第六十四話 勇者アーサーの遺産(夏)
第六十四話 勇者アーサーの遺産(夏)
照りつける太陽の下、1人海を眺める。
というのも、ロッジの安全が確認されたので早速水着に着替えたのだが、男女でその速度が違うのは当たり前の事。
だが、こうして静かに海を見るのも悪くない。
人の気配もろくになく、自然の音だけが響く世界。ストラトス領にいた頃は、ちょっと山や森に行けばそんな静寂に包まれる事ができた。それも、今は遠い昔に思える。
別に、田舎や自然が好きというわけではない。特に虫が嫌だ。静かに立っていると、名前も知らない虫が足元に近づいてきたりするので、あまり森の中に長居したくない。
だが……こういうのは、悪くない。
前世でも今生でもあまり旅行へは行かない類の人間だが、偶になら良いのかもしれないと、今は思う。
この浜辺であれば、1人でいても苦ではない。むしろ、こうして1日中海を眺めているのも贅沢な休日と言えるのではないか。
書類の山も、挨拶回りも、建設作業も、領地へ借りていく職人の選定や交渉も、剣や魔法の稽古も、殺し合いも。この場所にはない。
ああ……平和だ……。
「お待たせしました、若様」
なんて事を考えていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。
少し、ぼうっとし過ぎていたようだ。軽く頭を振って、思考を切り替える。
「いえ、それほど待っていませんよ」
「それは良かった。というか、まだクリス様はきていないんだね」
「ええ。恐らく着替えが……」
他に人がいないとわかったからか、ため口になるグリンダ。
そんな彼女へと振り返って、数秒言葉を失う。
「だったら、2人の時の話し方でいいかな。流石に、『昔』の言葉はなしだけど」
そう呟くグリンダは、真っ赤な水着に身を包んでいる。
バンドゥビキニ……だったか?店で購入した時、レジのシスターがそう言っていた気がする。
何を買ったのか直接見ていないし、試着室もなかったのでどういう物かわからなかった。
まさか、チューブトップみたいに肩紐がないタイプだったとは……。
白く華奢な肩も、細い二の腕も剥き出しで、綺麗な鎖骨が夏空の下に照らされている。
そして、今にも零れ落ちてしまいそうな爆乳。柔らかく水着が食い込み支えているそこには、深い谷間ができあがっていた。
普段から触らせてもらっているとは言え、こうしてハッキリと青空の中で見た事はない。白い襟みたいなパーツがビキニブラの淵に取り付けられており、何故か乳肉と布地の境目が余計にいやらしく見える。
程よく引き締まったウェストに、縦長の綺麗なおへそ。ローライズのパンツも深紅で、彼女の白い肌を彩っていた。
むっちりとした太腿には右足にだけ黒く細い布のベルトが巻かれており、アクセントを加えている。すらりと長い美脚ながら、太腿だけが『太いから太腿と書くのだ』とでも言うようにしっかり肉がのっていた。
「……見過ぎじゃないかな?クロノ君」
くすりと笑いながら、グリンダが黄金の瞳を細める。髪型もいつもと違い、高い位置でポニーテールにしている。水着と同じく赤いリボンで髪を纏めており、普段と雰囲気が違ってみえた。
「……すみません。その、綺麗だし、可愛いしで、なんと言えば良いのかわからず……」
「素直な感想どうも。でも、お尻派の私としてはその反応は後ろ姿を見てからにしてほしかったな」
謎の発言をしたかと思えば、グリンダがポニーテールにした髪を肩から前に流しながら、背中をこちらに向けてきた。
白い綺麗な背中。後ろからでもチラリと見える横乳。そして、
「んなっ!?」
まさかのTバックであった。ローライズな上に後ろが紐みたいに細いせいで、ほとんど臀部が丸見えである。
もっちりと柔らかそうな、丸いお尻。尻肉から太腿のラインが艶めかしい。
「どう?君もお尻派に改宗したくなった?」
「いや、そもそも別に胸以外も好きですけど……!というか、凄い水着ですね……!?」
「でしょう?いやぁ、まさか自分がこういうのを着る日がこようとは……」
こちらに向き直り、髪をファサリと掻き上げながらグリンダが苦笑した。
そう言えばこの人、前世男だけどその辺抵抗ないのだろうか?いや、色々と今更な気もするけど。
「今日はクリス様の息抜きだけじゃなく、君と私の休暇でもあるらしいからね。お互い、羽目を外そうか。勿論、節度は保ってね」
「そ、そうですね……!」
「でも、いくらなんでも君の水着は普通過ぎない?」
やれやれとでも言いたげな顔で、グリンダがこちらの海パンを見てくる。
自分が履いているのは、紺色の短パン型だ。上には白い海用のパーカーも羽織っているが、彼女の言う通りごくごく普通の水着である。
大聖堂は女性用水着に負けない程、男性用水着の種類も豊富だったが……どれもまともな感性をしていたら履こうと思えない物だったので無難な物にしておいた。
