アイドル転生
この物語の主人公は、普通の中年サラリーマンだった。
毎日同じ会社に通い、同じ電車に揺られ、同じように家に帰る。
しかし、彼の人生は決して平凡だけではなかった――ただ、誰も振り返らないだけで、寂しさと後悔がいつも胸の奥にあった。
ある日、突然の出来事が彼の人生を変える。
目覚めたとき、彼は自分の身体でも声でもない姿で、新しい人生を歩き始めることになるのだ。
これは、過去の自分と向き合い、奇跡のような転生を経て、光のように輝く人生を模索する物語である。
オジサン[ここは…どこだろう?]
真っ暗な中、一本の道がぼんやりと伸びている。歩いていくと足元に小さな光が灯り、少し広い場所に出た。
目の前には、ヒラヒラした服を纏った女性が立っている。
オジサン[浮いてる…?]
いつの間に現れたのか、さっぱりわからない。
女性「オジサン、来たんだ〜。次、どうする?」
オジサン「次って…何のこと?」
女性「うん、次だよ」
オジサンは理解できず、昨日の酒の残りか、軽く吐き気がする。
女性「えっ、気づいてないの?!ウケる〜!」
オジサン[笑われてる…まあ、いつものことか]
女性「オジサン、死んじゃったんだよ」
オジサン「……は?」
女性は続ける。
女性「なんかね、上からの指令で、オジサンの人生が可哀想だから次の人生を選ばせてあげるんだって」
オジサン「自分の人生を悲惨とは思わないけど…まぁ、普通より少し下くらいかな…」
[あれ、見栄張って虚しい…]
女性は興味津々で質問攻め。
女性「仕事は?家族は?友達は?趣味は?」
オジサンは淡々と答える。
オジサン「会社員。妻と娘。友達ほぼゼロ。趣味も特になし」
話が終わる頃、女性は泣きそうな顔。
女性「オジサン、思ったより可哀想!次の人生、絶対いい人生にしてあげるから!」
オジサン[いい人生…って何だ?]
女性「そういえば、私のこと言ってなかったね。実は…女神なんだ!任せて!」
その瞬間、背後から眩しい光が差す。
オジサン「え、女神…?」
[冗談かと思ったけど、浮いてるし光るし…否定できない…]
女神「候補はね、勇者、魔法使い、大道芸人…あ、アイドルもあるよ」
オジサン[どれも目立つな…魔法使いにしよう…]
女神「アイドル、どう?」
オジサン[いやいや無理だろ…]
女神「拒否はできないよ〜。だって死んでるし、元には戻れないから」
オジサン「そっか…死んでたんだ」
女神「折角だし、全く別の人生を歩もうよ!」
体が熱くなる。痛みはない。
次の瞬間、見知らぬ場所に立っていた。
鏡に映るのは…紛れもない絶世の美女。
白い肌、大きな瞳、すっと通った鼻筋、薄く色づく唇…
オジサン[まさか、これが…私…?]
触れてみると、滑らかで柔らかい肌。指先には薄いピンクのマニキュア。
オジサン[……最悪だ]
部屋を見回す。キラキラの衣装、化粧品の山、ベッド、ピンクの壁。
オジサン[まさか…アイドル…なのか?]
昨日までの窓際おじさんの人生が、死んだ途端、真逆の方向に爆走していた。
鏡の中の自分を見つめながら、オジサン[いやいや、どうなってんだ…]
キラキラの衣装とピンクのルームに圧倒され、頭の中がグルグルする。
女神「まずは歌とダンスのレッスンね!」
オジサン[歌…?ダンス…?昨日までビール片手にテレビ観てた自分が?]
女神「心配ご無用、体は完璧だから!」
オジサン「体が完璧って、そんな…」
しかし、体を動かすと…筋肉が滑らかに反応する。手足が自然に動く。
オジサン[…なんか…気持ち悪いほど動く…]
最初のレッスンは、ダンススタジオで鏡に映る自分と対面。
オジサン[いや、これは…絶対無理…]
しかし、女神の指示通りステップを踏むと、周囲の鏡の自分が笑顔で踊る。
オジサン「……あれ、案外イケる?」
女神「でしょ!これがオジサンの新しい身体の力!」
次は歌の練習。オジサンの声は透き通った高音。
オジサン[……高っ!でも、変な気分…]
女神「高音のコツは、腹筋じゃなくて心で歌うこと」
オジサン[心で歌う…?]
