第四話 10歳。うろ覚え知識チートと魔法。そして転生者
第四話 10歳。うろ覚え知識チートと魔法。そして転生者
父上に転生者とバレた日から5年が経ち、10歳となった。
その間に、様々な失敗と成功があったものである。
まず、『コンクリートにより港が完成』。これにより、船を使う商人との取引が可能となった。
港自体の完成は、あれから2年後。自分が7歳の時に出来ている。これ程の短期間でそこまで漕ぎ着けられたのは、祖父の代から周辺地形の調査と比較的波が穏やかな位置を探していた事が大きい。
自分が作ろうとしたコンクリートは、いわゆる『ローマンコンクリート』という物である。21世紀で一般的に使われていたコンクリートは、この世界だと材料の確保が難しい。
ローマンコンクリートの主な材料は、水と生石灰。そして火山灰と小石などの骨材とされている。
だが具体的な比率はわからないし、石膏を入れた方が良いとも悪いともネットに書いてあった様な……。
と、大変うろ覚えな知識しか自分にはなかった。
ゆえに、ひたすら混ぜた。
小さな木枠を幾つも作り、そこに少量の材料をいれて試し続けたのである。そこまで人を割く事は出来なかったので、混ぜる作業と観察はほぼ自分が行った。
立地的に、材料の入手は難しくなかったのは僥倖としか言えない。
火山灰は隣の領に火山があったので、商人を通して仕入れる事が出来た。そして、海岸から石灰岩が採れたのである。
あとは石灰岩をどうやって1000度近くの炎で熱し、生石灰にするか。
薪を使ってというのは、厳しい。はげ山を量産する事になるし、何よりそこまで木材を採るのは魔物の危険がある。
かといって石炭はまだ見つかっていない。そもそも、探し方すら曖昧だ。泥炭や河川に混じった石炭を見つけて……というのも、現状では現実的ではないだろう。
なんか、明治政府だったか江戸幕府だったか。海外から御用学者を呼んで探しても、発見には年単位かかったと記憶している。ノウハウが一切ない状況からでは、かなり厳しい。
何より、ここでも魔物の危険が出てくる。騎士や父上で探すにはマンパワーが足りず、かといって平民を使えば魔物で大量に死者が出るかもしれない。ままならないものだ。
そこで、魔法の炎で熱する事にしたのである。
自分1人でその作業までするのは難しいし、父上には他の仕事が山ほどあるので、どうにか騎士達を説得して手伝ってもらった。
最初は『騎士が魔法でその様な事を』と難色を示されるかと思ったが、意外なほどすんなりと手伝ってもらえたのは予想外である。
だが、理由を聞けば納得した。この世界、騎士や若手貴族が戦場では工兵を担う場合もあるらしい。なので、こういった作業への拒否感はないそうだ。
そうして生石灰を用意し、色んな比率を試しながらぶち込んだのである。
……初回、うっかり何も考えず海水ぶっかけて火傷しかけたが。生石灰に水をかけると発熱するの、素で忘れていた。
何はともあれ、半年近くの試行で『この世界初のコンクリート』の作成に成功。
後はとはひたすら土魔法と人力で整地を行い、そこをコンクリートで覆った。更にはテトラポット擬きも配置し、打ち付ける波への対策をした……らしい。
実際の工事現場には、危ないという事で行けなかったのである。特に父上の反発が凄かった。
何はともあれ、自分が7歳の頃には港が出来上がったのである。
『これは親子3代で築き上げた物だ』と、父が周囲に喧伝しまくったのは言うまでもない。
なお、コンクリートの知識については『僕が泥遊びしていて偶然見つけた』と家臣達には説明したとの事。
個人的には、父上が何かしら書物を見つけたとか、思いついた事にしてもらって良かったのだが……。というか、結構無理のある説明では?まあ、流石に『クロノ様は勇者様みたいに転生者!』なんて、本気で考える人も少ないだろうけど。
何はともあれ、港が出来て終わりではない。漁師の育成や、別の領から引き抜き。あとは船を使う商人を呼び込む等、やる事は大量である。もっとも、成人もしていない自分に手伝える事はないが。
また、コンクリートで出来上がったのは港だけではない。領内の水路、及びため池もその恩恵を受けている。
これにより、作物の出来が良くなるかもしれない。数年後には、領内を水路で移動する事も可能だろう。
