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第三章 エピローグ 上

第三章エピローグ 上




サイド なし



「……あら」


 ガタゴトと揺れる馬車の中で、カーラは目を覚ます。


「アタシ、生きていたのね」


「地獄じゃなくって残念?」


 彼が声のした方向に視線を向けると、そこには村娘の様な恰好をしたサーシャ王妃がいた。


 更に瞳を動かし、自分が幌のついた馬車の荷台に寝かされている事をカーラは理解する。


「さぁねぇ。少なくとも、全身痛くって地獄みたいだわぁ」


「そう。それはご愁傷様。貴方、丸3日も眠っていたわよ」


 皮肉気に笑うサーシャ王妃が、隣に置いてある背嚢に肘をおき頬杖をつく。


「死にぞこなったのは、貴方の部下達が水堀に落ちていたのを見つけたせいね。後で怒っておいたら?余計な事をするなって」


「んー……いや。やめておくわぁ。別に死にたいってわけじゃないし。感謝しておくわよ」


「そ。なら良かったわね」


 カーラは立ち上がろうとして、しかし体が動かない事に気づく。


 毛布の上に寝かされた巨体は、ベルトで荷台に固定されていた。振動で怪我人が左右に転がってしまわない為だろう。


 だが、それだけが動けない理由ではないとカーラはすぐに察した。


「……ね。今のアタシってどういう状況?」


「右肘から先、右足首から先、左膝から先の欠損。左の肺も丸ごと潰れているそうよ。あと他の内臓も結構傷ついているって。骨の方は……骨折箇所が多すぎて、覚えていないわぁ」


「あらま。どおりで左腕以外の感覚がないし、呼吸もしづらいわけね」


 あっさりと、カーラは自身の状況を受け入れる。


「死にたくなかったのなら、自分の心臓が『左右逆』だった事と、ある程度なら位置をずらせる技術に感謝することね。あのクロノとかいう坊やの拳。普通だったら心臓がある位置を破壊していたそうよ」


「んまぁ、物騒。あの少年、優しそうなのに殺意満々な攻撃するわね」


 カーラの一族は、幼少期から自身の内臓さえ掌握せんと特殊な稽古をつける。内臓の位置を動かし致命傷を避け、腹を裂かれても継戦できる様にする為だ。


 その技術を、彼はあの瞬間無意識に行使していたのである。


「おかげで、こうして戦火に追われた村人として逃げるはめになったわ。今の帝国には、流民がたくさんいるから誤魔化しやすいのよねー」


「そういう所、抜け目ないわよねぇ、貴女。そう言えば、ティキきゅんは?」


「別ルートで逃げているはずよ。私もあの人も、目立つもの。揃って移動していたら、どれだけ変装しても帝国の兵士に追いかけられるわぁ」


「よくもまぁ、事前準備もなしに撤退ルートを幾つも用意できるわねぇ。これで事前に逃げ道を用意していたって言ってくれると、アタシとしては嬉しいんだけど」


 呆れた様子でため息をつくカーラに、サーシャ王妃は肩をすくめる。


「元々は逃げるつもりなんてなかったから。何もかも滅茶苦茶に出来れば、それで良かった。でもやりたかった事全部邪魔されちゃったんだもの。私、あのクロノって子嫌いかもしれないわ」


