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第二章 エピローグ 下

第二章 エピローグ 下




サイド なし



 ストラトス家邸宅。その執務室にて、当主であるカールは部下達の報告を聞きながらペンを走らせていた。


「グレイス男爵家の去年の税収を纏めてきました。ご確認お願いします」


「わかった。そこに置いておいてくれ。それとこれをウィリアムに。大雑把にだが、どれぐらい絞れるかの予想だ」


「お館様、マチルダ女男爵から面会の要請がきています」


「3日後の昼頃にと伝えておけ。余計な噂は避けたい。夕方から夜間にかけては絶対に会わん」


「吸収した領地の村々へ出発するハーフトラックが用意できました」


「よろしい。順次出発、ストラトス家に入った『祝いの品』を振り撒いてこい。最初が肝心だ」


「アイオン伯爵から使者が来ました。各領地からの即時撤退をする様に言っています。また、話し合いの場を設けたいそうです」


「遅かったな。この書状を使者には渡しておけ。俺が会う事はない。そろそろ帝都の情報を伯爵も手に入れているはずだ。風見鶏をするにも、才覚はいるのだと教えてやる」


 ここ10日間ほど、ストラトス家では似た様な光景が続いている。


 戦争は、始めるよりも終わらせる方が大変であり、それ以上に終わらせた後が大変なものだ。


 カールは帝都へクロノ達を送り出した後、占領した領地の騎士達に『今従うのであれば、現在の役職を続けさせよう。また、滅ぼした主家の者達を処刑せず教会に送る』と通達した。


 砲弾を数発ほど撃ち込んだ後のこれに、大半の騎士が首を縦に振り、横に振った者の首は現在各領地の広場でインテリアになっている。


 彼らから重要な書類を提出させ、日頃真面目に記録をつけているかのチェックと、今後の運営についてカールは領地に残った部下達と検討を重ねていた。


 その上で、兵士達には占領地の村々への略奪は一切禁止する様厳命。むしろ、ストラトス家の食料備蓄庫から祝いの品としてある程度の食料と酒を振舞う事が決定した。


 大きな戦争に負けた後という事もあって、ストラトス家に攻め込んだ貴族家達はかなり重い税を領民達から絞ったばかりである。


 ここで、『別のお貴族様が領主になったから、また税をとられる』と考えられては反乱されかねない。帝国では、というかこの大陸では新領地では各村から『忠誠の証』として厳しい徴収が行われるのが常であった。


 今大規模な反乱が起きては、対処しきれない。ならばと、カールは家の倉を開ける事にした。


 新領地を新しい市場兼労働力にする為にも、ストラトス家への信用を得たかったのも大きい。


「アレックス。商人達の集まり具合はどうだ」


「はっ。午前中に新しく3つのキャラバンが領地に入り、銀行を訪れました。現在は口座の開設について検討中との事です」


「わかった。積み荷のチェックと、魔力量の確認を怠るなよ」


「はい」


 また、ストラトス家は『銀行』に関してある発布をしている。


 この銀行は、21世紀のソレとは違い、投資もなければ利子もない。ただただ巨大な『貯金箱』としての役目しかなかった。


 ただし、ストラトス家が守る貯金箱である。


 商人達にとって、貴族とは基本的に厄介な存在だ。


 領都に店を構えたは良いものの、少しでも懐が寒くなると『借りに来てやった』と言って強引に金庫を漁り、平気で踏み倒すのである。


 その分領都に発生する人の流れによる儲けや、貴族の庇護というメリットはあるが、この混乱した状態では手軽な貯金箱としか扱われない。


 しかし、他の貴族の貯金箱となれば振り下ろす槌にも躊躇いが出る。


 ストラトス家は創造神と勇者アーサーの名に誓い、銀行に預けられた金銭に対して対象の商人が事前の取り決めを破るか、亡くなった後に相続権を持つ者が現れない場合を除き決して奪う事はないとした。また、この取り決めの『悪意的な解釈』もしないと明言したのである。


 大抵の商人はこれを信用しなかったものの、当主であるカールは敬虔な勇者教の信徒として有名であった。


 それこそ、彼の領地に赴任した神父が生臭であった場合、1週間以内に『事故死』するぐらいには。


 一部の宗教関係者からは『石頭のカール』や、『潔癖のカール』と呼ばれている。そんな彼が信仰の対象に誓いをたてた事もあって、近隣の商人達は藁にも縋る思いで銀行に口座を作りに来ていた。


 これにより、ストラトスの領地には結構な数の商人が行き来している。そうして、人と物の流れを作る事に成功していた。


 商人達は、何らかの収入がないと安心できない生き物である。読み書き計算が出来る分、減っていくだけの貯蓄に耐えられないのだ。


 結果、彼らは商売をする。金を預けている、ストラトス領を中心として。


 これら以外にも、新領地の防衛部隊の編制。現地の薬師の召集。その他各地で起こっているトラブルへの対応と、大忙しである。


 そして、その中には。


「た、ただいま戻りました……!」


 疲労を隠せない様子で、栗色の髪を腰近くまで伸ばした美少女メイドこと、グリンダが執務室に入ってくる。


 そんな彼女に、カールは書類から顔を上げ視線を向けると。


「ご苦労。では次はこの地図に記した地点の道の整備と、堤防の建設を頼むぞ。『騎士グリンダ』」


「……はい」


 新たに任命した新人騎士へと、労いもそこそこに次の命令を出すのであった。


 孤児から奴隷、奴隷から騎士の養女、そして騎士に。この世界では有り得ない程のシンデレラストーリーを歩む彼女だが、脳内には『ブラックだ……ここはブラックだ……』と呪詛が飛び交っていた。


