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閑話 奇跡とは

今作において、閑話は読まなくても本編の流れがわかる様に努力してこうと考えています。

その為、主人公以外の視点に興味はないという方は、読み飛ばしていただいても構いません。


それでも読んでくださるのなら、幸いです。



閑話 奇跡とは




サイド なし



 ───ズゥゥンン……!



「な、何事ですか!投石機でも撃ち込まれたんですか!?」


 シスター服の女が上げた声に、部屋の隅にいた黒づくめの男達が駆け出す。


 宰相補佐執務室には、部屋の主であるフリッツ皇子と彼女だけが残った。


「……クリスが、来たようだな」


「は?なにを……彼は今、ストラトスとかいう田舎貴族の所にいるはず。それも複数の貴族から攻め込まれる様に仕組んだでしょう。それが、こんな短期間で帝都に来られるわけがありません」


 常識を説くシスター服の女に、フリッツ皇子は椅子に腰かけたまま淡々と答える。


「そうだな。普通はそうだ。しかし、世の中には『天運』と『才能』をもち、それでいて『努力』まで欠かさない者もいる。そういう者達は、時に『奇跡』と呼ばれる偉業を成すのだ」


「……その口ぶり。もしや、皇太子が今日ここに来る事を知っていましたか?」


「いいや」


 目を細める女に、皇子は小さく首を横に振った。


「だが、あいつの目はひいお爺様に似ている。間違いなく英雄であった彼と、同じであったのなら……どんな奇跡を起こしても、不思議ではない」


「……そうですか。しかし、随分と悠長に構えていますね。そう思うのなら、御自分で指揮をとり迎撃に動こうと思わないのですか?」


「貴殿らが、帝城と帝都を燃やす為の時間を稼ぐ為に、か?」


 フリッツ皇子の言葉に、女の顔から感情が抜け落ちる。


 氷の様な無表情で、彼女は右手の袖から小型ナイフを取り出した。


「お気づきでしたか。意外と頭の回転が速いようで」


「まさか。ただ『もしや』と思っていたに過ぎない。いやにあっさりと軍を引いた事。そして、50人の兵士と貴殿が残った事。この事から、『ああ、モルステッド王国は帝都の占領ではなく、破壊を考えているのだ』という可能性が浮かんだに過ぎない」


 都市。それも大陸でも屈指の人口を誇るクロステルマンの帝都を占領するとなれば、かなりの人手が必要となる。


 いかに時代が進もうと、陸戦においてものを言うのは頭数。それはこの世界でも変わらない。


「大臣達や元老院の爺どもの監禁場所も、城の近く。おおかた、帝国の混乱を長引かせる為に帝都を燃やす準備をしていたのだろう?だが、奴が予定の何倍も速く来たものだから、その準備が出来ていない」


「……それで?フリッツ皇子は、家族の情を頼りにクリス殿下へ降伏でもなさるので?」


「情……情、か。そうだな。クリスは優しい子だと聞く。情に訴えるのは、ありかもしれない」


「へえ。それを私の目の前で言いますか」


 無機質な声音で、シスター服の女は口角をあげる。


 羽虫でも見る様な視線を浴びながら、フリッツ皇子は鍵つきの引き出しを開けた。


 ナイフでも取り出すのかと思っていた女だったが、出てきたのは封蝋に使う印璽(いんじ)と、既に封のされた手紙。


 予想外の物が出てきて困惑する彼女に、フリッツ皇子はそれらを差し出す。


「持っていけ。俺の印璽と、モルステッド王国軍と協力する様に命じる文書だ。俺の派閥の貴族に見せれば、彼らはとりあえず貴殿らに恭順する」


「……?どういうつもりですか?」


 一緒に城を脱出するというのなら、印璽や手紙を彼女に渡す必要はない。


 かといってクリス殿下に降伏するのなら、この行為はただ彼の首を絞めるだけだ。


 困惑を深めるシスター服の女に、フリッツ皇子は視線を鋭くする。


「裏切り者が信用されない事は、痛感した。しかしこれだけの『貢献』をした者を……その者の家族を蔑ろにすれば、今後モルステッド王国の調略を受ける者はいなくなるだろう」


「……まさか」


「これを手土産に、俺の妻と子を、そして孫を守ってくれ。頼む」


 椅子から立ち上がったフリッツ皇子が、深々と頭をさげた。


 モルステッド王国の諜報員とは言え、低い階級の彼女に。


「……理解できません。妻も子も、後でまた作ればいいじゃないですか。実際、『貴方はそうした』はずです」


「……そうだな」


 フリッツ皇子の現在の妻は、2人目にあたる。


 1人目とその人物との間に出来た子は、既に他界。……コーネリアス皇帝により、殺害されていた。


 フリッツ皇子は、第四皇子である。皇位継承権は高くなく、本人も自分は皇帝の器ではないと受け入れていた。


 兄達が将軍職につき成果を上げる中、彼は15歳で宰相補佐という役職につく。


 だが、宰相の実務的な補佐は秘書達の仕事だ。この役職は、お飾りに過ぎない。


 それでも彼は満足だった。法衣貴族出の妻をもらい、子を育み、幸せに一生を終える。権力争いからは1歩退いた場所で、静かに生きるつもりだった。



 クリス・フォン・クロステルマンが、皇太子に指名されるまでは。



 この異例の決定に、多くの皇族とその家臣達が反発した。そして、反発した全員が粛清されたのである。


 その粛清された者の中には、妻の実家も含まれていた。第一皇子派閥の、家だった故に。


 結果、連座として妻と子は皇帝の命令により処刑。既にフリッツ皇子の元へ嫁いでいた彼女や、その子供にまで責任が及んだのは、本来ありえない事である。


 彼と同じ様に、通常とは異なる判決結果で家族を失った者は少なくない。だが、誰も逆らえなかった。それほどに、コーネリアス皇帝は恐ろしい男だったのである。


 何故その様な暴挙に皇帝が出たのか不明なまま、フリッツ皇子は悲しみにくれた。それまで家族など駒でしかないと思っていたのが、失う事で考えを改める結果になったのは皮肉としか言えない。


