第三十二話 血と硝煙と
第三十二話 血と硝煙と
礼拝堂を出れば、すぐ隣に城が建っている。
この世界の貴族の家は城か館だが、流石帝城といった所か。この世界で見たどの建物よりも大きい。
黒と灰を基調とした石造りで、所々に黄金の装飾が施されている。威厳と美麗さを両立させた、見事なデザインであった。
だが、今回は観光に来たのではない。
自分とアリシアさん、そしてストラトス家の兵士達。クリス殿下とシルベスタ卿達親衛隊。その2手にわかれ、城の正門と裏門へと回った。こちらが裏門側である。
本来は見張りが立っているはずの場所には誰もおらず、馬車がすれ違えそうなサイズの扉だけがあった。
「ちょっと待っていてください。今、中から開けて」
「いえ、急ぎますので」
「えっ」
単独で内部に侵入しようとしたアリシアさんを呼び止め、門の扉へと跳躍。
鎧の重量も合わさり、跳び蹴り1発で閂はへし折れた。
「わぁ、パワフルぅ」
若干引いた様子のアリシアさんを無視し、城の通路を確認する。
外から見ても大きな建物だったが、廊下まで広いらしい。大勢の人間が行き来する事を想定しているのだろう。
これならば剣を振るうのに支障はない。ハーフトラックでも通れそうな石造りの通路へと踏み出した。
「アリシアさん。案内を」
「うっす!じゃなかった、はい!」
近衛として城内部に詳しい彼女を先頭に、通路を進んでいく。
表から入ったのなら、赤い絨毯が出迎えてくれるのだろうが、裏口から入った結果床は城を形作る石材が剥き出しだ。
だがそれらも綺麗に磨き上げられ、固く怜悧な印象は受けても質素とは思えない。むしろ不思議な高級感さえある。石には詳しくないが、良い材料を使っているのだろう。
ガシャガシャと鎧を鳴らしながら進んでいれば、地下にある厨房からメイドが顔を出してきた。
彼女はこちらの姿を見るなり、悲鳴をあげる。
「ひ、きゃあ!?」
それにつられて出てきた使用人達も、それぞれ驚いた様子で声をあげた。
「な、なんだぁ!?」
「そ、その鎧、近衛の……」
「はーい。落ち着いてほしいっすー。あーしはクリス殿下の親衛隊っすからねー。非戦闘員の皆さんは部屋の隅にいてくださいっすー」
自分達の侵入に驚いた使用人達に、軽い調子でそう言って手をひらひらと振るアリシアさん。
その中には近衛騎士と思しき人もいたのだが。
「うぇ!?ジェラルドのホラじゃなかったのか!?どうやってこの短期間で帰還を!?」
「待った待った!俺達は敵じゃない!」
「マジかよ。酒場行かなきゃ」
ジェラルド卿が呼び掛けたとは言え、帝都守備隊の内『殿下派』が即座に撤退できたわけもなく。彼らはアリシアさんを見るなり慌てた様子で敵意がない事を示してどこかへと去っていった。
一瞬、だまし討ちを警戒したが……全員、そういう雰囲気はない。『死の気配』も感じられなかった。
そんなやり取りをしながら、1階から2階へ。そして次の階段を上っていく。
「しまりませんなぁ」
「ま、普段はわりと暇っすからねー。近衛騎士団って言っても。式典とかない日は、訓練以外は城の見回りしか仕事がないっす」
ケネスの気の抜けた声に、アリシアさんが笑い交じりにそう答え。
「でも、どうやらここからが本番の様です」
3階までやってきた所で、彼女の声音が氷の様に冷たくなる。
通路をずんずんと進むアリシアさん。彼女が曲がり角に差し掛かった所で、猛烈な『死の気配』を感じ取った。
咄嗟に肩を掴んで引き戻そうとするが、それより先にアリシアさんは後ろへ飛び退く。
直後、彼女の頭があった位置を何かが通り過ぎ、壁に突き刺さった。
「なっ!?」
うちの兵士達が、何事だと砕けた壁を見つめた。
自分にも、飛んできた物体が見えたのは一瞬。アレは、
