第五十九話 この大陸の夏
第五十九話 この大陸の夏
「本当によろしかったのですか?こんなにも前金をいただいて」
帝都正門の、外側。
街道の脇にて、イーサンと彼の傭兵団が整列している。その後ろには、3台の荷馬車と2頭の馬。
「構いません。貴方達にはこれよりストラトス領に向かい、父上の指揮下に入っていただきます。恐らく、オールダーを相手に嫌がらせ攻撃をしているはずですから。定期連絡も遅れていますし、それだけ忙しいのでしょう。なるべく早く行ってあげてください。無理はしない程度に、ですが」
これでも、戦術や戦略を父上やアレックスから習っている。まだまだ未熟者ではあるが、父上がオールダー王国とスネイル公国が近づくのを黙って見ているとは思えない。
もう結構前になるが、ストラトス領からアナスタシア女王が公国に向かったと、手紙で聞いている。十中八九、目的は同盟……下手すると、女王が公国の実権を握ろうとするかもしれない。
それは、どうにも嫌な予感がする。アナスタシア女王の手腕を自分は知らないが……もしも彼女がノリス国王と並ぶ才覚を持っているのなら、ストラトス家にとってろくでもない事になるのは確かだ。
自分が父上の立場なら、オールダー王国の国境近くにある砦に攻撃をし、アナスタシア女王の足元を揺さぶる。なんせ、そのように習ったので。
「わかりました。サルバトーレ傭兵団、必ずやカール様の力になってみせます」
「お願いします。あ、でも直接父上に会うのではなく、アレックスという執事長にこの手紙を渡してからにしてくださいね。下手すると父上が貴方達を『間違って』攻撃するかもしれないので」
「なるほど。それほど、既にオールダーとの戦いが激しくなっていると……!」
「……可能性ですけどね?」
言えない。流石に父上もこのタイミングでやってきた援軍を、『娘に近づく悪い虫!』と言って殺しにこないだろうけど、万が一やらかすかもしれないからなんて……言えるわけがない。家の名誉的に。
ま、まあ?父上だってそのへんの分別はついている……ついている、はずなんだけど。保険って大事だから。
「あともう1つ。アイオン伯爵と我が家は微妙な関係なので、彼の領地は迂回してください。少し遠回りになってしまいますが……多めに渡したのは、その移動費も込みです」
「承知しました」
「では、くれぐれもお気を付けて。父上とアレックス……それと、姉のフラウによろしくお伝えください」
「はっ!それではサルバトーレ傭兵団、出発します!」
そんなこんなで、サルバトーレ傭兵団はストラトス領に向かって出発した。
一緒に見送りする為に来ていたケネス達うちの騎士が『おたっしゃでぇえ!』『どうか、どうか生きてまたお会いしましょうぞぉ!』と泣きながら叫び、旗を振っている。
……通行人からの視線が痛い!
* * *
オールダー撤退戦から、もうすぐ3カ月となる。
この世界にも当然ながら四季があり、気温がだんだんと上がっていた。
夏が、訪れようとしている。
それは、この大陸において大きな意味をもっていた。春夏秋冬のうち、貴族達は夏が近づくと否応なしに浮足立つ。
海の季節だから?夏祭りがあるから?
