第二章 プロローグ
第二章プロローグ
帝都にてフリッツ皇子率いるモルステッド王国軍と、サーシャ元皇女率いるホーロス王国軍が衝突。
帝都からやって来た親衛隊からその報を受けた自分達は、兎にも角にもストラトス子爵領を目指していた。
クリス殿下としては一刻も早く帝都に向かい、フリッツ皇子から事情を聞きたい様だが、彼女らの馬はここまで無理をさせ過ぎている。いくら魔物の血が混じった軍馬とは言え、限界はあるのだ。
ましてや、殿下と近衛の1人は馬を失っている。平原での戦いで鹵獲した軍馬を1頭お貸しているが、それを使ったとしても帝都につくのはいつになるのやら。替え馬の当ても現状はないのである。
そして、帝都までの道中……何事もないとは、思えない。
これらの事情から、まずは我が家にて情報の整理と今後どうするかを決めようとなったのである。
「それで、どうするのですか?若様」
ハーフトラックにて火夫をやっていると、後ろからケネスが話しかけてきた。
「どうするもなにも、うちの領地に戻ると決まったはずですけど……?」
2本の杖を握り、炎と水を供給しながら首を傾げる。
「いえ、そういう事ではなく」
「これからもクリス殿下の旗の下で動くか、それとも別の皇子や皇女の下につくか、ですよね」
運転をしているレオも話に加わってきた。
「ああ、そういう話ですか。と言っても、僕はまだ何の爵位もない人間です。決定権は父上にありますよ」
「それはそうですが、それでも若様がどうしたいのかは聞いておきたいのです」
「お館様なら、絶対に若様の意見も聞きますから。いくら親バカでも全てに頷く事はないでしょうが、それでも一考は絶対するでしょうし……」
2人の言う通り、自分の意見がストラトス家の方針を決める上で大きな影響を与えるかもしれない。
どう答えたものか、少し迷う。彼らはうちの大事な家臣であり、ケネスは古株かつ騎士達のまとめ役。レオは今後の蒸気機関を使った事業に関わる重要人物達だ。
胸の内を明かす相手としては、十分に思える。幸い、今このハーフトラックには自分達しか乗っていないわけだし。
「僭越ながら、私はクリス殿下を生贄にしてどこかの陣営に取り入るか、いっそ神輿にしてストラトス家を独立させるべきだと考えております」
などと考えていると、ケネスが己の意見を先に言ってきた。
「ケネスさん!?」
それに対し、レオがギョッとした様子で目を見開く。
「レオ、前を見て運転して」
「あ、はい!いや、でもケネスさん。それは……」
「何もおかしな話ではない。貴族と皇帝の主従関係など、お互いが勝手に言っているだけに過ぎないではないか。帝国の法にも、皇帝と各貴族は対等であると明記されている」
ケネスが、視線をこちらに戻す。
「我々が彼らの『お家問題』に、わざわざ手を貸してやる義理などありません。皇族の問題は、そして皇帝の直轄地に関しては、彼らだけで何とかするべきです。ストラトス家はそれによって不利益を被らない事を最優先すべきかと」
「……俺はその意見に反対です」
レオが運転をしながら、ケネスの意見に異を唱えた。
「なんだ。殿下に絆されたか」
「それは否定しませんが、何より陣営を簡単に変えるのがまずいです。お館様や若様の『徳』を失いかねません」
「そんな曖昧なものの為に、主家を危険に晒せるか」
「ですが、領民達や周辺貴族から睨まれるかもしれません。ストラトス家の民は、他の領民達より遥かに豊かだってケネスさんもアレックスさんも言っていたじゃないですか。彼らが反乱したら、かなりの被害が出ます。それに、他の貴族がこれを理由に攻撃してくるかも」
「平民達はクリス殿下の事なんて知らん者ばかりだ。名前すら聞いた事がない者の方が多い。彼らにとって、お上とはストラトス家である。どの皇族や国家の下にストラトス家がつこうが、自分達の生活が変わらなければ気にもとめん」
「では、周辺の貴族は……」
「そんなもの、どの陣営につこうが襲ってくる。ここでストラトス家に武器を向ける奴らは、理由なんぞ後から考えるだろうな」
「そ、それは……!」