「あら珍しい。貴女が誰かを嫌いになるだなんて」


「そうね……クリスのお気に入り、だからかしら」


 そう楽しそうに笑うサーシャ王妃の顔を、カーラは静かに見つめた後。


「サーシャちゃん。もう1つ、アタシの体について言うべき事があるんじゃない?」


 静かに、そう問いかけた。


 数秒だけ、ガタゴトと馬車が進む音だけが2人を包み込む。


 その後、王妃はいつもの様に、真っ赤な唇を三日月形に歪めた。


「ねえ、カーラ。貴方、()()()()……なにがしたい?」


 彼女の問いに、暗殺者はニッカリと笑った。



「バカな友達に、最期まで付き合ってあげるとするわ」



*     *     *



 戴冠式の騒動から、3日。


 帝都の酒場は、『メイン通り沿いにある工事中の店』を除き、すっかり元の喧騒を取り戻していた。


「なあ聞いたかよ。あの火事、スラムの奴らがやったんだってよ」


「知ってる。薬中どもが、ホーロスの奴らに先導されたとかって話だろ?」


「俺が聞いた話じゃ、衛兵どもが槍で突こうが矢で射ようが、あいつら止まらなかったんだってよ」


「俺見たぜ。片腕が千切れてんのに、笑いながら松明持って走っていたんだ」


「おっかねぇ。あの雨がなかったら、どれだけ火が広がっていたか……」


「お前知らねぇのかよ!あれ、ただの雨じゃなくってお貴族様が魔法でやったんだってよ!」


「バカ言え、いくら魔法でも雨を降らせるなんてできるかっての!」


「マジだぞ、マジ。でも貴族じゃなくって、騎士様だって話だ。たしか、そう……」


 酒を飲みながら、あちらこちらで騒ぐ酔っ払い達。


 その中の1人が、とある名前を出した。



()()()()()()の騎士様だってさ」



 瞬間、喧騒に包まれていた酒場に沈黙が訪れる。


 グラスを拭いていたマスターも、酒の入ったカップを運ぶウェイトレスも、隣の者と肩を組んで歌っていた者も。


 誰も彼もが、じっとりとした汗を流しながら硬直した。


「ば、バカ野郎!その名前を、軽々しく言うんじゃねぇ!」


 ストラトス家の名を口に出した男を、周囲の男達が小突く。


 それで、ようやく酒場は元の騒がしさを取り戻した。


「す、すまねぇ……つい」


「お前、本当にやめろよそういうの……!」


 ほんの数日前まで、帝都の民にとって『ストラトス子爵家』などという名前は、まったく馴染(なじ)みないものだった。


 どこの田舎のお貴族様だと、パレードの前日も笑っていたものである。


 帝都に、大陸1の都に住む自分達の方が特別だと、彼らは地方貴族を見下すきらいがあった。戦勝パレードの度に、地方貴族の装いを勝手に比べて裏でオシャレ度のランキング表を作っている程である。


 だが、今は違った。帝都に住む者全員が、その家名を知っている。


「な、なあ……俺、この前のパレードの時さ……あのお貴族様を見て、どうせクリス陛下にケツを捧げて手柄を貰ったんだ!って周囲に言っちまったんだ……そしたらよ、目があったんだよ……!」


