第二十三話 帰還
第二十三話 帰還
国境を越えて数日。ようやくストラトス家領内に入り、領都近くまで来ていた。
「クロノ様……!」
「クロノ様が帰ってこられた……!」
「若様……!」
村々から住民達が出てきて、街道を進む自分達に手を振ったり拝んだりしてくるのが見えた。
「クロノ殿は領民から慕われているのだな」
火夫役をケネスに任せ、自分はクリス殿下と馬を並べて進む。
鎧も剣もトラックに置いた状態なので、名前も知らない愛馬は普通に歩けていた。
「父上の人望ゆえです。領内を回る度に、僕の事を語っているらしく……」
「それでも、領民達がこうも喜んで出迎えるのは珍しい。クロノ殿が普段から民草の為に働いている証拠だ」
「そうだと、良いのですが」
「間違いない。貴殿は立派な次期当主だ」
ニッコリと、満面の笑みを浮かべてくるクリス殿下。その笑顔に少し照れてしまう。
本当に、人を褒める事に躊躇がないな。この皇太子殿下は。
……帝都で起きた事を聞いた時、流石の彼女も茫然自失と言った様子であった。
しかし、今は普段通りである。もっとも、『普段』を知っている程の付き合いでもないが。
恐らくは現実逃避だろう。短い間に、多くの事が起き過ぎた。それでも時折遠くを見て重いため息をついている辺り、全てを忘れる事はできないらしい。
真面目な方なのだ。皇族の義務であると、己の命を国に捧げる事も厭わない程に。
「しかし、気になっている事があるのだが」
そして、好奇心旺盛な人でもある。
「随分と街道がよく整備されているのだな。領都に繋がるものだけでも、随分と綺麗に均されている。人が頻繁に通って踏み均されるから、とも思えない」
クリス殿下が地面を見下ろし、その細い顎を撫でる。
「魔法で均しているのか?いや、いくらクロノ殿が並外れた魔力量とは言え、ずっと領内の街道を整備している事はできない。道は重要だが、長男を忙殺させる事ではないだろう。騎士達を動員して、というのも規模を考えると不自然だ。……道具で押しつぶした?大きな何かで……あのハーフトラック?」
ぶつぶつと小声で思考を口から溢れさせるクリス殿下が、ハーフトラックと街道とで視線を交互に動かせる。
「ただ走っただけでは、あの車輪に巻いた帯で荒らすだけ。となると、別の物を取り付けた……?走りながらの方が効率的だし、転がる物を……そうか!ハーフトラックの前方か後方に、巨大な柱を横に倒した物を取り付け、転がしたのだな!?」
目をキラキラとさせ、クリス殿下が声を大にする。
「地面を均すには重さが必要だが、あの乗り物は普通の馬車よりかなり重い!それでいて、魔法使いが乗っていれば長い距離を走れる!押すか牽引する柱も、パワーがあるから重たい物を使えるのではないか!?」
「……その通りです、殿下」
なぁんで、道とハーフトラックを見ただけでロードローラーの形が浮かぶのか。たしか、馬で牽く整地ローラーって中世の終わりから近世じゃないっけ?前の世界だと。
少なくとも、整地ローラーというものを父上もアレックスも知らなかった。伯爵領に行った時もそういった物は見かけなかったはずである。
「やはり凄いな、ストラトス領!それに、あの遠い所!あそこに見えるのは煙突か?この距離で見えるとなると、かなり大きい!!村の中に大きなハーフトラックがあるのか?いや、動いていない。設置型……動力を運搬以外にも使っているのか!どういう事に!?まさか物づくりか!?」
「はっはっは。殿下。詳しい説明はまた後日にいたします。長旅で御身もお疲れのはず。あまりはしゃいでいては、体力がもちませんよ?」
「むぅ……確かに。自重するとしよう」
冷や汗が止まらない。この人の下につかないのなら、いっそ殺してしまった方が良いだろうな。
どこかの陣営に差し出すなど、もっての他である。散々暴いたうちの技術を丸ごと持って行かれかねない。
多少近隣の貴族に盗まれるのは許容できるが、この人は別だ。『どういった物が、どの様な運用をされているか』を見抜いてしまう。