何なら河川ではなく陸。道もコンクリートで作るかと父上から提案があったが、それは保留となった。流石にそこまでやるのは、人手が現状だと足りない。
ローマンコンクリートとは言え、メンテナンスが必要ないわけではないのだ。鉄筋を入れていない分多少は亀裂が入りにくいが、その分強度が劣る。手が回らない程の建設は、辞めた方が良い。
え?鉄筋入れなかった理由?予算。
これと並行して試みていた取り組みは、『肥料関係』である。前世で別に農業関連の仕事をしていたわけでもないので、これもにわか知識だ。
取りあえず、『窒素・リン酸・カリウム』が大事な事は知っていたが、具体的に何をどうするのかはよく覚えていない。
だが、窒素以外は比較的簡単であった。というのも、帝国の沿岸部には『糞石』の溜まり場が多いのである。
帝国がここまでの大国になったのは、この影響も大きいとアレックスの授業で聞いた。飯が多いという事は、人も増やせるという事である。
糞石は凄い。たしか、リンとカリウムを含んでいる。ただし、帝国の場合言うほど乾燥していないので、窒素は溶けだしてしまったと考えた方が良いだろうが。
ただまあ、帝国では糞石は日干しして砕いて撒くだけ、というのが主流らしい。
誰もそれ以上手を加えようと思わなかったのかと疑問を抱くも、父上曰く『帝国貴族はその辺りあんまり考えないし、平民はそれを試す余裕がない』との事。
貴族達は農民から徴収すれば良いとしているし、農民は実験とかする時間も資材もない。
収穫高が増えた方が貴族も儲かるのだが、帝国は基本的に『戦争して勝った方が豊かになる』という国である。歴代の皇帝陛下も、権威の維持の為に戦争の方に注力していた事が大きい。
そして平民というか農民達も、年貢でとられる以上は自分達が食べる分と、馴染の商人に売る程度しか作ろうと思わないのだ。
彼らが怠け者なのではなく、基本的によほどの大量生産が出来ないと貯金すら出来ない様な環境だからである。そして、そんな大量生産が出来るのは一握りの地主ぐらいだ。
閑話休題。というわけで、熱した。糞石を、魔法で。
他にも酸を用意してそこに漬けたり、加工してから畑に撒いたのである。ただし、いきなり父上の名で領内の畑全てに撒くわけにもいかない。実験をしてからだ。
屋敷の裏庭と、比較的新しい畑を持つ農家に報酬を払って試験場にしたのである。比率や、熱する時間。酸に漬ける時間。色々とわけて。
これが実を結んだのは、自分が8歳の頃。
その頃になると、糞石だけではなく動物の骨や、港で獲れ始めた小魚なんかも試験場には撒いておいた。
特に、小魚や毒のある魚、保存に向かない魚を発酵させた魚肥には期待している。なんか……良い感じにリンとか窒素とか含んでいそうだし。
他には、収穫後の畑に石灰を撒くなんて試みもやっている。酸性によった土を、アルカリ性で中和すると、前世で聞いた気がした。
糞石と小魚により、肥料問題は一時的に解決したと言える。コンクリート水路の施工も相まって、去年の収穫高はかなりのものだった。
山や森以外の土地なら、平民を普通に運用できるのが大きい。いや、動かしているのは父上だけれども。
あとはこの儲けを平民に上手く還元していけば、経済は今以上に回りだす。そうすれば、税収も更に上がる……と、良いなぁ。
だが、これはあくまで一時しのぎに過ぎない。
そうしてうちの税収が増えれば、当然他の領地も真似するはずだ。人の口に戸は立てられぬ。絶対に情報は洩れると考えた方が良い。輸入でどうにかするのは、厳しいだろう。
魚肥の方だって、常に安定して確保できていない。そもそも、まだ出来たばかりの港で漁師だってほとんどいないのだ。魚肥の生産量は、現状糞石に比べてかなり少ない。
そしてストラトス家の領地だけでとれる糞石など、そう長くはもたないだろう。であれば、やはり『化学肥料』を考えなければならない。
そう。みんな大好き、『ハーバーボッシュ法』である。ハーバーさんとボッシュさんがめっちゃ頑張った、アレだ。
が、これに関してはそう簡単に上手くいくわけもなく。
まず大前提として、自分の知識がうろ覚え。スマホ片手に疑問点は調べられた前世と違い、今はこの頼りない知識しかない。
次に、『圧力をかける為の容器』。そんなうろ覚えの知識でも、空気に強い圧力と熱を与えるというのは頭に残っていた。触媒にはプラチナが良いと前世に漫画だったかアニメだったかで視た記憶があったので、家の蔵にあった白金の短剣を使用。
