第四十二話 シャルロット様は一途
第四十二話 シャルロット様は一途
無事に敵を撃破し、馬に乗っていた4人の内3人を捕縛して帝都に向かう。彼らのごうも……尋問は、帝都にて専門家に任せる予定である。
全員を捕虜にせず済んだ……と、安心するのは、流石に良くない事なので口には出さないでおいた。
「なるほど。それが噂に聞く『銃』という物ですのね?」
自分とアリシアさんはシャルロット嬢の馬車に乗せてもらい、移動している。
その中で、彼女はソードオフショットガンを興味深そうに眺めていた。無論、弾薬は抜いてある。
「はい。火薬という黒い粉を使い、鉛玉を高速で発射する武器です」
しかし、やはり噂になっていたか。
元々、ストラトス家周辺の貴族にはある程度情報が漏れていたのは想定済み。そこから更に、オールダー王国、4家、そして帝都の戦いで使っている姿を目撃されているのだ。
戦争ばかりの物騒な世の中だからこそ、こうした『新しい武器』の情報に対して皆敏感である。
それをきちんと理解できるかは、別として。
「便利ですわね。しかし……これは、魔力を使わないのでしょう?少々、優美さに欠けるのではなくって?」
シャルロット嬢の言葉を選ぶ様な目の動きからして、本気で『優美さ』など考えていないのがわかる。
彼女は、『貴族や騎士以外が使える武器は統治の邪魔』と言いたいのだ。
戦国時代でも、一揆側が火縄銃を使った事もあったと聞く。徳川は江戸時代、武士達に対し銃規制を行ったとか。
それだけ、鉄砲は統治の障害になり得る。
「ええ。そうかもしれません。これは、平民の武器というのをコンセプトに作りましたから」
「しかし、それでは……」
「ご懸念は当然の事。ですが、これに貴族が使うに相応しい『威厳』もあるのです」
ニッコリと、シャルロット嬢に笑ってみせる。
「この銃という物は作るのが意外と手間なのです。そして、管理も」
「まあ、では……」
「ええ。『貴族の武器として、相応しい部分がある』でしょう?」
平民が、貴族や騎士の目を掻い潜って反乱に必要な分を揃えるのは難しい。
黒色火薬の製法がわかったとして。銃の構造も、クロスボウと似た物としてある程度理解したとして。
雷管の製造はその上の難しさがあり、そして数を揃えるだけの設備や物資はそう簡単に用意できない。
もしも用意できたのなら、その動きを察知するのは難しくないだろう。
……まあ、騎士に裏切り者が出たら別だが。
「それでも、今後の戦場ではこういった武器が増えるかもしれないのでしょう?そうなれば、戦場跡で拾い集める者や、貴族が貸し与えた武器を失くしたふりをして売り払う兵士もいるのではなくって?」
「勿論、そういった可能性もあるでしょう。しかし、銃と火薬はきちんとした手入れをしなければ使い物になりません」
黒色火薬は平民でも作れるが、作り方を知っていても製造に年単位で時間がかかる。家畜小屋の土を使ったとしても、その補充には結局何年も必要になるのだ。
帝国やその周辺国、意外と湿気があって天然の硝石塚は出来づらいのである。そして彼らには、転生者御用達のハーバーボッシュ法がまだ存在していない。
あれを再現した魔法、未だにうちの騎士どころか父上でも上手く使えないのだ。電気や圧力の概念すら出てきていない今なら、平民どころか並の貴族でも大量に用意するのは難しい。
それでも、年単位で準備をして……という事はあるだろう。銃の方も、並行してどうにか集めるかもしれない。
「それらの問題をクリアしたとしても、銃の真骨頂は数を揃えての一斉射。ならば、より多くの銃を、より性能の良い銃を持っていた方が勝ちます」
「……たし、かに?」
一揆側に準備する時間があるのなら、大抵の場合領主側にも準備期間は存在するのだ。
というか、反乱対策も出来ない貴族とか周囲から笑われる。