「矢……?奴ら、攻城用のバリスタを城の中で使ってんのか……?」
頑丈な石造りの壁。そこに、1本の矢が小さなクレーターを作り突き刺さっている。
ガラガラと、重い音をたてて砕かれた石材の破片が床に転がった。
「いいえ、違います」
兵士の言葉を否定し、ちらりと角の向こうへと顔を覗かせる。
直後、顔面狙いで飛んできた矢を回避。その際に見えた物を、彼らに伝えた。
「弓矢です。指で弦を引き、矢を放ってこの威力の様です」
「……なんとまぁ」
こちらの言葉に、ケネスが頬を引きつらせた。
「通路に机や椅子、倒した本棚を使ったバリケードが設置されています。その後ろから、魔法の詠唱をしている者が3人。弓を構えている者が1人。更にその後ろでは5人から10人が武器を手に近接戦の用意をしている模様」
淡々とした報告をした後、アリシアさんが通路の角から向こう側に声を張り上げる。
「フリッツ皇子に与した近衛騎士達よ!聞け!彼はクロステルマン帝国を他国に売った!薄汚い裏切り者である!刃を納め、道を空けよ!」
「笑止!その様な証拠、どこにもあるまい!貴殿らこそ、城へと無断で侵入した罪を償うべきだ!」
「よもや、素面で言っているわけではあるまい!帝城にモルステッド王国軍が滞在し、我が物顔で過ごしている。これ以上の証拠があるか!」
「……まあ、反論の余地はありませんな」
「では!」
「しかし」
風切り音。ほぼ同時に、通路の角が大きく抉れる。
衝撃波と共に石くれが飛び散り、アリシアさんの前へ出た自分の鎧にぶつかりカンカンと音をたてた。
「我らは、あのお方の為に戦いたいと、思ってしまった。そうである以上、引く事はできん」
「っ……国を裏切るのか!近衛騎士ともあろうものが!」
「我らも人の子だったのだ。クリス殿下の親衛隊よ。全てを持っていたあのお方ではなく、血筋に見合ったものを何1つ持っていなかったフリッツ皇子の、力になりたいと思ってしまう程度にはな」
「全てを、持っている?……貴様らに、殿下の何がわかる!」
激昂し飛び出そうとするアリシアさんの肩を掴み、小声で話しかけた。
「このまま会話を続けてください。僕に考えがあります」
「……承知」
フルフェイスの兜越しでも、苦虫を噛み潰した様な顔をしている事がわかる。
彼女が角の向こうに怒鳴りつけるのを横目に、自分は少し後退して近くの壁を軽くノックした。
元来た道を引き返しても、迂回は出来そうにない。見栄え重視のこの帝城も、一応は防衛戦を考えた造りをしている。敵兵が乗り込んできた備えは、最低限されている様だ。
かといって、近衛騎士程の手練れに正面から突っ込めば、魔法と矢が出迎えるだろう。
それらを防ぎきって間合いを詰めても、バリケードがあるのだ。蹴散らす事は容易いが、その一手が致命的な隙となりうる。
では、どうするか。
「ケネス。僕が向こう側で暴れたら、こちらから攻撃を。絶対に全身を角の先へは出さない様に」
「はっ。しかし、どうやって向こう側に?」
「いや、どうもこうも」
ジェスチャーで兵士達をどかし、通路の端まで移動した後。
「道が無いのなら、作れば良い」
思いっきり、踏み込んだ。
この通路は広い。数歩分は加速に使える。左肩から石壁へと体当たりをし、粉砕。絵画や石像が置かれている部屋に突入した。
美術品らしいが、あいにくと審美眼に自信がない。今作戦の費用は全部クリス殿下もちなので、気にせず走らせてもらおう。
体当たりした勢いを一切緩めず、そのまま疾走。皇帝陛下の絵が飾られた壁へと突っ込み、これも打ち砕いた。
次の部屋も、その次の部屋も体当たりで打ち砕き、そして。
「なんだ!?」
「こ、この音……まさか!」
扉越しに聞こえてきた近衛騎士達の声に、方向転換。石床と足裏で火花を散らしながら、進路を通路側の壁に。
