第二十四話 ストラトス家会議
第二十四話 ストラトス家会議
「勇者達よ、よく頑張ってくれた。恩賞は既に用意してある。そこの執事の指示に従って受け取った後、乗り合いバスを使って帰宅すると良い。それと、恩賞の中には領都の娼館への紹介状もあるので、妻子のいる者はバレない様にな!」
と、フラット達兵士達を解散させた後、自分は父上の執務室に呼ばれていた。
メンバーは自分、父上、姉上、アレックス、ケネスの5名である。
「まず、クロノ。改めてお前が無事に帰ってきてくれた事を心から喜ぼう。本当に、無事で良かった……!」
「ご心配をおかけしました」
「ケネスもよくやってくれた!ボーナスには期待しておけよ!」
「はっ!生い先短い中頑張った甲斐がありますな!」
目に薄っすらと涙を浮かべた父上が、上機嫌にそう言った後。
「本当はお前達の無事な帰還を三日三晩祝いたいのだが───現在、我がストラトス家は『3つの男爵家と1つの子爵家から宣戦布告を受けている』のでな。ちょっと無理だ!」
あっさりと、そう言った。
周辺の貴族達がうちに攻めてくる事は、正直予想はしていたが……流石に速すぎる。
「……もう、ですか?」
「ああ。奴らの要求を教えよう」
父上が小さく肩をすくめた後、アレックスが自分に1枚の紙を差し出してきた。
どうやら、宣戦布告してきた家々から送られてきた物の写しらしい。
「……彼らは、フリッツ皇子の下についたのですね。殿下の身柄を要求してくるとは」
「この辺を取りまとめている伯爵の妻が、フリッツ皇子の親戚だからな。その筋だろう。つまり、争いになっても仲介は期待できない」
クロステルマン帝国において、伯爵以上の貴族達は大きな権力を持っている。
単純に動かせる金や人が多いから、というのもあるが、それ以上に『元老院への参加権』を持っているのが大きかった。
元老院は伯爵以上の領地持ち貴族と、法衣貴族の議員達と大臣達で構成されている。
参加権を持っているという事は、その場で発言できるという事。田舎貴族の行く末程度なら、簡単に決定できてしまう。
閑話休題。つまり、ここら一帯は全て敵に回ったと考えて良い。
なんなら、伯爵は最初から皇帝の死についても……。
「相手は『反抗するのなら叩き潰す。素直に皇太子殿下を差し出すのなら進軍はしない』と言っているが」
「代わりに、『皇太子殿下を売った』という汚名を被りますね。それにより、『格付け』を済ませ後はストラトス家の金や技術を吸い上げようと」
「そうなるだろうな」
なんとも理不尽な話である。
「クロノ達を道中襲わなかった理由について『負けて逃げてきた友軍を襲うのは忍びない』とぬかしていたが、本音はうちの領都に殿下が入るのを待っていたのだろう」
「ストラトス家にフリッツ皇子へのパイプはない以上、彼らを無視して殿下を捧げるとか無理ですからね。ただ、それにしても動きが早い。僕らが皇太子殿下と行動を共にしていたのを、国境を超える前から知っていたとしか……」
「それはお前。クロノが平原で派手に暴れながら、『殿下の使いである』と叫んでいたからだろう。名乗り自体はしなかったそうだが、クロノの鎧姿を見ていた者は少なくないからな」
「あー……」
「奴らの事だ。真っ先に逃げ出したからお前の活躍は直接見ていないだろうが、流れてきた噂から察したのだろう」
オールダー王国やそれ以外の敵国には身元を見抜かれない様、紋章も隠していたのだが……進軍中は特に隠していなかった。
他の貴族達も派手な格好なので目立ってはいないと思っていたが、よく考えれば『どの家がどの程度の財力を持っている』と把握する為、装備をチェックしていた者がいてもおかしくはない。
