第四十三話 貴族は頑丈
第四十三話 貴族は頑丈
数日かけて帝都に帰る事に……なるかと思っていたのだが、意外な程早く帰還する事ができた。
というのも。
「シュヴァルツ卿とたった2人で帝都を出たと聞いた時は、肝を冷やしましたぞ。若様」
「すみません。急いでいたので」
ケネスがハーフトラックを大慌てで用意し、迎えに来てくれたのである。
おかげで、野営は一晩で済んだ。帝都に到着し、そのまま城に向かう。
中には車で入らず、城門で馬車に乗り換えた。ハーフトラックだと、道に敷いてある石畳を壊してしまう。
今乗っているのは殿下が迎えに出してくれた馬車で、後ろにシャルロット嬢の馬車が続く形だ。こちらには、自分とケネス、そしてアリシアさんがいる。
「いやぁ、申し訳ないっすね。クロノっちお借りしちゃって」
「……失礼ながら、全くです」
後頭部を掻くアリシアさんを、ケネスが睨みつける。
「若様は殿下の騎士ではなく、ストラトス家の跡継ぎです」
「ケネス」
「若様も聞いてください。帝都の奪還まではストラトス家の為でもあったので、全力で協力しました。しかし、殿下の派閥に関する事にまで御身が命を懸けるのは違うでしょう」
彼の言う事はもっともだ。
しかし、これもストラトス家の為なのである。
彼には前にも説明したが、帝国が崩れれば我が家も厳しいのだ。そして、それを防ぐにはクリス殿下に踏ん張ってもらわねばならない。
あの方への情がないと言えば、嘘になる。ビジネスパートナーであると同時に、大切な戦友だ。出来れば死んでほしくない。
しかし、ストラトス家と殿下ならば自分は前者をとる。いざその決断が迫られた時、即断は出来ないかもしれないが……少なくとも、今はそのつもりだ。
「……謝罪します、ケネス殿。ストラトス家の若君を、軽んじたつもりはありません。帝城での戦いで、共に駆けるのが当然と思ってしまった」
背筋を伸ばし、小さく頭をさげるアリシアさん。いや、シュヴァルツ卿。
準男爵の謝罪に、ケネスは納得こそしていない様だが一旦矛を収める。
「いえ……わかって頂ければ、良いのです」
「ケネス。僕もストラトス家の事を忘れたわけではありません。後で、きちんと説明します」
我が家だけでは、立ち行かないのだ。経済も、軍事も。
独立して全てが出来るのなら理想だろうが、そうもいかないのが世の中だ。
うちの騎士達と、今一度話し合うべきだろう。そこをなあなあで済ませていたら、そのうち大惨事を引き起こしそうだ。
そんな事を考えている間に、帝城へついたらしい。馬車が止まり、城の使用人が扉を開け踏み台を置いてくれた。
馬車から降りれば、すぐに殿下とグランドフリート侯爵が出迎えてくれる。
「クロノ殿!アリシア!よく無事で帰ってきてくれた!」
「ご心配をおかけしました、殿下」
アリシアさんが準男爵としての口調で答え、自分もその斜め後ろで頭を下げる。
「クロノ殿……なんと、なんと礼を言ったらいいか……!」
グランドフリート侯爵が目に涙を浮かべ、こちらの手を取ってきた。
「いいえ。自分は『戦友』となる方のご家族に、当然の事をしたまでです。それに、実際に賊を討ったのは侯爵家の騎士達です。どうか、彼らの奮闘を称えてあげてください」
「すまん……すまん、クロノ殿……!」
両手で握られた手に力が籠められるが、骨が軋む様な事はない。そこはきちんと手加減してくれている様だ。
営業スマイルで頷いていれば、後ろの馬車からシャルロット嬢が降りてくる。
「お爺様!クリス様!」
「おお、シャルロット!」
「シャルロット殿。ご無事で何より」
「ぅぉおお爺様ぁああ!クぅリス様ぁああ!」
石畳の地面を蹴り、突撃するシャルロット嬢。
それを正面から迎えうち……間違えた。受け止めるグランドフリート侯爵。
孫娘と祖父の微笑ましい抱擁は、腹に響く衝撃波を伴っていた。転倒しかけた殿下の背を、シルベスタ卿がそっと支える。
「ご心配をおかけしましたわぁ!でもこのシャルロット、グランドフリート侯爵の人間として恥ずかしくない振る舞いをするよう、頑張りましたのよぉおおおお!!」
「うむ!それでこそ我が孫!なにより、お前が無事でお爺ちゃんは嬉しいぞ!」
……ハーフトラックじゃ石畳壊しちゃうよなぁ、って。気を遣ったんだだけどな。
2人の足元を見ながら、ちょっとだけそんな事を思う。
「そしてクリス様!」
「あ、うん」
何かを悟った様な、諦めた様な顔で。
シルベスタ卿をそっと手で距離を取らせながら、殿下がシャルロット嬢と向き合う。
「ワタクシ……ワタクシ……本当は怖かったですわ……!御身ともう、会えなくなるんじゃないかと……!」
「ボクは心配などしていなかったよ、シャルロット殿」
「そんな……!?」
「貴殿なら、どんな苦難も乗り越えられる。シャルロット・フォン・グランドフリートの天運は、こんな所で尽きはしないと信じていたから。それでも……こうしてまた会えて、嬉しいよ」
「く、クリス様ぁああああ!」
感極まった様子で、クリス殿下に抱き着くシャルロット嬢。
身長はレッドドリル令嬢の方が頭半分ほど高いので、殿下の足が少し宙に浮く。
────みしぃ……!
