第四十一話 捕縛
第四十一話 捕縛
作戦……と言うにはあまりに大雑把な内容ではあったが、段取りを話し合った後街道に出る。
シャルロット嬢の手勢は治療した者を含めて20人にも届かない。おかげで、馬が馬車を牽いているのを含めて4頭しかいない状態でもそこまで移動速度は遅くなかった。
日が暮れる前に街道へ出て、土魔法で簡易的な壁や堀を作っていく。
これでも領地では魔法の練習がてら、土木工事に精を出していたのだ。出力の高さもあって、瞬く間に陣地は出来上がる。
形は、ただの正方形。誰がどう見ても急造の守りだ。土壁の高さや厚さも、魔法を数発受けたら容易に人が通れる穴ができる。
それでいい。自分達は防戦をしたいのではない。攻勢に出るのだ。
「本当に、敵は来るのかしら……」
シャルロット嬢が、不安そうに自身の頬に手をあてる。
もう片方の手でしっかりメイスを握る彼女に、小さく頷いた。
「恐らくは。相手にとっても、最初の襲撃が失敗したのは想定外だったでしょう。伝令の馬を逃がしてしまった以上、いつ援軍が来るか気が気でないはずです。あるいは、既に自分達の姿を目撃しているかもしれません」
「本来なら撤退したいでしょうが、部隊を再編して追撃してきたあたり相手にも引けない理由があるのでしょうね」
仕事モードに入っているアリシアさんが、こちらの言葉に続く。
「時間は我らの味方です。もしも相手が攻めてこないのなら、その間に殿下の親衛隊や侯爵家の援軍が到着します」
「ストラトス家の兵士達も、到着するかもしれません。そうした事態は相手も避けたいはず。であれば」
「今日中……遅くとも夜明けまでに仕掛けてくる……という事ですわね」
メイスを両手で握り直し、ふんすと鼻息を出すシャルロット嬢。
「上等ですわ!今度こそ我がメイスで捻り潰してごらんにいれましょう!」
「いえ、貴女は前に出ないでください」
「何故ですの!?」
「それが貴女の仕事だからです」
ちらり、とグランドフリート侯爵家の騎士達に視線を向ける。
「貴族には貴族のメンツがある様に、騎士達にもメンツがございます。どうか、それを考えてあげてください」
「っ……!」
驚いた様に、目を見開くシャルロット嬢。
同じく目を真ん丸にするアリシアさん。今真面目に話しているので、その顔面静かにしていてください。
僕はきちんと考えた上で突撃していますし、騎士達にも仕事を与えているでしょうに。
「シャルロット様……我らを頼りなく思うお気持ちはわかります」
「しかし、どうか名誉挽回の機会を……」
そう言って、シャルロット嬢に首を垂れる騎士達。
彼らにもプライドがある。そして、下士官として現場で働く事もある騎士達にとって、兵士達の前でそれが主家によって傷つけられるのは大問題だ。
上官の言う事を聞かない兵士が増えてしまう。そうなれば、勝てる戦も勝てない。
「ワタクシ……本を読んだだけで戦や統治の事をわかっていた気になっていましたわ」
一度彼女は目を伏せた後、キッと前を向いてメイスを掲げる。
「よくってよ!我が騎士達よ、我が兵士達よ!このシャルロット・フォン・グランドフリートに、その武威を見せてごらんなさい!」
「はっ!」
「おおおおお!」
騎士達も兵士達も、士気は十分。相手の数も半数以下であり、怪我人も出ているはず。これなら負ける事はあるまい。
メンツ、メンツと言っているが、今この時は『侯爵家のメンツ』を重視したかった。
グランドフリート侯爵家は、クリス殿下派閥の重鎮。それが『娘1人守れなかった』とあっては、クリス殿下の名に傷がつく。彼女を後ろ盾にしたいストラトス家としても、それは避けたい。
ここは、『ストラトス家と殿下の親衛隊が援護し、グランドフリート侯爵家が主力となって敵を討つ』……というのが、ベストである。いや、最良はそもそも彼らだけで襲撃者を片付ける事だったのだが。
たぶん。恐らく。メイビー。
まだまだ、政治や軍略の事はわからない事だらけだ。内乱と他国との戦争が終わったら、またきちんと屋敷で学ばないと……。
