表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/116

第三十六話 竜殺し

第三十六話 竜殺し




 振るわれる右前足目掛け、左手に握る石柱を叩き込む。


 打ち落とした爪が大地を抉り、衝突の反動を利用して跳ねさせた石柱でもって竜の顎を殴りつけた。


 更にもう1撃と振りかぶれば、今しがた殴打した口がグパリと開かれる。ギラリと光る牙が、石柱を挟み込もうとした。


「ぬぅん!」


 故に、手放す。


 投擲へと変わった石柱が双頭だった竜の、2つ首の付け根へと衝突する。長さ8メートル前後のそれがもつ質量に、怪物の巨体は僅かによろめいた。


 同時に、剣を振りかぶって突撃する。大地を踏み砕きながら駆け、足裏から腰へ、捻じれさせた腰から腕へ。そして刀身へと力を伝達。


 竜の右前足へと、渾身の一太刀を叩き込んだ。大剣が快音を上げ、鱗を断ちその下の肉を抉る。


 しかし、やはり『軽い』。両手で振るった時よりも、明らかに浅い傷に内心で舌を打つ。


 そのまま竜の右側面へと回り込めば、潰れた眼球側に回られた事を嫌がり奴は大きく身を捻って左前足を振り下ろしてきた。


 速力でその一撃を置き去りにし、弧を描く様に反転。降り注ぐ土砂を浴びながら、右後ろ足へと突撃する。


 両手で振るうのは、柄の破損により難しい。であれば、茎の端に左掌を添え突きの構えをとる。


「■■■■■■───ッ!」


 雄叫びと共に、吶喊。体ごとぶつかりにいった刃は、鱗も肉も貫いて骨に切っ先がぶつかる。


 このまま、刺さったままでは駄目だ。ぐるりと刀身を捻り、左斜め前へと駆け抜ける。竜の肉をごっそりと抉り飛ばせば、鮮血が間欠泉の如く舞い上がった。


『GGGYYYAAAAAA───ッ!?』


 絶叫を上げる竜の尾が振り回され、2本の大木めいたそれらが鞭の様にしなって大地を打ち付けた。


 当たればタダでは済まないそこへ、突っ込む。土煙が広がり、視界は薄茶色に包まれた。音と勘を頼りに尾を回避し、減速せずに駆け抜ける。


 直後、右側から迫る巨大な口。咄嗟に刀身を牙に合わせ、左掌を鍔に添えた。


 ずん、と。衝撃が全身を襲う。噛み砕かれるのは回避したが、吹き飛ばされた。地面を何度もバウンドし、鎧の破片がキラキラと散っていく。


 追撃とばかりに竜は雄叫びを上げ跳躍し、右前足を振り上げた。それに対し左腕を地面にめり込ませて強引に体勢を整え、迎撃。踏み込みと同時にそれぞれの腕に力を入れ、変則的に両腕の力をのせて剣を上へと振るう。


