相談
放課後。いつもならば街のギルドの手伝いに行くのだが、今日に限ってはその元気も起きない。ファラは公園のベンチに腰掛け、葉が風に揺れて擦れあい奏でる音をぼんやりと聞いていた。
「召喚獣か……」
今までにも何度か教師たちに言われてきていたし、ファラ自身自覚していた。しかし、千日連続登校は流石に堪える。抱き枕を貰えたことは確かに嬉しいのだが、それは召喚士を育成する学校にいながら自分がただの学生として過ごしてきたという事だ。
「うええ……」
何となく感じた気持ち悪さに胸のあたりを押さえる。
(上手くいかない時って体調も悪くなるのかな)
視線だけ下に向けた時、急に視界が暗くなった。
「どうした、お嬢さん」
聞きなれた、少し低い声が頭上で響く。顔をあげると一番に視界に入ってくる、ゆるく編んだ二つの大きなおさげ髪。その持ち主がファラを見下ろしていた。
「ミュート」
「おーよ」
黄土色の髪を揺らして笑うその姿は正に女の子。ファラが男だったならば、太ももまで隠れるブラウスの裾を押さえて座る、そのちょっとした仕草にも見とれていただろう。それほどに可憐な、先ほどの男っぽい返事も可愛く思えてしまう少女。だが、
「あら、ちょっと顔色悪いか?」
「今の「あら」女の子っぽかったよ」
「あ、それ差別だな。今ファラは男の使える言葉を制限したよ」
「してない。なにその過剰反応!」
「男っぽい」どころではない。ギルドに所属し、召喚士の先輩でもあるミュート・エルフィンストーンは男なのである。確かに声を聞けば男の声なのだが、赤いベストもファラとお揃いの緑のリボンも、ピンクホワイトのブラウスもベージュのブーツも全て女性もの。その見た目に騙される男は多々いる。
「過剰反応はいいとして、本当にどうかしたのか? 悩みなら聞くぜ」
「スル―は無しですか……」
「無しです。聞かせなさい学生さん」
ふざけながらも、落ち着いたその表情はファラをリラックスさせる。たとえ同い年に見えても、女の子の格好をしていても、彼はそれなりに歳を重ねた大人なのだ。
*
「……へえ、まだそんなことで悩んでんのか」
「そんなことで悩んでます」
ベンチの背もたれに体を預け、呆れたように言うミュートにファラは項垂れた。左右にある蟻の触角が垂れたような髪が重力に従って下がる。それはまるで今の彼女の気持ちを表しているかのようだった。
「いっそ召喚獣はあきらめて、今できる無機物召喚と補助魔術だけに絞ったらどうだ? それだけでやってる召喚士だっているだろう」
「いるけど……その方がいいとも思ってるけど、」
「でも諦めきれない」
ファラが小さく頷く。
「だよなあ。それこそ一パーセントも可能性が無いなら諦めつくけど、ファラの場合は違うもんな。若い内から諦めちゃいけないんだけど、卒業したら即就職だからな今の時代は」
「若者は悩んで成長しなさい、とか言っておいて悩む時間が短すぎるんだもの」
「それはまあ、お前が早々学校入ったのが悪いと思うが」
「うっ……。ギルドに所属するには出来ることが少なかったからさ。とりあえず基本の召喚だけでも出来ればなあ、と思っていたらいつの間にか欲が増えてました」
教師に「貴方の魔力なら何でもできますよ」と言われればやる気もでるものだ。結局は魔力の量が多すぎて、いくら努力しても全てを使いこなせるレベルに達せなかったのだが。
ほぼ毎日教師に質問しに行き、一年目の途中でバイトも辞め、ギルドに頼み込んで実践に参加し、そこで稼いだ金の殆どを専門書に使いつくして勉強した結果なのだから、もはや自分の才能は全て「魔力の量」だけに持っていかれたのではないかと疑いたくなる。それかとことん運が無いか。
「もしかして召喚獣に嫌われてるのかな……どう思う? ミュート」
「どう思うって、無いだろそれは。召喚されて実際に対面するまで互いに分からないし」
「召喚された時の魔力を感じて「この人魔力多い!めんどくさそう!」みたいな」
「多い方が自分の力発揮できるんだから召喚獣にとってはむしろラッキーだろ。というか、そもそも拒否できないよ」
「いやでも……」
「ストップ」
「あるいは……」
「いやほんとストップ!」
放っておけばどんどんと悪い方向へ考えていきそうなファラの頭をガシリと抑えて、ミュートは無理矢理思考を中断させた。そのまま片手で頭を軽く振る。華奢な少女(の外見をした男)の力で少し目を回したファラを横目に、ミュートはベンチから立ち上がった。軽く伸びをしてから振り返る。
「ちょっとネガティブになりすぎてるよお前。確かに卒業試験まで近いけどさ、明日じゃないだろ?」
「そうだけど……」
「じゃあまだ何回も召喚してみる時間があるわけだ。意外と気の持ちようで何とでもなるぞー」
「気の持ちよう」
「そうそう。そこで気分転換にファランドール遺跡の見回りを命ずる!」
「は?」
いきなり仕事の話をはじめたミュートに、ファラは素っ頓狂な声を出した。
「定期的な検査みたいなもんなんだけどさ、ちょっと人手が足りなくて。俺はこれから別の依頼があるから駄目だし。な、宜しく。――よし、流石ファラ!」
ミュートはファラの肩に手を置き笑った。「流石」と言われてはいるが、ファラは何のアクションも起こしてはいない。普通なら表情から判断するものだが、彼女の鉄面皮からは何も読み取れない。それでもミュートはファラから良い返事を貰ったかのように満足そうである。
手を振って去っていったミュートの後ろ姿を見送る。ゆるゆると振っていた右手を胸の辺りに当てると、もう何ともない。いつの間にか気持ち悪さは無くなっていた。
「気分転換か……」
ミュートは気分転換に仕事を命じたが、もしかしたらミュートとの会話こそが気分転換だったのかもしれない。解決策も出なかったが、一人でただ風景を見ていた時より気持ちが軽くなっている。
「よし、行こう」
一つ、今度は力強く頷いて。ファラは勢いよくベンチから立ち上がった。