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はるか遠く  作者: seru
2/9

* 2

 次の日、何故だか僕は、無性にイライラしていた。自分でも不思議に思うくらい、イライラしていた。


「おい、滝川、どうしたんだよ。今日のお前、顔怖いぞ」


 山下が、笑い半分に訊ねてくる。どうしたも、へったくれもない――ただ、ひたすらにイライラする。


「昨日、先帰ったから怒ってるのか。悪かったよ、そんなことで拗ねるなよ」

「……完全下校時刻まで、帰れなかった」

「ははっ、あの量だもんなぁ」


 山下が軽快に笑う。あちこちに向かって跳ねている黒髪が、楽しげに揺れた。


「山下、お前さ、宮本と話したことあるか」


 僕がそう訊ねると、山下は目をまんまるくして「宮本って、あの宮本か」と、今日も変わらず窓の外を眺める宮本を指差した。


「他にどの宮本がいるんだよ」

「いや、だって、話すわけねぇじゃん。あいつ、いつも一言も喋んないだろ」


 確かに、宮本はいつも一言も喋らず、ただ席に座って外を眺め、ずっとそこに居る。けれど昨日、彼女は喋った。「悠くん」と、その薄い唇を動かして、澄んだ声で僕の名前を呼んだ。


「あいつ、顔だけ見れば美人なのにな」


 山下は心底残念そうに溜め息を吐くと言った。僕は宮本を眺めてみる。けれど、彼女は窓の方を向いているので、彼女の後ろ髪しか見えない。肩まで届く、さらさらとした真っ直ぐな黒髪が、静かに佇む。


「僕、昨日、あいつと喋った」


 妙に片言になった、気がする。言葉を発したら、急に恥ずかしくなってきて、僕は俯いた。けれど、山下が興味津津といった様子で僕の肩を掴むから、僕は顔を上げざるを得なくなった。


「え、あいつと何喋ったんだよ。っていうか、なんで、どうして」


 僕の肩をがくがくと揺らす。揺すられるままにしていたら、頭が取れるんじゃないかと思うほど、がんがんに揺れた。


「別に、たいしとこと喋ってない」


 その証拠に、今日は宮本と喋っていない。目が合ってすらいない。何事もなかったかのように、彼女は自分の席に座り、窓の外を眺めている。


――いや、確かに何事もなかったのだ。


ただちょっと、話しただけ、言葉を交わしただけ。


「いやいや、たいしたことなくないぞ、滝川。喋ったことが奇跡だって、お前気付けよ」


 山下がそう言い終わった直後に、始業のチャイムが響いた。そこで僕は、昨日先に帰ったことに対する仕返しをしていないことに気付いた。自分の席に戻ろうとする山下の足を蹴飛ばしてやる。


「いって……ちょ、滝川、何するんだよ」


 僕は「別にー」と言って、満面の笑みを浮かべてやった。


――ああ、そうか。


僕は、昨日少しだけ距離が縮まった気がした宮本と、目すら合わないことにイライラしていたのだ。逆切れにも似た感情に、溜め息が漏れる。本当に、全く以て、実に、くだらない。

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