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四話 同士




「まずは此方へ。ボクがお世話になっている宿へご案内します」


小さな鈴をチリンと鳴らして先導する男。音源を辿ってみればそれは男のショートブーツに付けられたものだった。


「待て。名は何と言う?」


妙に事を荒げる前に助けてくれたのは有り難いが、なにぶん怪しすぎる。異界の存在は一般人には知られていないとシウも言っていたし、助けた理由も何もかもが謎。下手に信用するのも危ないだろう。

不躾にも問いかけた私に対して怒ることもせず男は先ほどと同じく柔らかい笑みを浮かべた。“名乗りくらいは・・・いいよな”と小さく漏らしたのが聞こえた。ああ、怪しすぎる。


「申し遅れました。ボクはカグラと名乗っております。どうぞ呼び捨ててください」

「偽名か」

「ええ。・・・詳しいことは後ほどお伝えいたします」


それ以上は質疑を受け付けないと態度で明確に示してカグラは足早に先を急いだ。怪しい事だらけだが、先ほどから村人の視線が痛い。私にとってはカグラのほうが不審者だが・・・此処の者にとってはそうではないようだ。あまり警戒しすぎると当初の目的さえ達成できないだろうことは目に見えている。


背中から降りたシウが小さく鳴き声を上げて心配そうに此方を見上げるのが見えて、“心配ない”と伝えるように仄かに笑った。



「―――すべては、世界の御心のままに」


その様子をちらりと一瞥したカグラは、誰も聞こえぬほど微かな声で呟いた。

なんの感情もうつさぬ瞳はもしも見ていた人物がいるのなら感じただろう、まるで死人のようだと。






「さあこちらへどうぞ。狭い所ですが」


宿というにはあまりに簡素な建物に案内された。出入り口だけは嫌味なほど大きく、垂れ下がった布を片手で上げて中へ促すカグラに従った。


「まずはお召し物を。この世界にその見事な服装は目立ちますゆえ」

「・・・そうか。すまない」


いえ、と小さく零して微笑むカグラは迅速に行動しざっと布を広げた。様々な色の中から好きなものを選べと指示されたので、とりあえず黒を選んだ。黒は、返り血が目立たないし喪服にもなる。

さてその大きな一枚布で何をするのだと興味深く見ていると、視線の意味に気が付いたらしいカグラが説明をくれた。


「今からお召し物をお作り致します。ボクの服はお体に合わぬようですので」

「そこまでしてもらわなくても結構なのだが。・・・お前が作るのか?」

「ええ。大丈夫です。すぐに終わりますから」


それから数分後。服作りはカグラの言うとおりにすぐに終わった。

両手で布を抱えてじっと俺を見詰めること三十秒。ぱっと視線を大きな布に移して突然ばっさりとそれを豪快に切り分けてしまった。唖然とする俺たちなど全く気にも留めずに下書きなど当然ないそれをざくざくと切り進めて、時折他の色の布を当てて縫いこむ。朱を主とした止め具をぱっぱっと目にも留まらぬ速さで付け、最後に綺麗な金色の糸で襟元と思われる場所と裾に見事な刺繍を入れてカグラはふうっと息を吐いた。完成を意味するその吐息に手元のそれを覗き込むと・・・つい先ほどまでただの布であったそれは綺麗に仕立てられた服に代わっていた。


「・・・凄いな」

「ありがとうございます」


素直に感想をもらすと作り物ではないと思われる笑顔で答えられた。

そっと差し出された服を広げてみると、カグラの着ている服と少し似たデザインの上着だった。軍服のようなイメージだが、ソレにしては装飾が少なく袖が少し広い。軽くあわせてみると太腿の中ほどまでに裾がながく、前をとめても少し余裕があるだろう。体に合った服のほうが好みなのだが・・・これはこれで動きやすいだろうか。


「上着を脱いで袖を通していただけますでしょうか」


了、と目線で返して上着を脱いだ。私の着ていた服も軍服のようだが戦闘の所為か所々破れてしまっていておまけに青い液体までしみこんでしまっていた。もうあまり袖を通したいとは思えないが・・・一応保管はしておこう。