 酔っ払いの1人が、真っ青な顔で頭を抱える。


 1度あの家名が出てからは、堰を切った様に皆の口からクロノ・フォン・ストラトスに関する話題があふれ出てきた。


「あの時は気のせいだって思ったんだ……でも……でも!」


「よせって!本当に聞こえていたのなら、今頃殺されてる!」


「そ、そうだ!そ、それにあんな冗談、本気で怒るわけ……」


「だけど、だけどよぉ……!」


 賑やかな酒場。


 しかし発せられる言葉は、どれも恐怖の混じったものばかりだった。


「帝都の外に続く城門、今も開けっ放しだろ……あれって、クロノ様が壊したんだってよ。それも素手で」


「俺は、あの方と戦っていた灰色の化け物が壊したって聞いたぜ」


「どっちもだよ。どっちも正解。俺、近衛騎士が喋っている話を偶然聞いたんだ。奴らの戦いで、城門がぶっ壊れたんだってさ」


「あの門って、魔剣と同じ素材なんだよな?破城槌や投石機でも壊れねぇって噂だろ?」


「そうだよ。でも壊れたんだ。帝国建国以来、1度も破られた事のない城門が、たった2人の殴り合いに巻き込まれただけで壊れたんだ」


「人間じゃねぇ……人間じゃねぇよ……!」


「噂じゃ、人語なんて忘れて暴れていたらしいぜ。クロノ様もあの化け物も」


「でもよ、通り沿いのあの酒場。灰色の化け物が吹き飛んできたって話だろ?意外と礼儀正しい奴だったってさ。化け物だけど」


「クロノ様も、壊した家の住民に笑顔で声をかけていたらしいぜ。しかも、奴と殴り合ったその日の内には平然と街を歩いて、怪我人の治療をしてくれていたんだと」


「……余計に怖くねぇか?」


「おう。人間じゃねぇ力を持った奴が、人間みたいに暮らしている。頭がおかしくなりそうだ」


 先程ストラトス子爵家の名を出した男とは、別の男がぼそりと呟く。


「でもよ……お優しい方かもしれねぇけど、皆聞いたよな?戦っている時の、あの叫び声」


 同じテーブルで酒を飲んでいた男が、エールではなく唾を飲み込む。


「忘れられるかよ。帝都中に聞こえていたぞ……!身の毛もよだつ、人外の声だった……あんな声、獣どころか普通の魔物でもねぇ……!」


「怒らせると、ああなるって事だよな?どっちが本当のクロノ様なんだ?貴族様なのに平民にも笑いかけて、治療をしてくれるお人なのか。化け物みたいに暴れて、破壊の限りを尽くす人の形をした何かなのか……」


「そりゃ、お前……」


「『人竜』」


 同じテーブルの男が答えに困っていると、楽器を担いだ男が立ち上がりながらそう呟いた。


「なに?」


「オールダー王国では、彼の事を『血濡れの銀竜』と恐れ……そして、人中の竜。人竜とも呼んでいるらしい」


「あんた……吟遊詩人か?」


「ああ。あの方の(うた)を、書いているんだ。その為にキャラバンについて来たんだが……オールダーとの(いくさ)で、たった1人で2千人の敵兵を焼き殺したと現地で聞いたぞ」


「一騎当千って話、やっぱりマジだったのか……!」


「それどころじゃねぇだろ!?なんだよ、2千人って!」


「いや、なんもおかしな話じゃねぇ。城から外壁の門までの道、見ただろう?今も馬車は通れない有り様だぞ」


「そうだ。素手であれなんだ。魔法も使ったら、そりゃあヤベェだろうよ」


「例のストラトス家の騎士も、雨を降らせるぐらいだしな……」


 酒場にいる者達の注目が集まる中、吟遊詩人は壁沿いに置かれている空の樽に腰かけた。


 そして、ハープを構える。


「俺が見聞きして集めた事を、語ろう。聞いてくれ」


 ハープの音色と共に響く詩を聞きながら、ぼそぼそと酔っ払い達は話し合う。


「なあ……結局、パレードの時に悪口を言っちまった奴は、どうすりゃいいんだ……?」


「そりゃあおめぇ……拝むしかねぇだろ」


「拝むって、誰に」


「神様だよ。そんでクロノ様だ。ストラトス家の騎士が、偶に『若様』って言いながら祈っているの見たぜ。きっと、それで普段はあのお方の怒りを鎮めているんだ」


「なるほど……神様と同じように祈れば良いのか」


「おう。勇者アーサーみたいな事してんだ。きっと、同じ様に祈れば許してもらえる」


「神父に怒られねぇか?」


「さあな。でも、聖書と同じ事ばっかしているから、実は勇者アーサーと同じでクロノ様も転生者じゃねぇかって話だぜ」


「じゃあ、聖人認定されるかもしれねぇのか?どうやって聖人が選ばれているのか、知らねぇけど」


「……でも勇者アーサーと違って、浮いた話が全然ねぇぞ。本当に同じなのか?」


「いや。クリス陛下の愛人と街でデートしていたって話だぜ」


「マジかよ。それってたぶん公認だよな?倒錯的すぎんだろ……」


「やっぱ勇者アーサーの再来だ。間違いねぇ。近い内に20人ぐらいと結婚しても俺は驚かねぇぞ」


「は?クリス陛下とクロノ様は純愛なんだけど?彼らの間に女なんて不要だわ!」


 突然暴れ出したウェイトレスに酔っ払い数人が額をかち割られたが、酒場で喧嘩は珍しい事ではない。


 今夜も帝都は騒がしく、人々が暮らしている。


 その中に、とある名前が加わった。それだけの事なのだ。



 少なくとも、今はまだ。





読んでいただきありがとうございます。

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オカマのカーラさん、生きてたけど全身ズタボロで余命半年ですか。 全身機械化して再戦来そうな感。 あの王国って全員人体改造してるのかねぇ。 人間台風(ヒューマノイドタイフーン)ならぬ人竜(ヒューマノイ…
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