 それから、彼は生き残った皇子の中で最年長という事で多くの政務と軍務につく事となった。もはやお飾りにしておく事はできない。血筋という『格』の為に、彼は酷使され続けた。


 全ては、クリス皇太子殿下が後で楽をできる様にする為に。


 その事には不満がなかったと言えば嘘になるが、それ以上にフリッツ皇子は恐怖していた。また、家族を皇帝に奪われるのではないかと。


 用済みになったら、きっと殺される。クリス殿下以外の皇位継承権持ちは、軒並み再起不能か理由をつけて処刑する勢いであった。結果的に実務面で成果を出してきた彼の存在を、皇帝が許すわけがない。


 不安で押しつぶされそうになっていたフリッツ皇子を支えたのは、今の妻である。そして、希望となったのは子供の存在であった。


 光が強くなる程、闇への恐怖は増していく。


 故に───彼は、国外へと手を伸ばしたのだ。助けを、求めて。


「……私はな。愚か者だ」


「はぁ?」


 突然愚痴をこぼし出した中年に、シスター服の女は低い声で疑問の声を上げる。


「地位に見合ったものは、血筋だけ。容姿も、頭脳も、武力も、なにもない。自分でも、どうしてこんな所にいるのかわからない男だ」


「あの、私急いでいるんですが」


「自分の幸福が、他人の幸福を奪って得ていたものであると。そして、これからもそうであると知りながら、何かを変えようとは思わなかった」


「今、まさに私が幸福を奪われています。時間と共に」


「それでも、それでもだ」


 鬱陶し気に顔を歪める女へ、フリッツ皇子は再度手紙と印璽を突き出す。


「家族の為なら、どんな外道にもなれる。これも、その一環だ」


「…………」


 女は、眉間に皺を寄せながら手紙と印璽を受け取る。


「生憎、私は家族の愛というものを信じません。そんなものがあったのなら、私は親からこんな汚れ仕事を押し付けられていない」


「そうか……」


「ですが、仕事として貴方の『貢献』は国に伝えます。この手紙と印璽も、最大限利用させて頂きます。ご家族の事は、まあ……陛下も無下にはしないでしょう。我らに従った者として、喧伝する為に多少の厚遇はするでしょうね」


「感謝する。ただ、生きてさえいてくれたのならそれで良い。生きてさえ、くれれば……」


 まるで頭を下げるフリッツ皇子をもう見ていたくないかの様に、女はそれ以上口を開く事もなく踵を返して、扉へと歩き出す。


 部屋から彼女が出て行った後、皇子は先ほど開けたのとは別の引き出しから紫色の小瓶を取り出した。


「すまんな……弱い夫で、父親で、祖父で、すまんな……」


 小瓶を懐に入れ、彼は壁に飾られた肖像画と、本棚の裏に隠していた絵を並べる。


 片方は、今の家族。もう片方は、粛清の際に失った家族。


 それを並べ、彼は小さく笑う。


「俺に奇跡は起こせない。自分なりに努力はしたが、きっと傍から見れば間違った努力だ。それすらどう間違っているのかもわからないぐらい、才能がない」


 フリッツ・フォン・クロステルマン。彼には、神に愛された様な天運も、他者を圧倒する才能もなかった。


 本人も自覚している様に、血筋だけの男。


「お前達と同じ所へは、いけないだろう。勇者教の言う『転生』など出来ず、地獄にて永遠に焼かれるに違いない」


 2枚の絵を撫でて、彼は服の上から小瓶に触れる。


 フリッツ皇子の予想では、帝都も帝城も燃やせない。


 彼に反発する近衛騎士達が、クリスの帰還に合わせ動いているはず。50人の工作部隊が何をしようと、準備不足なこのタイミングでは圧殺されるだけだ。


 恐らく皇族同士の戦いで中立の立場をとるだろう彼らも、帝都の守備には全力で動く。


 可能性があるとしたら、シスター服の女が街から呼んだ娼婦や飲食物に紛れて、帝城に運び込んだ『巨大な箱』の中身が帝都守備隊でも即座に対処できない代物であった場合のみ。


 しかし、彼女だけなら脱出の目もあるだろう。


 だが、万が一クリス殿下派閥が帝国を纏め上げ、モルステッド王国に勝利した時の『保険』も必要だと、彼は考えた。


 あの国が滅びた時、家族が『裏切り者の血縁』として処刑されるのを回避する為に。


「ああ……」


 一筋だけ、彼の頬を雫が伝う。


「死にたく、ないなぁ……」


 それが、フリッツ皇子の流した人生最期の涙であった。






読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
切ねえー そして皇帝KOEEEE 実は戦死を偽装してても驚かないなw
きついなあ・・・
皇族としては小物で器じゃなかったけど人としては普通だったのかもなぁ。 まあ大国の後続に見合う器持ってる人間なんてレアなんだが 実績考えれば官僚としては才能あったんだろうなぁ この世界持ってる者と持たざ…
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