「いや、そう言われましても……僕の水着とか、別にこれぐらいでいいでしょ?」
「おや、需要がないとでも?」
彼女の言葉に、どういう事かと首を傾げる。
「わかっていないな。ここは今、君以外女の子だけの楽園なわけだよ?そんな中、唯一の男子であるクロノ君がどういう扱いになると思う?」
「……ぼっち?」
「発想が悲しいね、君」
いや、だって前世の経験的に女子だけの集団とうっかり一緒になってしまうと、普通そうなるというか。
授業でグループ分けをした時、普段一緒にいる友人達とは人数の問題で分かれてしまい、逆に1人足りなかった陽キャ女子の集団とグループを組んだ結果……。
当然のように、いないもの扱われた。事務的な会話以外一切なく、ひたすらに気まずい思いをしたのは言うまでもない。
今となっては良い思い出……なわけないな。心が痛くなってきた。
若干のトラウマに遠い目をしていると、グリンダが呆れた顔で傍にやってくる。
ふわりと彼女の甘い香りが、潮風に混ざって鼻をくすぐった。柔らかな胸がこちらの二の腕に押し付けられ、形を変える。
「今日1日、君は玩具か見せ物のどちらかだから……まあ、頑張りなよ?」
「え?」
香りや胸の感触にドギマギしながら、どういう事かと視線で問いかける。
だが、彼女は外行き用の微笑みを浮かべて、こちらの斜め後ろに立った。という事は……。
「お、お、お待たせ!クロノ殿!」
上ずった声で、クリス様がこちらに話しかけてきた。
どうやら、着替えが終わったらしい。すぐに姿勢を正し、声のした方向に向き直る。
「いえ。自分も今きた……ところです!」
……いかん。一瞬、素で見惚れて思考が停止した。
顎のラインに合わせて後ろ髪を切りそろえた、ショートボブの金髪。そこにいつもと違い青い髪飾りをつけたクリス様が、耳まで真っ赤になりながらこちらへやってくる。
その首から下が、凄かった。
普段厚着している故にわからない、名工が作り上げた雪像のように白く美しい手足。
そして、谷間。
「おー。ブランジングってやつかな?それにしても切れ込みえぐいけど」
小声で、グリンダがそう呟く。
ワンピースタイプの水着で、彼女の肌に負けない程に白い。腰のあたりに小さく青色のフリルがついている。
だが、胸元から鼠径部近くまで、前面が大きく縦に開いていた。
おかげでモッチリとした柔らかそうな巨乳の谷間が上から下まで丸見えであり、小さなおへそも露出している。
というか、前面の切れ込みが深くいきすぎて、あと少しで乙女の秘所が見えてしまいそうだ。
それを自覚しているのか、クリス様も首から上を羞恥で真っ赤にしている。その青い瞳は、漫画やアニメならグルグル目になっていそうな程だ。
「う、うう……!や、やっぱり変だよねクロノ殿?おかしいよね?似合っていないよね?」
「い、いえ……その。とてもお似合いです。魅力的です……よ?」
「っ~!」
シンプルに『エッチですね!』と言いかけて、どうにか言葉を選んだ。
それを聞き、クリス様は声にならない悲鳴のようなものを上げる。
「ほら、クロノ殿も似合っているとおっしゃっていますし」
「諦めて今日はその、アリシア副隊長が選んだ水着で遊びましょう」
そんなクリス様の左右で、ブルース卿とドーヴェイン卿が満面の笑みを浮かべていた。
なお、彼女らは首から下が鎧姿である。……警護任務中だから仕方ないのだろうが、流石に砂浜でそれは暑くないのだろうか?
「あ、アリシアぁ……!『クリス様は買いにいけないし、職人も呼べないから、サイズが近いあーしが用意するっす』って言うから任せたのに……!露出は控えめでってお願いしたのにぃ……!」
真っ赤な頬を膨らませるクリス様には悪いが、自分は内心であの似非ギャル騎士に感謝を送る。
たぶん後日お説教でしょうけど、頑張ってください。アリシアさん。
「というか、レジーナとオリビアも着替えてよぉ……!傍にいる2人がきちんとした格好だと、余計に恥ずかしい……!」
「いやぁ、警護中ですので」
「隊長達が戻ってきたら私達も水着に着替えますよ」
それはもう良い笑顔で、2人の女騎士は照れる主を見つめていた。
やはりこの人達、とんちき側だと思う。
「しかし、クリス様はエロ可愛いのに……」
「クロノ殿ときたら……」
かと思えば、その瞳がこちらに向く。
「上半身をパーカーで隠したあげく、下もなんの面白みもない短パンとか」
「貴方はクロステルマンの皇帝。クリス陛下の前でそのような恰好をして、恥ずかしくないのですか?」
「恥ずかしいのは貴女方の言動の方では?」
「私も若様の恰好はいかがなものかと申し上げたのですが……もっと如何わしくしないと……」
「すみません。うちのメイド兼騎士も恥ずかしい頭をしていました」
3人揃って『わかってねぇなぁ……』とでも言いたげな顔でため息をつき、首を横にふる。
嘘だろ……これが帝国の誇る近衛騎士と、ストラトス家最強の騎士の姿か……?
