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第三十三話 愚者になるべき時

第三十三話 愚者になるべき時




「おおおおおおっ!」


 雄叫びと共に繰り出された槍を切り払い、そのまま接近。敵近衛騎士の顔面に左拳を叩き込む。


 拳を振り抜いて壁にその騎士をめり込ませた直後、左手側から別の近衛騎士が剣を突き出してきた。


 首狙いの刺突を、強引に仰け反る事で回避。即座に体を捻り、その剣士へと大剣を振り下ろす。


 袈裟懸けの斬撃を相手も防ごうとしたが、関係ない。引き戻した剣を叩き割り鳩尾辺りまで引き裂いた。


 だが、次の瞬間。飛来してきた鎖分銅が右腕に巻き付く。強い力で引っ張られ、体が浮きかけた。


 慌てて足を床にめり込ませて耐えれば、鎖の先には2人の近衛騎士がいる。


 子供の腕程の太さがある鎖は、簡単には引きちぎれない。ならばと、逆に相手の騎士達を引き倒そうと力を込めた。


 瞬間、自分の真横。通路と隣接する部屋の扉が弾け飛ぶ。


 木片を散らせながら現れた近衛騎士と、繰り出される無骨な槍の穂先。脇腹狙いのそれを掴んで止め、握力でへし折った。


「おおっ……!」


 鎖で引っ張られている右腕を強引に動かす。踏ん張っていた騎士2人を引き倒し、剣を横薙ぎに振るった。


 折れた槍を手放し、右手でダガーを引き抜いた近衛騎士の脇腹に刀身が食い込む。刃はそのまま肺を潰し、心臓まで届いた───はずだった。


「が、ぉぉ……!」


 しかし、止まらない。彼は左腕でこちらの手首を掴み、間髪入れずに右手のダガーを肘目掛けて振り下ろした。


 鎧の隙間へと滑り込む切っ先。近衛騎士の剛腕でもって厚手の布も皮膚も貫き、関節が穿たれる。


「い、ぐぁぁあああ!?」


 激痛に目の裏が弾けた様な感覚が襲い、指が柄から離れる。


 対して、心臓を破壊された近衛騎士は息絶えた今も手首を掴んだままだ。ダガーが貫通した腕では、振りほどけない。


 咄嗟に左手の掌打でその近衛を吹き飛ばせば、再び鎖が引っ張られた。傷口からぶちぶちと異音が鳴り、血が勢いよく噴き出る。


「づ、おおおおおお!」


 喉を震わせているのが、自分でも悲鳴なのか雄叫びなのかもわからない。


 しかし、体は動いてくれる。日頃の訓練で染みつけた動作を実行。親指の付け根で撃鉄を上げながら、グリップを掴みショットガンを引き抜く。


 碌に狙いをつけずに、発砲。装填していたのが散弾であった事もあって、2人の近衛騎士は衝撃で体勢を崩した。


 散弾をこの距離で撃っても、大した傷は与えられない。鎧を纏った近衛騎士とはそういうものだ。


 しかし、衝撃で怯みはする。猶予は出来た。ショットガンを手放し、駆け出す。


 剣を拾う余裕はない。立ち上がろうとする鎖を持っていた近衛のうち、比較的近い位置の者の顎へと膝蹴りを放った。直撃の瞬間、左手で頭を押さえ衝撃を逃がさない。


 ごきゃり、と肉と骨が潰れる音がする。間髪入れずにもう1人へと視線を向ければ、彼は片膝をついたままの姿勢で剣の柄に手をかけていた。


 抜剣し、構える前に殴り飛ばす。そのつもりで拳を振りかぶるも、相手は鞘から抜いた勢いで反りのあるサーベルを振るってきた。


 居合い……!?


 目にも止まらぬ速さで放たれた斬撃の軌道を、直感で察知。裏腿狙いのそれを、蹴りで迎撃する。


激しい火花が散り、鉄靴の踵がサーベルをへし折った。


 敵近衛騎士は折れた剣を逆手に持ち替え、振りかぶる。だがそれとほぼ同時に、アリシアさんが横から突っ込んできて彼の首を刎ねた。


 鮮血が壁にべったりと張り付き、兜に包まれた頭がごろりと転がる。


 階を上るごとに豪奢になり、赤い絨毯まで敷かれていた通路。しかし今は、血と死体しか目に入ってこない。


「すぅ……ふん!」


 掛け声を上げ、右肘に突き刺さっていたダガーを引き抜く。同時に、魔力で止血を開始。


 傷口を押さえながら、周囲を見回す。立っている敵近衛騎士はいない。胸を撫で下ろし、投げ捨てた銃を拾い上げ弾を装填してからホルスターに戻す。そして、通路横の部屋へと入り敵近衛騎士に食い込んだままの大剣を回収した。


