第五十話 白の王と赤の王妃
第五十話 白の王と赤の王妃
「今更『家族』としてだと!?サーシャ様は我々帝国を舐めているのか!?」
「いや待て。しかし、ホーロス王国との同盟は書類上続いている。ここは国賓として扱うべきだ」
「ふざけるな!儂の友人の領地は奴らに燃やされたぞ!?」
「皆、冷静になれ!ここでホーロス王国も完全に敵となれば、帝国は4つの国と戦う事になるぞ!?」
「既にそうなっているわ、この腰抜け!これだから『剣なし貴族』は……!」
「貴公、今なんと言った……?泥臭い田舎者が、土地を持っているだけでそんなに偉いか!」
「当たり前だ!領地を持ってこその貴族!貴様ら法衣貴族なんぞ、本来貴族ではない!」
「この、言わせておけば!」
* * *
「と。こんな感じで元老院は議論がダンスパーティー状態っす」
「……そうですか」
ティキ国王とサーシャ王妃が、殿下の戴冠式に出席する為に向かってきていると聞いた、3日後。
アリシアさんが宿まで元老院の状況を教えに来てくれたのだが、とんでもないぐだぐたっぷりを発揮していたらしい。
本当に大丈夫か、この国。
「殿下がどうにか仲裁しようとしているんすけど、まーグランドフリート侯爵以外は聞く耳持たず。なんなら、途中法衣貴族の誰かが『偽の孫と殿下を婚姻させた恥知らず』とか言って、逆鱗ぶち抜いてあの方もマジギレしちゃいまして……」
「偽の孫……?」
「ああ、知らなかったんすか?偽って言うか、シャルロット様は侯爵の実の孫じゃないんす。正確には、又姪……弟さんの孫なんすよ」
あっけらかんと、アリシアさんがそう言う。
「帝都の人間なら全員知っているから、逆にクロノ殿が知らなかったのは意外っす」
「それ、あんまり言いふらしちゃ駄目なやつでは……?」
「いやー。クロノ殿の立場考えると、むしろ知っとかないとやばいっしょ。あ、でもあーしから聞いたってのは内緒で」
お茶菓子を食べ、お茶を飲んでから彼女は続ける。
「グランドフリート侯爵、奥さんとお子さんをいっぺんに失くして、再婚する気もなかったから弟さんの子供を養子にしたんすよ。で、その甥っ子さんの娘さんがシャルロット様なわけっす。あーしには、本当の祖父と孫娘に見えるっすけどね」
「はあ……何というか、もしかして再婚しない貴族って多いんですか?」
「んー、女性貴族では多いですよ?愛人かこったり、逆に別の貴族の愛人になる事が多いっすけど。男性貴族の場合は、大抵は再婚しますね。そもそも、家同士のアレコレで結婚した相手とか、恋愛感情抜きが普通っすから。侯爵みたいな人は少数派っすねー」
「そうなんですか……」
なら、うちの父上もレアケースらしい。
と、話が脱線していた。
「しかし、結局ホーロス王国への対応はどうするんですか?」
「元老院はその議題ほったらかして、領地持ち貴族達と、法衣貴族達で絶賛大喧嘩中っす。なんなら偶に殴り合いの乱闘も起きて、帝都守備隊が力づくで仲裁する事もあるっすね」
「うわぁ……」
「ちなみに、大臣の1人をグランドフリート侯爵が素手で半殺しにしたのは秘密っす」
「うわぁ……!」
何やってんだあの人。いや、家族愛が強い人なので、孫の事を侮辱されたらそりゃぁそうなるかもしれないが。
「もー最悪っすよ。どこぞの伯爵は、オールダー王国との戦における責任の所在を掘り返すし。法衣貴族の議員の中には、ストラトス家の陞爵に今更ケチをつける人もいるし。しっちゃかめっちゃかっす!」
お茶菓子をパクパクと食べながら、アリシアさんが愚痴る。
それはまた、あまりにあんまりな状況だ。帝国は腐っているとよく聞くし、自分もそうだと思っていたが……この戦況でも、これなのか。
いや、むしろ『こんな状況』だからかもしれない。
「いっそ、クロノ殿に議会へ乗り込んでもらって、全員殴り飛ばしてほしいぐらいっす」
「いや、駄目でしょう。政治的に。それに、これは殴って解決する問題じゃありません」
「っすよねー……そう言われると思ったっす」
アリシアさんが、げんなりとした顔で肩を落とす。
「貴族の中には、元老院を無視して独断で国王夫妻を暗殺しようと考えている人らもいるみたいで……リーゼロッテ隊長がそれに気づいて、帝都守備隊に報告したから実行に移される事はないと思うっすけど……」
