表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

別室にて


養成学校の二階端にある校長室は、全体的に落ち着いた色調でまとまっていた。ワインレッドの絨毯もセピア色のデスクや革張りのソファもそれなりに高価なものではあるが、座るのをためらうような派手さはない。

デスクに付属した椅子に座っているのは白髪の女性だ。結構な年齢なのだが、ピンと伸びた背筋をはじめあらゆる箇所からそれを感じさせない。十や二十若く見られるのはいつものことだった。

デスクを挟んで彼女と向き合うように立っているのは、先ほどの戦闘訓練で見事勝利したファラだった。動きやすいからと適当に選んだ黄色いラインのあるオレンジのワンピースと黒いブーツだが、意外とこの部屋に合っている。

白髪の女性――校長がファラに向かってやわらかく微笑んだ。育ちの良さがわかる、落ち着いた笑み。

「先程は見事でした。さすが、誰にも思いつかないような策はお得意ですね」

「狼相手は怖いですから」

ファラは答えた。

先程の召喚獣は学校の中でも指折りの強さを誇る。そんなものを相手にまともに戦う気は最初からなかった。その主が先手を譲ってくれたのは予想外の幸運だったが。

「確かに。――それはそうと、プレゼントですよファラさん」

「え、校長先生からですか?」

「ええ。貴方は今日で千日連続の登校ですからね。皆勤賞、といったところでしょうか」

「わあ、てことは……!」

「予想通りですよ」

瞳を輝かせるファラの前で、校長は右手を軽く上げた。その手に光が集まり、だんだんと形を成していく。彼女がその光をデスクの上に置くような仕草をすると、円柱のような形になった光が机に降りる。光が消えたそこに残っていたのは、抱き枕。

「伝説の快眠抱き枕!」

「あら、そんなものになっていたのですか?」

「はい。誰でもこの枕を使ったら三秒で夢の世界に旅立てるって話で」

「一応それを狙って作ったんですけど、どうなんでしょうね?貴方が初めての使用者ですよ」

「感激です」

胸の前で両手を組んでいるファラは感極まったような声を出した。相変わらず表情筋はぴくりとも動かないが、瞳だけはキラキラと星を宿したように輝いている。

毎日の学校生活を快適に過ごせるように。そんな意図を込めて作られた抱き枕には、丸く切られたシールが貼ってある。そのシールには「召」と「S」を組み合わせた模様が描かれていた。

「召喚シールも付けてくれるなんて、頑張って行くもんですねえ」

「そうですね。あとは登校以外の問題を解決すれば大丈夫でしょう」

枕を抱きしめ、顔を埋めていたファラの体が固まる。ガキン、と音がしそうな程あからさまに固まったファラは石のように動かない。

ファラが初めての千日連続登校といってはいたが、正直大病でもしない限り卒業までに千日続けて通うのは難しくない。そう、普通の学校ならば。

別に他の生徒は全員体が弱いというわけでもない。そこには連続登校できない理由がしっかりとあるのだ。

「いつ、召喚獣と契約できるんでしょうね」

「……ほんと、いつなんでしょうね」

抱き枕を光に変えて消し、ファラは校長の後ろの壁にある柱時計を見つつ答える。視線こそ時計に向いているが、意識は向いていない。先程までの輝いた瞳はどこへやら、今のファラは完全に目が死んでいた。

戦闘訓練で扇風機を出した理由。狼とまともに戦う気が無かった理由。それは、ファラが未だに召喚獣と契約していないからだった。

通常は入学して基礎を学び一か月ほどで、遅くても二年目までには誰でも召喚獣を喚びだし契約を完了している。ファラも他の召喚士候補と変わらない予定だった。が、卒業間近の今になっても、契約はおろか喚びだすことすらできていない。

「私、魔力が足りてないとかじゃないですよね」

「それはないわ、あんなに巨大なものを召喚できるんですもの。だから貴方なら一体……いえ、二、三体は軽く契約できる筈なのですが」

そもそも召喚して契約するまでの魔力を持たない者は入学検査の時点で落とされている。その検査で人の倍の魔力量を叩き出したファラなのだから、しっかり学べば召喚できないはずがない。しかし、いま彼女が出来るのは無機物召喚と初歩の魔術召喚のみ。魔力がありすぎて使いこなせていないのだと考え訓練して今年で何年目なのだろうか。

その結果、召喚士候補として様々な仕事に駆り出され欠席する他の生徒をよそに、千日連続登校という学生としては名誉な、しかし召喚士としては不名誉な記録を残すことになった。

「卒業試験も召喚獣がいないといけませんからね、どうしましょうか。ファラさんには何か別の試験を用意するとか」

「召喚獣無しで卒業するなんて情けない事この上ないですよ……」

「そうですよね。私もファラさんが召喚しやすい環境をつくるようつとめます」

「ありがとうございます」

ゆっくりとお辞儀したファラの頭にはもう、あの勝利など消えてなくなっていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