「多国籍軍を足止めして、うちが通り道になるのを防ぎたかったんだろう?だが、そのせいで帝国内でストラトス家は完全に殿下派閥になっているな」
「……申し訳ございません。僕の判断ミスです」
「いや、怒ってなどいない。俺でも同じ事をした。こういうのは、その場じゃ正解なんてわからない。後から正解にもっていくものだ」
「……ありがとうございます」
小さく頭を下げた自分の背を、姉上が軽く叩く。
「背を曲げるのはやめなさい、弟。胸を張る。背筋はピンとする。誰が何と言おうと、あの戦いで貴方は勝利した。誇りなさい。散っていった者達への敬意もこめて」
「……はい」
姉上の言葉に、ピンと背筋を伸ばす。
「さて。問題は、この要求に対してどうするか、だ」
父上が、ニヤリとした笑みを浮かべる。そして、指を3本たてた。
「降伏するか、独立するか、殿下を擁立するか。お前達はどれが良いと思う?」
「私は、独立を推させていただきますな」
真っ先に、アレックスが声をあげる。
「降伏は論外です。彼らに首を垂れれば、どちらかが滅びるまで食い物にされる。反抗する為の牙を奪われ、首輪を嵌められる事でしょうな」
周辺の貴族達を一切信用していない言い様だが、その事は誰も否定しなかった。
彼らが特別外道なのではなく、単純に帝国貴族とはそういうものなのである。抗えない者が悪い。弱肉強食という考えが、帝国……いいや。この大陸では常識なのだ。
「かと言って、クリス殿下を皇帝にするのはあまりにも障害が多い。ここは周囲の領地を占領し、力をつけ1つの国家となるべきかと。小国を名乗れるほどの力がつけば、今後の交渉を有利に進められます。それこそ、どこかへ恭順する際に牙を完全に抜かれない程に」
「ふむ……ケネスはどう思う?」
父上の目が、老騎士に向けられる。
「私は……クリス殿下の擁立を目指すのを推します。これは若様から教えてもらったのですが───」
そして、彼はハーフトラックにて自分が言った話を述べた。
「……話はわかったが、その考えに賛同する。というのがケネスの意見なのだな?」
「はい」
「よろしい。では、フラウ」
「そうですね……」
姉上は相変わらず何を考えているのかわからない無表情で髪をかき上げた後、ゆっくりと語りだす。
「どの陣営につくかは別として、周辺貴族のどこかを調略するか、あるいは離れた位置の貴族に同盟を持ちかけて、味方を増やすというのは?」
「……検討はするが、現状すぐに出来る事ではないな。前者の方は、特に難しい。ストラトス家はかなり恨まれている」
「恨まれている?どうしてですか、父上。我が家は周辺の家と特別もめ事を起こしていないはずだけれど」
「そうだな。だが、何をしていなくても、恨まれる事はある。この場合、妬まれると言った方が正しいかもしれんがな」
「……そう。たしかに、この辺で唯一羽振りが良い家ですものね」
この辺りは、びっくりする程に田舎である。
帝都からは遠く、山と森ばかり。港もストラトス家の物以外だと、かなり遠くにしかない。これといった産業がないのだ。
一応、鉱山を抱えている家もあるが……それを開発する資金も技術もないのだろう。どこかから金を借りようにも、商人達は伯爵とうち以外の所には来たがらない。というか、この世界商人への借金を踏み倒す貴族が多すぎるのである。
そんな中で、ストラトス家は経済力だけなら伯爵とタメを張れるか、成長度合いなら上回っている程だ。
周辺の家々からは『どうしてお前だけ』と睨まれているし、伯爵家からも『子爵家が生意気な』と思われている。
まあ、たぶん姉上を嫁に出さない。僕も彼らの所から嫁をもらわない。そんな状況が、余計に『お高く留まりやがって』と恨みを買っていそうである。
……あれ?これ父上のせいもなくない?