馬を歩かせながら視線をキョロキョロとさせるクリス殿下に、内心で警戒心を引き上げる。
同時に、シルベスタ卿とアリシアさん……『アリシア準男爵』の馬がこちらに近づいてきた。
銀髪の麗人は相変わらずの無表情で。黒髪の美少女は愛想の良い笑顔で。
それぞれ武器に手をかけてこそいないが、こちらの内心を察した様に距離を詰めてきている。自分が殿下に手を出そうとすれば、即座に割って入れる位置を確保していた。
───だが、逆に頼もしい。
クリス殿下をストラトス家に依存させれば、あの頭脳と親衛隊は心強い味方となる。
他人の手に渡るのなら首を刎ねるが、自分達の手元にあるのなら全力で守らねばならない。
さてはて。父上にどう伝えたものか。いっそ、天才は天才同士話し合ってもらった方が早い気がする。
それでも、絶対に同席しなければならないが。次期当主って、大変。
出かかったため息を飲み込んでいると、クリス殿下が馬を寄せてくる。
「どうしたのだ、クロノ殿。もしかして、ボクが聞き過ぎたせいか?す、すまない。昔から、無意味な質問をしてはならないと言われてきたのに……」
「いいえ。これは戦いの疲れと、ストラトス家の今後を考えていた故です。殿下の先ほどの質問が『無意味』だなどとは、絶対に思っていません」
というか、あの質問内容を無意味呼ばわりする者がいたら、そいつはストラトス家の敵だ。
街道の整備によるアクセスの向上と、蒸気機関を使った工場による生産力。我が家にとって、非常に重要な『力』である。
なにより。
「クリス殿下とは、今後ともこうして良い関係を続けていきたいと思っています。もしも気になる事がございましたら、どうぞ遠慮なくお聞きください。一族の秘伝など、お答えできない事はありますが」
父上の判断次第だが、個人的にはこの人と共に戦いたい。
頼りになる旗という意味でも、個人的な好悪でも。
「今は本当に、お互いに疲れてしまっていますが……後日、領内をご案内します。まあ、秘伝でなくとも僕が答えられないかもしれませんが」
最後の方で、思わず苦笑する。
この人クラスを相手に、どこまで話についていけるか。前世という下駄を履いても、『本物』には勝てそうにない。
そう笑っていると、何やら殿下が無言でこちらを見つめてくる。
……あっ。
「申し訳ございません。田舎子爵家の子が、皇太子殿下に気安い態度を……!」
いけない。ここまでの道中で、こうして殿下の隣にいるのが普通になってしまっていた。
馬上ながら頭を下げると、クリス殿下が慌てた様子で手を振ってくる。
「ち、違うのだクロノ殿!むしろ嬉しい!貴殿とこうして話しているのは、とても楽しいのだ」
「そう、ですか?」
「うむ!こちらこそ、貴殿とはこうして共に歩いていきたい。よろしく頼む!」
心なしか馬を寄せてきたクリス殿下が、キラキラとした目でそう言ってくる。
こうして見ると、やはり少女……それも、飛び切りの美少女にしか見えない。よくもまあ、これまで性別を誤魔化せていたものだ。
もっとも、皇太子殿下相手に『あの女顔』なんて言える者はいないし、父親がかなりの性豪かつ周囲が美少女騎士達となれば、可愛い顔に似合わず女好きと他人には思われていたのだろう。
殿下の美貌にたじろいでいれば、ハーフトラックの窓から顔を出してこちらを見ているケネスと目があった。
なんか、ガン見されている。彼の目が『真実の愛は……真実の愛は、勘弁してください……!』と言っている気がした。
いや、うん。彼視点だと、男相手に頬を染める次期当主だし。そりゃあ心配にもなる。子供を作った上での事ならともかく、下手をすればストラトス家の血筋が潰えかねない。
だが、クリス殿下が実は美少女だと知っている身としては、この距離感で照れるなという方が無理な話だ。
どういう試練だと頭痛を覚えるが、既に領都は見えている。
後暫しの辛抱だと、自分に言い聞かせた。
「そうだ。クロノ殿。ボクばかり質問してばかりなのも悪い。貴殿から、なにか聞きたい事はないか?何でもは無理だが、出来るだけ答えるぞ!」
だから、お顔が近い……!
