十八話 つかの間の休息
ピースコンパスの旗艦『ノアの箱舟』の格納庫に戻った一行は、ファナリスたちのアーマードスーツと大きな白いコンテナが積み込まれるのを見ていた。
「地球連合軍の戦艦とは少し違ってるな、興味深い」
リクが顎に手を置きながらあたりを見渡す。ファナリスとメイナードも会話を交わしながら格納庫を見回っている。
『ノアの箱舟』には地球連合軍の士官や整備員が多数乗船している。ピースコンパスのプレイヤーだけで事足りるのだが、シナリオの進行においては避けられないようだった。
指揮系統の乱れを心配したユカだったが、もとより指揮系統などという立派なものはないことを改めて認識し、ため息をついた。
艦橋では地球連合軍の士官とピースコンパスのプレイヤーがせわしなく動いている。シンギュラリティを持つもう一人のプレイヤー、カガリはどうしているのかと、ふと考えてみる。
プライマルクランも地球連合軍とエステア連邦のごたごたに巻き込まれてるのだろうか。
『彼と連絡を取る手段はこちらに無いし、何かしら策を考えないと』
格納庫にフーズの大声が響き渡っていた。
「AES-03の兵装を特殊兵装に換装しろ!時間がないんだ!」
慌ただしく動く整備員たちはそれを気にも留めなかった。言われるまでもないことであるし、相手にしている暇もないのである。
「AES-03ってなんのことだ?」
「エリアルヘロンの型番というか」
ミネーの問いに俺は答えると、今度はこちらから質問した。
「自分のアーマードスーツの型番を知らないのか?」
自分もさっきまで知らなかったくせによく言うもんだ、と腹のうちで思う。
「俺のは───というかプレイヤーのアーマードスーツはAE、FF、FD、MUの番号が割り振られてる。AESなんてのは聞いたことないけどな」
エリアルヘロンはシナリオを進めるために現れたというか、用意されたアーマードスーツなのだろうか。そもそも本来、俺が乗るはずだったアーマードスーツはどこにあるのだろう。『ファースト』で朽ちているのだろうか。
俺はふと、エリアルヘロンを見上げる。バックパックに純白の羽が取り付けられている最中だった。鳥の腕骨のようなフレームから左右五枚ずつ、白い逆三角形の板が取り付けられている。
「翼───というには少しスカスカだな。あの板がオルガになってたりするのか?」
ミネーが肩をすくめて言う。左腕部にもシールドと言うには小さい、ひし形の板が取り付けられている。
「分からない。フーズさんに聞いても答えてくれなさそうだからな。めちゃくちゃ忙しそうだし」
俺はため息交じりに言うと、ミネーのエリアルシュトレインを見上げる。彼のアーマードスーツには申し訳程度の肩部四連装ミサイルとバズーカ砲が換装されている。隣のアリスのエリアルワンダーランドにはイポススタイルが取り付けられている。
「俺だけ雑な強化じゃないか?NPCのアーマードスーツですらブースターとか増設されてるのに」
ミネーが不満げに言う。それを聞いたのか、フーズがこちらに向かって怒鳴った。
「優先順位ってもんがある!」
彼のあまりの剣幕にミネーが反射的に謝っている。次から次へと舞い込んでくるタスク、AIでもない限り捌き続けるのは困難だろう。
「ミネーの機体にも特殊兵装はあるみたいだし?」
「ならいいんだけどな」
ミネーがまたため息交じりに呟く。
しばらくたった後、艦内にアナウンスが流れた。
《本艦はこれより作戦行動に移る。第二種戦闘配置》
整備員たちが一層慌ただしく動き出す。
「始まるのか。てか第二種戦闘配置ってなに?」
「え、会敵する確率が高いから警戒を強める的なやつ。第一種だと緊急性が高いんだよ。今は待機しておけば大丈夫だろ」
ミネーが教えてくれる。難しいことばかりだが、この状況をなんとなく理解し始めてはいた。このシナリオの行く末は全くと言っていいほど見当もついてはいないが。
ノアの箱舟が港から離れて浮き上がる。そして全速で作戦地点へと向かう。艦橋ではユカが物思いにふけっていた。別にゲームの考察などでもない、今日の晩御飯のメニュー程度のたわいもない思案である。しかし、戦闘になればそんなこと考えている暇はなくなる。少しでも脳と心を落ち着ける時間が必要なのだ。
『現実世界は五時か六時ぐらいかしら、夕飯時ね。敵を片付けたらログアウトしたいわ』
「何か考え事かしら?」
フレイ・アンダーソンがユカの隣の席に腰かけていた。
「あ、あら、総裁。乗ってらしたので?」
「あんな基地にこもっていられませんわ。それにシンギュラリティと一緒にいた方が長生きできそうな気がしますの」
ユカの瞳を見つめながらフレイが言う。地球連合軍の総裁、実のところユカもそれについて詳しくはない。エステア連邦と敵対する組織のトップ、という情報で十分だろうし、それ以上知ろうとも思わない。
「今日の晩御飯のことを考えておりました」
「随分とのんきなこと。ハンバーガーが食べたいわ。フロンタル基地は料理が群を抜いて美味しいところだから」
フレイの言葉にユカが目を丸くする。てっきりしっ責を受けるものと思っていたのだ。
「ハンバーガー?ジャンキーですね、意外です」
「健康に気を遣った料理も大事だけど、それじゃあ心がやせ細っていくわ」
フレイが背もたれに体重を預けて深く息をつく。
「食堂なら日替わり定食がおすすめですかね」
フレイの隣に座っているカタパルト管制員が言う。
「確かに。はずれを引いたことがありませんわ」
管制員とフレイの間で会話が弾みだす。自分が発端だということは分かっているが、戦闘配置中に私語など許されるのだろうか。
「私語は慎め!お前の仕事はすぐに来るんだぞ!」
ユカの予想通り、上官からのしっ責が飛んだ。このよく分からないやり取りもシナリオに関わっているのだろうか。
「味方からの通信です!」
通信士官が報告をする。
「繋げ!」
先ほどの上官が命令する。
《ここからは戦闘空域だ!所属を明かせ!》
「我々はフロンタル基地所属ゴールド・ジーニスト大尉だ。そちらは連合軍特殊作戦群か?」
《信じられるか、そんなこと!識別番号が不明だ、敵の偽装か?》
『ノアの箱舟は連合軍に所属していない。識別のしようがないのね』
ユカが納得した時、フレイが上官を押しのけるようにして前に躍り出た。
「私は地球連合議会総裁、フレイ・アンダーソンです。信じられないというなら映像回線をつなげばいいでしょう」
《旗艦の艦橋が破壊されたんだ!俺はアーマードスーツのパイロットだ!》
「ゴールドさん、猶予はなさそうです」
フレイの言葉にゴールドがうなずく。
「第一種戦闘配置!アーマードスーツ隊は全機発進せよ!」