丁寧に袖を通すとやはり少し余裕があるが、まあ気にするほどでもないだろう。腰布と思われる金の布で腰を締めると思ったよりも肩周りが楽になった。腰紐があるならばこの刀も脇にさせるだろう。

最後の仕上げと言って小さな装飾と直しをしていたカグラは、できばえを見て満足そうに笑った。


「肌着はまたご用意いたします。ズボンとブーツはそのままでも結構です」

「ああ、すまない。ありがとう」


お礼を言うと途端にまた冷たい笑みに戻るカグラに一つ苦笑。頬に流れた真っ赤な髪を掻き揚げてから髪紐をもらえぬかと聞くと軽く見繕ってくれた。


「キゥキーっキィィ!」


足元から小さな鳴き声。下から覗く小さな瞳はらんらんと輝き何かを伝えようと懸命に声を上げる・・・もちろんその意味は全く分からない。

屈んでその頭を撫でてやるとまた嬉しそうに目を細める小さな従者に思わずクスリと笑みがこぼれた。


シウが喜んでどこか心地よいのは、この小さな痩躯に幼い頃の己を重ねているからだろう。


「・・・オルファス」


ピタリと、シウの動きが止まった。俺の手と戯れるシウにカグラが冷や水のような声がかけられたのだ。“フゥゥッ”と小さく威嚇しながらも私の後ろにじりじりと後退していく姿は・・・なんというか子供っぽさが滲み出ていて主としては少し情けないような気分だ。

はあ、とため息を零す彼に一瞥をやるとカグラは翡翠の瞳の奥に燻る影をすっと隠してしまった。


「・・・カグラと言ったか。私の従者をあまり虐めてくれるなよ」

「ああ、申し訳ありません。来訪者様、お召し物の代えが終わりましたようですのでご説明をさせて頂きます」


私の諌めも大して気にした様子もなくさらりと口上だけ謝ると、カグラはさっさと本題に移った。釈然としない気持ちもあるが彼の“本題”とやらが気になる。



何もわからないのだ。異界とやらに渡り、己の名すらわからぬこの身で・・・何をするべきなのか。どうすれば己の主のそのお足元に再び参り、あの尊い御身をお守りする盾に戻れるのだろう。



「来訪者様・・・?」

「・・・ああ、すまない。話してくれ」


気配を敏感に悟ったらしい彼がいぶかしげに私を気にかけるが、生憎と彼に私の心中を明かすことはしない。この心は名も姿も知らぬお方に捧げるものなのだから。


「では僭越ながら―――」


数歩の間をゆったりとした動作で摘め、彼は私の足下に跪いた。



「我が知識はペルソナの頭脳に。我が記憶はペルソナの知識に。我が名はペルソナの命に。残るは空の肉体のみ。刻限までに取り戻さねば、残る我が身もペルソナの養となるだろう。ああ、御身も我が数奇な運命と同じく呪われていらっしゃる」


チリンとブーツの鈴が鳴り彼の頭が垂れる。


過去に見た誰かとその姿が重なる・・・。

あの時私が見たのは・・・誰かの背中だったような気がする。


「今は亡き親友に名づけられたこの名は今は覚えぬ記憶よりも重い」


ああ、思えばこの男は私に名を尋ねることはしなかった。


「名もなき旅人、異界からの来訪者よ。私とともに王都へゆきましょう。私がとうの昔に忘れた希望をともに探しましょうぞ」


痛みの残骸などもう既にないというのに、無意識に手が胸を掴む。この痛みを目の前に傅く彼も等しく味わったのだろうか。


―――いや、そんなことは今どうでもいい!




「それは、私の記憶を取り戻す手段か?」


「ええ」


「それは、私が元の世界に戻る手段か?」


「もちろん」


「それは・・・私が主のもとへ戻るための手段か?」


「あなたがそう望むのであれば」



足元でシウが小さく鳴いた。




「・・・ゆこうか、王都へ。私の望みのために。お前に案内を頼みたい」


「喜んで」



翡翠が心底楽しそうに歪んだ。





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