戦国時代、江戸時代と平民が銃を持つ事はあったが、それだけが理由でひっくり返される事はなかった。
明治維新に関しては、アレは銃よりも別の要因が大きいだろう。
「貴族の財力と動員力あってこそ、銃は輝くのです。平民の武器というのが主ですが、装飾を整えてやれば貴種が使うに相応しい武具でもあるのですよ。槍や盾がそうである様に」
自分が持ち歩いている散弾銃は、わざわざ模様を彫り込んで特別感を出していた。
これは父上とケネスが『貴族が持つのなら』と言ってきたからだったが、こういったプレゼンで役立つとは。年長者の言葉は聞いておくものである。
「むぅ……」
散弾銃をじっくりと眺めまわすシャルロット嬢。どうやら、銃自体への忌避感は薄いらしい。むしろ興味津々な様子で、時折感嘆の声さえ出ている。
まあ、色々と銃の売り込みをしたわけだが。
「そう難しく考えないでください。ストラトス家の銃が帝国貴族の皆様に広がるがどうかは、クリス殿下次第なのです。我らが今アレコレ考えても、仕方がありません」
販売するのなら、『殿下経由』だ。
シャルロット嬢の様に、教養のある者なら銃の危険性はすぐに浮かぶ。偶にアレな貴族もいそうだけど。
だからこそ、クリス殿下……陛下となるあのお方の、後ろ盾が必要である。
やはりというか、彼女を支えるのがストラトス家としては1番な様だ。銃を滅ぼそうと思う者。奪い取ろうとする者。そういった存在に対して、皇帝の名は強力な抑止力となる……はず。
少なくとも現子爵家、そのうち伯爵家のストラトス家単独よりは、余程良い。
この世界、一応『特許』に近い物がある。勇者教の教会が世に出した、『メイド服やバニースーツ』がその産物だ。
彼らはこれらの勇者アーサーが遺した物を世に広めると共に、権利を主張している。各地の服屋がそういった服を売る際には、教会に許可を得て『勇者様への感謝』を捧げないといけないのだ。感謝と書いてお金と読む。
法律というのは、前例やそれに近い物があると意外とスムーズにいくもので、彼らの特許に倣い新しく開発した魔法に貴族が特許申請をする場合がある。
まあ、前世の21世紀日本ほどきちんとした法整備もなければ、倫理観も違うので無許可の模倣は横行しているのだが……あるかないかでは、大きく違うはずだ。
「そ、そうですわね。ワタクシはあくまで侯爵の娘であり、クリス殿下の婚約者。あまりこういった事にとやかく言うのはお門違いでしたわね。おほほほほ」
誤魔化す様に笑うシャルロット嬢に、こちらも営業スマイルを維持する。
そう言えば、貴族令嬢がこういった話に食い込むのはあまり良くないという風潮があるのだったか。
魔力によって貴族の男女で戦闘能力に大きな開きはないのだが、それでも出産等のアレコレで『男児が家を継ぐもの』という考えが主流である。
だからまあ、統治とかに女性が表立って口を出すのはよろしくないとされていた。勿論、ケースバイケースだし、当主不在の時は妻が代理で領地を取り仕切ったりするけど。
何にせよ、前世の価値観が残る自分としてはどうでも良い話である。
「どうぞ、何でもご質問ください。秘伝としてお答え出来ない部分はありますが、可能な限りお答えします」
「……クロノ様は、変わっていらっしゃるのですね」
「そう、でしょうか?」
いくらクロステルマン帝国とは言え、雄叫び上げながらメイス振り回す令嬢ほどではないと思うが。
武芸を嗜む令嬢は少なくないとは言え、あの咆哮と破壊力はちょっと引く。
「女が政治や軍事に口出しするな、という殿方ばかりなのに。貴方は嫌な顔1つしないのですね?」
「そうですね……実際、特に嫌ではないので」
殺し合いと頭脳労働に、老若男女は関係ない。長く高い地位にいてもダメな人はいるし、逆に若くして頭角を現す者もいる。
