第七十四話 砲撃
第七十四話 砲撃
「ケネス。すみません、長い時間指揮を任せっぱなしで」
「いえいえ。若様にも休息が必要と思っ……」
グリンダに告白してから、数時間後。
彼女と色々綺麗にしてからケネスの所へ向かったのだが、彼は自分達の顔を見るなり固まってしまった。
まさか何か痕がついていたかと、内心で焦る。
そんな自分に彼はずいっと近づいて。
「───エッチなことしたんですか?」
「やかましいわ!?」
ストレートにも限度があるのよ。
ケネスの言葉が聞こえていたのか、周囲にいたうちの騎士達も集まりだす。
「エッチなことしたんですか!?」
「え、本番?まさか本番?」
「幻想じゃ……ねぇよな……!?」
「私は何十年も騎士としてストラトス家に仕え、そして数多くの戦場を経験してきた」
どよめく騎士達の中、ケネスが真剣な面持ちで続ける。
「その上で言おう……これは卒業生の顔だ!!」
「前後の文まったく関係なかったですよね!?」
「うおおおおおおお!」
「そこ、騒がない!他の陣地に迷惑でしょうに!」
「で、グリンダとエッチなことしたんですよね?」
「な……なんのことですか……?」
これでも貴族として生まれて15年。腹芸をする必要もあると、アレックスや父上から習ってきた。
今こそ、それを最大限活かす時……!
何故って?恥ずかしいからだよ?もっとこう……男の子の心の柔らかい部分を丁寧に扱ってほしい。泣くぞ。
「なるほど……」
誤魔化せたのか、あるいは男の純情を理解してくれたのか、老騎士は穏やかな顔で頷いた後。
「で、エッチなことしたんですか?」
「ぅぉい!?」
グリンダに向かってそんなことを言ってきた。
この老騎士なんにもわかってねぇ!?
「しました」
「グリンダ!?」
そして真剣な顔で頷く我が愛しの人。そういう顔も、良い……。
じゃなくってね!?
「はえー。若様が遂に童貞捨てたのかー」
「おら、てっきりとっくに捨ててんのかと」
「んだなぁ。おら達に店紹介してくれるぐらいだし」
「なんにせよ、これでおら達の村は安泰だなぁ。えがったえがった」
そう、いつも通りの様子の領民達。
いや何かいつもより訛ってんな?
「うおおおおお!うおおおおおお!」
「祝い酒だ!祝い酒の準備だ!」
「いや、それより関係各所に結婚式の手紙を……」
「ストラトス家に栄光あり!!」
いっそう沸き立つうちの騎士達。
ケネスに至っては、右の拳を突き上げて満足気な笑みを浮かべたまま気絶している。
……うん。
「全員、静かにしないと本気で怒ります」
「はい」
目の前にグリンダ以外の騎士が整列し、領民達は姿勢を正しながらさっと顔を下に伏せた。
ストラトス家の練度は田舎貴族の中だと群を抜いて高い。伊達に武門の家やっていないし、国境近くにいるのだから当たり前である。
その訓練の成果が、こんな形で発揮されたのは遺憾であるが。
「騎士達にとって、主家の子づ……性事情がそれぞれの家の存続に関わる大事なのは承知しています。していますが、その……もう少し、静かに……!」
顔が熱い。耳まで真っ赤な自覚がある。
誰だって自分の童貞卒業を知り合いにはやし立てられれば、こうもなる。
「申し訳ありません、若様。少々配慮に欠けておりました」
ケネスが、キリっとした顔で帝国式の敬礼をする。
それに倣い、他の騎士達も敬礼をしてきた。
「この普段とは異なる戦場。そして帝国の窮地。更には普段の若様のヘタレっぷり。そんな中での吉報に、つい浮かれてしまいました」
「うん……はい……最後の所は怒りたいですけど、聞かなかったことにします」
「ありがとうございます。では、今後のことについて会議をいたしましょう」
仕事の話かと、頷く。
今は少し頭がフワフワとしているが、それでも自分の性事情を語られるよりは余程良い。
何より、まだ戦争は続いているのだ。気を引き締めないと。
「最優先で考えるべきは、お館様をどうするかですな」
「戦争の話は?」
「お館様のことですから、どれだけ隠しても若様のお顔を見るだけで気づくでしょう。そうなれば、グリンダ抹殺計画を実行に移すことは確実です」
「戦争の話は???」
「若様」
ケネスが、やれやれと言いたげな顔で掌をこちらに向ける。
「今、大事な話の途中ですので……ね?」
「放してグリンダ。こいつ殴れない」
「まあまあ。大事な話なのは本当ですから」
「それでも今じゃ……今じゃないでしょう……!」
せめて領民達のいない所でしてほしい。その辺の天幕で、3人だけで話しをしよう。
兵達が見ている……!生温かい目で……!