あ、今殿下の体から鳴っちゃいけない音が。
「ごふっ……」
「で、殿下ぁ!?」
「シャルロット様、離れてください」
「殿下、こちらへ。私の肩に手を回してください」
「そんな、クリス様!?」
慌てる自分とシャルロット嬢をよそに、至極冷静な様子でクリス殿下を運んでいくシルベスタ卿とアリシアさん。
なるほど、いつもとは言わないが、頻繁にこうなるのか。
……大丈夫?そのうち侯爵家、皇太子暗殺容疑で罪状出されない?
悲しき生命体が、運ばれていく婚約者を見送りながら涙を流す。
この人のパワー、もしかしてガルデン将軍一歩手前なのではなかろうか。
* * *
「いやはや、クロノ殿とシュヴァルツ卿には何度感謝しても足りませんな」
城の一室を借り、グランドフリート侯爵と改めて挨拶をした後。彼は神妙な面持ちで頷いた。
「娘を助けてくれた事。我が騎士達のメンツを守ってくれた事。そして下手人の主要な者達を生け捕りにしてくれた事。なんとお礼を言って良いのやら」
「本当に気にしないでください。グランドフリート侯爵。我らは、今後共に帝国を守る為、そして『クリス陛下』をお支えするのです。若輩の身で無礼かもしれませんが、貴方とは戦友と呼び合う仲になりたいと、考えております」
「はっはっは!貴殿の戦績を聞いて、ただの若輩者と思う者はおりますまい。それと、まだ『クリス殿下』ですぞ。クロノ殿」
「失礼しました。少々、気がせいてしまった様です」
この場にいるのは自分、侯爵、殿下、シルベスタ卿の4人のみ。
殿下が上座に座る形で、それぞれ椅子に腰かけている。
「しかし……話は変わりますが、凄まじいものですな。ストラトス家の技術力は」
侯爵の視線が、机の上に向けられる。
そこには、弾薬の抜かれたライフルが置かれていた。
「この銃と言う武器は、騎士の鎧を貫き当たり所によってはそのまま殺める程とか。それに孫を迎えに行ってくれたハーフトラックという……自動車?でしたか。兵士20人を乗せて、馬車と並走できるとは」
「恐縮です」
「……だが、諸刃の剣ではありませんかな?」
グランドフリート侯爵の視線が、鋭くなる。
「先ほどシャルロットから聞きました。馬車で貴殿から受けた説明を。だが、そこには重要な事が抜けている」
彼はライフルを手に取り、銃口を天井に向ける。
「クロノ殿が使った、散弾銃という武器。それは銃身とやらを切り詰めた上で、密着した状態なら鎧姿の騎士を殺せるとか。ならば、こっそりと平民が持ち歩き、貴族に銃口を向ける……などと言う事も、ありえるのでは?」
侯爵は、じっくりとライフルを眺める。
「……なるほど。確かにクロスボウ以上に手間のかかる武器の様だ。しかし、作れないわけではない。そして、実物が今後戦場にて大量に使われる事があれば、必ず持ち出す者が出てくるでしょう」
彼は小さくため息をついて、ライフルを机に戻した。
「老人のお節介と思われるかもしれませんが、即刻この武器の生産を止め、職人達に口封じをなさった方が良い。多くの貴族から恨まれる事になりますぞ」
「……貴方のご心配は尤もです、グランドフリート侯爵」
拳銃を持った若者が皇子を撃ち殺し、世界を巻き込む戦争を引き起こした事例を自分は知っている。
この世界の貴族や騎士は頑丈なので、拳銃ではそうそう死なないだろうが、散弾銃を至近距離で撃たれれば別だ。それも、自分が既に証明してしまっている。
だが、それでも。
「申し訳ありません。自分は、ストラトス家は、銃の大量生産こそ帝国を救う鍵だと考えています」
「……貴族や騎士達だけでは、帝国を守る事は不可能だと?」
「はい」
場合によっては、相手が剣を抜きかねない発言である。
視界の端でクリス殿下が慌てた顔で手をわちゃわちゃとさせているが、侯爵は眉1つ動かさない。
「……否定は出来ませんな」
彼は、再び小さくため息をつく。
「今回、我が孫が狙われたのがその証拠。計画したのが、他国の者だったのなら帝都近くにまでその手が伸びているという事であり、帝国貴族であれば、この有事であっても結束など無いも同然」
「帝国は現在、事実上4つの国と戦争状態にあります。勇者アーサーも、『四面楚歌』となればどんな猛者でも危ういと聖書に遺しました。だからこそ、我らには力が必要です」
