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第六十二話 聖都の司祭

第六十二話 聖都の司祭




「いや、別にただ遊びたいから言っているわけじゃないんすよ?」


 ケネスを彼の部屋に運んだ後、自分が借りている部屋に戻って話を再開する。


「結論から言っちゃうと、クリス様のメンタルケアっす」


「あー……」


「お察しの通り、クリス様は帝国始まって以来の大変な時期に皇帝となられたんでぇ……心労があかん事になっているっす」


「でしょうね……シャルロット様の事もありますし」


「っす」


 前回自分に相談してきた時も、真っ青な顔をしていた。思い詰めているのは明白である。


 無理もない。ご自身の性別の事以外にも、帝国の現状を考えれば顔色が悪くなるのも当然だ。国家規模で四面楚歌など、普通なら亡国一直線である。


 だが、そうだとしても皇帝が不景気な顔をしているのはまずい。


 クロステルマン帝国では、皇帝が軍のトップでもある。彼女の顔色が、我が軍の戦況だと兵士達が判断してもおかしくはない。


 土俵際で耐えている今、士気の低下はそのまま国家の崩壊につながるリスクがある。


「それで海へ……いや、なぜ僕まで?」


「1つはクロノっちがクリス様にとって大事な()()だからっす。本当はシャルロット様も呼んだ方が良いんすけど、水着姿は……」


「彼女は、絶対に呼べませんね……」


 水着で男装は無理がある。クリス様は夏でも厚着で過ごす事でどうにか誤魔化しているが、薄着になれば強引に胸元を圧迫しているのが丸わかりだ。


 貴族の不思議ボディじゃなかったら、窒息しているんじゃないかと思う程に締め付けているので。なんせ、クリス様本来は胸が大きいから。


「そんでもう1つの理由。クロノっち。あんたも働き過ぎっす」


「……やっぱり?」


「うっす。工場の方からクロノっちの目撃情報が多数きているっす」


「目撃情報って」


 言い方ぁ……そんなクマか何かみたいな。


「文字通り馬車馬みたいに働いて、そんでこっちに戻っては書類仕事っしょ?マジで死ぬっすよ?」


「夜はしっかり休んでいますよ?それに、偶にですが仕事以外に外出もしています」


 ……2回。いや親衛隊との訓練もある意味私用だし、3回か?仕事以外の外出。


「だとしてもっす。もっときちんと休まないと、人間……人間?もたないっすよ?人は体力だけじゃなく、精神の限界がきてもダメなんすから」


「なんで人間の所で1回迷ったんですか?」


「クロノっち。今あーし真面目に話しているんで。マジふざけんなし」


「え、これ悪いの僕なんですか……?」


 酷い理不尽である。


「というわけで、クロノっちも休むっす。ついでに同じく目撃情報がちょいちょい来ているグリっちも呼んでほしいっすね。あの人、どうせクリス様の性別に気づいているんでしょ?」