何年後になるのやらと、ため息が出そうになるが、この雰囲気に水を差すまいとどうにか堪える。
「シャルロット様。そしてグランドフリート家の騎士の方々。自分とシュヴァルツ卿は援護に回ります。シュヴァルツ卿も、それでよろしいですか?」
「無論です、クロノ殿。グランドフリート家の戦い、見させて頂きましょう」
「ええ!我らの働きぶりを、ご覧ください!」
自分達はあくまで支援だ。万が一シャルロット嬢にまで攻撃が来た時や、敵を逃がしてしまいそうな時への備えに徹する。
手持ちの武器は、シルベスタ卿が行く時に渡してくれた直剣。それと、護身用に持ち歩いている腰の水平二連散弾銃。
前者は名剣ではあるが、魔剣と違い自分の全力に耐えられない。後者は携帯性を上げる為に銃身を切り詰めているので、射程が短い。弾は、散弾と一粒弾をそれぞれ装填している。
さてはて。これで上手くいってくれると良いのだが……。
などと、思っていたら。
「敵襲!」
相手は、自分達の予想以上に焦っていたらしい。
周りを囲う壁より少し高く積み上げた土の上に立ち、見張りをしていた兵士が叫ぶ。
「北西から、こっちに向かって来ています!数は……13から15!」
「こっちもです!南東から、接近してきます!数は同じぐらい!」
どうやら、部隊を2手に分けて攻めてきた様だ。自分も土の物見台に上って確認すれば、馬はそれぞれ2頭ずつ。あの4人の誰かが魔法使いか。
こちらが森から出て防御陣地を築いたのを見て、慌てて飛び出してきたのか……あるいは、この急造っぷりに防壁を作る前なら落とせると考えたか。
どちらにせよ、それは考え違いである。
「者ども、行くぞぉ!」
「おおおお!」
賊に扮した敵部隊が、堀から少し離れた所……壁から40メートルほどの位置で止まり、クロスボウの矢や投石を放ってくる。
それで牽制している間に、馬に乗った男が2人呪文を唱え始めた。
なるほど、魔法使いは2人いたらしい。元貴族か騎士かは、知らないが。
状況を観察しながら、自分に飛んでくる矢と石を打ち落とす。壁の内側では、侯爵家の部隊が申し訳程度に投石で反撃しつつ、街道に放置していた荷車の残骸で作った即席の盾で攻撃に耐えていた。
そして、相手の詠唱が終わるより先に。
────ズゥン……!
魔法によって、北西の壁が崩された。内側から、外側へ。
「は?」
予想外だったのだろう。敵の魔法使いが、詠唱を中断してしまった。
土煙をあげて壁だった土が堀に流れ込み、若干へこんでいるが道となる。それを通り、グランドフリート家の戦士達が敵へと襲い掛かった。
「かかれぇ!」
「殺せぇ!」
「なっ」
「ま、まっ、ぎゃあああ!?」
まずは投石や矢の撃ち合いだと思っていたところへ、剣と槍が食らいつく。
相手は盗賊に変装する為か、まともな防具を持ち込んでいなかった様だ。鎧を着ているか否かは、接近戦において大きい。
それを、眼下の光景を見て実感する。
相手方も中々の練度でどうにか接近戦に切り替えたのだが、もう遅い。馬持ちも手綱を引いて移動するより先に、騎士達が囲んで叩き落した。
この騒ぎに、当然南東の部隊も仲間の救援に向かってくる。だがまあ、その部隊もたったの15人。
制圧射撃をしながら移動するには、数が足りない。銃の様に1発で鎧騎士を殺せる武器があったのなら、別だろうが。
対してこちらは、負傷者が万全の状態となって復帰している。壁内部に待機していた騎士が、まだ無事な壁の上に乗り上から魔法を発射。更に、近くの兵士が油壷を投げつける。
それにより、南東の部隊の中央から火の手が上がった。数人が火だるまになって悲鳴を上げれば、あの人数では統率をとるのは厳しい。
それでも。これがノリス国王なら……。
「くそっ!」
悪態をついて、無傷の馬持ち2人が逃げ出す。
────やはり、英雄でも怪物でもないのか。
その事に安堵しながら物見台から壁に飛び移り、ショットガンを構える。
有効射程は短いが、そもそも堀自体が埋める前提で狭く作ってあった。馬を走らせたばかりの背中は、まだ弾が届く。
────ドォォン……!