足を止めずに突き進み、壁へと突っ込んだ。
「はあああああ!?」
絶叫をあげる近衛騎士。作戦通り、バリケードの内側へと回り込めた。
我ながらアホみたいな策だが、上手くいったのならそれは良策なのである。
「この、化け物め!」
だが、流石は帝都守備隊。彼らは驚きこそしたが、即座に対応してきた。
分厚いタワーシールドを構えた騎士が、こちらに突撃してくる。かなりの巨体だが、それを覆ってしまう程の盾。
だが、魔剣と同じ素材ではない。即座にそう判断し、盾ごと叩き切らんと大剣を振り下ろす。
ずるり、と。盾へとめり込んでいく刃。1秒とかからず、相手の頭蓋を砕くはずだった。
「ぬぅぅん!」
だが、コンマ数秒の中で近衛騎士は盾を横に傾ける。刃にかかる力の向きが狂い、刀身は彼の肩鎧を砕くに留まった。
それで近衛騎士の動きは止まらず、いつの間に持っていたのか、右手のスティレットを突き出してくる。
兜のスリット目掛けて迫る鋭い切っ先。咄嗟に左の拳を相手の腕に叩き込んで、得物を弾き飛ばした。
鎧越しに骨を砕いた感触が伝わってくる。仰け反った盾持ちの近衛騎士。彼の体が傾いた直後、その側頭部スレスレを通って矢が飛んできた。
「くっ!」
体を後ろに仰け反らせながら、盾持ちの腹を蹴り飛ばして剣を引き抜く。兜の面頬を鏃が擦れ、火花と衝撃が発生した。
バク転の要領で後ろに跳び、転倒を回避して構え直す。その頃には、眼前に魔法の火球が迫っていた。
「おおっ!」
横薙ぎに剣を振るい、迎撃。火の粉が舞う中、刀身の下を潜る様にまた別の近衛騎士が間合いを詰めてきた。
大剣の内側に入って来た彼は、腕をこちらの背に回してくる。
腰布越しに迫る刃を察知。両刃の剣の背を使って、こちらの鎧のない箇所を切るつもりか。
裏腿を切られるより先に、眼前の騎士へと頭突きを叩き込む。刃の軌道が逸れ、背当てに刀身はぶつかった。
「……!」
確実に前頭葉を潰した1撃。だというのに、兜を大きくへこませた近衛騎士がこちらの右腕を脇に抱える。
死に際の拘束で剣を封じられた直後に、両サイドに跳びこんできた次の近衛騎士達。
左右から振るわれた剣を、左の籠手と右肩の鎧でどうにか受ける。
やはり、強い……!
だが、生憎とこちらも1人ではないのだ。
───どぉぉん……!
「なっ……」
自分から見て前方。バリケードが組まれていた場所が、爆発した。
なんという事はない。壁をぶち抜いて現れるという奇行を成した自分に気をとられている隙に、ケネスが手榴弾を投げたのである。
その短い間にこうも攻められたのは、予想外であったが。
爆炎が舞う中、飛来する鉛玉。碌に狙いをつけずに放たれたそれらが、壁や天井を抉る。
それでも通路内の事。何発かは近衛騎士の体に直撃した。
「がっ!」
「ぐ、なんだ、魔法か!?」
幾つもの銃声が通路に響く中、自分にも弾丸が当たる。しかし、この鎧は特別製だ。並みの貴族では着て歩く事もできない程度には、分厚い。
鋭角な傾斜もあって、ライフル弾であろうと貫通しない程である。同じ場所に2発3発と当たったら、流石に別だが。
左右の近衛にも当たった様で、右手側の方は側頭部を、左手側の方は肩を撃ち抜かれている。
「この……!」
「ふん!」
衝撃で転倒した彼の頭を、思いっきり踏み潰す。首から上を失った死体は、最期にこちらのふくらはぎを掴んできた。
「……」
それを無言で振りほどき、視線を周囲に巡らせる。
精鋭である近衛騎士達も、ライフルで撃たれれば無事では済まない。頭や心臓を撃ち抜かれなければ死なないだろうが、怯みはする。
そこへ、爆炎を突っ切ってアリシアさんとケネスが跳びこんできた。
