛っ!」
私が本のことを考え過ぎて集中力が散漫になっていた所為で、同じく小走りで歩いていた女生徒と曲がり角で激突した。
「すみません、大丈夫ですか?」
「えっ…あっ、ありがとうございます……」
これは自分の過失だ。倒れてしまって尻餅をついたその娘に手を差し伸べた。
立ってからパンパンとスカートを叩いた彼女は、突然だったので気付かなかったが、同じクラスの神木日陽だった。私の身長が低いこともあるが、彼女も女性にしては高めの身長で、私の目線が彼女の顎の部分と同じ高さだ。
私は他人にあまり興味がないためにクラスの人の顔なんて一切覚えていないが、こうして改めて見ると彼女はとても綺麗だ。
でもここまで綺麗で可愛い容姿をしている割には、彼女が友人らしき人と一緒にいるのを見たことがない。
「あの…?」
「あ、いえ、なんでもないです…」
その時、彼女が手に持っている物が何なのが初めて気が付いた。
「あの…それって『大学院生生活のスゝメⅡ』ですよね…」
「はい。入荷したと聞いたので」
何を隠そう、私が読もうとしていた小説は、この「大学院生生活のスゝメⅡ」だ。Ⅰは、私が読んだ本の中でトップクラスの面白さを誇っていた。そこらへんの男達に見せてやりたい程の名作だと言って過言ではない筈だ。
「今日一日それが楽しみだったのに…もう生きていけない…」
勿論、私は半分冗談というか大袈裟に言っただけなのだが、彼女は何を思ったか、顔を真っ青に変えて「大学院生生活のスゝメⅡ」を差し出してきた。Ⅰにも増してページ数が多く、片手では持つのが辛いレベルだ。
「あの、これ、読んでもいいですよ…?」
「え…でもこれって神木さんが借りてきたんじゃ…」
「明日には返してね…」
そう言って彼女は走り去っていった。私には全く訳がわからなかった。
「ただいま」
「お帰り…」
キッチンから出てきた母は、水仕事で濡れた手をエプロンで拭った。未だに彼女と距離感を感じる。だが彼女だけではなく、私を取り巻く人々は皆、私の記憶が始まった頃のその瞬間を除き、皆が冷たい態度をとるようになっていた。
今となっては慣れっこである。
私の最初の記憶は病院の病室で、起きた時は沢山の知らない人に囲まれていた。その人達は、皆泣きながら喜んでいた。
その時思った。「この人達は、一体誰なのだろうか」と。
私は考え事をしながら席についた。
兎に角、「大学院生生活のスゝメⅡ」は、今日中に読み切ってしまおう。神木さんが何を考えているのかは皆目見当もつかないが、読めるものは読むのが私のモットーでもあるのだ。
そして、また改めて彼女に本を手渡そう。
今日は何時に眠れるだろうか──。