第三話 5歳。転生者バレと前世知識
第三話 5歳。転生者バレと前世知識
『勇者アーサー伝説』
勇者アーサーは、馬小屋にて処女受胎した母親から産まれたとされている。
彼はこことは異なる世界から転生し、生まれつき特殊な知識を……『神の世界』の知識を持っていた。それにより、様々な奇跡を起こしたのである。
その奇跡により数多の邪教徒を打ち倒し、無知な者達に教えを広め、創造神の御意思のもと皆を導いたのだ。
勇者アーサーには12人の弟子がおり、それは神託によって選ばれる。たとえ能力が優れていようと、邪まなる心を持つ者は弟子入りを許されない。当時敬虔な信徒として有名だったユーダや、優秀な戦士であったランスロー、甥のモールドレン等が弟子入りを拒否されたのは、そういった理由である。
これにより勇者教の秩序は守られていたのだが、悪魔によって弟子入りした後に邪悪へと堕ちた者がいた。
裏切り者の弟子により13人の妻を奪われたアーサーがその討伐に向かった直後、邪教徒の奇襲を受け彼は亡くなったのである。
しかし、その3日後。アーサーは生き返り信徒達の前へ姿を現したのだ。
最期の導きの言葉を弟子達に遺し、彼は天から降りてきた階段を上り神の世界へと帰ったとされる。勇者教が続く限り、勇者アーサーは天から全ての信者を見守っているのだ。
* * *
「というのが、勇者アーサー伝説の概要だな。まだクロノには早いと思って教えていなかった」
「な、なるほど」
自分が気絶してから10分ほど。父上がこの身を抱えて医者に駆けこんだり、家臣達に教会で祈りを捧げて来いと命じたりと大騒ぎであった。
なんというか、お騒がせして申し訳ございません皆さん。家臣達には問題ない旨を伝え、通常業務に戻ってもらっている。
今は父上の執務室で2人きりになり、自分と同じ転生者だという『勇者アーサー』の話を聞いていた。
転生してここが中世ヨーロッパっぽい世界だし、教会やら何やらあったので前世の十字架を掲げている宗教にそっくりな何かだと思っていたが……アーサー王伝説とごっちゃになった様な話である。
だが、今の話を聞いて確かに転生者っぽいとは思った。特に『ユーダ』やら『ランスロー』、『モールドレン』を弟子に入れなかったり、そもそも弟子の数を『12』にしていたり。
自分が転生してアーサーという名前で成り上ったら、確かにこれらの名前には警戒心を持つだろう。特に甥のモールドレンは、もろにモードレッドを彷彿させる出生だ。
だがこの世界はアーサー王伝説の世界というわけでもなく、彼はランスロットでもモードレッドでもない人物が引き金となって死んだ様である。
……最初『妻13人は多くね?』と思ったが、まあ信長公も側室含めたら9人の妻がいたって言うし。この世界では普通……なのか?
父上は家庭関連だと全く参考にならないので、今度アレックスに尋ねてみよう。
「しかし驚いた。まさかクロノが勇者と同じ転生者とはな……『クロエ』。俺とお前の子は、とても立派な嫡男だよ……!」
クロエ。それは、自分の今生の母親である。肖像画でしか顔を知らない、黒髪に碧眼の女性であった。
姉上が父親似で、この身は母親似。よく父上や家臣達にそう言われるのだが、実感がわかない。
母上は、自分を産んですぐ流行り病で亡くなっている。
いかに貴族が平民より頑丈とは言え、生物である以上産後は体調を崩しやすい。そこに当時大陸で猛威を振るっていた感染症により、母上は祖父母と共に亡くなった。
そんな彼女が最期に遺した命を……自分はもしかしたら───。
「お前の悩みは、おおよそ察しがついている」
「っ!」
父上の言葉に、びくりと肩が跳ねた。
恐る恐る彼の顔を見れば、相変わらず柔らかい笑みを浮かべている。
「うなされている時、半分ぐらい謎の言語……恐らく『神の世界の言葉』でわからなかったが、もう半分は俺の知る言葉で謝罪を繰り返していた。クロノの名を呼んで」
「…………」
「勇者アーサーも、同じ悩みを抱えていたらしい。自分は本来生まれてくるはずの命を、奪ってしまったのではないかと」
「勇者アーサーも、ですか?」
「ああ。しかし、それは勘違いだったと既に証明されている。それに関する記述は、聖書22巻と、29巻に書いてあるぞ」
「そうなのですか!?」
対面に座る彼の言葉に、思わず前のめりになる。
「まず大前提として、魂とは何か。わかるか?」
「え……いや、よくわかりません」
「魂とは、極端な話魔力の塊だ。生命力と言っても良い。魂があるから肉体は作られるが、肉体から魂が作られる事はない。これは、死者の体をどれだけ修復しても蘇生しない事から明らかである」
「は、はあ」
「よって、クロノという肉体にお前の魂が入ったのではなく、お前の魂がクロエの胎内に宿ったからその体は産まれてきたのだ。肉体なくして現世に命はない以上、お前は誰の命も奪っていない」
「そういう……ものなのですか?」
「そうだとも。そして、魂とはどこから生まれるか。それは父母と世界である。より正確に言えば、世界を満たす無色透明な魔力の渦と父母の魔力である。まあ、教会だと魔力とは言わず別の言い方をする宗派もあるが……そこは、今は関係ないな」
父上が苦笑し、膝の上に置いていた手を返して、掌に魔力の小さな塊を作り出した。
かなり自然な動作で行ったが、かなりの高等技術である。詠唱すらなしに、魔力をここまで制御したのか……!?
