武者修行2
続きは期待しないでください(汗
書きたいものを書き連ねているだけなので……設定はめっちゃ考えているんですけどね(苦笑
海の上で、赤黒い血しぶきがあちらこちらから舞い上がる。斬られた相手は断末魔の叫びさえ上げることが許されずに次々と絶命していく。
どうやって斬られたのか、それすらも知覚できずに、やがてそれは恐怖となり味方に伝染していく。
その惨状を作り出しているのは、たった一人の若者である。輝近は刀を振るえる喜びに打ち震えながら、敵と認識したものを遠慮仮借なく切り裂き、その命を奪っていった。
「火鹿流、初伝流水!」
残像をいくつも動いた軌跡に作り出し、相手の目をくらませる火鹿流の歩法術の一つ。読んで字のごとく流れる水をそのままに敵の懐に飛び込み太刀を浴びせる。
斬られた相手はいつ輝近が間合いに入り込んだのかその認識すらすることが出来ずに意識を闇に飲み込まれていく。
「はっ!」
呼気とともに一閃。刀の軌跡をそのままに斬撃が繰り出され、リザードマンが青い血を出し倒れていく。
「アハハハ」
輝近は内からあふれる興奮を抑えきれずに、声を上げて笑い始める。狂乱の表情を表に出し、殺戮を楽しむそれは、敵はおろか味方すらも凍りつかせる。
「ちょ! ちょっと! ルークなんなのよ! あの化け物は!」
海賊の頭がたまりかねてルークに声をかけた。冗談ではない。あんな化け物がこの船に乗っているなんて知っていたら襲うような真似は断じてしなかった。見慣れない衣装を着ているところからおそらく異国の人間が奴隷か何かとして売られこの船に乗っていたのだろうと思い込んで大して気にしていなかった。
なのにふたを開けてみれば味方を次々と切り裂きそれを楽しんでいる殺戮者。自分達で襲っておきながらそれでも文句の一つでも言いたくなる。
「し、しらねーよ! 知り合いから頼まれて乗せた客人だ!」
「客人!? あれが!? ふざけんじゃないわよ! 商人の客人なら商人らしく弱い人間を乗せなさいよ!」
「んだよ!? その理屈は!? むちゃくちゃだろうが!」
お互い遠くからの会話なのである意味怒鳴りあっているようにも聞こえる。海賊の頭は会話から見て取れるように女性である。
赤い髪を切りそろえて、顔にもいくつかの傷が見て取れる。それなりに修羅場をくぐってきたのだろう。
歳は十代後半から二十に差し掛かると言った印象だ。
以前にルークたちへの襲撃をかけ逆に返り討ちに合い、今度こそと念入りに魔物を飼い慣らして準備してきた襲撃だ。なのにたった一つの誤算によって計画がすべて水の泡である。なんであんなむちゃくちゃな規格外の化け物がこの船にのっているんだと腹が立って仕方がない。
そうこうしているうちに、攻撃態勢から味方は恐怖のあまり逃げ腰になりつつあった。
「お頭! あれ無理! なんすか!? あんな化け物!」
「く……ふざけんじゃないわよ! たった一人のために……」
「火鹿流中伝……八つ房!」
輝近を中心に八方向に剣閃が放たれる。輝近を取り囲んでいた魔物があっという間に切り伏せられ体液をもしくは血を巻き上げる。
「つう……まだ中伝は早いですか……一匹仕留めそこないましたね」
初伝なればすべてを使いこなすことをできるが、輝近の腕では中伝はまだ早かった。無理したおかげで、仕留めそこなった魔物から反撃を食らったのだ。
狼鮫。和国ではそのように呼ばれている魔物である。
四本足で、足のいわゆる人間のかかとに当たる部分からはヒレのようなものがついている。顔は普通の狼とさほど変わらないが、頭部に角が生えていて牙の部分が鮫とまったく一緒の水陸どちらでも活動のできる魔物である。
輝近の攻撃を皮一枚残して何とかかわし、角に集中させた魔力を解放して魔力弾を浴びせたのだ。
当たれば大けがでは済まされない攻撃だが、それほど速い動きで相手に襲いかかるわけでもないので、戦いになれた人間なら難なくかわすことが出来る攻撃である。
しかし、八つ房を放ったことにより体勢がわずかに狂ったことで反応速度が遅れたこと、また輝近自身初陣であり、戦いなれているわけではないこと、この二つの要素が加わって輝近の腕をかすめたのだ。
かすめただけでも、皮膚に焼けただれたようなあとが出来、痛みがじんじんと輝近を襲う。
「ククク……あははは! へえ……そうですよね。戦いを行えば無傷で済ませられることなんてないですよね」
ああ、楽しいな。と輝近は心底思う。傷をつけられること自体楽しくて仕方ないと言った様子だ。あの平和で退屈な日常に比べるとまるで天国であるとすら思う。生きているという実感を国を出て感じているのだ。
なぜ自分はあと百五十年早く生まれてこなかったのだろう。そうすれば戦国乱世で存分に刀を振るうことが出来たのに。代々自分の家に伝わりし火鹿流の剣術を存分に振るうことが出来たのに……それが悔しくて仕方がなかった。最初はあの剣聖とも言われている神刀大名の血を受け継いでいると聞いてもそれほど感動はなかった。所詮顔も知らない他人である。輝近にとっては戦国を生き抜くことのできなかった弱い大名としか思えなかった。
しかし、父が家に口伝として伝えられてきた火鹿流の剣術を見せてくれた時、その評価は一変した。その剣術に輝近は心を奪われたのだ。