 轟音と共に火花が散り───竜の方が、よろめいた。


「!?」


『GA……!』


 視界の端で、奴の右後ろ脚から滝の様に血が流れている。幾度もつけた傷が塞がるどころか広がっていき、どろりとした血がとめどなく溢れ出ていた。


 限界なのは、お互い様か。


 ビシリ、という音の後、左の籠手が砕け散る。衝撃吸収用の厚手の布にだけ覆われた、左腕。ここまで鎧に守られてきたそこは、次吹き飛ばされた時どうなるか。


 籠手だけではない。既に全身の鎧がいつ崩壊してもおかしくない程の損傷を受けており、次の瞬間バラバラになっても不思議ではなかった。


 決着をつけねばならない。剥き出しとなった左手を茎の端に添え、右足を前に。


 ───騎兵だ。騎兵となるのだ。


 馬もなく、この手に握るのは柄のない剣だとしても。止まる事なく駆け抜け、竜という名の怪物を打ち倒すのだ。


 なぁに。これでも、英雄か化け物と呼称すべき騎兵達とは縁がある。その戦い方は、嫌という程染みついていた。


『GGGGYYYAAAAAAAA───ッ!』


 咆哮を上げ、竜は駆け出した。同時に、自分も地面を蹴る。


 跳びかかり、振り下ろされる右前足。それを前進して回避し、打ち据えにくる尻尾を避けて更に前へ。


 そこから地面を足裏で抉りながら方向転換。弧を描き、着地した竜の周囲を走る。


 唸り声を上げ、四肢で地面を踏みしめた竜がこちらを捉えようとした。だが、そうはさせない。


 もっと速く。相手の死角へ、相手の弱い所へ、最も効率の良い突撃を敢行せよ。


「しぃぃぃ……!」


 兜の下で、口端から息を吐きだす。熱い。まるで炎が溢れ出ている様だ。


 雄叫びを上げて無茶苦茶に自身の周囲へと尾を振るう竜。元々長かった尻尾がどういうわけか更に伸び、今や奴の胴と首を足しても上回る程になる。


 大砲の様に大地を抉るそれらの中を、全力で駆け抜ける。石礫が鎧に当たり、泥を頭から被りながら、ひたすらに走った。


『GGRRUU……!?』


 自ら巻き上げた土煙でこちらを見失ったのか、唸り声に困惑が混ざる。だが、竜は尾の乱れ打ちをやめる様子はない。焦っているのか、竜ともあろうものが。


 ……いや、そうか。


 姿勢を低くしながら、加速。


 奴はそもそも、地下に埋まっていた。隠れていたのではない。強者である竜に、その必要はないのだから。


 眠らされていたのだ。モルステッド王国の事情でもって。


 起き抜けで、碌に食事を摂っていたかもわからない体調。なるほど、如何に竜であろうとも、不調なのは当たり前の事である。


 これは、化け物だ。しかし、生物ではある。


 殺せる存在なのだから、間違いない。


「■■■■■■■■───ッ!」


 土煙を突き抜け、尾の乱れ打ちを掻い潜り、突撃。


 狙うは奴の右前足。大剣を突き出し、切っ先で鱗も肉も貫いて、抉る。左手で押し込みながら右手でもって刀身を捻り、立ち止まる事なく血肉を散らせた。


 絶叫が鼓膜を揺らす。足を緩めるな。既に背後へと左前足が振り下ろされており、奴は地面にめり込んだそれを引き抜く事もなくこちらへと振るっている。


 背中に石礫が当たり、ひと際大きな塊が後頭部を直撃した。一瞬だけ視界がぐらつくも、耐える。前へと倒れ込みそうになるも、それさえ利用して足を踏み出した。


 兜が割れ、視界が突然広くなる。頭に巻いていた布も解けたのか、黒髪が外気に触れた。


 汗と土が混ざり、気色が悪い。それを拭う余裕もなく、ただ走る。


 回り込む様に放たれた尾の横薙ぎを、スライディングで回避。続く2本目は剣を地面に叩きつけて跳び上がり避ける。


 空中という無防備な状態に陥った自分へ、繰り出された左前足。だが、右足が前後ともにボロボロの今なら、


「■■■■■■■■ッ!!」


 弾ける。


 空中で上半身のバネを全て使い、左手を鍔に添えて振りぬいた。大剣と爪が衝突し、遂に竜の爪を打ち砕く。


 白い破片が飛び散る中着地し、足先が地面につくなり疾走。再度の突撃を行う。


 左後ろ足を、右前足を、右後ろ足を。


 幾つもの三日月を地上に描いて、走る。竜の周囲を駆け回り、少しずつ削っていった。


 肺が痛み、足が鉛の様に重い。いつの間にか胴鎧も肩鎧も失い、上半身を守るのは布の服だけ。竜が振り回す足と尾で大地が砕かれる度に、飛来する石礫で皮膚が裂け、肉が潰れた。


