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第三話 前半

真一は、荷車の上で浅い呼吸を繰り返していた。

視界の端が滲み、音が遠い。


「おい!しっかりしろ!目を開けろ!」

低く、しゃがれた声。

荷車を引くヒゲ面の男――ゲンゾルグが、何度も振り返りながら叫んでいる。


「……真一さん......」

ミラの声は、震えていた。

血に染まった布を、必死に真一の腹部に押し当てている。

「ゲンゾルグさん...どこへ向かってるんですか?」


「……魔女の森へ行く。治療してもらえるのは、あそこしかねえ」


「で、でも……どうやって……?」

ミラの問いに、ゲンゾルグは指を差した。

瓦礫と古い倉庫に挟まれた、黒く口を開けた坑道。

炭鉱だ。

「第六区にいた頃、嫌というほど使った道だ。……もう、塞がれたと思ってたが」

炭鉱は、王都の地下を縫うように伸びている。

かつて資源を掘り尽くされ、放棄された場所。

「当時のままならここから抜けられるはずだ!」


荷車を押し、三人は炭鉱へと入っていく。

外の喧騒は、急激に遠ざかった。

湿った空気。

足元で砕ける小石。

どこかで、水滴が落ちる音。


「……あの」

ミラが、ぽつりと尋ねた。

「どうして……魔女のこと、知ってるんですか?」

ゲンゾルグは、すぐには答えなかった。

「……昔な」

それだけ言って、口を閉ざす。

炭鉱を進んでしばらくした、その時だった。


――ドンッ!!


今度は、内部からの爆発。


衝撃が、坑道を揺らす。

天井から、岩と土砂が崩れ落ちた。

「きゃっ!」

ミラが転び、荷車が傾く。

「真一さん!!」

「ダメだ!下敷きになるぞ!!」

ゲンゾルグが叫んだ瞬間、視界が白く弾けた。


――轟音。

――粉塵。

――暗転。



目を覚ました時、真一は瓦礫の下敷きになっていた。


肺が、うまく動かない。

口の中に、鉄の味が広がる。

「……ミラ……?」

返事はない。

周囲を見渡すと、坑道は完全に崩れていた。

向こう側に、二人の姿はない。


――分断された。


「……そうか」

真一はなぜか、妙に冷静だった。

ここまで来て、誰かに助けられるとは思っていなかった。

日本でも、そうだった。

真一は、歯を食いしばり、瓦礫を押しのける。

体が、重い。

視界が揺れる。

それでも、立ち上がる。

「……出口は、どっちだ」

壁に手をつきながら、進む。

炭鉱は、迷路のように枝分かれしていた。

どれほど歩いたか。

時間の感覚が、曖昧になる。


その時だった。

――金属音。


転がっていたのは、一本の剣、いや刀だった。

錆びてはいない。

だが、新しくもない。

奇妙なほど、存在感が薄い。

それなのに、目を離せなかった。


「……なんだ、これ」


柄に触れた瞬間、ぞくりとした感覚が背筋を走る。


寒い。

いや、違う。


――周囲の空気が、死んでいる。


魔法の気配も、生命の温度も、そこだけが欠落しているような感覚。

「……杖代わりには……なるか……」

真一はそう呟いた直後、膝から崩れ落ちた。

剣を支えに立とうとしたが、指先に力が入らない。

腹部の痛みが、今さらのように全身へと広がっていく。


「……くそ……」


視界が、ゆっくりと暗転していく。

炭鉱の湿った空気が、やけに冷たかった。


剣は、真一の手から滑り落ち、乾いた音を立てて地面に転がった。


――意識が、途切れる。



ゲンゾルグとミラは灰色街へ戻ってきた。

二人の顔には疲労と絶望が浮かんでいる。


灰色街は、奇妙なほど静まり返っていた。


爆発から、それほど時間は経っていないはずだ。

瓦礫はまだ熱を残し、焦げた木材の匂いも消えていない。

それでも、人の声がない。


「.......クソッタレ!」

ゲンゾルグは、崩れた家屋の前で立ち止まり、低く呟いた。

炭鉱へ向かう前と、景色は大して変わらない。

だが――なんとなく空気が違う。


ミラは、彼の少し後ろで足を止めていた。

視線の先、瓦礫の向こうに、見慣れない人影がある。

数は、十を超えている。

揃いすぎた黒い外套。

腰に提げられた短剣と、無駄のない装備。

灰色街の人間ではないのは確かだ。


「……兵士、ですか……?」

ミラが小声で言う。

「......さあな。だが、救助ではないだろう」

ゲンゾルグの声は、氷のように冷えていた。

そして、ミラの肩を強く掴んだ。

「見たことねぇ奴らだな。...とにかく、ここでじっとしていた方が良さそうだ」


二人は物陰から様子を伺っていた。

すると、集団の一人が瓦礫の前に膝をつき、地面に細い器具を当てる。

淡い光が走り、空気が歪んだ。

別の者は、崩れた壁に手を当て、何かを数えるように指を動かしている。


「...き、救助は.......」


焼け落ちた家屋。

瓦礫の下敷きになっているかもしれない住民。

まだ血の跡が残る地面。


誰一人、それらには目もくれない。


調べているのは――

破壊そのもののようだった。


「……想定通りだな」

低い声が、風に乗って届いた。

「誤差は?」

「許容範囲だ。……二段階目も問題ない」


ゲンゾルグの背筋が、ぞっと冷える。

(威力...? 二段階目……?)


やがて、集団は何事もなかったかのように動き出した。

来た時と同じく、静かに、痕跡を残さず。


灰色街に、再び沈黙が落ちる。

ミラは、しばらく動けなかった。

「……一体、ここで何が……」


そこから数日間は瓦礫の撤去や怪我人の手当てなどをしていたところ、

別の一団が現れた。


王国の紋章を掲げ、重そうな帳簿を抱えた役人たち。

国王直属の調査団だ。


「建物が老朽化により倒壊、爆発音は倒壊の際の音を聞き間違えたんだろう……」


その集団は壊れた家の数を数え、

死者数は「確認中」と記される。


「あの...怪我人がいるんです。せめて彼らだけでもなんとか...」

ミラが懇願する。

彼らはミラを鋭い視線で一瞥しただけで、何も言わずに帰って行った。

彼らの仕事はそれで終わりだった。


夕暮れ。

ミラは瓦礫の影に座り込み、膝を抱えていた。


「……真一さん……」


炭鉱の奥に、置き去りにされたまま。

生きているのか、死んでいるのか。

今となっては確かめようはない。


ゲンゾルグは、灰色街の端に立ち、地下へ続く方角を睨んでいた。

(……確かに爆発が起きたんだ...これは事故なんかじゃねぇ...)


爆発の位置。

調査団の動き。

あの連中の目。


灰色街の夜に、住民の気持ちが静かに沈んでいった。

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