第四章 プロローグ
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第四章プロローグ
戴冠式から2週間。そろそろ、父上に報告書が届いた頃か。
帝城。謁見の間近くにある控室にて、置いてある姿見を使い新しく仕立てた儀礼用の服を確認する。
「よく似合っているぞ、クロノ殿」
「ギルバート侯爵」
背後から、同じく礼服姿の彼が話しかけてきた。
何となく服に着られている感じの自分と違い、侯爵はしっかりと着こなしている。
「ありがとうございます。ただ、どうにもぼ……私には、煌びやか過ぎるように思えて」
クリス陛下に紹介して頂いた職人に作ってもらっただけあって、着心地は良い。
だが、装飾が多すぎる気がする。他の貴族達を見回しても、やはり『男爵』が着るには目立ち過ぎる気がした。
こういった場においても、服装による格付けはある。上位の貴族より派手な格好をするのは、マナー違反とされていた。
「いや、それでいい。貴殿は今日御父上の正式な代理として来ている。伯爵と同格の服を着なければ、ストラトス家の格が落ちるぞ。その服を用立てた、陛下の名もな」
ギルバート侯爵の言葉に、確かにと頷く。
「そこまで考えが及びませんでした。侯爵のおっしゃる通りです」
「はっはっは!竜殺し殿でも、こういった場では緊張するのだな」
カラカラと笑った後、侯爵が少しだけ顔を寄せてくる。
「それにな、クロノ殿。貴殿のその姿こそ、貴族達が見たい姿なのだ」
「と、言いますと……」
「『竜殺し』、そして『陛下の護衛』。これを成した貴殿が重用されている姿を見せねば、貴族達は今後の働きに不安を抱く。そして、何より……」
一瞬だけ、ギルバート侯爵は言葉を選ぶように視線を動かして。
「恐れているのだ。貴殿を」
「……はい」
控室には他にも貴族は何人かいるのだが、最初に事務的な挨拶を済ませて以降は妙に距離をとられていた。
やはりというか、警戒されている。
「素手で城門を破壊したクロノ殿なら、同じ部屋にいる貴族数人を殺すなどわけない。そんな貴殿が、慣れない服を着て緊張している。その姿を見て、『自分達の常識が通じる相手』だと、『理解できる価値観の存在』だと安心したいのだ」
「そこまでですか……」
「巷では貴族1人で騎士3人。騎士1人で何十人もの平民を倒せるとされているが、実際の所、貴族はもっと脆い。一部の例外を除いてな」
そう、自身も例外側の侯爵は言った。
「クロノ殿は人中の竜と呼ぶに相応しい力の持ち主だが、しかし人の世で暮らせる存在だ。むしろ、その心根は優しく、高潔であると知る者は少ない」
「いえ、そのような綺麗な心根は……」
「何を言う。義の為に剣を振るい、友軍の為に殿を務め、民にも慈しみを見せる。貴殿の様な貴族は、そうはおらんぞ」
それはこの大陸の貴族がやばい人達ばかりだから、と言おうとしてやめる。
単に、これは文化の違いだ。21世紀の日本の価値観が、自分にはまだ強く残っている。なんせ、強烈さは今生の方が上だが、年数だけなら前世の方が長い。
「さて、そろそろ背筋をしゃんと伸ばせ!」
「っと」
背中をバシン!と叩かれ、言われるままにしゃんとする。
その音に周囲の貴族達がギョッとした顔でこちらを見てきたので、軽く会釈しておいた。
「今日の主役は事実上クロノ殿だ。緊張するのは良いが、縮こまる事だけはするなよ?」
「はい。ありがとうございます、ギルバート侯爵」
ウインクしてくる老将に、苦笑を返す。このやり取りも、周囲を安心させる手段なのだろうな。
あるいは……彼が自分の手綱の端を、握っている事のアピールもあるかもしれないが。