否。夏とは───『戦争』の季節なのだ。
春と秋は農民達が忙しく、畑から離れるのが難しい。貴族としても、税収に関わる事なのでこの季節での戦争は避けたいのが本音だ。
そして、冬は行軍だけで死人が出る可能性が高い。戦う前に撤退しなければならない事態に陥る事も珍しくはないので、これもまた避けられる。
結果、『大きな戦争をするのなら夏』。そんな暗黙の了解がこの大陸には存在する。
まあ、農家さん達からしたら『オールシーズン大忙しだバカ野郎』という話かもしれないが。いったんそれは置いておくとして。
オールダー王国との戦は、そういう意味で異例であり、多くの兵士……つまり国民を失ったのはとんでもない痛手であった。
今年の秋は各地の農村で人手不足が起き、厳しい冬となるだろう。クリス様が必死に頭を捻り、その被害を最小限にできないかアイデアを出そうとしていた。
閑話休題。今は、戦の話である。
帝城に呼び出され、会議室に向かう。
集まったのはクリス様とその護衛のアリシアさん。大臣達と、将軍達。そして、ギルバート侯爵を始めとした十数人の貴族。その中に、自分も含まれている。
会議の内容は、ホーロス王国への報復であった。
「戴冠式での騙し討ちなどという、卑劣極まりない行いをしたホーロスを許すわけにはいきません。ティキ国王の首を城門に掲げ、サーシャ王妃には修道院に入っていただく。それまでは矛を収めるなどできませんな」
「然り!これは帝国の面子をかけた戦いだ!」
「一刻も早く、アンジェロ枢機卿の仇を討たねば」
口々に、参加者達がホーロス王国への敵意を口にする。
「しかし……どれだけの兵が集められる」
あえてだろう。ギルバート侯爵が水を差すと、会議室は数秒しんと静まり返った。
「ギルバート侯爵」
クリス様が、真剣な面持ちで彼の方を見る。
「皆、オールダーとの戦で疲弊している。グランドフリ―ト侯爵家は、比較的傷が浅い。すまないが、貴殿の方から多くの兵を出してくれまいか」
「はっ。承知いたしました」
これをクリス様が侯爵に『命令した』と取るか、『お願いした』と取るか。
一瞬だけ、会議室にいる貴族達が視線で互いの様子を窺う。やっぱりと言うべきか、ここでも腹の探り合いは起きているようだ。
本当に、帝都は疲れる。
「クロノ男爵」
「はっ」
クリス様の声に、しゃんと背筋を伸ばす。
「また、貴殿と貴殿の兵達にも戦ってもらう。頼めるか」
「お任せください。必ずや陛下のご期待にお応えします」
帝都奪還戦で連れてきた兵士達。彼らには、もう1度戦ってもらう。
暫らく領地に帰れていない事を不満に思っているようだが、ケネス曰く『こんな上等な宿で、毎日いい物を食わせてもらっているのです。奴らも文句は言えんでしょうし、言わせませんよ』との事。
申し訳ないが、彼らが家に帰れるのは早くても秋になりそうだ。
それから、各将軍や貴族が誰の所からどれだけ兵士を出すかの確認が行われる。
一応、既にどこの貴族もホーロス王国との戦を想定して動き出しているので、国境に集まるのはすぐのはずだ。
かの国は、帝国の領土を荒らすだけ荒らして特に占領などはしていない。道中に山賊は出るだろうし、補給は難しいだろうが、敵軍が奇襲をしかけてくる可能性は低いだろう。
なお、補給物資に関しては元々帝都に持ってきたハーフトラック3台……に、加えて。帝都から比較的近い皇領の村や街に建設した工場で生産した、新たなハーフトラック46台の合計49台で、同じく工場で加工した缶詰等の保存食を運搬する予定だ。
大変だった……整地と人間重機、あと一部技術指導。暇を見つけては自分とグリンダがそれぞれ現場に行って、建設の手伝いをしたっけ。
そのぶん、クリス様には後日諸々の代金を請求する。各家への補給物資の代金も、それぞれが支払う予定だが一括して彼女の『ツケ』だ。
支払いの半分は金銭だが、もう半分は今後見つかる石油や炭鉱の土地である。あちらの人員と金で捜索した後、その次は今回の代金として手に入れる手伝いをしてもらう予定だ。
これも投資の一環。どの道帝国に勝ってもらわねば、ストラトス家は大損だ。追加でベットしてやるとも。
……前世で、どこぞの皇帝が借金しまくった結果、逆に貸した側が頑張らないといけない話があったなぁ。
クリス様を我が領に依存させる計画だが、彼女が底抜けの善人でなければ『ボクを勝たせたければ有り金全部出せ』とか言われていたかもしれない。
賽を投げた皇帝と違い、優しい人で本当に良かった。
