第六十話 新たなる装備
第六十話 新たなる装備
会議が終了し、大臣や貴族達が退出していく。
ギルバート侯爵に挨拶し、自分も帰ろうとした所でアリシアさんに呼び止められた。
先程まで妙な熱気に包まれていた室内に、3人だけが残る。
「すまない、クロノ殿。また貴殿に戦ってもらう事に」
「お気になさらないでください。仕方のない事です」
「いやいや、そこは気にしなきゃっしょ。クロノっち長男っすよね?しかも唯一の男児」
申し訳なさそうなクリス様に首を横に振ると、アリシアさんがツッコミを入れてきた。
「おっしゃる通りですが、クリス様の秘密がサーシャ王妃に知られている以上、こちらも全力で殺しに向かわねばなりません。それに……こう言うと慢心に聞こえるかもしれませんが、例の2カ国との停戦期間中にホーロス王国を討つには、自分の戦力が不可欠かと」
なんせ、今回帝国が出せる兵力は約1万。ホーロス王国が急いで兵士をかき集めて迎えうってきた場合、推測される兵数は同じく約1万。
同数での決戦となる。守勢に回る相手にこれでは、2カ月の内に決められるとは思えない。親衛隊が動くとしても、カーラさんと黒蛆がいる。簡単に国王夫妻の首は獲れまい。
しかし自分とケネス達、そしてグリンダが加われば……勝機はある。
「ふっふっふ……ぐうの音もでねぇっす!」
ドヤ顔で言うな似非ギャル騎士。
だんだんと、ギャルなのかただの運動部なのかわからなくなってきたぞ、この人。
「……そう言えばアリシア。身内だけの時は良いけど、公的な場ではくれぐれもクロノ殿への口のきき方に気を付けてね?今、彼の方が爵位高いからね?」
「クリス様!?あーし、仕事中はきちんとしているっすよ!?今は『マブだち』と話すからこんな感じなだけっすよ!?」
マブだちって、久々に聞いたな……。それも、旧版の聖書にあったのだろうか。
「いや、なんとなく不安に」
「もしかしてあーし、ドジっ子と思われている……?」
「そ、そんな事は……ないぞ?」
わかりやすい程に目を泳がせるクリス様。
相変わらず、嘘が下手過ぎである。
「うう……酷いっす……!」
「あー、それで。僕に何か御用でしょうか?」
「うん。相談したい事と、伝えたい事があって」
「はあ……?」
どういう事かと、首を傾げる。
「まず相談なんだけど……シャルロット殿に、いつボクの秘密を打ち明けるべきだろうか?」
「それは……」
開幕、とんでもないキラーパスが送られてきた。
シャルロット嬢は、間違いなく善人である。底抜けに明るく、それでいて芯のある女性だ。人の秘密をべらべらと喋るような人ではない。
きっと、彼女は自分にしか被害のいかない事柄であれば、理由次第で誠心誠意謝れば笑って許してくれるだろう。短い付き合いだが、それがわかる程に彼女は心の広い人だ。
しかし───それが『血の継承』に関わる事となれば、別である。
シャルロット嬢が、貴族として強い責任感を持つ人物なのもまた、明らかであった。
そんな人が婚約者との間に子供を作れないと知ったら、間違いなくギルバート侯爵へ相談するだろう。
これは、まぎれもないグランドフリート侯爵家への裏切りだ。皇妃となった彼女が『石女』などと社交界で呼ばれるようになれば、あの家は今後政略結婚が難しくなる。
魔力のあるこの世界で、子供が産めないというのは前世よりも重い意味をもつのだ。
真実を知ったギルバート侯爵が、謀反を起こし皇帝に刃を向けるか、それともクリス様の性別を大々的に発表し子供ができずとも孫娘に非がない事を広めるか。どちらもありえる。
「戴冠式を済ませてしまった以上、もう猶予はありませんね」
「そうだよね……でも、どうしたらいいか……」
クリス様が、深いため息をつく。
顔を真っ青にする彼女を前に、1度、目を強く瞑った後。
ゆっくりと、自分の考えを口にする。
「今はまだ、秘密にすべきです。戦争を理由に、どうにか結婚式を引き伸ばしましょう」
倫理道徳に従うのであれば、シャルロット嬢に全てを打ち明けるべきだ。
しかし、今ではない。これは人として、最低の判断だろう。まぎれもない善人を、自己の利益の為に騙し続けるのだから。