不思議と声が伸び、心地よい響きになる。
オジサン[……これ、ちょっと楽しいかも]
レッスンの日々が続く。
振り付けは完璧、歌も徐々に上達、ファンへの笑顔も自然に出る。
オジサン[あれ、私…アイドルになってる…]
鏡に映る自分は、最初の戸惑いを消し去り、輝く笑顔でステージを見つめている。
そして迎えたデビューの日。
ステージ袖で心臓がバクバク。
オジサン[いやいやいや、死んだおじさんが…今、ステージに…]
女神「行ってらっしゃい、オジサン!いや…新しいあなた!」
ステージライトが当たり、観客の歓声が体に響く。
オジサン「……笑うしかないな、これ」
足取りは自然、歌声は美しく、踊りはキレキレ。
オジサン[…死んで良かったのか?悪かったのか?わからん…けど楽しい]
観客の声援とカメラのフラッシュが自分を包み込む。
オジサン[これが…アイドルの人生…か…]
心の片隅で、少しだけ、元の自分が恋しくなる。
しかし目の前の光と歓声に押され、オジサンは笑顔を広げた。
デビュー曲がヒットして、オジサン…いや、新アイドルはメディアに引っ張りだこ。
テレビ、雑誌、ラジオ…スケジュール表はもうパンパンだ。
オジサン[え、俺…休む暇ないの…?]
スタッフ「次の撮影、明日午前中です!」
オジサン「午前…朝…?朝はビール飲む時間じゃ…」
心のどこかで元オジサンの生活が恋しくなる。
でもステージに立つと、歓声が全てを吹き飛ばす。
オジサン[ああ、やっぱり…これか…]
観客の笑顔が、疲れや戸惑いを一瞬で消す魔法のようだ。
そんなある日、初めてのライブ中に足を滑らせてしまう。
オジサン[うわっ…転ぶ…!]
しかし体は覚えていた。自然に回転し、ステップを修正。
オジサン[え…俺、これやってる…?]
観客は拍手喝采。自分でも信じられない。
レッスン室では後輩アイドルにアドバイスを求められることも増えた。
オジサン「うーん…俺で良いのか?」
後輩「先輩、ステージ上では完璧です!」
オジサン[完璧…?まあ…見えてないだけかもしれんけど…]
鏡に映る自分の笑顔は、少しずつ自信に満ちていた。
ある日、ソロ曲のレコーディング中。
オジサン[この曲…自分の声、こんなに響くんだ…]
歌いながら、元の生活のことも思い出す。
でも、ステージで感じる感動は、それを遥かに上回った。
オジサン[うん…俺、この人生もアリかもな…]
そしてライブ終了後、ファンの声援を浴びながら思う。
オジサン[死んでアイドルになった自分…まさかここまで楽しめるとは…]
過去の自分と新しい自分が、少しずつ重なり合い、ひとつの輝く存在になっていく。
オジサンはつぶやく。
オジサン「これが…俺の新しい人生…そして、まだ始まったばかり…」
デビューから数か月。オジサンアイドルは、すっかりステージ慣れしてきた。
しかし、そこには新たな試練が待っていた。
ある日、新人アイドルグループが登場し、オジサンの人気に迫る。
ライバル「あなた、なかなか面白い存在ね」
オジサン「面白い…俺?」
心の中で、久しぶりに闘志が燃え上がる。
ステージでの競争は激しく、練習はさらに厳しくなる。
オジサン[年齢?関係ない…俺は舞台で輝くんだ!]
声もダンスも、昔のオジサンの体とは思えないほど柔軟に対応できる自分に驚く。
そしてファンとの交流も深まった。
ライブ後にファンから手紙をもらう。
手紙「先輩のおかげで、勇気が出ました」
オジサン[俺が…?こんな俺でも…]
目頭が熱くなる。ファンの笑顔が、全ての疲れを吹き飛ばす。
ある日、テレビ出演中にアドリブで笑いを取る場面があった。
オジサン「いや~オジサンもまだまだ捨てたもんじゃないですね!」
観客とスタッフは大爆笑。
オジサン[この瞬間、俺、本当に生きてる…]
ライブツアー最終日。大歓声の中、オジサンは思う。
オジサン[死んだはずの俺…でも、こんな人生が待っていたなんて…]
過去の自分と新しい自分が完全に重なり合い、一体となって輝いていた。
最後の挨拶でオジサンはファンに向かって言った。
オジサン「これからも、全力で楽しんでいきます!みんな、一緒に輝こう!」
観客の声援が、オジサンの胸を熱く打つ。
オジサン[まだまだ…俺の物語は終わらない。むしろ、これからが本番だ!]
舞台袖で深呼吸するオジサン。
かつての自分はもういない。
残ったのは、笑顔と情熱に溢れた、生きるアイドルの姿だった。
新しい人生を歩み始めた彼――いや、彼女――は、かつての自分を振り返ることもある。
窓際で過ごしていた孤独な日々、笑顔を見せられなかった過去。しかし、今の彼女には、応援してくれる仲間やファンがいる。
人生は理不尽で予想外だ。
しかし、誰かに必要とされる喜び、努力して得られる達成感、そして自分自身を受け入れること――それは、どんな平凡な日々よりも尊いものである。
物語の結末は、読者の想像に委ねられる。
けれど、ひとつだけ確かなことがある――人生は、どんな形であれ、歩き続ける価値があるのだということ。