現在、クリス陛下の派閥はグランドフリート家の一強。そこにストラトス家が加わるわけだが、自分は巷で『陛下の飼い竜』とも呼ばれているらしい。
つまり、クリス陛下の言葉だけでなくギルバート侯爵の言葉にも従う。だから、侯爵家を舐めるなよと、周囲に牽制しているのかもしれない。
というのは、少し考え過ぎかもしれないが。だとしても、別にいい。
彼の家と、ストラトス家は物理的にかなりの距離がある。販路や領土でもめる事は今の所起きないはずだ。
何より、帝都の事は彼の方が知っている。我が家も元老院入りする以上、今後とも仲良くしていきたいものだ。
そんな事を考えていると、部屋の扉がノックされる。
使用人の案内で、謁見の間の入り口。
「我らの勇者達よ!入ってくるがいい!」
少し上ずりそうになっている、クリス様の声。それとともに、扉が左右に開かれる。
観音開きのそこを通って、室内に。戴冠式後の演説はホーロスのせいで中止となってしまったので、ここに来るのは2度目だ。
前回と違い、謁見の間には多くの貴族が整列している。全員が綺麗な営業スマイルを浮かべ、左右に分かれて自分達に拍手を送っていた。
ギルバート侯爵を含めた3人の侯爵が先頭に立ち、その後ろで他4人の伯爵と並んで進んでいく。
そして、玉座の段差の前で、一斉に片膝をついた。
「帝国を守りし英雄達よ。心より感謝しよう」
「はっ!我ら帝国貴族。その役目を果たしただけでございます!」
首を垂れたまま、クリス陛下と侯爵達の会話を聞く。
これは『オールダー戦争』及び『帝都奪還戦』における、功労者への褒美を与える為の場だ。
滞りなく式典は進んでいき、自分の番となる。
大臣がこの身の功績を読み上げていくのだが、どうにも背中が痒くなった。彼の読んでいる文章は、本当に自分の事が書いてあるのか?
まるで姉上の読んでいる小説のヒーロー役みたいだ。淀みなく語られる美辞麗句に、恥ずかしいやら笑いそうになるやらで大変である。
どうにか真剣な顔で聞き終え、言われるがまま侯爵達の前へ。
そして、陛下が目の前に立つ。
「クロノ・フォン・ストラトスよ。貴殿の働きは帝国の歴史においても類稀なものである。汝と汝の父に対し、我はストラトス家の陞爵と、クロノに男爵位を褒美として与える」
「はっ。ありがたき幸せ。今後とも、私と私の一族は、クロステルマン帝国への忠誠を誓います」
事前の打ち合わせ通りの言葉と共に、陛下から剣を受け取る。
そして、元いた位置に戻り、小さくため息をついた。
自分の声は、震えていなかっただろうか。頭を下げたままの移動だったが、へっぴり腰になっていなかっただろうか。
やはり、こういう式典は緊張する。他の貴族達のように、堂々とはいかない。
この姿を皆見たがっているらしいのだから、ちょっと性格悪く思える。いや、自分とて彼らの立場なら『人竜』などと呼ばれている存在が、言葉の通じる相手かどうか心配だろうけども。
つつがなく式典は終わりを迎え、帰り際にギルバート侯爵が笑いながら背中を叩いてきた。
「はっはっは!クロノ殿、いやクロノ男爵!ちょっと声が震えていたぞ!さては噛みかけたな?これで他の者達も、貴殿は人の理解の及ばぬ人外ではないと確信したぞ!良かったな!」
髭もいだろか、この爺。
そんな感想を抱いていると、彼は表情を変えないまま顔を近づけてきた。
「この後、陛下の執務室に向かうぞ。大事な話があるそうだ」
「……はい」
爆笑していそうな笑顔から響く、低い声。
相手の表情などあてにならないのが帝都なのだと、改めて実感した。
* * *
「恩賞、どうしよう……」
陛下、ギルバート侯爵、シルベスタ卿、そして自分の4人が集まった執務室。