だがせめてホーロス王国と、オールダー・スネイル連合を倒し、敵をモルステッド王国1つに絞るまではこの問題を先送りしたい。
「シャルロット嬢を通じ、ギルバート侯爵に事情を説明してどうにか血を繋ぐ方法を模索するとしても……今はまずい。侯爵家とクリス陛下の間で信頼関係に罅が入れば、互いに背中を預けられなくなります」
シャルロット嬢はわからないが、ギルバート侯爵がこの秘密を知った場合……恐らく、侯爵家を捨て駒にされる可能性が頭にちらつくはず。
侯爵家を生かさず殺さず、弱体化させ逆らえない状態にまで追い込むのではないか。そうする事で、自身の秘密を守ろうとするのではないか。
そのような疑心暗鬼に陥った状態では、こちらが『○○へ援軍を送ってくれ』と言っても素直には聞いてくれなくなるだろう。
なんなら、帝都への道中でシャルロット嬢を襲った一団もクリス様の仕業と疑われるかもしれない。
一度裏切られれば、人は相手をもう心から信用できないものだ。
クリス様の派閥筆頭であるグランドフリート侯爵家がそうなれば、彼女の地盤は崩壊する。
しかも間の悪い事に、我らストラトス家が台頭してきているのだからなおの事。自分とクリス様の『真実の愛』疑惑もあって、より邪推されるかもしれない。
「……片方が相手を一方的に騙している状況を、信頼関係と呼ぶのか?」
「陛下」
クリス様が真っ青な顔でそう言うと、横からアリシアさんが鋭い声を出す。
「この件は、本来ストラトス家に関係ない事。あくまで一案を出してくださっているクロノ男爵を責めるのは、それこそ信頼を損ねるかと」
「っ……!すまない……そんなつもりは……」
「いえ。自分が外道な事を申している自覚はあります」
───今度死ねば、僕は地獄に堕ちるだろう。
それでも、ストラトス家は守らねばならない。この、食うに困った親が子を売り払う光景がさして珍しくもない世界で……自分は貴族として、飢える事も凍える事もなく生きてきた。
その責任を、果たすべきである。
命を捨てるような判断は、家の為とはいえ怖いからできないけれど……己の死後ぐらいは、懸けねば。
故に、ともに地獄へ行くと決めたこの戦友には───。
「『共犯』となっていただきます。クリス様。コーネリアス前皇帝陛下のご判断ではなく、貴女と、そして自分の決断でもって。善人を騙すのです」
こちらの言葉に、クリス様は硬い唾を飲み込んだ後。
「……相談にのってくれて、ありがとう。少し、考えさせて」
そう、絞り出すように告げたのだった。
「はっ」
……こうして悩んでくれている時間も、猶予に思える。我ながら、下種になったものだ。
少なくとも、その間にホーロスは討つ。どういうわけか、サーシャ王妃は未だクリス様の性別を黙したままだ。彼女の気が変わらない内に、終わらせたい。
王妃がもしもクリス様の性別について公開したとしても、『卑劣なホーロスの妄言だ』と、言い返す事はできる。
しかし、疑いを晴らす行いもできない。貴族達は、クリス様もシャルロット嬢も結婚するのに丁度いい年齢なのだから、初夜で証明すれば良いと言うだろう。ギルバート侯爵も、孫娘に確かめてこいと言うはずだ。
それを突っぱねれば……もはや、自白しているも同義。そして、侯爵への相談は先の理由でできない。
やはり、一刻も早くサーシャ王妃の口を封じなければならなかった。
……一応、本当に最後の手段というか。最悪の方法はあるのだが。
事情を知っている男、つまり自分がクリス様と一緒に土下座して、シャルロット嬢に口裏を合わせてもらい……その……。
自分が、彼女を孕ませるという手段である。
しかしこれには問題があり、シャルロット嬢が反対した場合や、生まれてきた子供が黒髪だった場合は大惨事だ。
本当の本当に、最後の手段である。
「……相談はこれぐらいで、もう1つの用事を済ませよう」
重苦しい部屋の空気に耐えかねたように、クリス様が無理矢理笑みを浮かべる。
「クロノ殿の鎧と剣が仕上がった。会議の少し前に届いたので、一緒に確認しよう」
* * *
「これは……」
帝城の一室。その中央に、自分の鎧と剣が飾られていた。