「だがな、クロノ殿」
グランドフリート侯爵が、こちらを睨みつける。
「暗殺の危険性については、また別の話だ。ハーフトラックとやらだけでも、かなりの貢献となろう。銃はやめておけ」
「暗殺に使われた場合、それを防ぐにはまず銃を知っておかなければなりません。それを知るには、作り、使い、発展させていく事こそ重要かと」
「そもそも使わせない事を考えるべきではないか?」
「お言葉ながら」
1度唇を湿らせてから、続ける。
「我々が使わずとも、いいえ、作らずとも。どこかで銃は作られ兵器として用いられるでしょう」
「……ストラトス家から情報が洩れて、ですかな?」
「それだけではありません。1から、別の者が開発するのです」
こちらの言葉に、グランドフリート侯爵は少し呆れた様子で首を横に振った。
「才ある若者にはよくある事ですが、優れた者はすぐ『自分に出来たのだから他人にも出来る』と考えてしまう。世の中はもっと凡人と愚者に溢れていると、知るべきですな」
「旧版の聖書」
クリス殿下の肩が、小さく跳ねる。
「ハーフトラック……自動車について、聖書に似た記述があります」
「そうですな」
「これは現在の聖書での事ですが……噂では、旧版の聖書には『神の国』の道具について多くの記載があるとか」
勇者教の腐敗。その一端として、父上が度々吐き捨てる様に言っていた事がある。
それが、聖書の書き換えであった。彼曰く、旧版と現在の物でその内容が大きく異なる箇所があるらしい。
旧版の聖書を父上も集めようとしたが、それはことごとく失敗に終わったそうだ。
「勇者教の神父達は、自分達が説明できない物。都合の悪い物。再現できない物に関して、隠すきらいがあります」
馬のない馬車に関して、彼らは『風の魔法の応用である。勇者アーサー程の魔法使いなら、鉄の馬車でも動かせた』と説明していた。
実際、鉄板を張り付けた馬車に帆を張り、数人がかりで魔法を使い動かすデモンストレーションをした事もあると聞く。
しかし、他にも聖書に書かれていた道具を再現しようとし、そして失敗したはずだ。
「クロノ殿。教会への批判はあまり……」
流石に形の良い眉をひそめる殿下に、頭を下げる。
「申し訳ありません。自分が言いたかったのは、既に銃の概念は聖書と共に大陸中へ広まっている可能性があるという事です」
「……旧版の聖書は、教会が回収し紙に戻していると聞きますが」
「それでも、全てではありません。実際、この帝城にも何冊か残っていると聞きました」
「うむ……実は、ボクの部屋にもちょっと……」
クリス殿下が、気まずそうに視線を逸らす。
たしか、アリシアさんのなんちゃってギャル口調も、旧版の聖書の影響だとか。
貴族や神職が使うには適さない言葉使いという事で、現在の聖書では消されたのだろう。
「敵がいつ、銃を開発してくるかわかりません。そして、それを暗殺に用いるかもしれない。であれば、我らが先んじて銃を作り、その戦い方と防ぎ方を研究するのです。それこそ、銃を使った暗殺を防ぐ最高の手段となるでしょう」
あえて、自信満々にそう言い切ってみせた。
まあ、本音を言うと。『暗殺への対抗策に最高なんてものはない』のだが。
21世紀という鉄砲を研究しまくっている時代でも、暗殺に使われている。それだけ、人を殺すのに特化した武器なのだ。
だが、『最高』という部分以外は嘘を言っていないつもりである。
自分とグリンダ。確定しているだけで、2人も転生者がいるのだ。これで他の転生者の存在を警戒しないのは、あまりに愚かしい。
別の誰かが銃を持ち出す前に、対策を研究する。そして、物を知るのなら作って使うのが1番だ。
自分は決して知恵者ではない。天才と自信をもって言えるのは、武力のみである。
だからこそ、多くの人間を巻き込んで知恵を絞ってほしいのだ。
「……それでも、リスクは消えんぞ。クロノ殿」
「承知の上です。しかし、痛みなくして変わる事など出来ないはず」
数秒程、侯爵と睨み合う。
クリス殿下が『あの、えっと』とか細い声を漏らす中、やがて。
「……一理ある、か」
グランドフリ―ト侯爵が、折れた。