「しかし、現在クロステルマン帝国で動かせる兵はやはり少ない。速攻をしかけるにしても、他の3カ国への対応を考えますと……」
参加していた貴族の1人が、顎髭を撫でながら冷や汗を流す。
「それについて、オールダー王国とスネイル公国から提案があった。外務大臣」
「はっ」
クリス様の言葉で、外務大臣が一歩前に出る。
「今朝がた、早馬で書状が届けられました。オールダー王国、そしてスネイル公国から『停戦』の申し出です」
「なにっ!?」
ざわりと、会議室が少し騒がしくなる。
「両国は同盟関係にあり、女王と公王の判が押されていました。内容は『相応の金銭とコーネリアス前皇帝のご遺体を交換。その後2カ月間この3国間で戦闘行動をしない』というものです」
「なんと……」
「このタイミングでの申し出は嬉しいが……」
「相応の金銭とは、どの程度なのですかな?」
貴族からの質問に、外務大臣がたらりと冷や汗を流す。
「……皇帝陛下の歳費、5年分です」
前にウィリアムズ伯爵家で見た治療費を考えると……ストラトス家だったら、10年は領地を回せる金額だな。
皇帝の遺体には、それだけの価値があるという事だろう。頭に浮かんだ『0』の数が多すぎて、正直現実味がない。
しかし、参加していた貴族達から怒声が上がった。
「バカな!たかが小国の女王と、国かどうかも怪しい公国の主がそのような要求を……!」
「足元見おって!あの下種ども……!」
「要求をそのまま呑むなど愚の骨頂!奴らに目にもの見せてやりましょうぞ!」
「落ち着け!」
ヒートアップする……いいや。ヒートアップしたふりをしている貴族達を、クリス様が一喝する。
「貴殿らの気持ちはわかる。だが、今は帝国の窮地だ。4カ国と同時に戦うという状況を少しでも回避する為、ここは応じるしかない」
「しかし……」
「うぅむ……」
悩むようなしぐさをする貴族達。
彼らとしては、単純にここであっさり頷くと『軟弱者』と他の貴族に舐められると思っただけだろう。
この場にいるのは、ホーロス王国に荒らされた東側に領地を持つ者がほとんど。本音を言えば、ホーロスを討てるのなら何でも良いはずだ。
「法務大臣」
「はい。こちらは、アンジェロ枢機卿の遺言書です」
法務大臣が、懐から白い封筒を取り出す。
「クリス陛下がご本人からお聞きになっていた通り、こちらにも自身の全財産を使ってでも、コーネリアス前皇帝陛下のご遺体を取り返し、教会領にて葬儀を行いたいと書かれていました。現在教会領管理者代理を務めていらっしゃる、ジョン大司教にも確認済みです」
「……アンジェロ枢機卿の遺産と、ボクの歳費の一部から返還費用を出す。今日の午後、元老院にこの事を議題として出すつもりだが……皆も、それで良いな?」
クリス様の言葉に、貴族達が顔を見合わせる。
「アンジェロ枢機卿の御遺志を無下にはできませんな……」
「左様。彼とコーネリアス様の友情は、それほど厚かったという事か」
「いや、あの方々の場合友情というより……」
「やめよ。クリス陛下の前だぞ……!」
特に反対意見が出ないのを確認し、クリス様が頷く。
「ではそのように。外務大臣。元老院を通過次第、頼んだぞ」
「はっ。身命にとして、停戦を成功させてまいります」
しかし、このタイミングで2カ国と停戦か。
イーサンを実家に送ったのは、早まったかもしれない。どうせなら、ホーロスとの戦いに参加してもらうべきだったか?
まあ、今更考えても仕方がない。追いかけて呼び戻すのも手間だし、停戦と言っても2カ月間。
アナスタシア女王は、その時間でスネイル公国の実権を握るつもりだ。しかし、他国の王族が国の支配を維持するのは非常に難しい。
目に見える『成果』と『敵』が欲しいはず。停戦明けには、すぐにでも宣戦布告してくるだろう。
帝国という強大な敵を利用し、無理やり団結させるはずだ。
そんなものは形だけ。実際は内部で足の引っ張り合いになるだろうが……『形だけでも』実質2つの国を支配できるのだから、やはり侮れない相手である。
「それでは、詳しい進軍ルートと配置について相談していきたい。軍務大臣」
「はっ!では皆様方。この地図を───」
戦争の準備が、迅速に行われていく。誰も彼もが活き活きと。ギルバート侯爵すらも、早く戦いたいと獰猛な笑みを浮かべている。
まるで、祭りの準備でもするような。そんな雰囲気。
この大陸の夏は、血生臭い。
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