「ですので、どうにかして若様とお館様が顔を合わせないようにしなければ」
「場所を……場所を変えて……お願いだから……!」
「そうしてお館様の目を搔い潜りつつ───若様には騎士家の娘達にも種を蒔いていただきたい」
「……え」
一瞬何を言われたのかわからなかったが、考えてみれば当たり前である。
騎士の家は主家の子供を嫁入り、あるいは養子として迎え入れることで、魔力の濃い血を得ていた。それにより、平民と比べて特別な地位に立っている。
しかし、父上は亡き母上に操をたてており、もっと前の世代の『遺産』で魔力の量と質を保っている状態。
つまり、自分が頑張るのがベスト……なのだろうけど。
「……すみませんが、僕はグリンダ以外と───」
「てい」
自分が言い切る前に、グリンダのチョップが頭に炸裂する。
掛け声は可愛らしいものだったが、鈍く大きな音が響いた。衝撃が脳を揺らし、足首まで地面に埋め込まれる。
「ぐ、グリンダ?」
「若様。まだ浮かれた気分が抜けていらっしゃらないようなので、失礼ながら地に足をつけさせていただきました。物理的に」
「いや、これ足をつけるというか足を埋める……」
「今、大事な話の途中なので」
「……はい」
まずいな、既にかかあ天下となる未来しか見えない。
やだ、僕の家庭内地位、低すぎ……?
「私のことを愛してくださるのは嬉しく思います。しかし、この身はただの騎士であり、元は孤児の平民です。伯爵家となったストラトス家で、正妻という立場になれる身分ではありません」
グリンダが、こちらの正面に回り込み淡々と述べる。
「必ず、どこかから身分に合った女性を迎え入れなければなりません。そして、各騎士の家から可能な範囲で愛人を受け入れてください。くれぐれも全員を平等に扱うことはしないよう、お願いします。私も含めて、正妻となる方より下に置いてください。これは絶対です」
「……理屈では、わかります。しかし、不誠実というか……」
彼女の言っていることは正しいので、上手い返しが出てこない。
グリンダは21世紀の価値観が自分より強いので、多くの女性と関係を持つと嫌われるのではと心配になったのだ。
今生では愛人や側室など、貴族なら当たり前なのだが、グリンダがどう思うか……。
そう考え断ろうとしたのに、当の本人からお説教を受けることになってしまった。
「若様。神に誓って、私は若様がどれだけの女性と肉体関係をもとうと、それを理由に貴方の傍を離れることはありません。それに……」
そこまで言って、彼女はこちらの耳元に顔を寄せてきた。
胸板にその爆乳が『むにぃ……』と押し付けられ、心地よい柔らかさと反発が伝わってくる。
『私は男の欲望を知っているつもりだよ?今更、よそよそしくしないでほしいな』
そう告げて、彼女は静かな笑みと共に体を離した。
「……わかりました」
ここまで言われて、引き下がるようでは男が廃る。何より貴族として失格だ。
ついでに、その……こうして『許可』が出たことを、個人的に喜んでもいるのだ。浅ましいことに。
我ながら前世基準だと最低な考えだが、あえて言おう。
「領地に帰ったら……色んな女性とエッチなことをします……!」
「おお!」
自分の言葉に、騎士達が色めき立つ。
ぶっちゃけ、僕だってしたいし。
この世界、結構顔面偏差値高めなのだ。しかもうちの領地では平民でも石鹸をよく使うし、公衆浴場も最近はキッチリ稼働しているので、良い匂いがする美人が多いのである。
何度、兵士達や騎士達が娼館へ向かう背中に悔し涙を流したか。
「僕だって……本当は色んな美女とスケベしたい……!」
グリンダは最高だ。しかし、それはそれ、これはこれ。
シルベスタ卿やアリシアさん、男装を解いたクリス様相手にも、ムラムラはしていたのである。あの海の後、親衛隊やクリス様のエッチな姿を妄想しなかった日はない。
最低なことだが、未亡人感のあるウィリアムズ女伯も『エッッッロ!』って思っていたし、先帝のアレコレを知る前はサーシャ王妃の胸元を見て『あと少しでポロリ……!』とも考えていた。
何なら、帝都を歩いている時も『今すれ違った美人さん、なかなかのオッパイをおもちで……』とかつい目で美女や美少女の乳尻太腿を目で追いかけてもいたのだ。
酒池肉林を楽しみたいのは、男なら当然のことなのである……!
いや、酒は正直いらんが。今の体だと酔えないうえに、味が苦手だし。
「その言葉が、聞きたかった……!」
漢泣きをするケネス。いやそこまで?幾ら何でもそこまで?
目の幅出ているのよ、涙が。人体としてやばくない?