彼女の剣が、一刀で敵近衛騎士の首を刎ねる。その横ではケネスが倒れている騎士の頭に鉛玉を撃ち込んでいた。
室内戦を想定して一粒弾ではなく散弾を持ってきたが、至近距離なら無事鎧を貫いて近衛の頭蓋を砕けた様である。
ポンプアクションで次弾を装填し、体勢を立て直そうとする敵近衛騎士達に次々発砲するケネス。牽制は彼に任せ、手負いを素早く切り伏せていくアリシアさん。
自分が加わるまでもなく、残りの近衛騎士達は一掃された。
「……お見事です、クロノ殿」
一瞬だけ何かを言いかけたアリシアさんが、こちらに小さく頭を下げてくる。
「いえ、そちらこそ。見事な剣技でした。ケネスもご苦労様」
「ぬははは……!て、帝都守備隊に勝つとは……ま、末代までの誇りですな……!」
うちの兵士達は『ケットルハット』というヤカンにも鍋にも見える鉄兜を採用しているのだが、顔は露出している。
おかげで、ケネスの引きつった顔がよくわかった。
「そうですね。でも、戦いはまだ前哨戦ですので。絶対に油断しないように」
「その通り。帝都守備隊の力はこの程度ではありませんよ。ケネス殿」
「は、ははは……若様と戦いが成立する奴らがまだゴロゴロと、ですか……武者震いが、止まりませんなぁ……!」
震える指で弾をショットガンに込めていくケネス。彼の後ろからやってきたストラトス家の兵士達も、顔が真っ青だった。
「うわぁ……見たかよ。こいつ、若様の剣止めたぞ……」
「見てねぇよ……でも戦闘の音が一瞬じゃなかったのは聞こえてたよ……!」
「バケモンしかいねぇのか……!」
……うちの兵士達、基準を僕にし過ぎでは?
まあ、油断も慢心もない様なら御の字である。これ以上は求められない。
何より、うちの領民には『戦争は怖いもの』『やらない方が良いもの』と教え込みたいので、丁度いいとすら言えた。
なにせ、戦争ほど非生産的な事はない。経済的にも、倫理的にも。
「先ほど発砲した人は弾を込めてください。いつでも撃てる様に。ただ、味方を撃たない為に指はトリガーから離して。良いですね?」
「はい!」
一斉に大声で返事をし、弾込めを行ううちの兵士達。その間に、アリシアさんが倒れている近衛騎士達の体へと剣を突き刺していた。
死体を無用に傷つけているわけではない。死んだふりをしている者がいないか、そして致命傷を負いながら死に切れていない者を介錯する為である。
「…………」
「アリシアさん。代わりますか?」
「いえ。今、最後の1人を確認しました。大丈夫です」
硬い声で返す彼女の背を、鎧越しに叩く。
「では、背筋を伸ばしてください。兵士達が見ています」
「……うっす。勿論っすよ、クロノっち」
少しだけ、声に熱が戻ってきた。
「このまま殿下に逆らう奴らは皆殺しっす!頼りにしてるっすよ、皆さん!」
「お、おう!」
空元気だろうが、声を出していればいずれ本当に大丈夫になる。
本当に、内戦というのは嫌なものだ。この倒れている者達の中にも、アリシアさんの知り合いがいたかもしれない。
これが帝国全土に広がる前に、止めなければ……。
「さあ、行くっすよクロノっち!またドカーンと頼むっす!」
「……はい。あの、兵士達の前でクロノっちは、ちょっと……」
それはそうと、兵士達の前で示しがつかない呼び方はやめてほしい。
あと無駄に目を輝かせるな、ケネス。違うから。そういう関係じゃないから。
恐怖も、後悔も、喪失感も誤魔化す様に。血と硝煙の臭いを纏いながら進んでいく。
今ぐらいは、陽気な空気で足を動かした。
なにせ、これから何度も同じ様な光景を作らねばならないのだから。
読んでいただきありがとうございます。
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