「2人の意見はわかりました」
ケネスとレオの会話を、ヒートアップする前に断ち切る。
「僕の意見というか、ストラトス家はこうした方が良いという考えですよね?」
「はっ。是非、若様のご意見をお聞きしたく……」
「若様……俺達、どうすれば……」
「まず大前提として、決定権を持っているのは父上です。それを忘れないで聞いてほしいのですが」
小さく深呼吸をする。肺に熱い空気が流れ込んできた。
それでも、出来るだけ冷徹な思考をするよう努力して出した答えは。
「クリス殿下を皇帝にします」
きっぱりと、そう言った。
「若様!?」
「ほ、本当ですか!?大丈夫なんですか!?俺、ああ言いましたけど、ストラトス家の為ならクリス殿下が磔にされたり火炙りにされたりしても文句ないですよ!?」
さらっと酷い事言ったな、このケツ顎……。
レオの発言にケネスまで『いや、高貴な方を磔や火炙りはちょっと……』とドン引きしている。
まあ、それはさておき。
「僕もクリス殿下には情がわいています。それは否定できません。ですが、それ以上にお家の存続の為に、あの方には帝国を纏めて頂かねばなりません」
「……理由をお聞きしても?」
「敵が多すぎるからです」
ケネスの問いかけに、結論から答えた。
「まずオールダー王国。彼らは、軍の再編が終われば必ず帝国に攻め込んできます。報復もありますが、それ以上に立地の問題で帝国の領土に食い込まねば経済的に支配されたままですから。そして、ストラトス家の位置を考えると絶対に矛を交える事になる。彼らの軍門に下るのは……僕の事がバレたら、ヤバい事になりますね」
「ふむ……」
「次に、周辺領主達。彼らもうちに攻撃をしかけるか、金や物資をゆすってくる可能性が高い。皇太子殿下の初陣に参戦するにあたり、どこの貴族も今後の投資として大金を使いました。しかし負けた上に帝国全体が混乱中だから、その回収が出来ない」
「つまり、金や物がある所をカツアゲしにくると。商人達もそれを見越して、逃げているでしょうしな」
「はい。そして、それ以外の国々。既にモルステッドとホーロスが帝国領内に攻め込んできています。彼らにとって、今この国はケーキです。少しでも多く食べようと、必死にフォークを動かしている。国として動いているのか、各貴族が勝手に動いているのか不明かつ、ストラトス家には彼らとのパイプがない。売り込む窓口がないのです。ついでにスネイル公国に対しても」
「近くまできたら、殴り飛ばして力を見せてから売り込めば良いのでは?」
「彼らがうちの領地近くまで来る頃には、大きく育っていますよ。彼我の戦力差を考えれば、彼らが憎き帝国の貴族に配慮してやる義理などありません」
「え。でも若様がぶん殴れば……」
「レオ。僕は別に無敵の超人とかじゃありませんからね……?この前も死にかけましたし」
文字通りの一騎当千なら、できる。しかしそれは徴兵された平民や、普通の騎士達を相手にした場合だ。
モルステッド王国やホーロス王国等がここへ来る頃には、従わせた帝国軍の精鋭を纏めて先兵にしてくるはず。そして、その精鋭達も自分達が食い物にされない為、ストラトス家には『もうお前の席などない』と全力で攻撃してくるだろう。
それこそ、シルベスタ卿クラスの戦士が5人ぐらいで殺しに来たら勝ち目はない。彼女は、殿下の親衛隊の中でも頭一つ抜き出た実力者だ。
帝都を守っているはずの近衛騎士達が、既にフリッツ皇子辺りに屈服している可能性もある。彼らがシルベスタ卿並みの実力者揃いであった場合、戦えば我が領地はすり潰される。
「以上の事から、ストラトス家だけで戦っても未来はありません。かと言って、子爵家が帝国貴族達を纏め上げるには格が足りない。殿下を御輿に独立しても同じです。単独では無理だ」
「はぁ?若様は最強ですが?」
「そうです!自信もってください!」
「聞いて?」
「はいっ!」
家臣達の期待が重すぎる。
ちょっとだけ胃がキリキリいった気がしたが、恐らく何かの間違いだ。
「それにですね。経済的にも帝国には万全でいてもらわないと困るんですよ」
「経済的に?」