紅茶を置いていったメイドさんが下がってすぐ、陛下が青い顔でそう言った。
「まあ、負け戦でしたからな」
彼女の言葉に、ギルバート侯爵があっさりと頷く。
「でも、皆どこどこの反乱軍を鎮圧したとか、誰々が裏切っていたから倒したとか。そういう報告をしてきて……それで、恩賞を求めているんだ……」
「そういった者は適当に受け流して、笑顔で『よくやった。これからも励め。褒美は後でくれてやる』で良いでしょう。なんなら、『褒美は敵国の土地だ。とってこい』と言ってやれば問題ないかと」
「それ、自分で自分の褒美を戦って手に入れろって事じゃ……?」
「はい。コーネリアス皇帝陛下も、その前の陛下も同じ事をしておりましたぞ」
「えぇ……」
侯爵の言葉に、陛下がドン引きする。
クリス陛下は先帝が存命の間、政務にはまともに参加させてもらえなかったとか。なので、こういうのに慣れていない。
「それと、その……今回功労者として称えた面々への報酬も、ちょっと足りないかも……」
クリス陛下が、気まずそうに呟く。
「フリッツ兄上の管理していた土地は、皇領の内部だから飛び地だし、そっちに他の管理者を回す分、端っこのあんまり飛び地じゃない所を褒美として与えるとして……誰をどういう風にすれば良いのか」
「あの、陛下」
「うん」
「頼って下さるのは嬉しいのですが……その辺りは、私が言える事は何もありません。立場的に」
「だよねー……」
侯爵が、冷や汗を浮かべながら首を横に振る。
彼の立場でこの辺りの話にアレコレ言うのは、越権行為だ。というか、いくら癒着や賄賂が普通のこの大陸の貴族達でも、領地の差配が関わると黙ってはいない。
しかしまあ、自分が言えるとしたら。
「陛下。褒美が足りないようでしたら、ストラトス家に関しては『ツケ』でも構いませんよ?」
「ええ!?」
「クロノ殿!?」
クリス陛下は心底驚いた顔で。そして、ギルバート侯爵は『マジかこいつ』という顔をこちらに向けてきた。
「い、いや。流石にそれは」
「そうだぞ、クロノ殿。式典の前にも言ったが、貴殿の働きに報いねば陛下の格がだな」
「いえ、ツケと言いましたが……代わりに、『質』として頂きたいものがございます」
「しち?」
「はい」
疑問符を浮かべる陛下に、ニッコリと笑みを返す。
「雨が降ろうと火が消えない黒い油の沼。そして、山にある火事になると手が付けられない泥。そういった物がある土地がないか、調査したいのです。その調査権を、頂きたく思います」
「……それだけなのか、クロノ殿」
「……あ」
どういう事だといぶかしむ侯爵と、何か察したらしいクリス陛下。我関せずと護衛に徹しているシルベスタ卿。
そんな3人に、営業スマイルを維持する。
「他にも、帝都の職人達をストラトス家に『貸して』頂きたいのです。『魔剣』の作り手といった特別な職人ではなく、普通の鍛冶師や薬師です」
「普通の職人だけ、か?」
「はい。勿論、彼らは帝都に店を構えている以上、我が領地に連れて帰っては他の貴族の方々にご迷惑をおかけするかもしれないので……あくまで、職人を何人か貸して頂くだけで良いのです」
「ぬぅ。なるほど、それは確かに……いや……うぅむ」
「もしかして……」
悩んでいるギルバート侯爵と、これまた何か察したらしいクリス陛下。直立不動のシルベスタ卿。
やはりこの陛下、こういった話は大得意らしい。
だがしかし、彼女が断れる話でもないだろう。
なんせ、『領地という褒美が遅れても良いから、その間一般の貴族にとって大して価値のないものを貸してくれ』と言っているのだ。
しかし生憎と……ストラトス家にこれ以上、新しい領地を管理する能力などぉ……ない!
