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01 婚約破棄

連載版はじめてみました!

 煌めくシャンデリアの下、婚約者である第一王子フレデリックが朗々と声を上げた。


「アメリア・グランディール! お前との婚約を破棄する!」


 その瞬間、ざわめきが広間を駆け抜ける。

 人々の視線が一斉に、銀の髪を波打たせて立つグランディール侯爵令嬢へと注がれた。


(まあ、こんなところで宣言なさるのね)


 対峙するアメリアは、ゆったりと瞬きをした。


 月光を溶かしたような長い銀髪は、緩やかな波を描いて背に流れ落ちている。紅玉を思わせる瞳は凛としていて、夜会の煌めきの中でも一際強い光を宿していた。

 整った面立ちはおっとりとした微笑みとあいまって、気品を漂わせている。


 纏っているのは淡い薔薇色のドレス。数年前に仕立てられたもので、今回は裾や袖に新しいレースを縫い足して着回していた。

 同じドレスを纏うことは避けるべき事項であるが、訳あって現在家が没落寸前なのでそんな余裕はない。


 華やかな場に立つにはやや控えめで、隣に並ぶ豪奢な宝石を散りばめた令嬢と比べれば見劣りするかもしれない。

 だが、その落ち着いた気品と洗練された佇まいは、飾り立てた誰よりも目を引くものだった。


「理由は明白だ。没落寸前の侯爵家の娘は、王家に相応しくない。私の新たな婚約者は――クラリッサ・ベルモント侯爵令嬢だ」


 フレデリックの隣に立つクラリッサが高慢に笑みを浮かべ、広間の一部から拍手が上がる。

 けれどアメリアは眉ひとつ動かさず、ただ首を傾げた。


「まあ。そうでございますか」


 その声音は春風のように軽やかで、会場の空気を一瞬にして奪った。


「な、なんだと……?」


 フレデリックの眉がぴくりと動く。

 次に出るはずの「どうか考え直してくださいませ!」が、いつまで待っても響かない。


 沈黙を破ったのは、彼の隣に控えていたクラリッサだった。


「やはり没落寸前の家の娘とはいえ、妃教育もしっかり受けられているのですもの。さすがアメリア様は、身の程を弁えていらっしゃいますわね。すばらしいことですわ」


 紅の唇をゆがめ、クラリッサはわざとらしく扇で口元を隠しながら笑った。勝ち誇ったように顎を上げ、その視線は完全にアメリアを見下している。

 彼女の声に、周囲から含み笑いが洩れた。


 クラリッサが着ている鮮やかな緑のドレスは、裾には細工を凝らしたスパンコールが波のように散りばめられている。首元には大粒のダイヤが連なり、耳にはそれに呼応する耳飾りが揺れていた。


 その豪奢な装いと、勝ち誇った笑みには、近年王家に次ぐほどの勢いを誇るベルモント家の権勢が色濃くにじんでいた。


 豊かな鉱山を領有し、財貨と武力を兼ね備えた家。王妃の外戚としても力を持つその名は、いまや社交界において逆らう者などほとんどいない。


(グランディール家は用無しということなのでしょうね)


 名家であるはずのグランディール侯爵家は事業に失敗し多額の負債を抱えている。没落待ったなしだ。


 アメリアはフレデリックを真っ直ぐに見つめた。


 十歳の時に婚約が決まってから、八年が経つ。

 来年に予定された婚礼に向けて、最後の一年となるはずだった。アメリアなりに真摯に向き合ったつもりだったけれど、足りなかったのだろう。


 クラリッサ以外の他の令嬢とも親しげにしていたのをよく見かけた。王妃からはそんな事で目くじらを立てるなと言われた。


(それももう終わりなのですね。……あら、なんだか清々しい気もするわ)


 そう考えてみれば、アメリアは口を開くことが出来た。


「それでは殿下。わたくしは退出させていただきます。クラリッサ様とどうぞお幸せに」


 澄んだ声が大広間に落ちる。

 アメリアは裾を掴んで、ふわりと微笑みながら礼をした。そのまま踵を返すと、銀の髪が真珠の糸のようにきらめいた。


(さっさと帰って、エドマンドと今後についての話をしましょう)


 弟のエドマンドと早急に侯爵家の今後について話し合わなければ。



 重苦しい空気の広間を出て、夜気に触れた瞬間。アメリアはようやく大きく息をついた。


(終わってしまいましたわね)


 思ったよりも呆気ないものだ。

 人々の視線に晒されるより、こうして月明かりの下を歩く方が余程心地よかった。


 だが背後から急ぎ足で追いかける音がして、思わず振り返る。


「アメリア!」


 そこに立っていたのは、先ほど自ら婚約破棄を宣言したはずの第一王子フレデリックだった。


「……殿下」


 アメリアは眉をわずかに上げる。

 けれど彼は気にする様子もなく、苦々しい息を吐きながら言葉を投げた。


「今は立場上、別の婚約者を迎えるしかない。だが……お前がどうしてもというなら、愛妾としてなら傍に置いてやる」


 なんとも尊大な申し出だ。月明かりに照らされたその顔は、どこか必死で、未練が滲んでいた。


(あら、まあ……よくも言えますこと)


 アメリアの紅の瞳が静かに細められる。可愛げがないだの、出しゃばるなだのと言い募ってきた彼が、最後にはこんな言葉を吐くとは。もはや怒りすら湧かない。


 どんな場面でも正論を口にすれば咎められ、意見をすれば煙たがられ、黙っていれば今度は愛想がないと責められた。

 そのたびにアメリアは笑みを保ち、礼儀正しく頭を垂れてやり過ごしてきたのだ。

 ――そんな彼が今さら「愛妾ならば」と縋るように告げるなど、滑稽としか言いようがない。


 内心では呆れつつも、アメリアは変わらぬ穏やかな笑みを浮かべる。没落しかけているとはいえ、こちらにだって侯爵家としての矜恃はある。


「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫ですわ。クラリッサ様の所へお戻りくださいませ」


 すっと優雅に裾を揺らし、微笑を崩さぬまま踵を返す。未練と後悔を滲ませた王太子の声は、彼女の背に届くことなく、夜気に溶けていった。



「アメリア……!」


 フレデリックの手が宙を泳ぐ。掴もうと伸ばされたその指先を、アメリアは見るはずもない。



 そしてその一部始終を、陰から見つめている瞳があった。


 月光を受け、艶やかな黒髪の下で金色の眼が鋭く光る。冷徹と囁かれる第二王子ユリシス。その視線は、未練に縋る兄ではなく、毅然とした背を見せて去っていくアメリアに向けられていた。


 かすかに見えるアメリアの凛とした横顔に、彼はほんの僅か、目を細めたのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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