「おっほん!では、クロノ。お前の意見を聞こうか!」
表情に出ていたのか、父上が若干焦った様子でこちらに話を振ってくる。
いや、まあ。どこの家と組んでも他の家から睨まれそうだし、金をせびってくるのが目に見えていたので、とやかく言う気はないけれど。
なんにせよ、今更その辺を蒸し返してもしょうがない。思考を現在に戻す。
「ケネスも言いましたが、僕は殿下の擁立を目指したく思います」
「それなー。正直、俺もクロノと同じ意見ではあるんだよ」
父上が、後頭部を掻きながら笑う。
「戦争中より、平和な時の方が経済は回る。今のストラトス家について言うのなら、その通りだ。食料自給率も、人口の推移も、製品の販売も。戦争前の方が順調だ。既にガラスや磁器の売り上げに影響が出ている。かと言って、よその領地を襲って土地や物を手に入れても……」
「利益はすぐに出てこない。勿論時間をかければ別でしょうが、利益が出せる様になるまではかなり手間でしょうね」
「ま、土地は欲しいがな!人口は増えているが、いずれ開拓にも限界がくる。いざという時、ストラトス家だけで生産と消費が間に合う様にしたいと、今回の件で改めて思った。ま、土地と人を増やしたらまた新しい産業が出来そうだから、結局はよそと繋がらないといけないのだろうが」
「ですね。かと言って、ストラトス家が上に立つには格が足りない」
「人もな。お前が作り、フラウが運営しているあの『危険物』。あそこから予定より早くロールアウトさせるにしても、まだまだ足りん。滅ぼした貴族家の騎士を登用して、ギリギリと言ったところだ。およそ安定はしない。そんな状態で、『第二の帝国』にはなりたくないな」
「ならばやはり、今の帝国に頑張ってもらう他にないかと」
「そうだなー。それが良いんだがなー」
父上は困った様に笑った後、その細めた瞳でこちらを見据えてくる。
「持ち直せるか?この腐った帝国を」
普段の猫なで声でも、真面目な時の凛とした声でもない。
温度を一切感じさせない、冷徹な領主の声だった。
「殿下を皇帝の椅子に座らせる事は、出来なくはない。既に工場は『戦争』を想定して稼働させている。だがな。そこがゴールではないだろう」
父上は後頭部に回していた手をひじ掛けにのせ、長い足を組む。
「あの若造に、元老院を従える程の度量があるか。これを機に領地を増やそうと互いに食い合う貴族共を、屈服させる力があるか。今まさに、帝国の領土を食い尽くさんとする周辺国を殴り返す算段があるのか。なにより、その覇道を進む『覚悟』があるのか」
まるで自分を通して殿下を見定めているかの様に、父上は氷の様な目を向けてくる。
「そこのところ、どうなんだ?クロノ」
「それ、は……」
思えば、未だにクリス殿下から今後どうするつもりなのかを聞いていない。
勝手に自分だけで物事を考え、『依存させる』などと考えていた。もしも彼女が『知らない。ボクは教会で余生を過ごす』と言ったらそれまでなのに。
責任感の強い人だから、この状況をどうにかしようとはするだろう。だが、それがストラトス家にとって都合の良い方向だとは限らない。
下手をすると、周辺の貴族を通して元々の予定通り自身の首と手紙を届けようとしてしまうかも……。
「はっはっは!落ち着け落ち着け!」
ダラダラと冷や汗を流す自分に、父上がケラケラと笑う。
「クロノもまだまだ甘い。そして可愛い。こういう時は、たとえ嘘でも『自分が勝たせてみせる』と笑えるのが良い領主だぞ?」
パシンと膝を叩き、父上が立ち上がった。
「さて、教育はここまで。元より、クリス殿下とは俺が直接話して様子を見るつもりだった。あちらも疲れているだろうし、俺達も戦支度をせねばならない。今日明日は無理だな。明後日にでも話し合える様に、調整をしよう。アレックス」