この短剣を触媒に使う事に関して、アレックスとケネスが凄い顔をしたのは……うん。見なかった事にした。
だが、肝心の圧力に耐える容器が手に入らなかったのである。多少製鉄技術が進んだ世界だろうと、前世の近代にも届いていない。実験に使える予算も限られている以上、試行回数でカバーだとか、帝都から一流の製鉄職人を呼ぶなんて事は出来ないのである。
一旦、前世の方法でハーバーボッシュ法を再現するのは諦めた。ならば、今度は魔法である。化学肥料ならぬ、魔法肥料だ。
これを行うには、複数の魔法を同時に発動させねばならない。しかも、互いの力が他の力を押しつぶさない様に注意を払ったうえで。
結論。僕は出来たけど他の人は無理。
この体、びっくりするぐらい魔法の才能に溢れている。父上曰く、勇者アーサーもそうだったとか。もしかしたら、転生のメカニズムが関係しているのかもしれない。
何はともあれ、アンモニアっぽい物は作れた。作れたけど……。
我、嫡男ぞ?やる事が……やる事が多い……!
所詮魔法など個人技能。大量生産を目指すには、正直厳しい。いや、生石灰と土木工事では十分役立っているんだけどね?ここまで複雑なのだと、職人芸に等しい。
本当は、肥料だけではなく『火薬』の為にもアンモニアはガンガン作りたかったのだが……これも、保留するしかなかった。
現在は衛生管理も兼ねて、領内に公衆トイレの設置と回収人を任命。ここまでの実験過程で手慰みに作った『石鹸』を配布する事で、感染症に対策していきたいと思う。特に回収人はキャリアーになり易いので、要注意だ。
肥料と平行してやる予定だった『火薬の製造と実験』に関しては、領民達と家畜の糞尿が頼りである。農業改革して、どうにか人を増やさないと。飯があれば、人は増えるはずだ。
人が産まれて、成長するまでにかなりの時間はかかるけども。いずれ、ストラトス家の領地を繁栄させる事になる。
……いや、まあ。増える目途は立っているんだけどさ。予算含めて。
その答えは、現在向かっている場所。伯爵家の領都にある。
この世界だと、10歳で一人前。15歳で成人だ。勇者教にて15歳が成人とされているが、大抵働き始めるのは10歳からである。
前世で21世紀の日本に住んでいた身としては『早くね?』とも思うが、江戸時代とかもそんなもんだったしなぁ……。
何はともあれ、まずは周辺で1番偉い人こと、伯爵家に挨拶へと馬車で向かっている。振動で尻が痛い。魔力がなかったら、絶対尻の皮が大変な事になっている。
そのついでに、『商品の売り込み』に来たのだ。
この5年間で作ったのは、コンクリートや肥料だけではない。少ない予算をやりくりし、父上の助けも大いにあったものの、どうにかやり遂げた事もあったのだ。
転生者の必須知識、『ボーンチャイナ』の磁器と、『クリスタルガラス』である。
海沿いかつ、山と森に囲まれた領地で良かった……!動物の骨も、ケイ素も比較的簡単に手に入る。
大量生産はできていないが、白い磁器と透明なガラス製品がまだまだ貴重な世の中だ。高く売れるに違いない。
港が出来たのも大きかった。陸路では今やっているみたいに、箱に大量の緩衝材をいれてじゃないと割れてしまうリスクがあるが、船を使えばもう少し楽になる。
現在進めている『蒸気機関』が実践段階までいけば、河川を使い輸出も可能だ。まだまだ先は長いが、自分が20歳になる頃にはあるいは……。
驚くほど順調だ。これも、父上の多才さあっての事である。
自分の拙い説明や図を、『こういう事か?』と言いながら容易く形にしくれるのだ。
前世知識で下駄を履いている僕とは違う、本当の天才である。
まあ、それはそれとして。
「クロノ、どうだった?俺の家族愛をつづった曲は」
「すごくすてきでしたよ」
これさえなければなぁ……。
何故、馬車に揺られながらこんなにもつらつら5歳以降の事を思い返していたか。
それは、移動中暇だろうからと父上が自作の曲を歌い始めたからである。わざわざハープまで持ち込んで。
辛い。美声と聞き惚れる様な演奏から繰り出される、クソみたいな歌詞がマジで辛い。
出発前、同行してくれるケネス達が絶対に同じ馬車には乗らないと言っていた意味が、1日目で理解できた。
貴様ら、次期当主を生贄にしたな?後で覚えていろよ……!