「銃の生産を今更止めても、焼石に水の可能性もある。貴殿の言う通り、銃について理解を深めるべきかもしれませんな」
「ご理解感謝します。グランドフリート侯爵」
「しかし、製造と販売の管理はしっかりとせねばなりますまい。そこはどの様にお考えで?」
「その辺りは、クリス殿下にお任せしようかと」
いや、お任せするというのは建前で、思いっきりストラトス家が噛む事前提だけれども。
話を振られたクリス殿下が、瞳をキラキラとさせ始める。
「うむ!まずはこれまでの判例に沿って、特許の事をだな」
彼女の得意分野に話題が変わったからか、水を得た魚の様に元気を取り戻す殿下。
その話に、正直ついていくのがやっとである。
やっぱり、本物の天才には勝てんわ。
* * *
城での話し合いが終わり、一旦帝都での宿に帰る。
一部の貴族は帝都に別荘を持っているのだが、ストラトス家みたいな田舎貴族は当然そんな物ない。
そういう貴族は、親しくしている貴族の別荘に泊めてもらうか、貴族相手に商売をしている宿屋で部屋を借りるのが通例である。
自分の場合、殿下のご厚意でかなりランクの高い宿を借りる事が出来た。このクラスの宿だとワンフロア丸々使うのが当たり前らしく、最初来た時は冷や汗がドバドバ出たものだ。
ストラトス家もかなり儲けているが……やはり、帝都の豊かさにはまだまだ遠い。
絶対に、我が領地もいつかは帝都に負けない程に育ててやる。
「若様!若様、大変です!」
そう考えていると、騎士の1人がどたどたと駆けてきた。
「どうした、騒々しい。我らはこれから、若様をどこの店に連れて行って童貞を捨てるか検討するのだぞ」
「いや初耳ですけど?」
ケネスの発言に目を見開く。
そう言えば、侯爵からせっかく紹介してもらったのにまだ娼館に行けていなかった。
だが、家臣達にどの店で童貞卒業したとか知られるのは、流石に恥ずかしいのだが……。
「若様の童貞と同じぐらい大変な事が!」
「なんと!?誠か!?」
「人のデリケートな部分を物差しにしないでください」
「よ、4つの侯爵家と伯爵家から、若様に会いたいと使いの者が!」
「なんとぉ!?それは確かに、若様の初めてに匹敵する……!」
「いやどう考えても同列じゃないでしょう」
思いっきり格上の家々じゃねぇか。何を血迷って僕の童貞と並べて語った。
……いやまず童貞童貞言うんじゃありません。
「しかし、何故……?グランドフリート侯爵家の事でしょうか。それとも、ストラトス家の陞爵の事で?」
「い、いえ。それが……どうしても、直接お礼を伝えたいと」
「お礼?」
どういう事かと、首を傾げる。
若い騎士は、一呼はさみ。
「『血濡れの銀竜』殿に、命を救って頂いたと……使者からは、聞いています」
「あー……」
あの戦争に参加し、撤退していた家々か。
納得し、頷いた後。
「……え。僕、これから格上の家と連続で話さないといけないんですか?」
長男だからって何でも耐えられると思うなよ?
家としては、色んな繋がりを得られる最大のチャンス。されど、個人的には胃壁がゴリゴリと削れる時間の始まりである。
沈痛な面持ちで、ケネスがこちらの肩を掴んできた。
「若様」
「あの、ケネス。僕、正直もう色々と疲れて」
「お覚悟を」
「……はい」
この後、結局数日かけて10以上の侯爵家や伯爵家と顔を合わせた。目上の人に感謝されるって、それはそれで大変だよね。いやマジで。
夜な夜な帝都の最高級宿で、1人お腹を押さえて眠ったのは言うまでもない。
潤沢な魔力があったから耐えられた。魔力がなかったら胃に特大の穴が開いていた。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.クロノが経験した目上の人ラッシュって、どれぐらい緊張するものなの?
A.あなたは中小企業の中間管理職です。これから誰でも1度は絶対に名前を聞いた事がある大企業の社長や専務達と数日間絶え間なく会って、絶対に失礼のない様にしてください。もしも不手際があったら、1回ごとにあなたの身代わりとして部下の首が何人かとびます。下手すると自分の会社自体やばいです。
って感じですね!