工房への依頼はクリス様名義かつ、支払いも彼女もちだったのでこちらに運び込まれたのだろう。じっくりと、装備に視線を這わせる。
鎧は、所々に金色の線と海のように青いラインが加えられている事以外は、デザインに大きな変更はない。
だが、全体的に厚みがかなり増していた。
兜は鉢や眉庇が、胴鎧は胸当と背当が、そして肩鎧に腰鎧、肘から先や膝から先が、非常に分厚くなっている。なんなら、そのままの厚さの箇所を探した方が速いかもしれないぐらいだ。
材質もかなり硬い。その上、妙に魔力を内包している。
「職人曰く、削った竜の骨を鎧に使う鋼に混ぜてみたそうだよ。彼らの独断だけど……抗議する?」
「いいえ。むしろ、素晴らしい仕事だと褒めてあげたいぐらいです……!」
触れただけでわかる。これは、尋常じゃない硬度だ。それこそ、竜の鱗に匹敵するかもしれない。
あるいは、全速力で槍衾に突っ込んでも、そのままひき潰す事も可能ではないか。そう思えてくる。
もっとも、その分重量も増していそうだが……こちらも、最近少し身体能力が上がった。問題はないはず。
「良かった。そして、こっちが君の『魔剣』だ」
鎧の横に、無骨な台座で支えられた一振りの豪奢な大剣。
こちらも、全体的なシルエットは変わっていない。振る時の重心が前と違い過ぎると困るので、ありがたかった。
しかし、刀身は新しく打ち直したのだろう。こちらも鎧同様、僅かに竜の魔力を感じた。
そして肝心の柄。金色の分厚い鍔の上には、青い柄が強い存在感を放っている。
試しに握ってみた。少しだけ、ザラリとした感触。茎を覆っている柄本体は、竜の骨を加工した物だろう。そして、握りやすいように竜の皮をなめして青く塗った物を巻いたらしい。
よく見れば、革の表面に薄っすらと鱗のような模様がある。なめす前からなのか、職人が刻んだのかはわからない。だが、手からすっぽ抜ける心配はなさそうだ。
柄頭には、これまた金色の装飾と青い宝石が輝いている。というか、この宝石……。
「あの……」
「どうした、クロノ殿。もしかして何か不満があったか?実はその、柄頭についてはボクも口出ししていて……そこがダメなのかも」
「いえ、不満と言いますか……この宝石。かなり上等なものでは……?」
「そう言ってもらえると、嬉しいな。それは城の宝物庫にあった宝石の中でも、特に綺麗だって思ったものだから。その……もしかして、ボクとクロノ殿は感性が近いのかも……」
「外しましょう。今すぐに」
「なんでぇ!?」
いやなんでじゃねぇのよ。
「これを戦場で振り回すのは、ちょっと……もしも宝石が砕けたらと思ったら、気が引けると言いますか」
ついでに、この宝石とクリス様の瞳ってなんだか色が似ているのである。
そのせいで、もしも割れたら余計に罪悪感を抱きそうだ。
「そんな事気にしないで良いから!むしろその、ずっとこの剣を持っていてほしいぐらいだし……!」
「いやいやいや。普段使いには向いていませんし、携帯できない場所の方が多いでしょう。お気持ちは嬉しいですが、やはりこの宝石は宝物庫に……」
「そんなぁ……」
「だから柄頭はやめとけって言ったじゃないっすかぁ。ここは取り外して、クロノっちのペンダントかベルトのバックルに加工した方が良いっす」
「うう、仕方ないか……」
「いや、それもやめてほしいのですが」
「ええ!?」
「なんでっすか!?」
「何でも何も、恐れ多いんですけど……?」
マジでどうなってんだ、帝都の金銭感覚。
審美眼がろくに育っていない自分でもわかる。この宝石、由来によっては国宝認定されるような逸品だ。なんで●鑑定団に出したら、鑑定士さん真っ青になるぞ。
「いやぁ。これを渡したら、クロノっちもう名実ともにクリス様の犬……いや飼い竜かなって」
「はっ倒しますよこの似非ギャル騎士」
「えせぎゃる……?」
あ、ギャルという言葉はあんまり伝わっていないのか。
「べ、別にボクはクロノ殿を縛りたいわけじゃないんだぞ!?むしろ、どちらかというと……何を言わせようとしているんだ!?」
「こっちのセリフですけど?」
いや、本当になに?疲労とストレスでクリス様の脳みそがキャパオーバーでもしたのか?