「もっと政治的にやばい事が起きていますね……」
「やってらんないっす……」
投資でお金溶かした人みたいな顔で、お茶菓子を食べ続けるアリシアさん。
その細い腰に、どうやって納めているのか……。
「それで、殿下はどの様にお考えで?」
「表向きは、流石に4カ国と同時に戦争は避けたいから、実際に会ってサーシャ様達の真意を確かめるって言っているっすね」
「本音は?」
「家族と戦う覚悟した所に、『これからも仲良くしようね!家族なんだし!』って言われて、情緒が滅茶苦茶になっているっす」
「ですよね……」
クリス殿下は、21世紀の日本で、ごく普通の市民だった自分と価値観が合うお方である。
そんな人が、もしかしたら家族と殺し合わなくて済むかもしれない……なんて。そんな可能性を目の前にぶら下げられて、冷静でいられるはずがなかった。
「しかも……サーシャ王妃が覚えているかわからないっすけど、殿下と仲良かった事もあって……あの方って昔は皇族の中でもしっかり者で、面倒見が良い事で有名だったんすよ」
「そうなのですか?正直、今はあんまり良い噂を聞かないですけど」
サーシャ王妃と言えば、気まぐれで浪費家。しかも趣味が悪いとしか、今の帝都では聞かない。
そんな方が、昔は良い人だったのか?
「っす。14歳ぐらいっすかね……あの方が、変わってしまったのって。あーしもその頃の事はよく知らなかったっすけど、昔はまだ小さかった殿下とも遊んでくれたり、お菓子を一緒に食べていたそうなんすけど……」
アリシアさんが、何度目かのため息をつく。
「そのサーシャ王妃は、現在元老院からの返答がない中ずんずん帝都に向かっているっす。連れているのはたった50人。国王夫妻が移動するには、少なすぎる護衛と使用人っすね。敵意がない事のアピールかもっすけど」
「それは……下手に攻撃すると、逆にこっちの政治的な立場を悪くしそうですね」
「ま!既に周辺国全部が敵だから誤差かもしれないっすけどね!いや、もしかしたらホーロスは味方になってくれるかもしれないっすが」
「……国同士の政治に、味方ってあるんですか?」
「そこはケースバイケースっすよ。家族愛が国境を越えちゃう事は、歴史上わりとある事っすから」
両掌を上に向け、アリシアさんがニヒルな顔で肩をすくめる。
「……なんにせよ、貴重なお話ありがとうございました」
「うっす!クロノ殿は『殿下の味方』、つまりあーしらの仲間っすからね!ズッ友っすよズッ友!情報共有は当然じゃないっすかー!」
露骨なまでに味方な事を強調するな……。
それだけ、武力面で頼りにされていると言う事か。それに関しては、計画通りである。
クリス殿下を盛り立てつつ、彼女にはストラトス家に依存して頂く。皇帝の庇護のもと、商売をさせてもらう寸法だ。
……その為にも、帝国には平和であってほしいのだけど。いや、マジで。
「それはそうと、女性にこういう事を言うのは失礼だと思うのですが……」
「なんすか?あーしのバストサイズっすか?かーっ!クロノっちもお年頃っすねー!」
「いや、そうじゃなく……いくら何でも、食べすぎでは?」
ストレスが溜まっているのはわかるが、どれだけお菓子を食べるのだ、この人。
クッキーやらドーナツやら、凄い勢いで飲み込んでいたぞ。
失礼承知で、わりと善意のもとそう伝えたのだが。
「問題ないっす!その分運動しているし、なぁぜかあーしって脂肪は胸にばっかりいくんで!」
ドヤ顔サムズアップしながら、巨乳を揺らす女騎士。
……帝都で知った事を実家にちょくちょく報告しているのだが、この情報は絶対に送るわけにはいかない。そう思った。
* * *
元老院が答えを出せぬまま、結局サーシャ王妃とティキ国王は帝都に到達してしまった。
供をしているのがたったの50人という事もあり、なし崩し的に彼らを迎え入れる事となったのである。
相手はたとえ関係が怪しいとは言え、国王と王妃。帝国の格を落とさない為にも、帝城に招いて会談する事となった。
もっとも、戴冠式で殿下が皇帝となり、正式に爵位を授けられる地位になるまで自分はただの田舎貴族の子供。そこに同席する権利などない。
の、だが。
「……なんで僕がここに?」
「いざという時の為に、殴り込み要員は多い方が良いので」
会談を行う部屋の、隣。城の見取り図にはない、本来は存在しないはずの秘密の部屋。
