第七十五話 地獄へ堕ちる者のみが
第七十五話 地獄へ堕ちる者のみが
「全弾、撃ちきりました!」
「よろしい」
散々爆音が鳴っていた影響か、ケネスが半分怒鳴り声じみた報告を告げてくる。
耳栓は配ってあったのだが、騎士や兵士達は自身の耳を気にしていた。何人かは頭を押さえている。
やはり、大砲はどうしてもこうなるか……。
「ケネス」
老騎士の肩に触れ、少し耳元へ顔を近づけながら指示を出す。
「王都前に陣取っている味方に、砲撃終了の狼煙を上げてください。僕は王都攻めに加わります」
「はっ!しかし若様!ストラトス家は十分に役目を果たしました!若様が前へ出る必要はないかと!」
「……嫌な予感がします。念のため、突入します」
「わかりました!ご武運を!」
嫌な予感がするのは、嘘ではない。だがそれ以上に、サーシャ王妃の首をどさくさに紛れて獲らねばならないのだ。
彼女が周囲にどれだけクリス様の秘密を教えているかは謎だが、兎に角わかっている人物だけは消さないといけない。
幸いと言って良いのかわからないが、先の戦闘で帝国貴族の間では『ホーロスを滅却すべき』『呪われたサーシャ王妃……皇女も諸共消した方が帝国の為』という考えが広がってきている。
今なら、『うっかり殺してしまいました』と言っても、戦闘中の事故として扱われるはずだ。
「では、ここは任せます。たとえ味方の貴族であろうと、野戦砲に他家の者は近づかせないように。万が一の時は、大砲に自爆用の火薬を設置。点火後、総員撤退してください」
「はっ!」
まだ砲声により耳が痛むのか、ケネスが雄叫びめいた声で返事をした。
それに苦笑を浮かべながら顔を離すと、少し遠くにグリンダが立っている。
騎士として一礼する彼女に、こちらも主家の者として軽く頷いた。今はそれだけで十分だ。家臣達に背を向け、丘を駆け下っていく。
ここから王都まで、約2千メートル。野戦砲の最大射程よりは短いが、それでも少し遠い。前より重くなった鎧と、不整地なことも考えると到着まで2分近くかかる。
どうも、狼煙を上げる前から王都前の部隊は動き出しているようだ。城門が破壊された段階で、城壁に接近。跳ね橋が上がった状態で砕けたこともあり、代わりに土魔法で堀を埋めて進んでいる。
人生初の砲撃で前線部隊は動きが鈍っていると思っていたが、戦意は十分すぎる程あるらしい。それにしても、功を焦っているように思えるが……あるいは、王国への敵意があり過ぎるのか。
何にせよ、少し速度を上げる。先にサーシャ王妃を捕縛されては、困るのだ。
今回の戦闘には本来クリス様の護衛である親衛隊も何人か突入部隊として動いている。自分でなくとも、彼女らが王妃の首を落としてくれれば良いのだが……。
土煙を背に駆けて行けば、王都前の部隊と合流する。派手に近づいてきたこともあって、敵と誤認されることはなく素通りできた。
「クロノ・フォン・ストラトス!王都攻略に参加します!」
それでも、一応礼儀として声はかけておく。
兜越しにそう吠えた後、跳ね橋の残骸がアーチのようになっている所を潜り、土で埋められた堀を越えて城門に。
砲撃によって閂と蝶番が壊れたらしく、分厚い扉が内側に左右それぞれ倒れていた。右手側の扉は砲弾が直撃したのか、淵が黒く焦げた風穴ができている。
王都の中は、自分でやっておいて何だか酷い有り様であった。
白い石畳には灰と煤が散らばり、美しいと評判の街並みは瓦礫の山と化している。砲撃の影響か、それとも突入部隊が火をつけたのか、あちこちで火災も発生していた。
「っ……!」
自分は、とても恐ろしいことをしてしまったのだと。この時ようやく実感する。
だが、喉元までせり上がってきたものは強引に飲み下した。