「ぼ、ボクは良いと思うぞ!クロノ殿!」
「ありがとうございます、クリス様」
「で、でも……ボクが恥ずかしい思いをしているんだから、せめてパーカーの前は開けてほしい……!1人だけずるい……!」
「えぇ……」
主君に対しあるまじきリアクションだが、思わず口を『へ』の字にする。
なぜ、揃いも揃って僕を脱がせようとするのか。絶対に需要がないぞ。
「まあ……前を開くぐらいなら」
無駄に抵抗しても面倒なだけなので、パーカーのボタンをはずしていく。何故か、妙にクリス様がこちらを凝視していた。
へそ辺りまでボタンを外した所で、親衛隊2名からヤジが飛ぶ。
「ひゅーひゅー!もっと豪快にいけー!」
「脱げー!裸を見せろー!」
「クリス様、普段親衛隊にどのような教育を?」
「え、ごめん。この子達にも悪気はなくって……いやボク別に保護者じゃないよ!?」
「かまととぶってんじゃねー!肌を見せろー!」
「すみません。うちにも問題児がいました」
ここぞとばかりに悪乗りするメイド兼騎士の脳天を、拳でぐりぐりする。
「のおおおお!?家臣の諫言に、耳を御貸しになってくれないとは……!」
「どう考えても諫言ではない」
それが諫言な家はもう潰れた方がいい。わりと真面目に。
「あ、そうだ。ブルース卿、ドーヴェイン卿。申し訳ありませんが、今後はお2人を名前でお呼びしても良いでしょうか?」
「おや、ナンパですか?クロノ殿なら構いませんとも」
「どうやら我々の魅力にやられてしまったようですね。どうぞご自由に」
「いえ。貴女方を家名で呼ぶのは、実家の方々に失礼かなって……」
「クリス様ぁ!」
「クロノ殿が虐めるぅ!」
「わっ。よ、よしよし。2人が普段はちゃんとしているって、ボクは知っているからね?落ち込まないでね……?」
護衛対象にひしと左右から抱き着くレジーナさんとオリビアさん。わざとらしい嘘泣きをしながら、『ママ~!』『ばぶみ……やはりクリス様はおぎゃりがいがある……』などと小声でほざいている。
控えめに言って近衛騎士である事が疑わしい。大丈夫なのかクロステルマン帝国。
アリシアさんって、まだまとも側だったんだ……。
「ちょ、2人とも鎧が熱いし少し痛いから……って、水着を引っ張るのはダメぇ!?」
「え、あっ」
恐らく、あの2人も気を抜き過ぎていたのだろう。
ふざけて甘えていた拍子に、軽くとはいえ左右からクリス様の水着を引っ張ってしまった。
そして、彼女の水着は中央部分がやたら開いているわけで。
───プルン。
それは、とても綺麗なピンク色だった。
綺麗な曲線を描くおわん型の双子山と、山のサイズに見合わぬささやかな頂上。解放された乳肉が一瞬左右に広がるも、たぱん、という音をたてて谷間ができあがる。咄嗟に親衛隊が水着から手を放し、まろび出た状態の胸が左右から圧迫されたのだ。
水着から零れ落ちてしまったクリス様の乳房に、自分の全神経が無意識のうちに眼球へ集中した。
僅か数メートル先に広がる絶景が、ハッキリと脳細胞に刻みつけられる。
これが、忘れられない夏……!
などと、アホな事とを考えている場合ではない。ここまでコンマ8秒。魔法のあるこの世界でも超人的と言える動体視力で先の光景をハッキリ捉えながらも、全速力で回れ右をする。
なお、グリンダは堂々と正面を向いていた。目が合うと、無駄に爽やかな笑顔でサムズアップしてくる。
いや、貴女も後ろを向きなさい。今は同性とは言え、節度はあるんだから。『ナイスポロリ』じゃねぇのよ。不敬罪でしょっぴかれますよ?
「く、クリス様?」
「これは、その、事故と言いますか……」
MVP……じゃなかった。レジーナさんとオリビアさんが、焦った声を出す。
その直後。
「っ~~~!この、おバカぁ!!」
「あいたぁあああ!?」
「すみませんでしたぁ!」
子気味良い打撃音が2つ、砂浜に響き渡った。
読んでいただきありがとうございます。
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