そんな感じで騒いでいると、部屋の扉がノックされる。
「申し訳ありません。今よろしいでしょうか」
「リゼ?いいよ。入ってきて」
「失礼します」
シルベスタ卿が、相変わらずきびきびした動きで部屋に入ってきた。
そして鎧と剣を見て。
「ああ。例の『ご婦人が男娼に貢いだみたいな装備』、完成したんですね」
「リゼぇ!?」
「だ、男娼……」
職業に貴賤はないが、貴族の長男としてちょっとあかん呼ばれ方である。
「違うからね?違うからね、クロノ殿!決して、ボクは貴殿をそんな風に思っていない!戦友!戦友だから!頼りになる戦力だから!」
「ええ、はい。大丈夫です。わかっています」
「隊長。流石に今のはデリカシーなさ過ぎっす」
「すみません。つい本音が。でもやっぱり、鎧に金色と青色を増やしてクリス様カラーにしようとしたり、柄頭にわざわざクリス様の瞳と似たも───」
「わー!わー!偶然!偶然だからね!?クロノ殿!」
「……はい」
……いや、流石に。
クリス様が自分に異性として気があるとか……ないよね?
前世も今生もまともに恋愛経験を積んだ事がないので、ちょっと判断に困る。家に依存させる気はあったが、自分自身に対してというのは想定外だ。
しかし、戦友としてならともかく、異性としてここまで好かれる要素あったか……?
いや。まともな恋愛経験を積んでいないのは彼女も同じ事。恐らく、親愛と恋愛を勘違いしているのだろう。
ここは、温かく見守ってあげるべきか……。クリス様は聡明なので、すぐにその勘違いにも気づくだろう。
幸い周囲には頼れる親衛隊がいるのだし。彼女らと恋バナの1つや2つしたら解決するはずだ。
「なんすかね。今無性に、クロノっちへ『このクソボケがぁ!』って跳び蹴りしたい気分っす」
「奇遇ですね、シュヴァルツ卿。私もです」
「なんで……?」
銀髪の麗人と黒髪の似非ギャルから、ジトッとした目で睨まれる。
「んん!そ、それよりもリゼ!何か用があったんじゃないかにゃ!?」
噛んだ。
「噛んだっすね!可愛いっす!」
「アーリーシーアー!」
「にゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
「ああ、そうでした」
クリス様にこめかみを左右からグリグリとされ、悲鳴をあげる親衛隊副隊長を無視し、シルベスタ卿がこちらに向き直る。
「クロノ殿。お願いがあります」
「はい。なんでしょうか……?」
会議の後に色々あり過ぎて、段々と疲れてきた。
若干げんなりとしつつ、シルベスタ卿にこちらも向き直る。
銀髪の麗人は、相変わらずの無表情だが……その瞳に、強い意志の光を宿して。
「私を、貴方流に染め上げてほしいのです」
とんでもない事を、言い出した。
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