ただ、体の出来上がり具合や経験というのはバカにならない。大抵の場合、体が大きい方が強いし、経験豊富な方が良い結果を出せる。
結局の所、『人による』のだ。それなのに最初から性別で否定するのは、勿体ない。
「別に他の人のそういう意見を否定する気はありませんが、自分は貴女がこうして質問なさる事を嫌いません。むしろ、好感すらもてます」
「こ、好感ですの?」
「はい」
興味を持つのは良い事である。それが、他人が知られて困る事だとかなら別だが、自分はむしろ銃を売りたい立場だ。
先ほどの『特許』の考え。アレは、勇者アーサーではなく彼の弟子達の提案である。
転生者が『カンニング』で知っている事を、この世界で生きている人達が思いつかないなどと言う事は決してない。
銃として、自分達が作らなくともいずれ誰かが広めていただろう。
ならば、最初に作ったという立場だけでも手に入れ、地盤を作るのだ。
自分自身の為にも、ストラトス家の為にも。
まあ、そうでなくとも純粋な知識欲を持っている人は凄いと思っている。そういう人達が、新しい技術を作っていくのだろうし。
だがこの人は、ただ興味本位でアレコレ質問したわけではないだろう。
「それに、シャルロット嬢は殿下の為に銃の事を知ろうとしたのでしょう?それを嫌うなど、有り得ません」
こちらの言葉に、彼女は小さく息を飲んだ。
「良き妻となろうと、努力しているのでしょう?素晴らしい事です。自分は、貴女のそういった姿勢を尊敬します」
「そ、そんな、ワタクシは……」
「貴女の様な女性を妻に出来る人は、幸せだと思います。誰かの為に頑張れる人は、素敵ですから」
……問題は、殿下が女性という事を、この人が知らない事なのだが。
その辺の事は、クリス殿下と侯爵家でどうにかしてほしい。流石にそこまでは知らん。
と、考えていると。
「危ないワタクシ!」
「シャルロット様!?」
突然自分自身に鉄拳を叩き込んだ侯爵令嬢。え、なに?なんなの?
躊躇なく額に拳を叩き込んだシャルロット嬢が、汗でも拭う様にその細い顎を手の甲でこする。
「あ、あぶねーですわ……!殿下の婚約者ともあろうものが、不覚にも他の殿方にときめいてしまうだなんて……ちょっと窮地を救われつつこちらの面目も気にしてくれて、なおかつ努力を認められたからと言って……ワタクシ、そんなチョロくなくってよ!」
「い、いや。そういうの良いので、額から血が……」
拳の勢いがあり過ぎて、彼女の額から結構派手に血が出ている。
「ああ、顔を近づけないでくださいまし!この胸の高鳴りは気のせい!あるいは心臓の病なのですわ!殿下一筋!それがワタクシ!誤解なさらないでくださいませ!」
「治療をさせてください!誤解されます!暗殺者として!」
「うおおおおお!クリス殿下、らぁああああぶ!!ですわ!」
「ちょっと黙ってくださいますか!?傷口が広がります!」
なお。
「いやー……大変っすねー」
アリシアさんは『周辺の警戒に集中するっす~』と言って馬車の窓から外を眺めていて、ここまでほぼ無言であり、今も特に助け舟を出してくれる様子はなかった。
お前本当に後で覚えていろよ?
──後日、黒髪ポニテ似非ギャル女騎士が、銀髪無表情女騎士に地獄のマラソンをさせられたのは言うまでもない。
ざまぁ。
読んでいただきありがとうございます。
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『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』の外伝も投稿しましたので、そちらも見て頂ければ幸いです。
おかしい……本来ならもう帝都に帰還して殿下がシャルロット嬢にさばおり食らっていたはずなのに、それが次の話になっている……。
筆が乗るって、怖いですね。