「これから、盛り立てていきましょう……ストラトス家を……!」
「はい……家の為ですからね!しょうがないですよね!」
人は、利益と道理を得た時ほど動きやすい。そう、父上から教わったことがある。
今がそれだった。
「さあ若様、今の本心を叫んでください……!皆の為に。お家の為に!」
「はい……!」
拳を、高々と突き上げる。
「スケベが、大好きぃ!!」
隣の陣地から苦情がきた。本当にすみません。
* * *
アホなことを叫んだ後、ギルバート侯爵から使いの者がきた。
なんでも、ホーロス王国の兵士達の死体は燃やすのを手伝ってほしいらしい。
先の軍議にて、彼らの死体から剥ぎ取りや、貴族の遺体を回収。清めて、その人の家と遺体の返還について交渉といったことはしないと決定している。
普通の大きな戦でも、そういったことが省略されることはあるのだ。今回のような異例過ぎる戦となれば、当然である。
よって、土壁でぐるりと囲った上で、ホーロス王国軍の死体には火が放たれた。
事前に油を撒いていたこともあって、自分含め複数人の貴族が放った炎は瞬く間に広がっていった。
火をつけたのはもう夜だったのだが、昼間のような明るさが暫く続いた程である。
分厚い壁を作ったことで、臭いや延焼は防げたが……それでも、その光は壁のこちら側にも届いていた。
肉の焼ける臭いに吐き気がしたのは初めてだと、若い貴族や兵士達がダウンしたそうだが……無理もない。
自分もオールダーの戦場を経験していなければ、吐いていただろう。その晩は『そういうこと』抜きで、グリンダを抱きしめていた。
火は1時間もしない内に消えたのだが、それでも安らかとは言えない夜を過ごした後。
帝国軍は、土壁を向こう側に倒し死体を埋めた後、迂回する形で街道に移動。そのまま、王都を目指して進軍する。
今回の作戦で重要なのは、兎に角速度だ。
物資を使った分できたハーフトラックのスペースに、乗せられるだけ兵士をつめて。連れてきた馬達も全力で動かして。
王都へ。ひたすらに、王都へ。
本来なら落とすべき道中の砦や城も、監視や足止めようの貴族や兵士を最低限残しただけで放置し、敵国の首都へと向かう。
幸いと言うべきか、素通りする自分達を砦や城の敵兵が咎める動きはなかった。不気味な程に、どこも静かだった。
そうして、初戦から僅か5日後。
帝国軍は、ホーロス王国の王都を射程に捉えたのである。
道中で敵の城や砦に置いてきた者達を引いて、現在帝国軍は7千人。
推定される敵戦力は2千人から3千人。これは、最初からホーロス王国が王都に兵を集めていた場合の数である。
この進軍速度では相手も対応できないのが普通だが……生憎と、普通の相手ではない。
そして、もしも王都の国民全員が『例の薬』を使っていた場合、数の有利は消えてなくなるだろう。
その場合は籠城する側の有利も消えるだろうが、王都に乗り込んだ後は厳しい市街戦となるはずだ。
だからこそ、自分達が持ってきた『ある物』が役に立つ。
「若様、準備ができました」
「よろしい」
この速度が重要となる戦においても、わざわざ皇領の工場に作らせ、ハーフトラックに牽引させていた兵器がある。
全ては、この王都攻略を速やかに行う為に。予定では城壁や城門という、軍事施設にのみ使う予定であったが……。
外道と、なろう。
「目標、王都市街地」
本来なら撃つべきではない場所に、攻撃指示を出す。
非戦闘員のいる場所に狙いをつけるなど、常ならばあってはならないことだ。この世界においても、『補給』以外では眉をひそめる行為である。
それでも、今回はやらねばならない。
ギッギッと、ハンドルを回す音がする。
既に攻撃許可はクリス様から頂いており、後は自分の号令が放たれるのみ。
他家の貴族や兵士達が、アレはなんだとこちらを見ている。進軍中にも幾度か聞かれたが、詳細は答えていない。
だから、彼らはこれから目撃するのだ。
戦場が、変わる瞬間を。
「発射角、方向角、確認しました。ただし、実験とは違い気球によるサポートはありませんので、正確な狙いはつけられません」
「構いません。あの壁の内側に放り込むことができれば良い」
「はっ」
「……榴弾を装填」
「榴弾を装填!」
自分の言葉を、ケネスが大声で復唱する。それに合わせて、うちの兵士達が『砲身』後部から砲弾を入れた。
『野戦砲』
砲身長、約2メートル20センチ。口径、75ミリ。重量、約960キロ。
一対の無骨な車輪と、後ろに伸びた鋼の足によって支えられた砲身。
本来なら王都を狙う自分達に投石機やバリスタによる攻撃が行われているはずだが、その気配はないので、ゆっくりと準備ができる。もっとも、その有効射程の外側にこの大砲は設置されているわけだが。
この世界の投石機の射程は、およそ4百から5百メートル。
そして我が部隊の野砲の射程は───およそ3千メートル。
前世の基準で見れば、たかがその程度と言われるかもしれない。しかし、この大陸においては───。
『未知』。そうとしか言えない領域の、兵器である。
「くれぐれも、王都正面に陣を構えている味方に当てないでくださいね」
「勿論です。皆、訓練はしかと積んできました」
「愚問でしたね。貴方達の腕を、僕も信じています」
装填完了という声が、他の騎士から聞こえてきた。
白銀の鎧に包まれた右腕を、ゆっくりと上げる。
「全砲門」
魔法で作った丘の上にずらりと並んだ、8つの野戦砲。
それらが全て、ホーロス王国王都に狙いを定めている。
今か今かと合図を待つ我が兵士達に、掲げていた右腕を勢いよく振り下ろした。
「放て」
この世界において、初めて国家間戦争において使われた野戦砲。
その砲声が、一斉に轟いた。
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