三話 シンギュラリティ
あずき色のカーディガンを羽織った女の子に連れられて、俺は待機室のようなところに連れてこられていた。目の前ではその女の子が宇宙服を着装している。
「本当は戦闘が収まるまで待機してた方がいいんだけれど、そうも言ってられなさそうだから」
女の子が言う。それはそうなのだが、アーマードスーツがないんじゃどうしようもないのでは?と疑問が浮かぶ。
「そういえば、名前を言ってなかったわね。私はヒナタ」
「ハナサギです」
互いに自己紹介を済ませると、気まずい沈黙が部屋を満たす。成り行きでここまで来たが、これからどうすればいいのだろうか。
「どこかにシャトルがあるはず。それでここから脱出しましょう」
なるほど、それ以外に選択肢があるとは思えない。そもそもさっきのところに戻る勇気はあいにく持ち合わせていない。
「どこにあるんだ?」
「どこかの脱出ハッチにあるわ。機能が停止されていなければだけど」
絶妙に返答になっていないが気にしないことにした。どうにかして外部と、峰岡たちと連絡を取りたい。
メニュー画面が目の前に表示される。右上にチャットというアイコンを見つける。
「チャットあるじゃん」
俺はすぐさまアイコンをタップする。チャット欄には学生連合クラン『ピースコンパス』が既に登録されていた。
「そっか、今俺がつけてる端末はサークルの備品なんだ。じゃあここなら峰岡たちにメッセージが届くはず」
俺はすぐにメッセージを打ち込む。
〈峰岡、今どこにいる?〉
返事はすぐに返ってきた。ミネーというプレイヤーからだ。
〈本名を書き込むな!というかお前、ファーストにいるよな〉
〈いるけど、なんか戦闘が起きてるみたいで。今はヒナタって人と一緒に避難してるとこ〉
〈今、全力でファーストに向かってるから。絶対に外に出るんじゃないぞ〉
ミネーが釘をさしてくる。ヒナタだけでも先に逃げてもらうか。そう思った矢先、ヒナタが俺の腕をつかんだ。
「時間がないの、急いで」
こうして俺はまた走り出すことになる。
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ファーストの主要通路の天井を突き破って、地獄の番犬ことマルチユニットケルベロスが突入した。人っ子一人いないようだ。戦闘の余波なのだろうが、あちこちに火の手が上がっている。このゲームでは建造物も破壊することができる。だからこそ初心者が多く集まるファーストでは戦闘行為はご法度だったのだが。
「気にする必要はないな」
オルガを操作して、壁を焼き切り、何かを探しはじめる。真上からヴィシブルのエリアルが降りてきて、番犬にレーザーライフルを向ける。オルガがエリアルを即座に蜂の巣にする。
そろそろ漁夫の利狙いや野次馬のクランが集まってくるタイミングだろう。早急に例のアーマードスーツを見つけなければ。その時、コックピットにミサイルアラートが鳴り響く。
「どんなタイミングよ......!」
バインダーウィングを咄嗟に盾にして爆発から機体を守る。致命的なダメージは負わなかったようだが、操縦系統が機能しない。フルファイトの仕業のようだ。瓦礫が番犬の上に降り注ぎ、埋めていく。
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通路を疾走していた俺たちは大きな揺れに体勢を崩す。今度は何なんだ?