散弾を発射。魔法使い側の馬が、後ろ足を抉られて転倒した。それを見て、もう1人が馬を戻して助けようとする。
続けて、一粒弾の方を発射。乗っている人間を狙ったのだが、ちょっと逸れて馬の耳が弾け飛ぶ。
〈ひひぃぃぃん!?〉
「う、うわ!?」
痛みで暴れ出した馬と、それに慌てる乗り手。当然、彼らの元へ既にグランドフリ―ト家の騎士達が向かっている。
のんびりとリロードをしていれば、先に転倒した方の騎手……魔法使いが、剣を振るい騎士達を近づかせまいとしていた。
「この、どけぇえ!」
そう怒声を上げ、騎士達に斬りかかっている。それに対し、彼らは防戦一方だ。
なるほど、シャルロット嬢を圧倒したのは彼だろう。かなりの使い手だ。
だが、まあ。
「がっ!?」
近衛騎士程ではない。
飛んできた石を腕に受け、賊の頭目っぽい格好の男は剣を取り落とす。いつの間にか、隣にはアリシアさんがいて腕を振り抜いた姿勢だった。
「あーしも、戦闘に参加しといた方が良いかなって」
「……それもそうですね」
これはあくまで、『クリス殿下派閥が協力した戦い』なのだ。そんな会話をしている間に、騎士達が男の手足を切り裂いて動けなくしていた。
残りの敵兵士達も討ち死にか降伏。他に敵の伏兵がいるという事もなく、拘束が完了した。
つまり。
「勝ち鬨をあげなさい!」
「おおおおおおおお!!」
メイスを掲げる令嬢の言葉に、騎士や兵士が雄叫びを上げる。
作戦は、怖いぐらいに上手くいった様だった。その光景に胸を撫で下ろし、装填を終えた銃をホルスターに戻す。
「うぇーい!やったっすねぇ!クロノっち!」
「です、ね」
左手を上げてきたアリシアさんに、右手を掲げる。『ぱしーん』と子気味良い音をたて、ハイタッチした。
土壁から降り、被害を確認する。兵士に2人、騎士に1人負傷者が出たものの、魔法で治せる範囲だ。手早く治療を終え、シャルロット嬢の元へ向かう。
まあ、実を言うと。
この作戦、昔父上が敵に『やられた』策だったりする。
その時は小さいがきちんとした砦で、少数の敵部隊が立てこもり援軍が来る可能性は限りなく低い状態。そして、事前の策で砦内に食料もほとんどなかったとか。
これは勝っただろうと思っていたら、敵は内側から魔法で堀を埋めつつ、自分達で壁を外側に倒して足場にしたそうな。
出来上がった穴から騎兵が飛び出してきて、一緒に行動していた帝国軍の部隊が酷い被害を受けたらしい。
その時は父上が襲われている味方を囮にし、敵軍の将を横から魔法と槍で攻撃して勝利したそうだが。
ケネス曰く、『ふははは!マヌケめ!油断しているからそうなるのだ!』と、襲われている貴族に対し爆笑しながら敵の側面を父上は攻撃していたらしい。
あの人の戦争に関するエピソード……勉強になるけど、偶に人間性を疑う。
その後ケネスと父上の間で『アレは子供達に秘密って言っただろう!?』『教材としては素晴らしいではないですか!』と喧嘩が起きたのは、黙っておこう。
何にせよ、この勝利を喜ぶとして。
捕虜をつれて帝都まで行くの、滅茶苦茶面倒くさいな……。
救援に向かっておいて、侯爵家の令嬢を放置してさっさと帝都に帰るわけにもいかない。外聞が悪すぎる。
日帰りで帝都に帰る事は出来なさそうだと、小さくため息をついた。
いっそ、伝令役をかって出て一足先に帝都へ帰ってはダメだろうか……。
ハイテンションでメイスを掲げる令嬢がこちらに向かってくるのを見て、どうにか愛想笑いを浮かべる。
鉄砲の説明も、グランドフリート家の令嬢にはしておいた方が良いかもしれない。彼女の家には、場合によっては鉄砲を卸すかもしれないのである。
派閥って、やっぱ大変だなぁ……。
読んでいただきありがとうございます。
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