部屋と部屋、壁と壁とのスペースに作られた小さな空間で、親衛隊5人と覗き見をする事になっていた。
「というか、こんな隠し部屋あったんですね」
「はい。今度、クロノ殿にはきちんとどこに何があるか、お教えします」
隠し部屋のサイズは、3畳程しかない。
隣にいるシルベスタ卿の鎧がこちらの二の腕に少し食い込んで地味に痛いが、同時に親衛隊の良い香りもして天国と地獄状態である。
「そこまで教えて良いんですか?」
「また城で何かあった時、無暗に壊されては困るので……」
「僕を何だと思っているんですか……」
「人型の竜」
「どこぞの国王みたいな事を言わないでください」
武力面では並の貴族を圧倒していると自負しているが、人外扱いは不服である。
「ちなみに、隠し部屋ツアーの後には『ドキ☆スラムの迷宮突破ツアー~ぽろりもあるよ~』を開催予定です」
真顔でアホな事を言ってくる親衛隊隊長に、頬を引きつらせる。
「絶対そのぽろりって、血生臭いやつでしょ……というか、スラムってあるんですね。帝都に」
「勿論です。前回は綺麗な所ばかり案内しましたが、光が濃ければ闇も深いもの。しかもオールダー王国から麻薬も密輸されていたので、帝都の外園にあるスラムはそれはもう酷いものですよ」
相変わらずの無表情ながら、シルベスタ卿の眉間に小さな皺が出来る。
「近衛騎士もあの辺の地理を覚えようとしているのですが、ほとんど毎日の様に建物の位置が変わっているので、どこに何があるのかさっぱりです。掘っ立て小屋同然の物やテント暮らしの者ばかりなので、スラムの纏め役の指示で簡単に引っ越し出来るようでして」
「そんな事になっているんですか……」
「ええ。噂では、帝都を囲う城壁への抜け道も持っているとか……流石にホラ話と思いたいですが、最悪を想定して帝都守備隊は必死にその抜け穴を探しています」
「抜け道……まあ、有り得そうな話ではありますが」
なんせ、元貴族の賊だっていない事はないのである。帝国はあちこちに戦争をしかけ、領地を奪っているので。
統治能力の問題でそのまま現地の貴族を使う事も多いが、中にはそれからあぶれた者もいる。
そうした貴族は大抵傭兵になるのだが、傭兵の事を盗賊と呼ぶ者もいるぐらいだ。
スラムの纏め役に与して、魔法を使っているケースも有り得る。
「そこに住んでいる者達ごとスラムを焼くか焼かないかで、偶に元老院で議題に上がっています。っと、どうやら時間の様ですね」
世間話はそこまで。壁にある小さな穴。その向こう側で、別々の扉から帝国側と王国側の人間が入ってくる。
片方は、クリス殿下。アリシアさんを護衛につけ、元老院の大臣達を引き連れていた。
もう片方は、ティキ国王とサーシャ王妃、そしてホーロス王国の重鎮……と、思しき者達。
噂では聞いていたが、本当にティキ国王は少女と見紛う容姿をしていた。
雪の様に白い髪に、透き通るような肌。深紅の瞳と、どこか浮世離れした雰囲気を放っている。アルビノ……だろうか?
喉仏も見えず、華奢な体格と男性としては背が低い事もあって、本当は女性なのではと疑ってしまいそうだ。クリス殿下の事もあるので、余計に。
彼の事を、初見で30をとっくに過ぎた成人男性だと見抜ける者は、そうはいないだろう。
そして、サーシャ王妃。
こちらは前に肖像画で見た通り、派手な美女であった。
赤みがかった金色の髪に、ルビーの様な瞳。真っ赤な口紅とドレスが、彼女の白い肌によく似合っている。
大胆に胸元を露出しており、深く長い谷間が丸見えだ。角度によっては、先端が見えてしまうのではないかと言う程である。1歩進むごとに、たゆん、と揺れてポロリしないかと心配になる程だ。
この方も、年齢を誤認してしまう容姿をしている。妖艶なその微笑みに、思わず頬を赤らめる大臣までいた。
「久しぶりね、クリス」
つり目がちな瞳を細めながら、サーシャ王妃が殿下にそう、気安く声をかけた。
「……ええ。お久しぶりです。ティキ国王、サーシャ王妃。お2人の結婚式以来ですね」
対して殿下は、硬い声音で国王夫妻に纏めて挨拶をする。
そうして、帝国と王国の会談は始まった。
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