そう思っていた矢先、通路に埋め込まれた機械が爆発し、ヒナタが巻き込まれた。
「え、大丈夫か!」
俺は慌ててヒナタに駆け寄った。宇宙服を着ていたため即死ではなかったが、破片が刺さり、かなり出血している。止血の仕方なんか知らない。清潔な布で患部を押さえるぐらいしかできそうもないが。
「くっ、プラン変更ね......」
俺はヒナタが漏らした言葉に困惑する。
「プラン変更って、シャトルには乗らないのか?」
「乗るのを......アーマードスーツをに変更......するの。私がキーを持ってるから」
ヒナタは上の排気ダクトを指さす。
「あそこから秘匿ハンガーに行けるわ」
首からネックレスを外すと俺に手渡す。
「ヒナタはどうするんだ?」
「私は別で脱出方法を考えるから。早く......」
俺はヒナタを背負って天井の排気ダクトに飛び上がる。いつの間にか無重力状態になっていたようだ。
ダクトの蓋をこじ開けると、中に入る。思ったよりも広く、ヒナタを背負ったままでも問題なく動けた。ただなぜかとてつもなく寒い。
「そ、そこを右に......」
ヒナタがか細い声で教えてくれる。もう限界が近いようだ。
彼女の言うとうりに曲がると、だだっ広い格納庫に到着した。目の前に純白のアーマードスーツが佇んでいる。
「これを......あなたに託します。この力で......あなたはこれから起こるエステアとの戦争を戦い抜く......いばらの道を歩む覚悟はありますか......」
ヒナタは最後の力を振り絞って俺に訪ねてくる。いつの間にか火の手がここまで迫っている。随分と突飛なシナリオだと感じながらも、求められている最高の答えを返す。
「あります」
その言葉を聞いたヒナタはふっと微笑んで俺の頬に手を添える。
「カガリとの......約束を代わりに......」
そしてその手が垂れた時、俺はヒナタの遺体をその場に横たえ、託されたアーマードスーツに向かった。顔はバイザーで覆われており、細い隙間に緑の点がかろうじて見えている。額から頭部後方に向かってブレードアンテナが伸びている。
そのアーマードスーツは俺を迎え入れるかのように胸部ハッチを開く。俺はすぐにコックピットに入り、シートに座った。火の手は今や格納庫を包み込む勢いになっている。ヒナタの遺体も荼毘に付されているだろう。
胸部ハッチが自動で閉まり、全天周モニターが起動する。
「360度見渡せるのか。いや、そんなこと言ってる場合じゃない」
ディスプレイがせり上がり、エンジンがうなりを上げる。操縦桿を握ると、緑のカメラアイが光り、純白のアーマードスーツは最初の一歩を踏み出す。その瞬間、格納庫が大爆発する。
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幸い、すぐに機能が復活した番犬はフルファイトを撃墜した後、手当たり次第に辺り一帯を攻撃していた。ファーストは更に爆炎を上げる。
それはファーストの外にいたプレイヤーたちにも確認ができた。
〈ミネー、索敵頼むわね〉
「了解。ったく、ハナサギのやつ、無事なんだろうな」
ミネーのエリアルアーマードスーツが自クランの旗艦の中央カタパルトにとりついている。見る限り、漁夫の利と野次馬が半々のようだ。プライマルの戦いに割って入ろうなど、命知らずな連中だ。ミネーが所属しているクラン、ピースコンパスはもちろん野次馬である。
〈私も行くよ〉
有栖川のエリアルアーマードスーツが左舷カタパルトから出てくる。彼女のプレイヤーネームはアリスである。
「やられても知らないからな」
ミネーがぶっきらぼうに言う。
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レーダーが反応を示し、エレンは機体を後ろに向ける。黒煙の中から一本角の白いアーマードスーツが姿を現す。エレンは即座に敵と認定し、オルガを差し向ける。
オルガのレーザー攻撃をすり抜けた純白のアーマードスーツは、ビームブレードを装備した番犬の両手を掴んで押し始める。
『なんだ、この機体は?速度から予測するに推進器を装備したエリアルだが......』
番犬がパワー負けして押され、柱を幾つもぶち破る。
『出力で負けている⁉』
「ここから、出ていきやがれぇー!」
接触通信の影響でパイロットの声が聞こえる。
オルガで壁に穴を開けて二機は宇宙空間にものすごいスピードで飛び出す。
番犬が純白のエリアルを振り払う。なかなか姿勢を制御できないでいるのを見て、エレンは勝利を確信する。相手はそこまで上手くない。
「墜とせる!」
オルガが純白のエリアルのもとへ向かう。
「な、なんか来た!」
俺は接近アラートに焦りながら必死で策を練る。当然何も思いつかない。
思わず目をつむったとき、ディスプレイにS-Modeという表示がなされた。
「エス?何が......」
途端にシートが後ろに倒れ、操縦桿が畳まれる。
機体に変化がもたらされる。脚部、腕部、胴体の装甲が一部展開し、むき出しとなった内部フレームが赫色に光り輝く。頭部も、頬の部分が回転しバイザーが額に収納されて本来の顔が露になる。一本のブレードアンテナも二本に分かれている。そのエリアルはエンジンバックパックにマウントされているビームブレードを装備して構える。
「こ、これが、件のアーマードスーツ......シンギュラリティ」
エレンが驚愕に打ちのめされる。
純白のアーマードスーツ、ハナサギの駆るエリアルが番犬に迫る。