「ふっ。やはりクロノにはわかるか。この歌詞の素晴らしさが」
「……素敵な歌声と、演奏でした」
「おいおい、そう褒めてくれるなよ。照れてしまう。なら、次の曲……『俺と娘と息子の愛愛愛愛アイランド』を聞いてくれ」
誰か助けて。この人家族が関係すると途端にIQが半分以下になるの。
父上には本当にお世話になっているので、姉上みたいに無言で右ストレートを放ちづらい。まあ、姉上の拳をノーガードでくらっても父上にはノーダメージなのだが。
そんな祈りが通じたのか、馬車の扉がノックされる。
「お館様。伯爵家の領都に到着しました」
「む。良い所だったんだがな」
助かった……!
ちらりと外を見れば、領都は高い城壁に囲われており、門の前には長蛇の列が出来ている。
だが流石は貴族といった所か、その行列を横目に門へと直行するうちの馬車。門番と軽く言葉を交わし、父上の顔と名前、そして簡単な荷物のチェックだけで中に入れた。
そうして門をくぐった後。
「では、まだ伯爵の屋敷まで時間があるな。曲の続きを……」
地獄が再び始まるかと思ったが、父上の表情が変わる。
ハープを置いたかと思えば、隣に立てかけていた剣を手に取ったのだ。
「え、父上?」
「ここで待っていろ、クロノ」
そう告げて御者に馬車を止める様に伝えた後、父上は真剣な顔のまま降りてしまった。
どうしたのかと、開かれたドアから顔を覗かせる。護衛の騎士達も、彼の様子にただ事ではないと警戒を強めた。
「待て、このガキ!ぶっ殺すぞ!」
そこへ、物騒な声が聞こえてくる。
どうやら、こちら……というか門に向かって走ってくる子供がいる様だ。
大柄な男に追いかけられているその子供は、ボロボロの服を纏っている。栗色の髪も土に汚れ、ぼさぼさだ。肌も垢だらけである。
背丈からして、自分と同じぐらいか。体の丸みから、恐らく女の子だろう。
突然身なりの良い大柄な男が剣を持って立ち塞がった事もあって、その少女も追いかけていた男も急停止した。
「こ、これはもしや、貴族様で?も、申し訳ありやせ、ありません!さっきの言葉は、そこのガキに言った事で」
「動くな」
真っ青な顔をする大男に、巻き込まれまいと距離をとる周囲の人々。そして、どこへ逃げようかと視線を巡らせている少女。
そんな空間に、父上の氷の様に冷たい声が響く。
「す、すいやせん!け、決してあっしは」
「お前じゃない。そこの娘に言っている」
慌てて土下座する大男に一瞥すらせず、父上の目は少女にだけ注がれていた。
剣の柄には右手が添えられており、騎士達も臨戦態勢になっている。門を守っている伯爵家の兵士達も、何事だと槍を手に近づいてきていた。
それらの視線を浴びて、少女は驚いた顔で父上を見る。
「あ、え」
「これ以上こちらに近づいてみろ。『魔法を使う前に』その首を刎ねる」
いったいどうしたのかと、自分も少女を注視してみた。
……え、なにあの魔力量。
既に単純な量だけなら既に父上も超え、子爵家でも歴代最高と言われている自分と、同等の魔力をもっている。
あの少女はただものではない。いったい……。
『くっそ……!』
少女が、小さく悪態をついた。
それは、この世界の言葉ではなく。
『どうして私がこんな目に……!』
「……は?」
まぎれもなく、日本語であった。
読んでいただきありがとうございます。
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前作、『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』の外伝も投稿させていただきました。よろしければそちらもお願いいたします。