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ワックスフラワー  作者: 浅屋こうき
プロローグ
1/8

神さまを食べる



白と黒のカーテンの下に広がるのは、床ではなく水であった。それは底が見えない程深く、中には様々な楽器が揺らめいていた。

トランペットのベルから生えた植物が天へ伸びている。グランドピアノは上蓋が開いており、響板の上にピンと張られた弦の隙間からは、トランペットと同じように植物が生えていた。クラリネットには花の咲いた蔦が巻きつき、ギターは弦の代わりに蔦が張られている。沈んだ楽器はどれも植物に寄生されており、もはや音も出せない状態だ。

しかしピアノの鍵盤は勝手に動き、ギターに貼られた蔦は一人でに音を奏でる。全身に水を染み渡らせ植物と共存した楽器によって、ドーム状の部屋の中には荘厳な曲が響き渡っていた。

天井から吊るされた七つの音符に光があたる。金属でできたそれは光を反射して広い部屋を照らす。

他の世界を知らない上に世界を全て見たわけでもないのにこの世のものでないとは、何と滑稽な言葉だろうか。しかしそれでもこの部屋を見た者は誰もが言うだろう。「この世のものでない美しさ」と。

しかしその雰囲気は一瞬で壊された。ビシャリと飛び散る赤い液体と、人の腕。液体は水に溶けて消え、腕は水面に叩きつけられ、そのままゆっくりと沈んでゆく。

腕を無くした男はみっともなく水面に尻餅をついた。不思議なことにその体は切られた腕と違い、沈むことはない。しかし、自分の体裁や水に沈まないことについて考えているほどの余裕は男には無い。ただひたすら水面を蹴って後ろに……目の前の男から逃げることしか頭になかった。

彼が恐れている目の前の男は、腕を無くした彼ではなく沈んでいった腕を見ていた。見えなくなるほど落ちていったのを見届け、軽く息を吐く。そして呟いた。

「ああ、勿体ねえな」

ゾクリ、と。背筋を冷たいものが走る感覚。とにかく逃げなければ命はない。理解しているが体が動かない。このままでは、自分は彼に食べられてしまうのに。

男が水面から視線を移した。眼球がこぼれそうなほど目を見開き、青ざめてガタガタ震えている彼を見て、楽しそうに笑う。確かに腕を落としてしまったのは勿体ない。だが、問題はないだろうと。

「まだまだ、こんなにあるんだもんなあ?」

金の髪からのぞいた赤い瞳が、ギラリと光った。



男が血を吐いた。ベッ、と赤い液体が同じように赤く染まった口から吐き出され、水面に落ちる。水はほんの少しだけ濁り、また何事も無かったように元の色に戻る。

男は覚束ない足取りで水面を歩き、時折勢いよく水の中に足を突っ込んでは慌てたように上げる。気を抜いていると水の中に入ってしまいそうだ。

雰囲気重視と言うか、何というか。確かに神秘的な空気を纏うこの場所は綺麗ではあるが、人が立ち入ることに対してあまり優しくない。見た目だけにこだわって失敗した良い例だろう。とはいえ、部屋の主以外にここに入る者が何人いるかも分からないが。

「最悪、気持ち悪ぃ……」

舌にしっかりと鉄の味がこびりついている。自分から望んで行った事だとしても、この味だけは好きになれない。

けれど。身体の中に感じる確かな力に口角が上がる。食べた中身は、確実に血肉となっている。

「ああ、やっぱり美味いな――神様は」

味は最悪。だがその分得られる力は極上。だからこそ神と呼ばれ崇められるのだろう。まさかその神を食べてしまう輩がいるなんて思ってもいないだろうが。

男は水面に腰を下ろして、自分の物となった部屋を満足そうに見た。頭に巻いた紫の布のあまりが風に揺れる。

「さて、この調子で次の所に……っ!?」

途端、感じる風が強くなったことに男は目を見開いた。部屋のカーテンが、水が、楽器が……いや、それ以前にそもそも自分の視界が歪んでいる。つまり、異常なのは部屋ではなく、自分だということだ。

この異常の原因が男には何となく分かっていた。自分は今回が初めてだが、知り合いに何人か経験した者がいる。まさか、自分の番がくるなんて。

「っは、運の悪いこった」

誰に向けて発した言葉か。嘲笑と血と共に吐き出して、男は部屋から消えた。



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