 引き抜いた剣を確認すれば、いささか刃こぼれが目立つ。


 オールダー王国にてだいぶ無茶をさせた後に、帝都守備隊相手に斬り合いだ。お願いだから、せめてこの件が終わるまでは折れたりしないでほしい。


 そう願いながら、視線をアリシアさんに向ける。


「助かりました。礼を言います」


「いえいえ。クロノっちなら自力でどうにかできたっしょ?」


「いいえ。危うい所でした」


 彼女に礼を言った後、ケネスへと顔を向ける。


「ケネスその……こちらの被害は?」


「死亡2、負傷3です。挟撃されたわりには、生き残りました」


 左頬に出来た傷からドバドバと血を流しながら、ケネスは『運が良い』と口角を上げる。


 とうとう、うちの隊にも死者が出た。その事に兜の下で歯を食いしばろうとして、今やるべき事はそうではないと口を動かす。


「……アリシアさん、敵の生き残りは?」


「今ぶっ殺したっす。他にはいないっすね」


 念のため敵近衛騎士の体に剣を突き立てていたアリシアさんが、柄から手を離し落ちていた別の剣を拾い上げる。


 彼女も左耳が欠けており、血が流れていた。本人は特に気にした様子もなく、首を伝う血を鬱陶しそうにハンカチで拭っている。


 それを横目に、詠唱を開始した。


「白き光の加護をここに。癒しと慈愛の風よ、安らぎの腕よ、我らを抱擁せよ。『拡大治癒』」


 通路を白い光が一瞬だけ埋め尽くし、全員の傷が完治する。


 自分の右腕の調子を確かめた後、視線を皆の方へ。ケネスもアリシアさんも、傷1つ残っていない。兵士達も万全な様子だ。


「おお……」


「傷が……」


「倒れた我が方の兵士から装備を回収。弾薬1つ残さないでください。それが済み次第、先へ進みます」


「はっ!」


 兵士達にそう指示を出してから、アリシアさんへと顔を向けた。


「後、どれぐらいですか?」


「フリッツ皇子がまだ宰相補佐執務室にいるのなら、このフロアっすね。近いっす」


「わかりました。引き続き案内をお願いします」


「うっす。クロノっちも、切り込み隊長頼むっすよ」


「はい」


「若様!武器弾薬の回収、完了しました!」


「うん。では、行きましょう」


「はっ!」


 戦死した部下を弔うどころか、せめてその辺の部屋に運んでやる余裕もない。


 この惨状を引き起こしたバカ皇子を逃がさない為、大股で進んでいく。


「クロノっち。気持ちはわかるけど、慎重に。目的地が近い時ほど、警戒っす」


「……すみません」


「いやいや。謝るほどの事じゃないっすから」


 そんな会話を挟んだ直後、足を止める。


「え、いや。慎重にとは言ったっすけど」


「音がします。戦闘音……いや、それも止んだ」


「……まさか」


 警戒しながら進んでいくと、通路の前方から見知った顔が現れる。


「クロノ殿!アリシア!」


「殿下!ご無事で何よりっす!じゃなかった、何よりです!」


「シュヴァルツ卿、後で腹筋5千です」


「死ぬ!?」


 クリス殿下とシルベスタ卿。そして親衛隊が姿を現した。


 全員血で汚れているし、負傷者もいる様だが、頭数は減っていない。


「ではクロノ殿と模擬戦で」


「免れない死!?」


「人を巻き込まないでください。それより、殿下。ご無事で何よりです」


「うむ!貴殿もな。しかし……タッカーとマイケルは逝ってしまったのだな」


 一瞬、クリス殿下が言った名前がわからなかった。そしてすぐに、それが先ほど戦死した自分の兵士達の名前だと思いいたる。


 ……どうやら、僕は自分で思っていた以上に薄情な人間らしい。