* * *
試練を乗り越え、ようやく屋敷へと帰還を果たした。
先ぶれとして森番のフラットを送っていた事もあって、屋敷の前には父上と姉上。そしてアレックス達家臣も整列している。
「ようこそおいで下さいました。皇太子殿下。このカール・フォン・ストラトス。心より歓迎いたします」
外いき用の笑顔で、父上が1歩前に出てきて一礼する。
それに対し殿下も馬から降り、帝国式の礼で返した。
「出迎え感謝します、子爵殿。この様な時に転がり込んでしまった事、申し訳なく思います」
「いいえ。帝国の一大事である今、皇太子殿下の御力になるのは帝国貴族の義務ですから。帝城と比べれば不便も多いでしょうが、どうぞお寛ぎください」
父上とクリス殿下が和やか笑顔で、互いに社交辞令を述べている。
だが、父上の斜め後ろ。アレックス達は、かなり硬い雰囲気を発していた。皇太子殿下を前にして、緊張している……だけでは、ない様に思える。
近衛騎士達もそれを感じ取って警戒心を出す中、父上の顔がこちらを向いた。
「そしてクロノ。よくぞ無事に帰ってきたな。お前が生きて戻ってこられる様に、毎晩涙で池を作りながら教会で祈っていたぞ……!」
……池って、比喩だよね?
この人だとマジでやりかねない。たらりと、冷たい汗が頬を伝う。
「ただいま帰りました、父上。ストラトス家の男に相応しい戦いが出来たかは、わかりませんが」
「そんな事はない!」
皇帝陛下が討ち取られている以上、どの様な戦果を挙げようと表向きは沈痛な顔をしなければならない。
の、だが。クリス殿下が大声で否定する。
「クロノ殿のおかげで帝国は大きく寿命を延ばしたと言っても、過言ではない。ストラトス子爵。彼はまさに救世主です」
キラキラとした瞳で言う殿下に、父上は柔らかい笑みのまま頷いた。
「皇太子殿下にそこまで言って頂けるとは、なんと光栄な事か。我が息子クロノよ。よくやったぞ」
「……はっ!」
少し遅れて、背筋をシャンと伸ばしながら答える。
「さあ、いつまでも立ち話というのもなんでしょう。屋敷の中に。アレックスはクリス殿下を。グリンダは親衛隊の方々を───」
「グリンダ?」
そこまで護衛として無言であったシルベスタ卿が、初めて口を開いた。
「どうかなさいましたか?シルベスタ卿」
「いえ。失礼しました。どうかお気になさらないでください」
そう返すシルベスタ卿だが、その視線はグリンダに固定されている。
「……?そう、ですか。ではグリンダ。彼女らをご案内しろ」
「はい、お館様」
グリンダが営業スマイルを浮かべて親衛隊の方へ向かうと、シルベスタ卿が右手を差し出して握手を求めた。
「お会いできて光栄です、レディ。貴女とこうして出会えた事が、我が生涯最大の幸運だと胸を張って言えます」
「は、はあ……?」
困惑しつつも、手を握り返すグリンダ。彼女の手を、シルベスタ卿が両手で包み込んだ。
絵面だけなら、演劇のワンシーンの様である。およそ脳みそがラーメンに侵食されているとは思えない、美しい横顔であった。
『……え、これどういう状況?』
『知りません』
視線でそう問いかけてくる同郷のメイドに、こちらもまた視線でそう返した。
説明するのが面倒なので、そちらは自力でなんとかしてほしい。ガンバ。
「……うちの子がすまない……!本当に、本当に普段は頼りになるいい子なんだ……!」
心中お察しします、殿下。
珍しく本気で困惑する父上を横目に、顔を覆うクリス殿下に頷いておいた。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。