「……知っていましたか」


「うちの隊長も、ただ『ラーメン』言いながら絡んでいたわけじゃないって事っす。……ラーメンに宗派変えそうにはなっているっすけど」


「その有能なのか変人なのか評価に困るの、どうにかなりません?」


「隊長は……隊長なんで……」


 そっと目を逸らすアリシアさん。


 クリス様の親衛隊って、キャラが濃くないとやっていけないのだろうか。


「ま、そういう事なんで!よろしくお願いしまーす!」


 元気いっぱいに、両手の親指を立てるアリシアさんに小さくため息をつく。


 クリス様が心配なのは同感だが、まさか自分まで心配されていたとは。


 たしかに、今生の頑丈過ぎる程に頑丈な体に、無茶をさせ過ぎたかもしれない。


「……わかりました。そういう事でしたら」


「いえーい!戦争の前に楽しい夏の思い出を作っておこうぜ!」


 そう、アホ丸出しの顔で言った後に。



「……きっと、戦争になったら皆大変っすから。それを乗り切る為に、綺麗な思い出は必要っすよ」



 急に穏やかな笑みを浮かべて、彼女はそう言うのだった。


「……そうですね」


 帝国全体の意思としては、サーシャ王妃は修道院入りで良いのではという考えが主流だ。元老院からしたら、いざという時の備えとして皇族は生け捕りにしたいのだろう。


 だが、クリス様の性別を彼女に知られてしまった。であれば、自分達は王妃の首を獲らねばならない。


 クリス様にとって、フリッツ皇子に続き二度目の身内殺しの戦いとなる。


 そして……戦争となれば、自分も親衛隊も、全員生きて帰れるとは限らないのだ。


「……さて」


 何はともあれ、息抜きするというのならあまり辛気臭い事を考えるのはなしだ。切り替えていこう。


「海に遊びに行くと言っても、僕もグリンダも水着なんて持ってきていませんよ?帝都で、そういうのはどこで売っているんでしょうか」


「やだなぁ、クロノっち。そんなの決まっているじゃないっすか~」


 アリシアさんが、気の抜けた顔で手をひらひらと振る。



「そんなもん、大聖堂の裏手に決まってんじゃないっすかぁ」



 ……そういやそうだったわ、この世界の宗教組織って。


 救世主を名乗る『推定同郷の誰かさん』を思い出し、そっと顔を覆った。



*    *     *



「まさか、剣と魔法の異世界で水着を買う事になるとはね」


「本当にビックリですよ……」


 そんなわけで、グリンダと2人水着を買いに行く事になった。


 なお、ケネスは『グリンダも海に行く』『なんなら2人で水着を選びにも行く』と伝えたら、再起動した。


 ……彼こそ、休暇が必要ではないだろうか。


 一度、精神を落ち着かせてほしい。なんなら、イーサンと姉上の進捗具合について、アレックスに手紙を出すのも良いだろう。


 そう言えば、本当に実家からの定期報告が来ないな。ケネスやレオに聞いたら、『まあ、このぐらいの遅れはさして珍しくありませんよ』と返ってきたので、この世界の物流を考えると普通の範囲なのかもしれないが。


 自分の考え過ぎ……だと良いのだけれど。


 そんな風に思考を巡らせていると、グリンダがこちらの眉間に指をあててくる。


「息抜きに行くって言うのに、その顔はないんじゃないかな?」


 くすりと、彼女が笑う。


「陛下の顔色が帝国軍の戦況って言うのなら、うちのは若様なんだよ?だから、そこはもっと景気の良い顔をしなって」


「……ストラトス家の場合、父上では?」


「帝都へ来ている私達には、クロノ君がトップだし。何より、お館様は修羅場でも余裕を演じるでしょ?たぶん」


「それもそうですね……気を付けます」


「硬いなぁ。もっとリラックスしなって」


 ケラケラと笑い、グリンダがこちらの腕に抱き着いてくる。


 密着する柔らかい感触と温もりに、耳が熱くなるのを自覚した。


「君、本当に慣れないね。こういうのに」


「ほっといてください……!」


 こう、夜のアレコレとこういうカップルみたいな事は別なんですよ……別なはず……!


「あっはっは!うん。そういう初心だけどオッパイの感触に鼻の下が伸びそうになっている顔の方が、為政者としてはマシかな?」


「……『昔』だったら、炎上しそうですね」


「たしかに」


 周囲の人達が自分達を避けているとは言え、それでも人の密度が高めなので日本とは言わずに『昔』とだけ言っておく。これでも、彼女には通じたようだ。


 そんなやり取りをしている間に、大聖堂に到着する。シルベスタ卿……この場合はリゼさんと呼んだ方が良いのか。彼女と来た時にも売店には立ち寄ったが、夏という事もあってか内装が一部変わっている。


 具体的に言うと、前世のショッピングモールなみに『夏ッ!水着ッッ!!』と主張していた。


 ……勇者アーサー。どれだけ水着をプッシュしたのだ。


 思わず、売店の入り口で頬を引きつらせる。


「おい、扉の前で立ち止まるなよ」


「あ、すみません」


 後ろからそう声をかけられ、慌てて脇にどく。


「ったく。これだから田舎者は……ひぇ」


 眉間に皺を寄せながら通ろうとしたカップルが、こちらの顔を見た途端喉を引きつらせた。


 あ、嫌な予感。


「も、申し訳ございません……!まさか貴族様、それも人竜様だとは思いもせず……!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」


「いえ、悪いのは道を塞いでしまった僕らなので……」


 歯をガタガタと鳴らすカップルに、慌てて手を振る。安心させようと、どうにか営業スマイルも浮かべた。


 だが、それでも彼らの恐怖は和らがなかったらしく。


「お、お許しください、人竜様……!」


「どうか……どうか……!」


 いや、むしろこっちが勘弁してほしいのだが。


 怯えながら、指を組んで神に祈るかのように『人竜様』と呟く2人。


 貴族として生まれて15年。為政者としてのあり方を習う事はあったが、祈られた場合の対処は聞いた事がなかった。


 周囲の客まで怯えてしまい、何人か同じように『人竜様』と祈っている。お願いだからやめてほしい。


「貴様らぁ!そこで何をしている!」


 騒ぎを聞きつけたのか、白い神官の服を着た男性が肩を怒らせてこっちにやってきた。


 まあ、そりゃあそうである。ここは甘んじて怒られるしかない。


「すみませ───」


「貴族をまるで神のように崇めるとは何事か!散れ!散れ!」


 え、そっち?


