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第二十五話 外道となれ

第二十五話 外道となれ




翌朝。


「ん~~~~~……!」


 目が覚めると、そこにはキス顔の父上がいた。


 反射的に顔面へ拳を叩き込む。3回転捻りしながら吹き飛び、彼は頭から壁に突き刺さった。


 思わず全力で殴ってしまったが、衝突の瞬間ヘッドスリップでダメージを軽減しつつ、四肢のバネを使って自ら吹き飛ぶ方向に跳躍していた気がする。


 相変わらず、残念極まりない性格のくせに能力はやたら高い人だった。


「ふ……おはよう、クロノ。良い朝だな」


「おはようございます、父上。おかげ様で最悪の目覚めです」


「やれやれ。フラウに続き、お前までツン期か……」


 なにが『やれやれ』だ、この壁尻当主。


 壁から下半身のみこちらに出している父上に、そう言えばと手を叩く。ちょうど、周囲に他の気配はない。


「父上。昨日は忙しくてお伝えできなかった事があります」


「どうした?なんでも言ってくれ。もしや、俺への愛の言葉か?ふふ、親子とは言え、照れてしまうな……」


「クリス皇太子殿下、実は女性です」


 瞬間、ケツの雰囲気が変わる。


「───それを知っているのは?」


「皇太子殿下ご本人と、彼女の親衛隊。そして自分だけです。それと、こちらが気づいている事を殿下達も知っています」


「ケネス達も知らない、という事でよいのだな?」


「はい」


「ふむ……」


 ケツをこちらに向けたまま、父上が何やら考え込む。


「現状、クリス殿下が我々にとって最も都合の良い神輿だ。しかし、爆弾が大きすぎる。声や骨格、喉仏からもしやとは思っていたが……偶にあれぐらい中性的な貴族もいるので、気づく者は少ない、か」


「そうなのですか?」


「有名どころだと、ホーロス王国の国王が少女と見紛う容姿だとか。彼まで実は女だったとは考えづらいが……まあ何にせよ、この辺りも含めて明日の話し合いで今後どうするか確認しよう。元々人払いをしておくつもりだったが、より入念にせねばな」


「はい」


「クロノ。とりあえずお前は予定通り殿下と行動を共にし、本来の性別がばれない様に協力を……」


 そこまで言って、父上の肉厚な尻が跳ねた。


「待て。女?女と、クロノが、一緒に?どこの馬の骨とも知れない、奴と?」


「今皇太子殿下を『馬の骨』呼ばわりしました?」


「許さん!そんな事お父さん許しませんよ!」


「貴族として許されない事を言ったの父上ですからね?」


 いつもの発作が出ている父上をよそに、着替えを済ませる。


 そのタイミングで、扉をノックしてメイドのアーリーが入ってきた。


「おはようございます、若様。っと、もう。またご自分でお着替えを済ませてしまったのですか?」


「はい。今日は忙しくなるので」


「まったく。やはり、グリンダを毎朝こちらに寄こした方が良いでしょうか。いいえ、いっそ毎晩……」


「ならん!絶対にならんぞ!当主の権限でもってそれだけは絶対に阻止する!」


「そして、またお館様はお館様したんですか?」


「はい。父上が父上したので、殴りました」


「んもー。壁の修理だってお金も時間もかかるんですからね?お館様」


「待ってくれ。お館様や父上という単語を動詞にまで使っていないか?あと怒られるのは俺なのか?」


「じゃあ、僕はもう食堂の方に行くので」


「待てぃ!?まだ話は終わっていないぞ!」


「どの様なお話なのですか?」


「僕が女性と一緒にいるのが気に食わないという話です」


「お館様。子離れしてください」


「ちっがーう!これは高度に政治的なだなー!?」


 壁尻父上を放置し、食堂へと向かった。



*     *     *



「今日はよろしく頼むな、クロノ殿!」


「はい。こちらこそよろしくお願いします、殿下」


 朝のアレコレを終え、殿下とアリシアさん……『アリシア・フォン・シュヴァルツ準男爵』の2人と相対する。


 シルベスタ卿はグリンダの傍にべったりとついており、延々とラーメンについて語っていた。同胞が凄い目でこちらを見ていたが、きっと気のせいだろう。


 殿下のご意向で他の親衛隊の方々も今日は休みとなり、今回彼女の護衛はシュヴァルツ卿と自分だけとなった。


「しかし、本当に良いのか?アリシア。護衛ならクロノ殿がいるから、問題ないと思うのだが……」


「そうおっしゃらないでください、殿下。私も親衛隊の副隊長として、面子があるのです。いかにクロノ殿が頼りになる方とは言え、御身の傍に親衛隊が1人もいないとあっては、我らの存在意義が問われてしまいますので」


