第七十七話 王都燃ゆ
第七十七話 王都燃ゆ
動き出したのは、ほぼ同時。
『アハハハッ!』
「オオッ!」
繰り出された左の爪を剣で打ち上げ、続く右の爪を打ち下ろす。
重い。たった二合刃をぶつけただけで、両腕に痺れるような感覚が広がった。
そのままこちらに踏み込んでくる王妃の連撃を、ジグザクに後退しながら剣で受け流す。
三撃、四撃と弾き、大振りの左を屈んで回避しながら横薙ぎの一閃。膝関節を狙った刃は、しかしドレスのように揺れる赤いヒダと接触し激しい火花を散らす。
弾かれた……!?
頭上から振り下ろされる右の爪を飛び退いて回避。赤い絨毯が引きちぎられ、その下の床が砕かれる。舞い上がる土煙で、一瞬彼女の姿を見失った。
直後、粉塵を突き破り斜め上に飛んでいく影。ズン、と大きな音をたてて、王妃が足の爪を柱に食い込ませて張り付いていた。
そのまま膝を曲げ上体を仰け反らせたかと思えば、腹部の口が発光する。
「くっ!」
咄嗟に剣を盾にしながら横へ避ければ、熱線がすぐ傍を通り過ぎた。
遅れて、衝撃波と粉塵が襲う。鎧に石材の破片がぶつかる中、降ってきたサーシャ王妃の爪に逆袈裟の斬撃を合わせた。
鋼同士がぶつかる硬質ながら、腹に響く轟音。衝撃でたたらを踏む自分に対し、彼女は弾かれた衝撃を利用してまた別の柱に跳躍している。
まるで獣の動きだ。そこに技術と呼べるものはない。だが、王妃は恐らく己の速度に思考が追い付いている。
厄介な……!
『アハハハッ!楽しいわね、騎士様!』
「そうです、かっ!」
高速で突撃してくるサーシャ王妃の貫手を、剣腹で受け流す。彼女は床を抉り飛ばしながら、間髪入れずに跳躍。まるでピンポン玉のように、謁見の間を跳ね回りながらこちらへの攻撃を繰り返してきた。
もはや、赤色の何かが飛び跳ねているようにしか見えない程の速度。剣で受け流し、肩鎧で弾き、紙一重で回避をする。
かすめるだけでも衝撃でバランスを崩しそうになるも、倒れればそのまま蹂躙されるのは必至。傾く体を、足捌きでどうにか支える。
凄まじい速さで崩壊していく室内。美しく飾りつけられていた柱はどれも罅割れ、壁に飾られていた歴代の王達の絵は踏み潰された。
金色の玉座さえも、飛散した瓦礫が当たりあちこち欠けている。
まるで、ホーロス王国の歴史を踏みにじるかのような攻撃の嵐。だが、少しずつ目が慣れ始める。
何十回目かの突撃に合わせ、両足を床にめり込ませた。同時に、姿勢を低く、重心を下に。
右手で柄を握り、左手で剣腹を押さえながらサーシャ王妃の爪を正面から受け止めた。
『アハッ!』
「ガ……アアアアアッ!」
四肢がもげそうな衝撃に、脳が焦げる。悲鳴を雄叫びに変え、力のベクトルを強引に上へと逸らした。
真上へと投げ出され、天井に辿り着くまで僅かに無防備となったサーシャ王妃。そこへ、全力で跳ぶ。
刹那、彼女の纏う赤いヒダが発光。まるで流れ星が降り注ぐかのように、赤い光が自分目掛けて殺到する。
真っ直ぐに迫るもの。曲線を描き迫るもの。鋭角な軌道で迫るもの。異様に遅く、すれ違った直後に加速して背中を狙うもの。
その光弾全てを視界にいれることはできない。全方位から、殺意をもって赤い流星が宙を駆ける。
構うな……!このままここで打ち合えば、死ぬ!