 石塊が額に当たり、ぶしゃりと血が溢れる。だが、骨までは傷ついていない。表面の血管が切れただけだ。


 からからに乾いた喉を震わせ、雄叫びと共に再突撃。何度目かの突きで、とうとう右後ろ足の骨が露出した。


『GGGYYYYY……!』


 悲痛な声を上げる竜の周りには、血の海が出来上がっていた。地面がそれを吸ってぬかるみ、自分と奴の足を絡めとろうとする。


 鉄靴でそれを蹴散らしながら、今度は右前足を抉った。尋常な生物であればとっくに失血死している量を流しながら、怪物はまだ動く。


『GAGAGYGYGAGAGAAッ!』


 2本の尻尾を地面に叩きつけ、固定。それによって上体を持ち上げた竜は、両の後ろ足から大量の血が噴き出る事も厭わず左前足を振り上げた。


 赤熱する爪が、狙いもつけずに叩きつけられる。血で濡れた大地が弾け、裂け目を作りながら各所が隆起する。直後に、出来上がった隙間から炎があふれ出た。


 噴火の様な炎の渦を避けながら、足は止めない。盛り上がった地面を駆け上がり、裂け目を跳び越え、勢いそのまま竜の脇腹へと剣を突き立てる。


 捻れ。捻じれ。抉り飛ばせ。


「■■■■ァァ……ッ!!」


 渾身の力を込めて、竜の脇腹を穿つ。血の軌跡を描きながら地面に着地し、再び疾走。熱せられた空気を肺に取り込みながら、視線を竜へと向けた。


 そして、信じられないものを見る。


『GA……AAA……!』


 怪物はこちらを一瞥したかと思えば、移動を開始したのだ。ボロボロの四肢を動かし、正門へと向かって行く。


 奴め、街で『食事』をする気か……!


 人間を喰らえば、竜であればたちどころに傷も癒えるだろう。それは、絶対に阻止しなければならない。


 こちらも限界が近い。もしも足を止めれば、そのまま崩れ落ちて動けなくなる。


 させない。歩幅の違いと筋力量の差もあって、奴の方が先に正門へつくだろう。だが、アレは城壁と同じく魔剣と同じ素材で作られているはずだ。


 蝶番や閂は別であろうから、恐らく数度の体当たりで壊されるが。それでも多少はもつ。


 真っ直ぐに追いかけるのではなく、向かったのは転がった石柱の所。足を止めずに爪先で端っこを蹴り飛ばし、浮き上がった所を左肩に担いだ。


 指先を食い込ませ、必死に足を動かす。間に合え……!


 既に、第一の門は突破されている。轟音と共に蝶番が破壊され、頑強な城門は押し倒された後だ。


 帝城の構造は、3層に分かれている。外、中、内にそれぞれ区切る様に城壁と門が設置されていた。


 扉は、あと2つ。それを超えれば、もはや阻む物など何もない。帝都まで真っすぐに向かう事が出来る。


 それより、先に。


「■■■■■■■■───ッ!」


『GAAA!?』


 追い付く!


 第二の門に体当たりを仕掛けようとしていた竜がこちらを振り返り、臨戦態勢をとる。


 口腔に魔力を集束させ、炉の温度が上がっていく様な音が響いた。


 だが、こちらの方が速い。石柱を掴む腕に力を籠め、肩に担いだ状態から『射出』する。


 槍投げの要領で石柱を放ち、的がでかかった事もあって命中した。先端が竜の胸へと当たり、衝撃で仰け反らせて後ろ足で立たせる様な状態に。


 奴の背中が城門に諸突し、轟音を上げる。衝撃は逃げる先がなく、怪物の腸で暴れまわった。


『G……GY……!?』


 口端から炎だけでなく血を吐く竜。石柱の手前側の先は地面にぶつかり、道となった。


 柱の上を駆け上がる。狙うは、竜の頭蓋。


 迫る自分に焦点を合わせ、竜は口を開く。内部にため込まれた魔力が炎へと変換され、膨大な熱量が放たれようとした。


 だが、



「■■■■■■■■───ッ!!」



 コンマ数秒、こちらが勝った。


 横薙ぎに振るわれた大剣が開かれた口腔に吸い込まれ、肉に食い込む。しかし、片手では振り抜けない。


 ならば。


「■■■■ッ!!」


 左の拳を、鍔へと叩き込んだ。


 指の骨と、鍔が同時にへし折れる。押し込まれた刃は竜の分厚い皮を切り裂き、内部へと食い込んだ。


 後は、止まらない。その勢いのまま、剣を振り抜いた。


『──────』


 血の代わりに炎が噴水の様に上がり、半瞬遅れて城門の蝶番が砕ける。


 向こう側へと倒れる城門と、竜の巨体。それにのしかかる様に柱も倒れ、地面へと転がった。


 焦げ茶色の鱗の上へと、着地する。鉄靴がガチャリと音をたてるが、巨体と城門が崩れた音にかき消された。


「はあ……はあ……!」


 竜殺し───成し遂げたぞ……!