 ニコニコとそう語るシュヴァルツ卿の内心は、その笑顔からは読み取れない。シルベスタ卿と違って表情豊かな女性なのだが、流石はプロと言ったところか。


 見た目こそ黒髪を短いポニーテールに纏めた、快活そうな美少女である。しかし、その立ち姿に余分な力を感じられない。


 恐らく、親衛隊はストラトス家を警戒している。だが同時に、殿下の為に頼らなくてはいけない存在としても認識している。


 故に、1人だけの護衛か。シルベスタ卿でないのは、クリス殿下から『いい加減休め』とでも言われたからだろう。あの人、撤退戦の最中まともに寝ていない様だったし。


「それに私もストラトス家に興味があるのです。ご迷惑でなければ、殿下と一緒に案内してほしいのですが……」


 申し訳なさそうにこちらを見てくるアリシア卿に、こちらも笑顔で頷く。


「勿論大丈夫です、アリシア卿。お2人の案内役、しかと務めさせて頂きます」


「むぅ。クロノ殿がそう言うのなら」


「ありがとうございます。それにですね、殿下。私もこうして私服ですし。結構羽を伸ばしているのですよ?」


 彼女の言う通り、鎧も剣もなく白いシャツと紺のロングスカートというラフな格好だ。


 ……それにしても、この人もやはり平均以上だな。本当にスタイルで娘の親衛隊を選んだのではないか?皇帝陛下は。


「だったらいっそ、もっと普段通りの喋り方をすれば良いではないか。休日なのだろう?」


「あー……しかし、クロノ殿に失礼かも」


「口調の事でしたら、どうかお気遣いなく。自分は気にしませんので」


「あ、そっすか?いやー!話がわかるっすねー、クロノ殿!」


 許可が出た途端、シュヴァルツ卿がこちらの肩をバンバン叩いてくる。


 シルベスタ卿と会話する様子を見て思っていたが、この人素の喋り方が前世の運動部っぽいな……。いや、年齢だけなら本当に高校生ぐらいだけれども。


「それではクリス殿下。シュヴァルツ卿。どうぞこちらに」


「うむ」


「あ、あーしの事はアリシアで良いっすよ!アーちゃんでも可!」


「……では、アリシアさんで」


「お堅いっすねー、クロノ殿。いや『クロノっち』!」


「クロノっち……」


 肩を組んできそうな距離感のシュヴァ……アリシアさんに、思わず頬を引きつらせる。


 胸が二の腕に当たるか当たらないかの距離にあるせいで、どうにも落ち着かない。グリンダとの日々の会話で前世よりは異性慣れしているが、それでもこういったノリは初めてである。


 というか……もしかしたら、前世含めて、物心ついてから異性に親しみのこもったあだ名を呼ばれたのは初めてかもしれない。


「すまないクロノ殿。アリシアも良い子なのだが、ちょっとだけ軽いのだ。頭が」


「そーそー!良い子っすからねあーし!って殿下?頭が軽いは酷いっす!?」


 がびーん、と擬音がつきそうな顔のアリシアさんに、殿下がクスクスと笑う。


 こうしていると、仲の良い友達同士の様だ。


「殿下がいつもの口調でって言ったんじゃないっすかー!」


「はっはっは!すまんすまん!」


 ……それはそうと。



 仲良し女子2人組みに話しかけるの、すっごくキツイ……!



*    *     *



 何はともあれ、馬車にて殿下達を案内する。


「ほー……ストラトス家は本当に発展しているな。領都とは言え、地方とは思えん」


 馬車の窓から道の端を歩く住民達を見て、殿下が感心した様子で声を漏らす。


「普通の店や家々に、ガラス窓が使われている。それに子供も多い。服もボロではなく、きちんとした物を着ている者ばかりだ。髪や肌も清潔だし、艶が良い……飢えとは縁遠いのだな。やはり、食料の保存技術か?」


「それもありますが、生産量もあるかもしれません。我が領では独自の農法を実践しておりますので、畑1つから収穫できる量が多いのですよ」


「おお。独自の農法が……」


「はい。ここ数年は農民達も生活に余裕が出来ており、一部では有りますが奴隷を購入して人手を増やしている者もいます」


「……奴隷を、か」


 殿下の表情が、一瞬だけ歪む。


「奴隷制度は、御嫌いですか?」


「へ?あ、いや!そんな事はなくてだな!」


「自分も、あの制度が好きではありません」


「えっ」


「っ!」


 クリス殿下が気の抜けた声を出し、アリシアさんが思わずといった様子で目を剥いた。


 無理もない。奴隷制度は歴代の皇帝陛下がお認めなり、元老院も可決したもの。そして、多くの貴族が奴隷を使い領地を運営している。


 これを否定する事は、政治批判と言っていい。


「……そうだな。ボクも、好きじゃない」


「殿下」


 若干咎める様な声音でアリシアさんが止めようとするが、クリス殿下は小さく首を横に振った。


「クロノ殿なら、大丈夫だ。仮にも皇太子という立場のボクが、彼ら彼女らの扱いにとやかく言うのは、違うかもしれない。でも……」


「自分は、御身のお考えに賛同いたします。ですが、今すぐ奴隷制度をなくせば困るのはむしろ奴隷達の方だ。故に、我が領では奴隷達の『買い戻し』を認めています」


「買い戻し?」


「はい。奴隷として働いている間も、その労働内容に応じて給料を計算。買われた時の金額に達したら、己を買い直す権利を与えるのです。無論、買い戻す前に使い潰すといった行為は許しません」