「世界を流れる魔力と、父と母の魔力が混ざり合う事で人間の魂は生み出される。そして勇者アーサーやクロノの場合、その世界に流れる魔力の方に神の世界に住んでいた頃の記憶がついていた。この意味がわかるな?」
「……前世の知識どうこうは世界からの魔力にしか関係なく、父母の魔力が混じり合って生まれた事こそ重要である……という事ですか?」
「そうとも。流石俺達の子だ」
ニッコリと、父上が笑みを深める。
そして掌に集めていた魔力を消した後、反対側の手でこちらの頭を撫でてきた。
「心配するな。どの様な知識や記憶があろうと、お前が俺とクロエの息子である事に変わりはない。家族の愛を、絆を。疑う必要なんてないんだ」
「……っ」
気が付けば、涙が流れていた。
これが『殺されずに済む』事への安堵なのか。はたまた『受け入れてもらえた』事への感謝や感動なのか。
それはわからないけれど……ただ、涙があふれて止まらなかった。父上が椅子から立ち上がり、こちらの隣にきて肩を抱いてくれる。
5分ほど泣き続けて、ようやく涙腺も落ち着いてきた。まだ頬に残る涙を手の甲で拭い、父上に小さく頭を下げる。
「失礼しました。御見苦しい姿を」
「いいや。子供が感情を見せてくれる姿を、見苦しいと思う親がいるものか。よく泣き、よく笑え。そうした感情が、人生を豊かにしてくれる」
正面の椅子に戻り、父上がいつもの柔らかい笑みを浮かべた。
「だが泣いている顔も可愛かったぞクロノ!今度の墓参りでクロエに報告する事がまた増えたな!!」
「……はい」
正直自分が子供の様に泣いていた事について、あまり記憶に残す事も死者とは言え他者に報告もしてほしくないのだが。いや、今は子供だけれども。
「それはそうとクロノ。お前が転生者であると知っているのは、俺以外に誰がいる?」
「恐らくいません」
「では、今後も秘密にしよう。今の教会は少々……きな臭い」
父上が眉間に皺を作り、こちらをじっと見つめてくる。
「この世に長くあるものは腐る。それは組織であっても変わらない。勇者アーサーが勇者教を作ってもう千年近く経つ。邪教じみた研究や、派閥争いの為に殺し合いや酒池肉林のパーティーを開く枢機卿や大司祭も少なくない」
「転生者であると知られれば、それに利用されると」
「ああ。何より」
「何より?」
「教会にクロノが奪われる!それだけは絶っっ対に阻止しなければならない!」
「あ、はい」
まあ、唯一の男児が教会に持って行かれるとか貴族的に大問題だけれども。たぶん父上の場合別の理由である。
「だから、これは俺達だけの秘密だぞ、クロノ!男同士の約束だ!」
「はい、父上」
「ふふ……父親と息子だけの秘密って、なんだか浪漫があるな」
「そうですね」
「でもフラウにまで秘密なんて可哀そう!ごめんな、フラウ!今度一緒に寝てあげるからな!」
「それはやめた方が良いかと」
「何故!?」
「姉上もお年頃なので」
「そんなのいーやーだー!親子3人で一緒に寝たい!お昼寝とかしたい!」
「えぇ……」
駄々をこねはじめた父上(35歳)に、ドン引きせざるを得ない。
先ほどまでの威厳と優しさが溢れるナイスガイはどこへ……。
「あ、その……父上」
「なんだクロノ。この頼れるパパンに相談か?」
一瞬でキリっとした顔で椅子に座り直し、優雅に足を組む父上。
もはや何も言うまい。
「僕が転生者である事を隠す理由はわかったのですが……今後のストラトス家についてご相談が」
「うむ。あれか?帝国がそろそろ崩壊するから、それに備えようという話か?」
「……アレックスから聞いていたのですね」
「ああ。実は俺も前々から『あー、この国そろそろやばいなー』とは思っていた。あまり広めたくない話なので、俺とアレックスにケネスの3人のみで対策会議を行っている。クロノに対してはまだ早いと、アレックスはとりあえずその場は誤魔化したと言っていたな」
「なるほど」
「といっても、あまり良い手段は浮かんでいない。父上の代から『港の建造』を試みているが、正直難しい。石材の確保や運搬、何より打ち付ける波が強すぎる。クロノ、もしかして何か案があるのか?あのノートに書いてあった図や文章に打開策が?」
「一応は、ですが。それでも、僕の穴だらけの知識では何の足しにもならないかも……」
「気にするな!元々なんの当てもなかったんだ。神の世界の知識で奇跡が起きたらめっけものだって!何事も挑戦だ!」
カラカラと笑う父上に、思わず苦笑する。
何というか、色々と問題があっても家臣達がこの人を慕う理由がわかった気がした。『気持ちのいい男』というのは、きっと父上の様な人を言うのだろう。
「では、早速。『ローマンコンクリート』について……これには、石灰と火山灰の確保が必要なのですが───」
そうして、うちの領地でこの世ならざる知識が実験、そして実践される事となったのである。
なお。僕の知識は謙遜ではなくマジで穴だらけだったので、父上のやたら高い知能と、それでも足りない部分は魔法の力でゴリ押しする事になった。
魔法。とりあえず魔法で頑張る……!
読んでいただきありがとうございます。
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Q.幼少期はダイジェストですぐ終わるんじゃなかったんか、おぉん!?
A.すみません。これでも、これでもかなり駆け足ではあるんです……!ご容赦を……!