空中にて、腰を捻り全身の力で剣を振り回した。横回転の斬撃で第一波を散らし、更に袈裟懸けの刃で第二波、第三波を打ち払う。
見えない位置のものは、魔力を読めば良い。剣を光弾に叩きつけた衝撃を利用し、減速するどころか、加速していく。天井に足裏をつけたサーシャ王妃に追いつき、彼女が再度跳ぶより先に大剣を振るった。
側頭部狙いの斬撃を、王妃は腕を掲げヒダで受ける。絹のような見た目に反し硬質な音が鳴り響き、刃が通らない。
知ったことかと、剣を振り抜く。斬るのではなく、壁に向かって殴り飛ばした。
天井をかすめ、石くれを散らしながら壁へと飛んでいく王妃。彼女は受け身を取る間もなく、背中から壁に衝突した。
勢いはそれで止まらず、隣の部屋へと王妃は放り出される。
盛大に土煙が発生する中、体が上下反転した状態で疾走。天井を足場に、落下するより速く1歩、2歩と足を動かした。
3歩目で、跳躍。粉塵が舞う中へと飛び込み、剣を腰だめに構える。
直後、全てを薙ぎ払うような熱線が駆け抜けた。彼女の腹部から放たれたそれに、刀身を横からぶつける。
打ち払うことはできない。だが、衝撃で自分の体を押し出すことはできる。
ぐるりと天地を正常な状態に戻しながら、石造りの床に着地。衝撃を逃す為、足裏で線を描きながら横回転を交えつつ停止。
謁見の間横の、貴族達が使う待合室。かの部屋程ではないが、十分に広い。
熱線を放った直後のサーシャ王妃が、哄笑と共にこちらへ爪を振るってくる。腹部の口端から出る黒煙を置き去りに、文字通り瞬く間に接近してきた。
顔面狙いのそれに、自分から頭をぶつけにいく。側頭部の角のような飾りで爪を受け、曲線を利用し受け流した。
ほぼ同時に、左の拳を彼女の脇に叩き込む。肺を抉る打撃に、僅かだがその巨体が浮き上がった。
「■■■■■───ッ!」
雄叫びを上げ、全力で腕を振り抜く。残留する鈍い打撃音が風切り音にかき消され、王妃が再び別の壁へと叩きつけられた。
背中でクレーターを作る彼女に、一足で間合いを詰め斬りかかる。首狙いの斬撃を、しかしその両腕の爪がガッシリと受け止めた。
しまっ……!?
咄嗟に引こうとしても、ビクともしない膂力の差。刹那、王妃の腹部が発光する。
柄から手を離すと共に、右斜め下に上体を落とす。左肩を熱線がかすめる中、右手でホルスターから散弾銃を引き抜いた。
そのまま、熱線を放った直後の大口へと勢いよく突き込む。柔らかい肉を鋼の銃口が抉り、即座に発砲。
『ア、ガァ……!?』
初めて、サーシャ王妃から苦悶の声が漏れ出た。
全力でねじ込んだ衝撃と、密閉空間での発砲で壊れた散弾銃を置き去りに腕を引き抜き、左手で剣の柄を握りながら蹴りを彼女の腹へと放つ。
ブヨブヨとした感触を、強引に蹴り抜く。頑丈な石造りの壁を打ち破って、王妃の体が通路に、そしてその先の壁も貫通して城外へと吹き飛ばされた。
回収した剣を両手で握り直し、追撃。
空中へと飛び出した自分に、サーシャ王妃は落下しながらも体勢を整え全身のヒダを発光。赤い流星を放つ。
それは、もう見た……!