 高揚感が胸を支配し、一時的に疲労を忘れさせた。自然と剣を高々と上へ突き上げ、喉を震わせる。



「■■■■■■■■──────ッッ!!」



 帝都中に響けとばかりに吠えれば、多少は落ち着きを取り戻した。


 誰も見ていないというのに、自分は何をしているのだろう。こんな事をしている場合ではない。モルステッド王国の間諜を追いかけねば。


 鍔も砕けてもはや刀身と茎部分だけとなった剣の腹を肩にのせ、竜の体から飛び降りる。


 そして、気づいた。


 ───ガシャ……ガシャ……。


 誰も見ていない事など、なかったのだと。


「いやはや……良いものが見れました」


 左肩から先を失った帝都守備隊の近衛騎士が、右手に短剣を握ってヨタヨタと歩いてくる。


 彼が限界とばかりに両膝をつけば、割れた兜の隙間からどろりと血が流れ出た。


「……治療しますか?」


「結構。私の仕事は、もうないようだ」


 正座の姿勢をとる、近衛騎士。


 勇者アーサーの影響か、半端にこの世界は日本に近い部分がある。


 彼はその姿勢で、短剣を逆手に持ち替えた。


「近衛騎士になって、50年……帝都が燃える様子を見なくて、済みました。感謝します」


「……だったら、どうしてフリッツ皇子についたのですか」


「なぁに。あの方は、皇帝に散々虐げられ、奪われ、押し付けられながらも、30年近く帝国の為に働いた。同情か……あるいは、まあ、帝国に仕返ししても良いんじゃないかと、思ってしまいましてな」


 兜の下で、しわがれた声で笑う騎士。恐らく、既に彼の目は焦点があっていない。


 何もせずとも命の灯は消えるだろう。


 だが。ならばその短剣は。


「それとも……ああ……いいえ。これ以上は、無粋ですな」


 彼は、背筋をシャンと伸ばし。こちらを見据える。


「では、おさらばです。竜殺しの英雄よ。地獄にて、貴方が来るのを待つとしましょう。たぁんと、土産話を用意してから来てくだされ」


「……ええ。いずれ、地獄で」


 それだけ言い残し、騎士は己の首を掻き切った。既に首元の鎧も竜との戦いで壊れ、阻む物はなく。鋭い刃は老騎士の肉を容易く引き裂いた。


 最期に、彼は『帝都の危険を招いた者(自分自身)』を討ったのだ。


 顔から地面に崩れ落ちる体を支え、横たえる。


 冥福を祈る事は、しない。彼は望んで地獄へと堕ちた。


 ただ現世において、彼の最期は胸に刻もう。


 顔をあげ、再び歩き出した。この戦いを無意味なものにしない為にも、あの間諜は地の果てまで追いかけねばならない。


 しかし。



「クロノ!」


「クロノ殿!」



 もう、事は済んだらしい。


 クリス殿下とアリシアさん、そしてケネスが率いるうちの兵士達。


 そして、何故か別行動していたらしいシルベスタ卿。銀髪の麗人の肩には、隻足のメイドが担がれている。あのだらりと下がった四肢の具合からして、息絶えていると見て良い。


 どうやら、今回の一件は無事に終わったようだ。


 腕と剣を固定している剣帯を解きながら、小さくため息を吐く。


 曇天の空を見上げれば、今にも一雨きそうな有様だ。後頭部を掻き、もう1度ため息を吐く。


 ……まあ、なるようになるか。


 まだまだ問題は山積みだとでも言う様な空から、視線をすぐ近くにまで来ている殿下達に移す。


 碧眼に涙さえ浮かべたクリス殿下が、減速せずにこちらへ向かって来ていた。


 まさかと思い、頬を引きつらせる。


「あの、殿下。ちょっと」


「クロノぉぉぉ!」


 ダイブする殿下。自分が避ければ、彼女は地面に顔面からぶつかるだろう。


 自軍の総大将をそんな目にあわせるわけにもいかず、両手を広げて受け止めた。


 瞬間。


「っ~~~~~~~!?」


 全身から、鳴っちゃいけない音がした。


 竜との戦闘で、限界を迎えていたのである。


 背中から倒れた自分と、それに抱き着いて涙を流すクリス殿下。傍から見れば、絵になるのかもしれないが。


「よかった……無事で……!」


「あの、その、いた、むり……」


 老騎士よ。最期の奉公を終えた近衛騎士よ。



 もう、そっちに行くかもしれません。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


明日の投稿は、リアルの都合で休ませていただきます。申し訳ございません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おお、間諜処理間に合ったんか こういう(うまく凌いで準レギュラー化しそうな)ポジのキャラを 味方の有能がサクッと処する段取りはポイント高い
竜殺しの英雄に涙を浮かべて抱き着く皇太子 まさに真実の愛ですね
竜の死体を踏み締め、剣を掲げて咆哮する。 ・・・城門前で。街に響き渡る大声で。 それを見た民衆の気持ちを答えよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