「はい。現在、ストラトス家の主な稼ぎは『ガラス』『磁器』『穀物』の3種です。この内、ガラス製品と磁器は帝国が傾けば売れなくなります。どこも、食料や武器を優先しますから。穀物の売れ行きは伸びるかもしれませんが、失った分を取り戻せる程は期待できない」
ガラスや磁器を買うのは、主に貴族か貴族と取引のある商人達である。
帝国が安定していたこれまでは、飛ぶように売れていた。しかし今後は在庫が余る可能性が高い。
倉庫の圧迫……職人達や運送に関わっていた者達の生活……売れない間の技術の維持……。
あ、お腹がちょっとズキッてした。
「えぇっと……?」
「若様。稼ぎについては、他の領地から略奪すれば良いのでは?」
「2人とも。確かに戦争による経済の循環はありますが、そんなものに頼っていたら未来はありません。というか、今のストラトス家は『よその領地から奪うより、買わせた方が遥かに儲かる』。なんなら、略奪ばっかりすると損すらしますよ」
「???」
やばい。ケネスが宇宙を見た猫みたいになっている。
レオの方も、漫画だったら頭の上に大量の『?』が飛んでいそうだ。
無理もない。これまで、この大陸では『戦争に勝てば儲かる』が常識だった。今後も、それを否定する気はないけれど。
だが、少なくとも短期的に見た場合だと損の方が大きいのである。焼けた土地を育て直すのは、非常に手間だ。かと言って、無傷で領地が手に入るケースなんて滅多にない。
「とにかく。帝国には今後も円滑な経済を期待せねばなりません。フリッツ皇子もサーシャ王妃も、もはや他国の人間だ。ストラトス家を助けてはくれませんし、手紙を出しても田舎貴族扱いで無視されるのが関の山。最悪、使い潰される。だったら、人柄も立場もあり、僕達に『大きな借り』のあるクリス殿下をたてるのが丸い」
「……若様。経済の事はさっぱりですが、大きすぎる借金は相手に自棄を起こさせます。それこそ、帝国が安定した後に借金を踏み倒す為我らを攻撃してくる可能性も……」
不安そうなケネスに、ニッコリと笑みを浮かべて振り返る。
「ケネス。何も、無償で殿下をお助けするわけではありませんよ?」
「は、はあ。そりゃあ勿論そうでしょうが……」
「その最中に、強引に回収の目途をたてます。具体的には───依存させる」
「依存、ですか?」
「ええ。詳しくは父上と相談しながらじゃないと、僕にも具体的な計画は立てられませんがね」
自分は、決して知恵者ではない。
前世のアドバンテージもあって、並の貴族よりは視野が広いと自負している。だが、それも真の知恵者には敵わない。
せっかく、親という最も頼りになる味方に頭の回る人がいるのだ。寄りかかれる内は、全力でおんぶしてもらう所存である。
……あ、やばい。一瞬、物理的におんぶしてこようとする父上が浮かんだ。
シンプルにきしょい。
「……とりあえず、殿下とは今後も仲良くしていこうという事ですな」
「ですね!」
「はい。そんな感じです」
思考放棄した騎士2名に苦笑しつつ、ストラトス家の今後について考える。
問題は、自分達がこうして移動している間に家の方で既に何かが起きていないか、だ。
平原での戦いから、既に1カ月以上が経過している。フリッツ皇子達が行動を起こしたタイミングからして、他国に通じていた者達は皇帝陛下の死亡を即座に確認できる様にしていた。
情報の鮮度が、戦争の行方を左右する。前世の歴史の授業やら戦記物の創作では、散々に聞いた事だ。
自分達は、既に周回遅れなのかもしれない。
家臣達の手前、吐き出しそうになるため息をグッと堪える。
もう、自分も思考放棄して父上に丸投げしたい。だが次期当主である以上、そんな事は出来るはずもなく。
前世の、戦争というものを画面越しにしか知らないでいられた頃を懐かしく思いながら、タンクに水を補充した後にそっとお腹に手を置いた。
もはや、気のせいではない。
ぽんぽんペインペイン……!
読んでいただきありがとうございます。
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