ぐるり、ぐるりと体を回し、白銀の刀身で迫る赤い星を打ち払う。反動を利用して加速する自分に、王妃は腹部を輝かせた。
間合いをつめるこちら目掛けて、熱線が襲う。先程と同じように刀身をぶつけて自身の軌道を変えた直後、彼女が左の五指をこちらに向けた。
刹那、音速の半歩手前の速度で爪が伸びる。否。爪自体ではなく、指との間にワイヤーのような糸があり、それを勢いよく射出したのだ。
回避は不可能。咄嗟に左腕で頭を庇えば、左肩、左腿、左脇腹、右肩に直撃。更に腕のガードを避け、爪が兜をかすめていった。
幸い鎧にこそ食い込んだものの、肉体には僅かしか刺さっていない。頭部への攻撃で揺れる視界が、今度は勢いよく横方向へと動いていく。
遅れて、自身が振り回されているのだと理解した。そのまま燃え盛る家屋へと、叩きつけられる。
落下の衝撃は凄まじく、木片と石材を散らしながら、火の粉が舞う中を十数メートルも地面を抉りながら転がった。
「ぐ、がぁああ!」
片膝と左手を地面につきながら顔を上げれば、炎の中を突き破りサーシャ王妃が右腕を引き絞っていた。
戻ってきた左爪の反動を利用するように横回転をし、赤いヒダをなびかせて渾身の貫手が放たれる。
それを剣腹で受け止めれば、あまりの衝撃に再び後方へと打ち出された。急速に景色が流れていく中、どうにか両足から地面に着地。滑走しながら、剣を構える。
猛追するサーシャ王妃が、容赦なく左右の爪で連撃を仕掛けてきた。それらに対し、大剣を振るい迎撃する。
だが、全ては捌き切れない。先の攻撃で破損した右肩や左脇腹を切り裂き、黒い爪が赤く濡れる。
徐々に加速していく王妃の連撃。衝撃もあって常に移動しながら受け続け、いくらかは防御が間に合うが回避する暇がない。
刀身が間に合わない攻撃が増えている。間違いない。彼女は、戦闘の中で成長している。
兜の下で歯を食いしばり、額へ迫る爪へと頭突きを放った。
硬質な音と重い衝撃が脳を揺らすが、それでも強引に彼女の猛攻に隙間を作る。
即座に逆袈裟の斬撃を放てば、王妃は腰のヒダを挟むように足裏で刃を受けた。強引に振り抜いたこちらに、ふわりと舞うように彼女は跳び上がる。
くるり、と猫科を彷彿とさせる身のこなしで空中にて姿勢を変え、サーシャ王妃は背後の建物の壁に着地した。
両足の爪と左手の爪を食い込ませた先は、この街の大聖堂。砲撃の影響だけとは思えない程、燃え盛っている。
『……不思議ね』
「ふぅぅ……!」
どういうつもりか、動きを止めた彼女に剣を構えながら大きく息を吐く。
全身が痛い。一瞬だけ刀身に視線を向ければ、あちこちに刃こぼれが発生していた。目立ちはしないが、僅かに歪んでさえいる。
鎧の各所がボコボコになった自分を彼女はその無貌で見下ろし、言葉を続けた。
『兜で顔を隠していてもわかる。貴方……笑っていないのね』
「……?」
どういうことかと、眉を寄せる。
言葉の意味を考えながら、周囲の状況を確認。残念なことに、音からして付近に味方はいないようだ。
恐らく、砲撃を免れた住民達と各地で交戦している。戦闘音が街中から響き、辛うじてだが、笑い声と怒声がぶつかり合っているのがわかった。
そして、この場所。燃え盛る大聖堂の周囲は開けた土地となっており、普段は広場として王都の民が休日を楽しんでいるのだろう。
つまり、遮蔽物がろくにない。機動性で勝る彼女との戦いに、どう働くか……。
「当たり前でしょう。自分は戦闘狂ではありませんので」
『……そう。何と言うか、騎士様って』
心底不思議だと言わんばかりに、王妃は首を傾げた。表情を目で確認することができないのに、何故かその困惑が強く伝わってくる。
『普通……なのね?』
落胆とも、驚きとも、そして僅かに喜んでいるともとれる、声。
ますます意味がわからんと、こちらこそ首を傾げたくなる。隙になるので、やらないが。
「貴女に比べれば、大抵の人間は普通だと思いますが」
『そうじゃなくってね……いいえ、いいわぁ』
僅かに、彼女の重心が低くなる。
それに合わせて、こちらも剣を握り直した。
お互い、呼吸を整えるには十分すぎる時間があった。つまり。
『折角だから、もう一曲……お願いできるかしら?』
「ええ。喜んでとは言えませんが、受けてたちます」
第二幕、ということだ。
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