「畏まりました。お館様」
アレックスにそう告げながら、父上は自分の傍までやってくる。
そして。
「お前はまだまだ若い。よーく学べ。経験を血肉にしろ。クロノは出来る子だ!なぁに。まだまだ失敗はするだろうが、その辺は俺や回りがどうにかサポートしてやる。だから、転ぶ事を怖がるなよ」
ぐりぐりと頭を撫でてきた。
前世ではもう20の後半で、今生では15歳。正直誰かに頭を撫でられて喜ぶ歳ではないのだが……不思議と、嫌な気分ではなかった。
「それにしても、戦というのは嫌なものだ。本当は、初陣から帰還したお前と一緒にお風呂へ入ったり、同じベッドで眠りたいのに……なんなら、フラウと3人で眠りたいのに……忙しくってそれができない!」
それらは普通に嫌だった。今後も忙しくあってください、父上。
「あ、そうだ」
思わず真顔になっていると、父上がこちらの頭から手を離しポン、と両手を叩く。
「クリス殿下が滞在中、クロノが傍についていなさい。そして近衛騎士達にはグリンダをつけよう。シルベスタ卿は何故かあいつにご執心だ。殿下を我が家に依存させるにしても、今はきちんと対応せねばならない。うん、長男が朝から晩まで接待するのだから、完璧だ!」
……あっ。
今の発言で思い出したが、まだ父上に殿下が実は女の人だと伝えていない。
流石に当主である彼には教えないといけないし、かと言って姉上達にまで知らせるのはまずいだろう。信用がどうとかではなく、秘密とは知っている人間が増える程うっかりで洩れてしまうものだ。
いったん、場所を変えて2人きりにならねば。
「あの」
「お館様!もしや、グリンダと若様を一緒に行動させない為に殿下を利用する気ですか!?」
ケネスの怒声で、言葉が遮られる。
「はー?なんの事だー?これは帝国貴族が皇太子殿下をおもてなしする上で、当然の事なんだがー?」
「私戦場で頑張ったので、その報酬に義娘と若様を同衾させる権利を所望します!」
「報酬の内容は俺が決める。何故って?俺はこの家で1番偉いから!」
「お館様。殿下は親衛隊の方々と『そういった事』をなされたいかもしれません。それを邪魔するのはあまりにも無粋。ですので、そう。ここは若様とグリンダも」
「却下だ却下!この非常時に、子作りで戦力を減らしてどうする!親衛隊もグリンダも、貴重な戦力なのだぞ!」
「父上。だったら私が殿下につきます。長女ならば、領地の案内役の格として足りるかと」
「だーめーだー!あんなに沢山女をつれた好色野郎に、うちの可愛い娘をつけられません!というか、フラウもしかしてクリス殿下の事が!?」
「正直……『有り』ですね」
「絶対にゆるさーん!これは!当主!命令!クリス殿下にはクロノが!親衛隊にはグリンダを始めとしたメイド達がつく!以上!閉廷!サヨナラ!!」
「あのー」
「逃がすかぁ!」
「お家の為、いい加減子離れして頂きます!」
ばひゅん、と効果音がつきそうな勢いで駆け出す父上。それを追いかけるケネスとアレックス。
伸ばした手が宙ぶらりんになる自分の肩を、姉上がガッシリと掴む。
「…………」
「……はい。殿下と領内を回る時、絶対に姉上の所にも立ち寄ります」
「愛しているわ、弟」
深く頷き、去っていく姉上。
1人取り残され、そっと天を仰ぐ。当然ながら、視界には天井しか映らない。
「……後で、考えよう」
こっちだって戦場帰りなのである。疲れた。もう知ったこっちゃねぇ。
きっと、明日の自分が何か考えつく。そう信じて、とりあえず自室へと歩いていった。
読んでいただきありがとうございます。
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