「はい。2人とも、勇敢に戦いました」


「そうか……貴殿らが『敵』を引き付けてくれたから、我らは誰も欠けずに済んだ。遺族には、ボクも感謝していたと伝えてくれ」


「はっ」


 やけに接敵する回数が多かったと思ったが、やはり自分達の方に敵の近衛が集中していたのか。


 内心でため息を吐き、それで意識を切り替える。


「それで、殿下がこちらにいらっしゃるという事は」


「ああ。残すは、この通路の先だけだ」


 自分達とクリス殿下達との合流地点。丁字路になったそこの、残ったもう1つの道。


 その先に、宰相と宰相補佐執務室がある。


「行きましょうか」


「ああ」


 互いに頷いて、執務室へと向かう。


 2つ並んだ部屋の扉。その両方に兵士達を構えさせ、まずは宰相補佐の部屋に突入した。


 分厚い扉を蹴破り、剣を構えて踏み込む。罠や奇襲を警戒していたが、そういったものは見当たらない。


 代わりに。


「来たか……思ったより、遅かったな」


 どこか、くたびれた顔の男が1人だけいた。


 元は綺麗に後ろへ撫で付けられていたのだろう茶髪は乱れ、顔面は真っ白。恰幅の良い体つきとは裏腹に、頬は僅かにこけて見える。


 豪奢な服を着て、この部屋にいる人物。となれば。


「フリッツ兄上……」


 クリス殿下の言葉に、切っ先をくたびれた顔の男へと向けた。


 彼が、こいつが、この状況を作った張本人。部下達の仇であり、ストラトス家の敵。


 即座に斬りかかろうとしたが、ギリギリで理性を総動員し踏みとどまる。


 代わりに、シルベスタ卿と共に周囲への警戒を強めた。まだ罠がないと決まったわけではない。


「……降伏してください、兄上。もう、貴方を守る者はいません」


「むしろ、守る者がいた事の方に驚いてさえいるがな。こんな男を……」


 フリッツ皇子が椅子から立ち上がり、机の前。全身がこちらに見える位置に移動すると。


「お前に、いいや貴方様に、お頼みしたい事がございます」


 その場で、土下座した。


 一瞬わけがわからず、『この世界にも土下座ってそう言えばあったな』なんて、呑気な思考が頭をよぎる。


「な、なにを……何をしているのですか、兄上!」


「無論、命乞いにございます」


 淡々とした返事に、クリス殿下の眦がつり上がる。


「ふざけないで頂きたい!これだけの事をしておいて、今更貴方の助命など……!」


「自分の、ではございません。妻と子供達。そして孫達の事でございます」


「……は?」


 額を床に擦りつけた男は、そのまま続けた。


「全員、モルステッド王国に囚われの身となっています。私が彼らと手を結んだと同時に、人質として誘拐されました。今もかの国にいます」


「なっ……」


「私が為した事は、全て私の罪。彼女らは一切、今回の事に関わっていない。何故自分達がモルステッドに誘拐され、救助もされないのかも知らないでしょう。まったくの、無実……いいえ、被害者なのです」


「それ、って……」


「私の死体は、どうかご自由にお使いください。街の広場に吊るし、平民達の的当てに使って頂くも、首を切り落として城門に飾るも御身の自由です。だからどうか。どうか、家族だけは……家族だけは、罪に問わないで頂きたい……」


「……ふざけ、ふざけるな、兄上……!そんな事、ボクの一存で……!」


「『皇帝陛下』の御威光があれば、女子供を数人生かす程度、造作もないはず。僻地の教会送りでも構いません。ですから、どうか……ぐっ!?」


 フリッツ皇子が、むせた様に体を震わせた。


 ……いや、違う!