 ぎょろりと、その神官の目がこちらを向く。


 長身に、細い体つき。色素の薄い髪は、マッシュルームっぽくセットされている。


 白い衣服に、あの指輪……司祭だろうか?


「貴様もだ、この若造!」


 唾を飛ばす勢いで、その神官が怒声を上げる。


「たかが貴族が、我らが創造神と並んだつもりか!平民に傅かれるのが、そんなにも気持ちいいか、俗物め!」


「いえ、司祭殿。自分は決して、彼らに祈りを強制したわけではありません。アレは、ただの誤解です」


「誤解なものか!私はしかとこの目で見たぞ!やはりあの噂は本当であったか……!」


「噂……?」


 どういう事かと、首を傾げる。


「ふん!私は知っているのだぞ、ストラトスの子倅。貴様、勇者アーサーの遺産を『模倣』し、さも自分こそが勇者の後継であるかのように振る舞っているのだろう?」


「そのような事はございません。もしも我が領のハーフトラックの事をおっしゃっているのでしたら、アレは聖書に記されているのとは別の」


「黙れぇ!だいたい、貴様はこんな所で何をしている?大聖堂を自分の城とでも勘違いしたのかぁ?」


「いいえ。ただ水着を買いに」


「水着をぉ?」


 司祭の目が、グリンダに向けられる。


 そして、彼女の全身を舐めまわすように視線が這った。


 咄嗟に、グリンダを自分の後ろに隠す。どうにも、彼女に向けられた彼の視線が耐えがたいものであったのだ。


「うげぇ……こういう上司いたなぁ……」


 小声でそう呟いた彼女の声は、相手に聞こえなかったらしい。


 司祭はつまらなそうに鼻を鳴らし、こちらを見下したような目で見てくる。


「はぁん。そこの女と淫らに過ごす為、か。帝国はこれから戦争と聞いていたが、貴様は随分と余裕なようだな?」


「……戦争が近いからこそ、です。ここ最近働き詰めでしたので、自分も彼女も休暇が必要となっただけですよ」


「はっ!良い御身分だな、まったく。これだから無駄に財を蓄える貴族は」


 ……そう言う彼の指には、随分と豪華な指輪が幾つも嵌められているのだが。


 司祭以上の神官は勇者教から身分を示す指輪が送られるとは言え、それ以外の物もごてごてとつけている。


 つい視線が司祭の指にいってしまい、それに彼も気が付いたのだろう。その白い顔を真っ赤に染めた。


「調子に乗るなよ、この世間知らずの若造め!貴様も貴様の一族も、所詮上役の『槍』を磨いて手柄をもらっただけの───」



 こいつ今、一族の事を侮辱したか?



