十六話 責務
格納庫の天井を突き破って、空高く舞い上がったエリアルゴースト・イポススタイルは港湾の方へ機体を向ける。
「な、なにあれ」
ヴァリュートが港湾から姿を現したアームドシップを見て驚愕する。
茶褐色の半円形の胴体の頂点から太い首が伸び、頂点が前を向いている三角形の頭部が付いている。胴体の左右の装甲が開き、巨大なクローのついた腕が伸びている。既に何隻かの艦艇は撃沈されているようで、あちこちから黒煙が立ち上っている。
「あれがアームドシップ?すごい大きさ......勝てるかな」
アームドシップが頭部をもたげて花弁のように装甲を開く。真ん中の巨大なカメラがエリアルゴースト・イポススタイルを見る。いや、その中にいるヴァリュートを見る。
少なくともヴァリュートはそう感じて、背筋をぞくりとさせる。カガリと対峙したときとは別の感情、畏怖ではなく、根源的な恐怖をひしひしと感じる。
〈邪魔だ!〉
通信が聞こえたかと思うと、アームドシップがレーザー砲を発射する。
「わっ!」
驚いたヴァリュートは機体を旋回させながらレーザーを避ける。
「チートの人とは別物......だよね」
この弾幕の数はヴァリュートに、クラン対抗イベントでやりあっていたチーターを想起させた。
〈地球を食い物にするハエ風情が!〉
また通信が聞こえる。まだ幼くあどけない少年の声。ヴァリュートは開いた口が塞がらない。
「子供が何で戦場に!」
エステア軍は子供を戦場に向かわせているの?
〈責務を果たすのに大人も子供も関係あるもんか!責務の前では皆が戦士なんだ!〉
「関係ある!子供の責務なんて立派に育つことだけ!すぐにそれから降りて!」
子供に人殺しなどさせられるわけがない。すでに手遅れであることは頭のどこかで察していたが。
ヴァリュートはアームドシップの胴体に向けてビームガトリング砲を撃つが効果は薄いようだ。
アームドシップ全体から薄いオーラのようなものが放たれている。
〈そんな豆鉄砲、ガープには効かないよっ!〉
アームドシップ、ガープの胴体から、ケーブルに繋がれたオルガが五基発射された。
「硬い、しかも有線のオルガまで」
エリアルゴースト・イポススタイルが縦横無尽に空を駆け、オルガの射撃を避ける。流れ弾が停泊中の艦艇を吹き飛ばす。クローアームから放たれるミサイルやレーザー砲も加わって、港湾は地獄の様相を呈していた。
エリアルゴースト・イポススタイルがゆったりとしたバレルロールでミサイルをいなしつつ、反撃の機会をうかがう。
「落ち着いて!こんなことしても責務を果たしたとは言えないよ!」
〈果たしたと言えるよ!地球の環境を食いつぶす傲慢なハエを粛正するという責務は!〉
ヴァリュートは機体を一気に加速させてガープに突貫する。ビームブレードを構えて振り下ろすが、ガープの装甲が開き、ビームブレードを装備した隠しアームが出てくる。
「そんな難しい言葉、誰の受け売りなの!」
〈教えてやるもんか!〉
「君、歳は?」
〈十二!〉
オルガの攻撃を察知したヴァリュートが機体を遠ざける。
〈うう......僕がやらなきゃ......!僕はガープを動かせる唯一の人間なんだ......!〉
少年の苦しげな声が聞こえてくる。ゲームとはいえ、心を持った人間が目の前で苦しんでいるのだ。その事実がヴァリュートを突き動かす。どうにかしてこの少年を救い出してやらねばと。
「オルガを使うのを止めれば苦しいのはなくなる?」
ヴァリュートが優しい声で少年に問いかける。
〈無くならない!〉
少年が泣き叫ぶ。
その一連のやり取りは司令室でも傍受されていた。
「なかなかハードなシナリオね......ヴァリュートは感受性が豊かだから」
ユカが決して愉快ではない顔をする。要は少年兵だ。無学な子供に武器を持たせ、戦場で痛みと憎しみを学ばせる。現実でも似たようなことは起きているからこそ、対応を図りかねているのだ。ゲーム世界、現実世界の差はあれど、自身の遠いところにあったであろう問題がいきなり自身の目の前に現れたのだ。解決策など浮かぶはずもなかろう。
「子供を戦場に差し向けるとは......エステア軍め卑怯な手を......」
ガルダがこぶしを握り締める。
ユカがメタ的な思考を巡らせる。
このシナリオはプレイヤーの行動に逐次影響を受けて変わっていく、決まった流れのないものだ。誰にもシナリオの行く末が予想できない、現実世界と同じような世界観なのだろう。ゲームだから、とか予定調和も通用しないシビアな世界を私たちは生きているのだ。
「これがエステア連邦のやり方か......!分析官、エステア軍の作戦立案書の分析は!」
「それが......作戦立案書にフロンタル基地襲撃などないんですよ」