 ここまで忙しいのは今だけな上に、メイドだった時よりも待遇は格段に上がるとは言え。それでも休憩時間と書いて移動時間と読む現状に不満がないわけない。


 戻ってきたら『同胞』に愚痴を言いまくろうと誓いながら、彼女は次の現場へと向かうのだった。


 そんなグリンダを見送り、再び書類に視線を落としたカールへとアレックスが話しかける。


「……随分と働かせていますが、大丈夫でしょうか?」


「問題ない。アレの体力と魔力はクロノに匹敵する。こういった無茶は俺より利くはずだ。つまり、俺が倒れない内は奴も倒れん」


「相変わらず、厳しいですなぁ。しかしこれだけの働きには、当然『報い』がありませんと。信賞必罰は上に立つ者の義務ですので」


「……わかっている」


 カールは眉間に皺を作りながら、小さく舌打ちする。


「良い縁談を探してやるさ。勿論な」


「いやいや。探す必要も、そんな時間もないのでは?ここはやはり、身近な所で……」


「いやいや。勤勉かつ良い働きをする部下へ褒美だ。絶対に、『うち以外』で良い相手を探してやるとも……!」


「いやいやいやいや」


「いやいやいやいやいやいや」


 当主と執事長が、手を動かしながら視線だけで火花を散らす。


 そんな部屋へと、駆け込んでくる若手の騎士がいた。


「お館様!一大事です!」


「どうした。反乱か。それとも伯爵家がしびれを切らして」


「いいえ!オールダー王国が、動き出しました!」


 本来なら、当主の言葉を遮るなど有り得ない。しかし、彼の報告はそれが許される程のものであった。


 カールは目を細め、ペンを置く。


「早いな……標的は?」


「不明です。オールダー王国は北西に進軍を開始。進路上の関所を突破して、無理やり前進を続けている模様。数はおよそ300です」


「アレックス」


「どうぞ」


 カールが差し出した手に、地図が渡される。


 彼はそれを机に広げた後、口を『へ』の字にした。


「伯爵め。本当に対応が遅い。奴の庭だろうに、容易く食い破られたか」


「しかし、北西に向かうのでしたら直ちにはストラトス家への被害はなさそうですな」


 オールダー王国は、帝国の南西部にある半島の端っこにある国だ。そして、ストラトス家の領地はその近くだが、彼の国から見て北東にある。


「ああ。だが大きな問題がある。人数とスピードを考えると、オールダーの奴らは突破した地域の占領は考えていない。となれば、向かう先は1つ」


 地図の西側。そこにある国を睨み、カールは低い声を出す。


「スネイル公国……後継者問題で荒れているあそこに、ノリス国王の子供か妹。そのどちらかは乗り込むつもりだ」


「は?しかし、彼らに公国の継承権など……」


「公王は優秀だが、あの国にはろくな後継者がいない。そこに、あのノリス国王の親族が来て力を示せば……多少無理矢理でも、婚姻により継承権を与えるだろう。公王は、そういう性格だ」


 頬杖をつき、カールは思考する。


「……ノリス国王の子供達はまだ幼い。『特異な才能』があるという噂もない。となれば、妹のアナスタシア様か……甥っ子と公王の娘か孫を繋げる気か?何にせよ、嫌な予感がする」


「いかがなさいますか?」


「我らに新しい敵へまともな対処をする余裕はない。『跳躍地雷』を工場に発注しろ。数はお前に任せる」


「承知しました」


「お前……オットーだったか。お前は引き続き西側の監視。スネイル公国とオールダーの動きに警戒しろ」


「はっ!」


 執事長と騎士が部屋を出て行き、ここ数日では珍しく彼1人となった執務室で、カールは盛大にため息をついた。


「ノリス国王を失って、内乱でもしてくれたら1番良かったのだが……アナスタシア様……いいや女王になっている頃か?兄の威光ありきとは言え、あの状況を纏めたか。まったく、とんだ傑物が眠っていたらしい」


 彼は再びペンをとり、書状を書き始める。


「クロノがかなり急いでくれた様だが、相手も素早い。これは、あまり余裕はないかもしれんな」



 異例の速度で帝都の奪還と同時に第四皇子を討ち取り、クリス皇太子を玉座に据えようとしているクロノ・フォン・ストラトス。


 それに負けない速さで王国の混乱を納め、スネイル公国までの道を見いだし駆け抜けていくアナスタシア・フォン・オールダー。



 この時代を代表する英傑達が、『乱世』を加速させていく。


 後世にて彼らの歩みがどの様に語られているか。それは、今を生きるカールにはわからぬ事であった。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』の外伝も投稿したので、そちらも見て頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
章乙! 一気読みよゆうでした 面白かった〜 新章も楽しみです
>「お館様!一大事です!」 ⋯⋯てっきり女装した殿下と女装して踊った報告かとw 「なんだと! 殿下を女装させて踊った!?」 「そうです! 2人ともとてもお似合いでした!」
グリンダはようやく騎士に昇格かぁ もう少しでクロノと一緒に戦に出られるね そんでもって……(親指を立てる読者及び家臣一同)
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