 そう認識した瞬間、司祭の頭を右手で鷲掴みにする。


 そのまま、ゆっくりと力を籠めた。


「え、ちょ、若様?」


「あ、があああああ!?」


「自分への侮辱でしたら、世俗と離れた方の言葉として受け入れますが……一族への侮辱は別です」


 腕を軽く持ち上げれば、彼の踵が浮く。


 魔力でこの司祭が貴族の血を引く者だと事はわかっている。この程度なら死にはすまい。


 なので、もう少し痛い思いをしてもらうとしよう。


「撤回してください。我が一族への侮辱を」


「き、貴様!し、司祭にこのような暴行を働いて、ただで済むと……!」


「まだまだ元気ですね。じゃあ、もう少し力を籠めましょうか」


「ぎ、ぎゃぁああああ!?」


 ミシリと、相手の頭から音がする。


 指輪と腕飾りがジャラジャラとついた司祭の手が、藻掻くようにこちらの腕を掴み、叩いた。


 だが、大した力はない。魔力量からしてある程度の家の出だろうが、鍛えてはいないようだ。


「これが最後の警告です。一族のへの侮辱を、撤回してください」


「いだい、いだいいだいいだい!?だずげ、だれかぁああああ!?」


 ……指に力を籠め過ぎたか。


 どうにもこちらの声が聞こえていないらしい。子供のように泣くばかりで、脅しが通じていないようだ。


 だが、聞こえていなかったとしても関係ない。


 一族の事を侮辱された以上、貴族として沈黙は最も恥ずべき事となる。


 自分1人の問題ではない。これから帝国が続く限り……否、この大陸がある限り、ここで相手に先の発言を撤回させなければ子々孫々の恥となるのだ。


 よって、この司祭が謝罪すらしないと言うのであれば。


「あ、かぁ……!?」



 殺すしかない。



『ちょ、流石に───』


「お待ちを。クロノ男爵」


 悲鳴が木霊する空間に、似つかわしくない穏やかな声が響く。


 頭蓋骨を握りつぶそうとした手を止め、視線をそちらに向けた。


 この無礼な司祭よりも、幾分か装飾の多い神官服。それでいて、つけている指輪は1つのみ。


 服装からして、大司祭。勇者教でも上から3番目の階級。


「私は『ジョン』。大司祭の位につかせていただいている、ただの坊主にございます」


 柔和な笑みを浮かべる、初老の男性。彼は焦げ茶色の口髭を揺らし、言葉を続けた。


 待て。ジョン大司祭と言えば、たしかアンジェロ枢機卿亡き後教会領の管理者代理をしている人物のはず……。


「ストラトス家は誇りある武門の家である事は明白。その司祭に代わり、御身と御身の一族への無礼を謝罪をさせていただきたい。ですのでどうか、彼を放してあげてください」


 そう言って、大司祭が深く頭を下げる。


 ……流石に、これ以上はまずいか。


 ここは大聖堂。周囲からすっかり人はいなくなり、それも含めて勇者教側にも迷惑をかけ過ぎた。


 この程度の男の為に、これ以上事を荒立てれば関係各所に迷惑をかける。


 教会領管理者代理でもある大司祭が、頭を下げた。『手を打つ』としよう。


「……わかりました。貴方程の方がそういうのであれば」


 少しだけ、頭を掴んでいた手の力を緩める。


「は、早く放せ!この馬鹿力め!」


「腕1本で、手打ちという事に」


「ええ。寛大な措置に感謝を」


「へ?」


 気の抜けた声を出す司祭の右腕を、左手で軽く殴る。


 ───ぺきん。


 そんな軽い音と共に、彼の腕は歪な方向に曲がった。


「あ、ああああああ!?」


 解放してやれば、司祭は悲鳴を上げながら右手を押さえて後ずさる。そして、こちらを強く睨みつけてきた。


 ……頑丈さだけは高位貴族並だな、こいつ。


「ジョン大司祭!お聞きください!この者は人竜などと呼ばれ民衆に己を崇めさせてい───」


「フィリップ司祭」


 なおも喧嘩を売ろうとしてきた司祭の頭を再度掴む前に、ジョン大司祭が穏やかに声をかける。


「まず、その首にある『虫刺され』をどうにかしなさい。聖職者たるもの、身だしなみには気を遣わねばなりませんよ?」


「っ!?」


 ジョン大司祭の言葉に、キノコ頭……フィリップ司祭が、慌てて自身の首筋を手で隠す。


「たしか、これから大事な用事があったはず……その前に、姿見で自分の格好を確認すると良いでしょう」


「……その通りですね、ジョン大司祭」


 あぶら汗を掻きながら苦々しげにそう言って、フィリップ司祭は大股で歩き出す。


「ですがジョン大司祭……!貴方やアンジェロ枢機卿は帝国の肩を持ち過ぎていると、『聖都』でも話題になっていました。アンジェロ枢機卿が亡くなった今……もう少しご自身の立ち位置をお考えになるべきでは?」


「そうですね、フィリップ司祭。考えておきましょう」


 あっさりとそう返した大司祭に、司祭は小さく鼻を鳴らしてよたよたと近くに停まっている馬車へ向かって行く。


 およそ階級が上の者にする態度ではない。『聖都』……と言ったか。それが関係しているらしい。


 馬車に乗る直前フィリップ司祭がこちらを睨みつけてきたので、満面の笑みで左手を振ってやる。


「っ……!」


 また何か言いかけるも、どうにか堪えたらしい司祭。彼は黒い服の神父が扉を開けると、逃げ込むように馬車へと入った。


 その時、チラリと服を着崩したシスターらしき人物が見えた。いや、本物のシスターではあるまい。一瞬でよくわからなかったが、あの化粧は間違いなく教会関係者ではないだろう。