「はあ?じゃあ、今の攻撃はエステア軍の独断ってか⁉」
ガルダが驚愕する。
「功を焦った前線部隊が暴走したのかしら」
ユカが冷静に言う。
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ブラックデスの執拗な妨害をいなしながら、基地に戻っている最中のハナサギたちにもヴァリュートと少年のやり取りは嫌というほど聞こえていた。
〈なんか、すっごく嫌なんだけど〉
アリスが吐き捨てるように言う。それほどまでにヴァリュートと少年の掛け合いは激化していた。特に少年は半狂乱となっており、もはや哀れみすら覚えるレベルだった。
「何言ってんだ、あいつら」
俺も思わず顔をしかめる。少年は言わずもがなだが、ヴァリュートも少しずつ狂っていっているように思える。
〈君の仲間、大丈夫かい?よくないものがひしひしと伝わってくるんだが......〉
ファナリスが心配そうに訊ねてくる。
「大丈夫じゃなさそう。てかよくないものって?」
〈その、君の仲間の意識が少年の意識に引っ張られているというか〉
〈なんで?ヴァリュートは子供を止めようとしてるんでしょ?〉
アリスの疑問にファナリスが答える。
〈善意からくる同情が彼女の心を蝕んでいるんだよ。それは反発しあっているようだけど、次第に同じ方を向いてしまう〉
「ま、やばい状態ってことには変わらないんだろ。最悪ヴァリュートも一緒に倒す覚悟ぐらいはしておこう」
ミネーの言葉に皆が同意する。
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ガープからの攻撃はさらに激しさを増していく。ヴァリュートは自分でも驚くほどの執着を少年に対して持っていたがそれはすぐにヴァリュートの意識外になった。
「君を正しい道に導いてくれる人が私の周りにいる!」
〈僕の周りの人はこうすると褒めてくれるんだ!じゃあ、これは正しい道ってことだよね!〉
もはや会話が通じていない。
アガレスが全武装を解放し、港湾に壊滅的な打撃を与える。
「ピースコンパスの船は?」
ヴァリュートが焦って下を見渡す。ピースコンパスの旗艦はどこにも見当たらない。海中に逃げおおせたか、それとも......。頭が尋常じゃ無く痛む。少年が呻き声を上げるタイミングでヴァリュートも苦しみの声を上げ始める。
〈ヴァリュート、深呼吸!〉
ヨッシーの声が耳に飛び込んでくる。すると、不思議なことに、頭がフッと軽くなる。
「ヨッシーさん!」
〈入れ込みすぎるな!さっきのお前、尋常じゃなかったぞ〉
「でも、彼を助けてあげないと......」
〈あれを助けられるか?〉
半狂乱で笑い続ける少年の声はだんだんと治まっていく。彼は被害者だ。間違った大人のせいでもう普通の少年には戻れなくなってしまった。それでも差し伸べられる手があるのなら、私は彼を救いたい。この『第二の人生』を生きるものとして。これが大人の責務かどうかは判断しかねるが。
「落ち着いて」
ヴァリュートが再度語り掛ける。
すると、ガープは攻撃をぴたりと止める。
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「フーズさん、でしたっけ?」
ユカが隣で汗をぬぐっているフーズに訊ねる。
「あのアームドシップはどういうものなんです?」
「あれは操縦者の脳波を無理やり操縦に適した形に変化させる装着が搭載してある。少年の精神崩壊が速かったのは脳が成熟しきっていなかったことも暴走の要因の一つだろう」
フーズがため息をつく。
「アームドシップはどうでもいいんだ。一番の懸念はあのエリアルゴーストなんだがね」
「ヴァリュートが?」
「正確には特殊兵装のイポススタイルが。あれには特殊なシステムを積んでいてな、操縦者の感情が一定以上まで昂ると、機体性能のリミッターが解除された状態になる。その状態では本人の意思ですら制御に介入ができなくなる」
「そんな危ないものを何で私の仲間に!」
「正規兵をつぶすわけにはいかんかったのだ!」
二人が言い合うが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「ったく、港湾に向かっている機体は全員、沿岸部のエステア軍を掃討しろ。アームドシップはエリアルゴーストに任せる」
ガルダが椅子に座り込みながら指示を出す。彼としても子供を殺すのは避けたいところなのだ。だから対話できる可能性を持つヴァリュートに任せることにしたのだ。
アームドシップの処理は少年がいなくなってからサクッと済ませれば良い。今はブラックデスどもを駆逐することを最優先にしよう。
ガルダはそう考えると、深く息を吐きだした。