地獄行きの特急列車に、自分から乗り込んだのだ。であれば、今更『こんなはずじゃなかった』などと言う権利はない。
気合で足を1歩、前に踏み出せば、後はいつも通りに動くことができた。
そして、目撃する。
「は、はははぁ……!」
「ふふ、ふふふ……!」
体のあちこちに火がついた青年。片腕の千切れたご婦人。その他幾人もの、体のどこかしらに大きなダメージを負った住民達。
鎧もつけず、私服としか思えない格好。そんな彼らは、自分を見て笑っていた。
「あははは、あははは!」
「アハハハハハハハハ!!」
───最悪だ。
一瞬、感謝してしまった。彼らが既に薬でこうなっていることを、喜んでしまった。
しょうがなかった、自分は正しかったのだと、そう思えて。自己嫌悪が襲ってくる。
だが、前へ。今は、前へ。
「アハハハハハハハハ!」
「どけ……!」
掴みかかってくる住民達を一刀で薙ぎ払い、前進。
痛覚がなかろうが肉体の欠損が覆ることはなく、彼らの動きは当然ながら鈍い。雑草を大鎌で刈り取るように、容易く焦げた肉片が周囲に散らばる。
すぐに、突入部隊の後列が見えてきた。
どうやら、先頭で詰まっているらしい。ホーロス王国も、流石に王城の前には何かしらの守りを配置していたか。
ならばと、燃え盛る屋根の上に飛び乗る。鎧の重さと火の影響で壊れてしまうが、落下より先に足を前へ動かした。
踏みつけた端から屋根が崩れていくが、そのことで文句を言ってくる住民はいない。そのまま走り、王城を目指す。
それでも多少はペースダウンした状態で、視線を巡らせた。
詰まってしまった突入部隊の中を、掻き分けて前へと進む集団がいる。そして、その先。
先頭の者達をせき止めている敵部隊の姿が、見えてきた。
「進めぇ!殺せぇ!」
矢を放ち、槍を構えて前進する帝国軍。だが、未だ誰1人として突破できてはいない。
何故なら。
「悪いんだけどねぇ」
降り注ぐ矢の雨はぶわりと広がった外套に打ち落とされ、繰り出された槍は灰色の剛腕が薙ぎ払う。
人間と怪物の融合した暗殺者が、城へと続く階段にて立ち塞がっていた。
「カーラさん……」
その姿に、兜の下で目を見開く。
日焼けした肌が露出している、首から上と左腕。あの時も見た黒い衣服で、胴体や腰から下は隠している。
だが、それに覆いきれていない箇所。右肩から先と、両足の膝から下。それらが、人外の物へと変わっていた。
クマの前足に似た形状の右腕は、しかし地面に届く程に長い。太さは彼の胴体と同じであり、異様に筋肉質であった。
両膝から先は狼の後ろ足に似ており、関節が増え人間では有り得ない形状になっている。
異形の箇所は、灰色の体毛に覆われていた。その色は、彼が謎の薬を打った時の肌色と同じ。
そんな彼の周囲には10人の『黒蛆』が立っており、同じく『黒蛆』らしき者達が4人、階段の中腹で倒れ伏していた。
なるほど。彼らが決死の覚悟で立ち塞がったのなら、並の兵士では突破できまい。このままでは、犠牲が増えるだけだ。
「ここを通すわけにはいかないのよ」
明らかに人外と成り果ててなお、理性の宿った瞳で、彼は独特の構えをとる。
「───この先は、地獄へ堕ちる者のみが入れる饗宴の間だ。真っ当に終わりを迎えたい者は、ここで死んでおけ」
地の底から響くようなその声は、街のあちこちから聞こえ始めた哄笑にもかき消されることなく、帝国兵達の耳に届いたことだろう。
積み上げられた仲間の死体と、血に濡れた異形の手足。それを前に、先頭の兵士達が二の足を踏んだ。
進もうとする後続と、足を止める先頭。ごっちゃりとした帝国軍を跳び越えて、城門の残骸に着地。
そして、赤と黒が点々と汚す白い階段へと降り立つ。
───ズン……!