「失礼します!」


「くそっ」


 シルベスタ卿と自分が、ほぼ同時に動く。土下座していたフリッツ皇子の肩を掴んで仰向けにすれば、真っ青な顔が露になった。


 目は充血し、鼻と口からはドロリとした赤黒い血が流れ出ている。


「兄上!?」


「クロノ殿、治療を!」


「……だめです。もう、間に合わない」


 貴族の体は頑丈だ。しかし、不死身ではない。


 常人が10回死んでもお釣りがくるような猛毒を飲み、暫く経過すれば死ぬ。


 彼は恐らく、自分達が部屋に入ってくる数分前に毒を飲んでいた。体内の魔力の巡りが停滞し、詠唱していては間に合わない。


 そして、詠唱なしの治癒では他人を治す事は出来なかった。


「兄上、なんで……!」


「この……いの……から……おねが……おれ、の、かぞ……」


 最期にかすれた声でそう言って、フリッツ皇子は息絶えた。


 念のため脈と呼吸を確認するが、やはり死んでいる。


 ストラトス家の状況を考えれば、怨敵と言っていい相手ではあったが……死んで清々したと言えない死に方は、してほしくなかったな。


 皇族への敬意として見開かれた瞳を閉じさせ、視線をクリス殿下へと向ける。


「なんで、なんでなんでなんで……」


「殿下、どうかお気を確かに」


 シルベスタ卿が、彼女の肩を抱く。


「我々の勝利ですが、しかしまだ油断は」


「なんで、生け捕りを拒否した……?生きたままだと問題がある……?シスター服の女……ここは執務室……」


 がばり、と。クリス殿下が顔をあげる。


「リゼ!兄上の机を調べて!何かなくなっていないか。印璽(いんじ)や、重要書類、兄上の身分を証明する物だ!」


「はっ!」


 自分は意味がわからず呆然としていたが、その命令がどういう意図のものかを考えるより先に、シルベスタ卿は動く。


 机の引き出しを下から乱暴に開けていき、そして。


「印璽がありません。封蝋用の、皇族の方々が正式な書類に使う物が見当たりません」


「っ……!クロノ殿」


「はっ」


 瞳に薄っすらと涙さえ浮かべたクリス殿下が、こちらを見る。


 慌てて立ち上がり、背筋をピンと伸ばした。フリッツ皇子の遺体をやや乱暴に床へ置く事になったのは、見逃して頂きたい。


「モルステッドの者が兄上の印璽と、恐らく何らかの書簡を持ち去った。貴殿にはそれを……」


「奪還すれば良いのですね?」


「……いや、待て。待ってくれ」


 動き出そうとした自分の肩を、クリス殿下が掴む。


 彼女は右手で顔を覆い、瞳を揺らしながらぶつぶつと呟いていた。


「兄上の妻子はモルステッドの……であればこれは……身の安全を……つまり……」


「殿下……?」


 元々白かった顔が、更に血色が悪くなっていく。


 はたして、その聡明な頭脳でどういう答えに辿り着いたのか。凡庸な脳みその身では、わからない。


 しかし。


「クリス殿下」


「くろの、殿……」


「覚悟を、決めたのでしょう?」


「っ───」


 お互い、地獄に堕ちると決めた身だ。


 状況はいまいちわからないが、敵国の間諜と皇子の印璽が揃って行方不明。それが後々面倒な事になるという事ぐらい、自分でもわかる。


 それを防いだ結果、フリッツ皇子の家族に『不幸』が降りかかるのかもしれない。しかし、その可能性を考える時ではないのだ。


 思考ではなく、行動を。賢者ではなく愚者になるべき時なのだ。


「すまない……」


 自身の顔から手を離し、クリス殿下が1度深呼吸をした後。


「どの様な手段を使ってもいい。シスター服の女を、モルステッド王国の間諜を追いかけ、兄上が渡した印璽を奪還せよ。可能なら生け捕り、無理ならば殺害せよ」


「はっ!」


 皇太子殿下が、その海の様に碧い瞳を輝かせ命令する。


 それに答え、剣を担ぎ窓へと向かった。


「リゼも頼む。ボクの守りはアリシアが」


「御意。シュヴァルツ卿、頼みます」


「ケネス、貴方達も一旦アリシアさんの指揮下に。最優先事項は殿下をお守りする事です」


「はっ!」


「ん?……クロノ殿、そっちは窓しか」


「では、下を探してきます」


「はあああああ!?」


 窓ガラスを突き破り、外へ。


 城というものは、上の階に行くほどフロアが狭くなるもの。そして、あの階にシスター服の女は……というか、殿下とその親衛隊以外に女性はいなかった。


 であれば、あの階より上か下。機動力のある自分が、広い方を調べる。


 城の外壁に指を突き立てて減速し、下の階へと跳びこむ。窓ガラスを足裏で蹴り砕きながら侵入し、走り出した。


「クリス殿下のご命令だ!人を探している!どけ!轢き殺されたくなければ、道を空けよ!」


 吠えながら、石床を駆けていく。


 モルステッド王国の諜報員。絶対に逃がしてはならない。


 柄を握る手に力を込めながら、廊下を疾走した。





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』も外伝を更新いたしましたので、見て頂けたら幸いです。


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― 新着の感想 ―
地獄の鬼ごっこはっじまーるよー♪捕まったら斬首な!!
コレでエロシスターに逃げられたらクロノ君の邪魔してた騎士さん達凄い利敵行為した事にならない?
やるせないですね、フリッツ殿下があがいた結果が帝国を弱体化だけなってしまう。 クロノ君の感じた嫌な予感はまだ残っているのかな? コスプレシスターさんには一人で遭ったら危ない気がする~。 にゃ~ん♪…
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