畑から採れたりしないのだ、文官は。アイオン伯爵の口車にのって攻めてきた4家を取り込み、倍以上になった領土の管理だけで手一杯である。
普通の貴族家なら、家臣に『やれ』と言って終わるし、家臣達も平民達に『税を払え』と槍を突きつけるだけで良い。
だが、我が家の方針は違う。きちんと育てて、その上で税をとるのだ。だって、その方が儲かるので。
というか、元々育てていた街や村の事を考えると……ここで他の領土で普通の貴族みたいな事やったら、絶対何かしらの問題が起きる。
領地とは1つの体だ。経済の集中は領土の心臓となるから良いが、格差ができ過ぎるとどんな不都合が起きるかわからない。なんなら、せっかく築いた商人達の信用に罅が入る可能性すらある。
よって、今新しい領地を貰っても持て余す。だったら、他のものに変えた方が良い。
これは、帝都に向かう前から父上と協議して決めた事だ。
「燃え続ける油の沼……火事になったら危険な泥……蒸気……熱……いや、動力自体が……物を動かすのは、必ずしも……」
もの凄い勢いで汗を流す、クリス陛下。
……隠居したらうちの領地で学者か教師になってくれないかな、陛下。
「無欲過ぎるが、陛下とクロノ殿の噂を考えれば職人の貸し出しは有り……か?沼と泥の方は、意味が分からんが」
これを聞いて、『無欲』と考えるギルバート侯爵の方が普通なのだ。この世界では。
なんなら、他の貴族なら職人を借りる行為も『別に平民の10や20よくない?』と思いそうな所を、きちんと技術の流出を警戒するだけでもかなりやり手である。
魔法は便利で、魔力による肉体の強化は素晴らしい。だからこそ、この世界の貴族は平民の技術や生活への興味が薄い。
「沼と泥に関しては、個人的な興味です。蒸気機関もそういった趣味でやっている実験の産物ですので。もしかしたら何か新しい『特産』ができるかもしれません」
「なんと!」
「まあ、大半の実験は何も成せずに終わるのですが……」
「むぅ。それもそうであろうな。しかし、変わった趣味を持っているな。クロノ殿」
「あっはっは!家臣達にもよく言われます。ですが、数々の失敗も今は笑い話ですよ。例えば───」
陛下が悩んでいる間、探るような目をするギルバート侯爵に愛想笑いと共に用意していた失敗談を語る。この辺りも、父上と打ち合わせ済みだ。
別に、調査した土地をそのまま手に入れられるわけではない。だが、『どこにあるか』を知っていれば絶対に将来大きな財産となる。
調査権と言っても、実際にうちの人員を送るわけではないはずだ。そこまでは現地の貴族が許さないだろう。なんせ、送るとしたら騎士なので。
だからこそ、出すとしたら帝都の人員だ。土地の代わりの報酬なのだから、きちんとした人間を出さないとそれこそ陛下の名に傷がつく。
いやぁ、他人の金と人手で石油と石炭を探せるとは!陛下はなんて太っ腹なのだ!
しかも『製鉄技術』で帝都から吸い出せそうなのだから、キャラ崩壊して高笑いしそうである。魔剣の製法は魅力的だが、今欲しいのはより高レベルな鉄の扱い方だ。
ついでに薬師を招いて知識を提供してもらえれば、平民向けの医療の発展にもつながる。
ストラトス家は、まだまだ発展するぞ……!
「……わかった。でも、流石に褒美として渡す前に、その沼と泥がどこにあるかはボクも把握しておくからね……?」
「はい。ありがとうございます」
ギルバート侯爵と腹の探り合いで勝てる気は全くない。だが、生憎とこちらも転生者。
自分より場数も才覚もある相手をこうして煙に巻く事ができるのだから、やはり『ずる』だな。前世の知識は。
もっとも、陛下はストラトス家が欲しているものの正体に気づいていそうだが。
このお方が今よりも政治的駆け引きや騙し合いに上手くなったら……父上でも危ういかもしれない。
今のうちに恩を売りに売って、ストラトス家から抜け出せないようにしなくては。
そう決意しながら、ルンルン気分で宿へと帰るのであった。
後日。自分とクリス陛下の『真実の愛』に関する噂が更に広がって、ケネスとレオが陸に打ち上げられた魚みたいになっていた。死んだ目で床に転がり、ビクンビクンと跳ねている。
……彼らには、もっと休暇と給料をあげた方が良い気がしてきた。
読んでいただきありがとうございます。
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