それ以来、自分なりに輝近の事を調べ始めていく。これほどの剣の腕を持つものが裏切りとはいえどうして生き抜くことが出来なかったのか……非常に興味を持ったのだ。
もちろん剣術の修行も怠らない。父が元気だったとき常に教えてもらってきた。新しい段階に進むのが楽しくて仕方がなかった。初めて自分の振った刀が空気を切り裂きヒュッと音を出したときは思わず大声を上げて喜んだ。
初伝から中伝。中伝から上伝。上伝から皆伝。一通りの基本だけは全て教えてもらった。技術としては全て体に叩きこまれている。
ただし、奥伝、そして秘伝は教えることが出来ないと言われた。なぜ? と問うとそれは父にも出来ないことだったからである。記録に残さず代々口伝で伝えられてきた火鹿流。その弊害としてどこかで消失したのかもしれない。
そこで諦めるような根性などしていない。どうしても奥伝、秘伝を知りたかった。何度も父にせがんだ。せがまれたところで弥七にはどうしようもできない。どうしてそれほど知りたがるのかと疑問に思う。
すでに世は天下泰平の世の中である。弥七としては息子に剣よりも学を覚えてほしかった。あまりにも輝近がしつこいので冗談半分に実戦の中でしか見つけられないものだと答えた。確かに半分は冗談であるが半ば真実である。弥七はその辺は詳しくは知らなかった。
火鹿流奥伝、そして秘伝は皆伝を収めたものが実戦の中でそれらを昇華させ、自分なりに工夫し編み出していくいわばその人にしか使えない剣技である。弥七が使えないのも無理はない。まさに嘘から出た真であり、そう言えば息子も諦めるだろうと考えても事である。
天下泰平の世で実戦など辻斬りでもしない限り無理な話である。ましてや辻斬り程度のやり方で奥伝、秘伝にたどり着けるはずがない。だからこそ輝近は実戦をより強く求めるようになった。
そして外の世界に飛び出すことに成功して初めての実戦。初めて怪我をするという事にすら感動した。
「これが……命を奪うための攻撃ですか! アハハハハ!」
稽古として怪我をしたことは何度もあるが、命が奪われるための攻撃で傷を受けたことがない。
怪我自体は大したことなどなくても、相手から放たれる殺気を乗せた攻撃というものはそれだけで気の弱い相手なら心を折ることすら可能である。そんな圧力が、輝近の体全体を周囲が襲っているのだ。
楽しくないはずがない。輝近にとってはだが……。
攻撃を放った狼鮫と正対する。切っ先をだらりと下げて無形の型だ。あらゆる相手の動きに対応できる究極の型でもあるが、あくまで剣の道を究めたものにしか扱えない方でもある。
輝近はまだ剣の道を究めたとはいいがたいが、火鹿流にとっては中伝で修めなければならない型である。
「さあ? どうしました? 僕は隙だらけですよ?」
狼鮫を挑発するような隙だらけな構えだ。
狼鮫は紫色に瞳で相手の真意を探るように唸っている。獣の本能ともいうべきか、相手の実力が未知数である以上うかつには近寄れない。
刀も含めて輝近の間合いなのだとしっかりと感じとり距離を置いている。下手にとびかかれば先ほど散った七匹の魔物と同じようになると確信している。
「距離があいていれば安心できるなどと思わないでください!」
相手が動かないのに業を煮やした輝近が刀を振るう。火鹿流抜刀術初伝、一閃だ。
一瞬にして放たれたそれは狼鮫をそのまま真っ二つに切り裂いた。よける暇すらなく狼鮫は他の七匹の魔物より少し遅れて死出の旅立ちに出た。
その戦いを遠くから一部始終見ていた海賊の頭は恥も外聞も捨てて引き上げの合図を出す。見慣れぬ衣装に身を包んだ若者の手にしている武器は槍などに比べると間合いが短いものだと確信していて弓の準備をさせていたのだ。それがどうだ? 刀を振るったと思った瞬間距離をとっていたはずの狼鮫が一瞬で両断されるなどあんな術見たことがない。魔法にしても魔力を練る時間がある程度必要なはずだし、なにより魔力の流れを一切感じない。先ほど一瞬にして七匹を屠った技にしても訳が分からない。あの刃が自分に向けられたら防ぐすべなどありはしない。
何より恐ろしいのはあの笑顔だ。なんであれほど楽しそうに命を奪えるのか……自分達とて人殺しを生業にしている商売であるが、あそこまで楽しそうに命を奪うなど怖気が走る。
ゆえに、恐怖に駆られ引き上げの命令を出したのだ。
「何なのよ! なんなのよ! あんなの聞いたことがないわよ! どこの国の人間なのよ!」
「お頭! 逃げる準備が整いました」
「逃げるわよ! まったくなんなのよ……」
さっきから『なんなのよ』という言葉しか出てこない。それ以外に言葉が見つからないのだ。
とにかくさっさと逃げる。生きていればいずれ再戦の機会は巡ってくる。生死をかけた戦いにおいては生きていれば勝ちなのだ。
もう一度再戦したいとは思わないけどと心底思いながら自分の船に乗り移り彼女の船は離れていった。
その様子をうかがい、残った魔物を全て切り伏せ刀を鞘に納める輝近。
「逃げましたか……まあいいでしょう。やる気のない相手には興味はありませんから」
そう漏らしてルークのほうへと近づく。
「あらかた片付きましたよ。目的地にこれで進めますよね?」
それはもう満足げな、まさにやりきったキラキラとした充足感に満ちた顔。
ルークは心に誓った。こいつは絶対に怒らせてはいけないと。