「改めて謝罪します、クロノ男爵」


 馬車を見送り、ジョン大司祭が眉を八の字にする。


「聖都から度々巡礼の旅として司祭が来るのですが、どうもここ数年、彼らは貴族に対して強い『嫉妬』を抱く傾向が強く」


「嫉妬……ですか?」


「はい」


 困ったものだと言いたげに、ジョン大司祭が小さくため息をつく。


「聖都で生まれ育った神官が、増えたのでしょう。彼らは己の領地を持ち、そこで自由に振舞える貴族を羨んでいるのです。しかも、その内の何人かは数代前は大貴族だった者もおり……その感情の処理の仕方が、修行に打ち込むのではなく他者へ高圧的に接するという形になっているのは、誠に嘆かわしい」


「心中お察しします」


 本来、この方は自分より遥かに格上である。それが周囲に人がいないとは言え、公共の場で頭を下げる事になったのだ。


 管理職の悲哀を感じる。


「いえ、愚痴を言ってしまい申し訳ありません。今回、クロノ男爵に非は一切ないのです。彼はおおかた、帝都でも評判の娼館で『隣人愛』を広めようとするも紹介状なしでは入れてもらえず、別の娼館で妥協して気が立っていたのでしょうな……ここには、巡礼ついでに衣装を貰いにきたのでしょう」


「……見ていたかのような言い方ですね」


「ほっほっほ」


 ジョン大司祭が、大聖堂の上の階を両手で指さす。


「私、この大聖堂を担当していらっしゃる司祭とは先輩後輩の仲でして、とても仲が良いのです。時折、夜通し『真実の愛』について語り合う程に。昨夜も……おっと、失礼」


「あ、はい」


 ……まあ、大聖堂の管理をしている司祭と、ジョン大司祭の関係は置いておくとして。


 この世界、娼館で使うコスプレ衣装も元をたどれば勇者教の販売所に繋がっている。そして、どこの街にもある程度大きな娼館はあるものだ。


 もしかしたら、自分が思っていた以上に勇者教は各地に根を張っているのかもしれない。


「っと……すみません、ジョン大司祭。今回の件で騒ぎを起こしてしまった事を、大聖堂の司祭殿に謝罪したいのですが……」


 喧嘩を売ってきたのはフィリップ司祭だが、勇者教そのものと事を構えるつもりはない。


 せっかくの書き入れ時に邪魔した事を、謝った方が良いだろう。


 そう思ったのだが。


「いえいえ。どうかお気になさらず。クロノ男爵も、ここに水着を買いにいらっしゃったのでしょう?さ、どうぞお買いになってくださいませ」


 遠回しに、『良いからはよ帰れ』と言われてしまった。


 ……なんか、本当にすみません。


 後日改めて謝罪の手紙を送るべきか考えていると、グリンダがこちらの服を軽く引っ張ってくる。


「はい?」


「……その、大丈夫ですか?若様」


「……?はい。特になんともありませんが」


 グリンダが、少し顔を青くしながら問いかけてくる。フィリップ司祭に何かされたかという意味なのか、それとも今後の勇者教との関係を心配しているのか。


 どちらにせよ、問題はない。後者の方も、後日きちんと謝罪の手紙と菓子折りを送れば大丈夫だろう。


 クリス様の派閥と勇者教の仲は悪くない。最悪、彼女に口添えしてもらうのも手である。


 そう説明すると。


「……いえ。はい。わかりました、若様」


 若干ぎこちなく笑うグリンダが、何かを確かめるようにこちらの腕を強く抱いてくる。


 その事を不思議に思いながら、これ以上大聖堂の商売を妨害するのは悪いと、手早く水着を購入して宿に帰った。


 ……しかし、聖都か。


 帝国に住んでいると、馴染ない場所である。なんなら、帝国の平民の中には存在すら知らない者もいるかもしれない。


 たしか、地理的にはスネイル公国の北側、モルステッド王国の西側に位置していたはず。


 帝国とは隣接しておらず、向かうには敵国を通らないといけない。神官と一部商人以外は、足を踏み入れる事もできないだろう。


 ちょっとした国と呼んでも過言ではない領土と人口を誇り、統治も聖職者達が行っているとか。たしか、教皇が政治的トップも兼任していたはず。


 内部では独自の文化も発展しているそうだが……。


 まあ、今後自分が関わる事もないだろう。そう思い、あのキノコ頭の事は忘れる事にした。






読んでいただきありがとうございます。

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