放課後の図書室~幼馴染との密会~
夕焼けが窓から差し込み、図書室の古びた本の匂いをオレンジ色に染めていた。
図書委員の永瀬遥は、貸出カウンターの奥で、誰もいない静寂に身を浸しながら、文庫本に目を落としていた。放課後のこの時間は、彼女にとって最も安らげる場所だ。
トントン、と、行儀の悪い足音が静寂を破る。
振り返るまでもない。
その足音の主は、真っ直ぐに遥のもとへと歩み寄り、カウンターに身を乗り出した。
「やっぱりここにいた」
立川茜。吹奏楽部のエースで、校内でも目立つ存在の彼女が、少し息を切らせて笑っていた。制服のシャツからは、部活でかいた汗の匂いと、微かに柔軟剤の香りがする。
「……茜。部活は?」
遥は本から目を上げずに、事務的なトーンで返した。
「休憩時間。10分だけね」
茜はカウンターの内側へ回り込み、遥の隣、ごく近い場所に腰を下ろした。遥の手元にある本を覗き込む。
「また難しい本読んでる」
「図書委員の仕事」
「嘘。ただサボって読んでるだけでしょ」
茜がニコっと笑い、遥の髪に触れる。
遥はその手を払いのけようとしたが、茜の手は滑るように彼女の頬へと移動した。
「……何?」
遥の声が、少しだけ上ずる。
「遥不足。補充しに来た」
茜の瞳が、悪戯っぽく、けれど真剣に遥を見つめる。
「10分しかないから、急がないと」
茜の顔が近づく。
遥は一瞬、周囲を気にして視線を泳がせたが、図書室には自分たち以外に誰もいない。
「……バカ」
遥が小さく呟いた瞬間、茜の唇が重なった。
本の匂いと、茜の汗の匂い。
図書室の静寂が、二人の鼓動と、衣擦れの音だけで満たされる。
ほんの数秒。
けれど、二人にとっては永遠のような、甘く、隠微な時間。
唇が離れたとき、遥の頬は夕焼けよりも赤く染まっていた。
茜は満足げに笑い、遥の唇を親指でそっとなぞる。
「よし、補充完了。戻るね」
茜は立ち上がり、何事もなかったかのようにカウンターの外へ出た。
「……次は、ちゃんと部活終わってから来なさいよ」
遥が本に顔を埋めながら、精一杯の抗議の声を上げる。
「善処しまーす!」
茜は背中越しに手を振り、足早に図書室を後にした。
再び静寂が戻った図書室で、遥は開いたままの本を閉じた。
心臓がまだ、うるさいくらいに鳴り響いている。
彼女は、茜の残り香が微かに漂う空気の中で、深く息を吐き出した。