「そんな事、初めて聞いた……」


「恐らく、うちの領以外では行っていないでしょうから。この買い戻し制度を始めてから、ストラトス家において奴隷達は熱心に働く様になりました。彼らは自身を買い戻してからも領内に住み、働き、生活する事で経済を回す。ストラトス家の発展には、こういった試みも関わっております」


「す、すごい……!」


 目をキラキラとさせるクリス殿下。それに対し、ニッコリと返す。


「ただ憐れむだけでは、施すだけでは誰も救われません。経済活動の一部にしてしまう事で、彼らの生活を守れると考えております」


「考え方まで先進的だな、ストラトス家は!」


 興奮した様子のクリス殿下だったが、すぐにしゅん、と項垂れてしまった。


「だが……今、このストラトス家は窮地なのだろう?ボクの、せいで」


「殿下……」


「なんとなくわかる。カール殿は戦の支度をしているのだろう?ボクが領内に入ってからという事は、戦争の理由はこの首だ。兄上か姉上かは知らないが、もし……もしも、ボクの命で戦いを止められるのなら」


「殿下」


 少しだけ、声を大きくして言葉を止めさせる。


「正直に言いましょう。たしかに、宣戦布告の名目は殿下の身柄についてです」


「っ……なら」


「本当は、もうわかっているのでしょう?これは御身の問題だけでない事も。そして、フリッツ皇子達に、帝国を任せる事も出来ないのも」


 こちらの言葉に、クリス殿下が押し黙ってしまう。


 アリシアさんが気遣う様に彼女の肩を撫でるのを見ながら、思考を巡らせた。


 やはり、殿下に皇位を継ぐつもりはない。未だ、自分より相応しい者がいるのではと思っている。


 だが、理性では全く別の結論を出しているはずだ。帝国の未来を考えるのなら、他国を引き入れるフリッツ皇子もサーシャ王妃も、論外であると。


 そして、亡くなられた皇帝陛下によって他の有力な皇位継承者はいない。


 クリス殿下が立つしか、帝国に未来はないのである。


 ───そして、ストラトス家としても彼女に折れてもらっては困るのだ。


 自分が今日すべきは、ただの接待ではない。この方に、『ボクが玉座に座る』と思わせる事だ。


 どうせ見ただけでストラトス家の秘密を暴いてしまうのなら、いっそさらけ出してやろう。短い付き合いでもわかった。この方と自分の……21世紀日本の価値観は、相性が良い。


 野心がないというのなら、野心を『作らせる』。このストラトス領をモデルケースに、帝国全土を『こうしたい』と思わせるのだ。


 それが出来る地位は、この国において1つしかない。


 ───領主たるもの、領地と領民の為に外道となれ。


 父上から何度も聞いたこの言葉を、実践する。


 無垢な少女に覇道を進ませようと言うのだ。自分は今度死んだら、転生ではなく地獄に行くかもしれない。


 だが、それも覚悟の上である。この2回目の人生は、領民達の血と汗と涙で作られている事を、知っている故に。


 むろん、現世にて己の幸福は求めさせてもらうが。それぐらいの役得はないと、モチベーションを維持できないタイプの人間なのだ。自分は。


 目の前の、お優しい方と違って。


「……いったん、戦の事も、これからの事も忘れましょう。今はただ、我が領地を知ってください。楽しんでください。共にオールダー王国と戦った戦友としての、お願いです」


「戦友……そう、だな」


 クリス殿下が、顔をあげる。


「教えてくれ。この土地の事を。そうしたら……なにかが、掴めるかもしれない」


「はい。()()()殿()()



 御身は、絶対に逃がしません。



 僕達の為に。ストラトス家の為に。貴女には、共に地獄へ堕ちて頂く。





読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
クロノが殿下を落しつつ逆に親衛隊はクロノを私たちで堕とせればと考えてそうである意味両者の思惑は一致している……殿下を除きww
ホントに頭が軽かったら親衛隊の副隊長なんかにはなれないでしょ。 陽キャでパリピでうぇーいでもいざとなったらなんでもするタイプと見た。 殿下はクロノにうまいこと誘導されてその気にさせられた後、 それに…
アリシア準男爵… くせ者ですね。 気さくな親衛隊副隊長として、気安い態度で主君であるクリスに接しながらも ちゃんと公私のけじめはわきまえています。さらに"素"の彼女は、いきなりクロノのふところに飛び…
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