足裏で白の石材を踏み砕き、帝国軍の前に。
そして、カーラさんの眼前へと降り立った。
「……あら、その気配は」
彼が何かを言う前に駆け出せば、即座に『黒蛆』達がナイフを投擲してくる。
それらを鎧で弾きながら前進したところへ、カーラさんの右腕がフックの要領で爪を伸ばしてきた。
帝城内で戦った時よりも、速い。だが城門前で戦った時より、遅い。
跳躍してその一撃を回避し、彼の肩を蹴って更に上へ。城の外壁へと跳んでいく自分に、すぐさまカーラさんは振り返る。
念のために視線は彼らに向けているが───杞憂だろう。
「行かせないわよぉ!」
「いいえ、行かせます」
自分の爪先が城の壁にめり込むのと、銃声が轟いたのが、ほぼ同時。
引き金が引かれるより先に、直感で動いたのだろう。カーラさんが頭部を庇うように掲げた右腕から、鮮血が舞った。
そして、2人の『黒蛆』が倒れ伏す。
それを見据える、3人の親衛隊。
城の窓から城内に侵入した後、改めて地上を見下ろした。
「……貴女、あの時の」
「お久しぶりです。カーラ殿」
ぐるり、と。シルベスタ卿が左手に持つショットガンを回転させる。
レバーアクションの、ソードオフショットガン。彼女が握るそれは、長さも幅も前世のそれと大差はない。
だが、縦の厚みが通常の倍以上もあった。
レバーアクションの問題点の1つである、強度面。その問題を解決する為に、シンプルに『壊れやすい部分を大きく、分厚くした』結果である。
だが、コストと重量の増加により量産は断念。あげく、実験中スピンコックに失敗して自分が己の二の腕を撃ってしまった為、銃その物が父上により存在を抹消されそうになった。
その死蔵されかけた試作品が今、戦場にて産声をあげる。
「リベンジマッチに、参りました」
「……いいじゃない、そういうの。嫌いじゃないわぁ!」
シルベスタ卿が右手に剣を、左手に銃を構える。その両脇には、ポンプアクション式のショットガンを手にしたレジーナさんとオリビアさんが立っていた。
ここは彼女らに任せても問題ないだろう。城の中へと視線を戻し、歩き出す。
───ここから先は、地獄に堕ちる者のみが、か。
ならば、自分はその資格を得ている。
銃を始めとした、各種兵器の発明。それがどういう未来を作るかも知った上で、自分は職人達に命じ、工場も作った。
クリス様……『クリスティナ』という少女に、兄姉の死体で汚れた修羅の道を歩めと、背中を押した。
いつか、誰かが銃を作り、広めただろう。自分以外の誰かが、彼女の背を押した可能性もあっただろう。
だが、僕だ。それをこの世で成したのは、他の誰でもない。クロノ・フォン・ストラトスなのだ。
地獄への道を歩む資格は有る。堕ちていく覚悟は、まだわからないが……有ると、自分では思っている。
鎧を着た自分の足音に惹かれてか、城内にある各部屋の扉が次々と開いていく。
「アハ、アハハハ……!」
「ケヒ、ケケ、ゲゲゲゲゲゲ……!」
「ガ、ギ、ギイイイイ……!」
歪な笑みを浮かべた、怪人どもが姿を現した。
服装や魔力からして、元はこの国の要職についていた者達だろう。だが、その瞳に理性はない。
カーラさん同様、体のどこかが魔物のそれに置き換わっている。ある者は首から上が蛙になり、ある者は両腕が虎のものになっていた。
更には、その者達の放つ呼気そのものに嫌な臭いがする。ただの悪臭ではない。恐らく、何らかの毒だ。
口や鼻から侵入してきたそれが、血管をざわつかせる。しかし、それはすぐに治まった。
不愉快ではあるが、どうということはない。今更この程度で狂う程、柔な体はしていない。
「アアアアアガガガガガガガッ!」
笑っているのか、叫んでいるのかもわからない声でクモと人の混ざった元貴族が襲い掛かってきた。
それを、一刀の元に切り捨てる。
「どけ」
縦に両断され、左右に分かれていく敵の体。
返り血に染まりながら、その間を歩いていく。
廊下に充満する甘ったるい臭いを鉄の臭いで上書きし、ガシャリガシャリと、鉄靴の音を響かせた。
「ここが地獄行きとなる者どもの宴なら……1番良い席に通してください」
哄笑とも雄叫びともとれる声を上げて。
怪人どもが、列をなしてこの身に群がった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。




